第219話 地下都市のカイン一行
廃墟と化した神殿跡から洞窟の天井まで伸びる巨大なシャフトがある。少女と鼠を乗せて上昇したそのシャフトの基部で俺たちは高い天井を見上げていた。
「さっきの少女はアリスに似ていたよな? 彼女たちは実は4人姉妹だったのか?」
「さあ、そんな話は聞いたことがないわ。軍でも通称は3姉妹だったし」
セシリーナが言った。
「ミズハは何か知っているか?」
俺の声が聞こえなかったのか、ミズハは何かを調べながらシャフトの反対側に行ってしまった。
「それにしても、これはデカイな」
俺もミズハの後を追うようにそのシャフトの外周を手で触れながら回ってみる。
「見てよカイン、シャフトに絵が彫られているわ」
セシリーナが指差した。
「本当だ。ぐるりと螺旋状に絵が描かれていたようだ」
「これは何かの神話なのかもしれないぞ」
反対から回り込んできたミズハが見上げて言った。
「絵の周りを囲んでいるモチーフは枝葉のようです。と言う事はこのシャフト自体を樹木に見立ててデザインしたという事なのでしょうか?」
リィルの観察力は鋭い。
なんだか、これに似たモチーフを最近見聞きしたような気がする。俺は考えこんだが、思い出せない。
「大きな樹木の神話なのでしょうか?」
ルップルップが私の出番が来たとばかりに目を光らせた。
「何か知っているの?」
「世界樹の神話です。皆さんはご存知ない? 二柱の夫婦神がその先端に乗って天高く舞い上がり、世界を治めるという。野族に伝わる創生神話なのよ」
「知らないな」
「知らないわ」
二柱の夫婦神……俺はアリスに良く似た少女と鼠が上って行くのを見たのだが、あれが神になるのか? まさかな。
「そう言えば、なんだかそんな夢を見たような気がするな」
俺はぼそりとつぶやいた。
「どんな夢だったのです?」
「夢のお話聞きたーい」
リサが俺の手を引く。
「いや、実はな……」
俺はその夢の話をみんなに聞かせた。
「な、なんと! 創生神話そのものじゃない」
ルップルップが妙な姿勢で驚いた。
「それはただの夢ではないな。神殿に残っていた何かの思念が見せたものかもしれない」
「そうね」
「意味ありげです」
「おもしろーい」
「蛇のような体の竜なんて、最上階で戦った上半身だけの竜に似ているじゃないですか?」
リィルが言った。
「そうね、竜の持つ宝珠というのも何か意味がありそうだわ」
「二人が出会うとあったが、我々と上に行った連中の二つのグループが出会うという解釈もできるぞ。確かに我々は出会って、あの連中は天高く持ちあがった」
「だとすれば、まだ現れていないのは、本物の青い龍だな」
「あと、時空を超えて託す命とかいうやつですね」
「もしかするとまだ未踏査の区画にその竜とやらの手がかりが残っているかもしれない」
ミズハがそう言って、洞窟の奥、水音のする方を指差した。
ーーーーーーーーーー
「ねえ、最上階が一番神聖な部屋だと思ってたけど、何も無かったわね。祭壇がポツンとあるだけで。でも、どうして竜を配置してまでそんな所を守っていたのかしら?」
思案顔で歩いていたルップルップがふいにつぶやいた。
「ん? ルップルップの言う通りだ。それは私も考えていた」
ミズハが言った。
「神話の追体験なのではないですか?」
セシリーナが俺の隣から話に加わった。
「追体験?」
俺は難しい話には付いていけない。
「ええ、神話と同じような体験を行わせることで神話の再現を図る儀式ですよ。それを行う装置があれで、神話と同じ程の危険を冒してまで経験させることに意味があったのでは? 実は、セ家に伝わる儀式で神話の追体験と言われる儀式があるのよ」
セシリーナは言った。
「ほう、セ家にそんな儀式が残っているのか。であれば、そうなのかもしれんな。竜を出現させたり消したりする装置も神官が操作するためのものだったのかもしれない」
ミズハが興味深そうにうなずいた。
セシリーナの母方のセ家は、元々は前王朝の王家に連なる名家である。そこに伝わる儀式は軽んじられないだろう。
「だとすれば、神話では上に登った神しか語られていないが、下に下った神もいたかもしれないと言う事ね。それにお話に出てきた宝珠を持った竜もどこに行ったのでしょう? もしかすると竜は地下にいるのかもしれませんよ」
ルップルップが身を乗り出す。
「下に行った神と竜?」
「ええ、地下に祀られた神ですよ。地下に祀られながら、天に憧れた神、我々の星神様ですね。竜は良く分かりませんが」
こいつは無邪気に言っているが、意外と恐ろしく的を得ている気がするのは俺だけか? そう言えば星神の祭壇で使う玉石というのは宝珠に似ている。
竜と言うのは水を司る存在で、稲光にも例えられる。地下の竜と言えば、地下水脈というのはまるで地下の竜のようじゃないだろうか。
そんな事を考えながら歩いているとリサが大きな声を上げた。
「カイン! 見て! 大きな川だよ! まるで竜だ!」
遠くにドウドウと音を響かせ、水が合流して大きな川になっているのが見えた。
◇◆◇
さて、カインたちがアパカ山脈の洞窟をさまよっていたちょうどその頃、セシリーナの父であるカムカム一行は、大陸の東端にある東コロン山の麓の寒村に到着していた。
東コロン山は、西のアパカ山・東のコロン山と言われる名峰である。
「カムカム様、この道を行けば、山頂に
バルドンが馬を寄せた。
細い山道が遥か彼方へと続いている。
「よし、しばらくこの村に泊まり、準備を整えてから登ることにしよう」
カムカムは背後につき従う騎士たちを見た。
「でもよろしいのですか? 留守番のマオ爺から連絡がありましたが、屋敷の方に新王国討伐軍への出兵要請が来たそうですよ。魔王様の御命令を無視する形になりますが?」
「よいよい。私は辺境に遠出中でそんな命令は知らなかった、で良いだろう? それに魔王様よりも私の子の方が大事だ」
カムカムはにやけた。
ボロロン家は、代々呪いを受けた家系で代を重ねるごとに子が少なくなるとされていたが、まるでその呪いが解けたかのように、なんとミ・マーナが懐妊したことがわかったのである。
毎晩二人に提供されたゲジなんとか入りという食事は不味くて閉口したものの、その効果もあったのかもしれない。
順調にいけばクリスティリーナに妹か弟が出来ることになる。その安産祈願のため、有名な東コロン山の褒娘の祠に行くのが今回の旅の目的である。
東コロン山は東の港街の南に位置し、旧公国平原との境になっている山で、古くから民間信仰の霊山として知られている。
カサット村からも遠くにその秀峰が見えるため、森の妖精族も神の山として崇めているのだ。
族長であるミ・マーナの妊娠は森の妖精族にとっても大いなる慶事であり、その夫は神の山に登って捧げ物を奉納し、生まれてくる子どもの名に使う一文字を授かるのが習わしだという。
カムカムは振り返って遠くの平原を見つめ、カサット村に集まっている一族の事を思い出した。
カムカムの妻や一族の主要な者たちはカサット村近くの湖沼地帯にある避暑地に集められていた。
これは表向き新しい妻を一族に紹介するお披露目のためであったが、その実は今回の新王国との戦でカムカム一族が危険な目に遭うのを避けるための処置である。
もっとも、その宴が懐妊を報告する祝賀会に変わったのは嬉しい誤算である。
森の妖精族のしきたりでは、夫が神の山から戻るまでは一族は誰も村を離れてはならないという。もちろんカムカムが帰る頃には新王国との戦いも目処がついているだろう。
「さて、この村の娘たちも私を歓迎してくれるだろうな?」
期待を込めてカムカムが微笑む。
「こんな
相変わらずのカムカムの言葉に、バルドンは深くため息をついた。
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