13 アパカ山脈

第189話 アパカ山脈妖精村

 俺たちはアパカ山脈へと続く山岳街道を進んでいた。


 青い森林の向こうに見える一筋の河川がアパカラ河の上流なのだろう。


 ア・クラ村で聞いた情報ではアパカ山脈の中腹にある国とも呼べぬ街にアプデェロア神を祀る神殿があったという。それに山脈の中腹に広がる森林地帯には、少数民族が暮らす小国がいくつかあるらしい。


 3姉妹の故郷の蛇人族の国は、さらに高所に位置し、幾つもの大きな峠を越えた果てにあるということだ。


 アリスとクリスも俺との婚約を報告するためイリスの後を追って蛇人族の国に向かってしまったので、街道を歩いているのは俺とセシリーナ、リサ、リィル、ミズハとルップルップの6人である。


 可愛い服装のリサ以外は、それなりに冒険者的な服装になっている。


 セシリーナは前衛もできる軽装の弓矢使い、リィルは誰が見ても盗賊職、ミズハは大魔法使いである。ちょっと異色と言えるのは残りの2人だ。

 ルップルップはミニスカート風で少し色っぽい赤色を主体とした風変わりな神官服を着ている。

 そして肝心の前衛の俺は、骨棍棒に女物のアーマー、そしてすね毛剥き出しの短パンに相変わらずのボロ長靴を履いているという変態仕様!


 俺が前衛とは全く心もとないが、戦力的には俺以外は非常にバランスが取れているかもしれない。通りすぎる者からも無駄な心配を受けることは少ない。


 見知らぬ者から見れば、俺は女だけの優秀なパーティに同行させてもらっているただのお荷物という感じかもしれない。実際、そうじゃないと言えないところが実に情け無い。


 「ミズハ様! ほら見てください、あんなにたくさん鳥が飛んでいく。ほらこっちに来ましたよ」

 ルップルップが目を輝かせた。


 ずっと野族の村から出なかったから珍しいのかもしれない。美しい白い鳥の群れに感激しているのだろう。


 「うむ。鳥だな」

 ミズハが足を止めた。


 ぐうううとルップルップのお腹が鳴った。

 確か、さっき携帯食をもぐもぐ食っていたはずなのだが……俺はルップルップを見た。


 「美味しそうよね! カイン。あれを獲りなさいよ」

 涎が出ているルップルップの視線に危険を感じたのか、急に鳥たちが方向を変えて遠ざかって行く。


 「ああ、鳥がいっちゃう!」

 ルップルップが袋から飛石を出しかけ、残念そうに言った。飛石は二つの石を紐で結んだもので、回してから放り投げて鳥を取る野族の狩猟具である。


 前を歩いていたリィルがそんな二人のやり取りに気づいて立ち止まった。


 「カインとルップルップ、どうしたんです?」

 「腹をすかしたルップルップがあの鳥を喰いたいと言ってな」

 ミズハが遠ざかる鳥を指差した。


 「鳥ですか、それは美味しいでしょうね。でもあれはダメですよ。森の妖精が神の使いと呼んでいる鳥ですからね。殺傷したらどんな目に遭うかしれません」


 リィルは小さな頃から何度もこの辺りに来ていた。最近もカムカムを追ってこの辺りをうろついていたのでこの辺りの地理や風習には詳しい。


 「みんな! まもなく次の宿場町に着くから我慢してよね。リサだって我慢してるのよ」

 地図を広げていたセシリーナが振り返る。

 同じく振り返ったリサは手に大きな飴を持っていた。


 「そ、それは?」

 「クリスちゃんからもらった」

 リサはぺろりと舐める。


 ぐうううと再びルップルップのお腹が鳴った。その時、まるで腹の虫が合図だったかのように街道沿いの草むらが揺れ、複数の影が現われた。


 「貴様ら、今、お鳥さまを取ろうとしていたな? どこを見ている、お前だ!」

 若い男が問答無用という感じで俺に短剣を向けた。


 「え? 俺?」

 ちょっと待て、鳥を喰いたそうにしていたのはルップルップだぞ。俺はルップルップを睨んだが知らん顔をしている。


 あっという間に俺の周囲を男たちが取り囲んだ。


 どうも普通の魔族とも違う、顔は整っておりすらりとしているが、少し小柄である。


 いずれも短剣を手にし、背中に短い弓を背負っている。この男たちの種族はもしや……。


 「俺の目をごまかすことはできないぞ! この中で一番怪しい目をしていた! そこのやけにスカートの短い神官服の女の後ろに屈んで何か仕出かそうと怪しい動きをしていたではないか」

 そう言ってルップルップを指差す。


 「何を言うんだ、鳥の事なんて思っていないぞ。俺はただルップルップのお尻をもっと良く眺めようと……、うっ!」

 セシリーナの短剣が俺の首元で光る。

 「へぇぇ〜カイン、おもしろいわね」

 「セシリーナ、目が、目が怖いぞ!」


 「クッパカッパ、この男はゲスいだけです。お鳥さまに危害を加えようとしていたわけではありませんよ」

 ミズハの陰に隠れていたリィルが姿を見せた。


 「お、お前はリィルではないか!」


 「痛い、痛い、急ににゃにをしゅるんです?」

 クッパカッパに急に頬を引っ張られてリィルがじたばたしている。


 「自分の胸に聞いてみろ、リィル! よくもまあぬけぬけと顔を出せたもんだな!」


 「あにょ件は、同意のうへでしゅ。じぇんじぇん悪くありまししぇえん」


 「それに、こいつらが今のお前の仲間ということだな! むむむ……やはりお前たちは……。よし、お前たち、大人しく俺たちについてくるんだ! 抵抗するな」


 「大変です! このクッパカッパは森の妖精族の村の番人です! このあたりは森の妖精族の支配地、これはもう言う事を聞いてついていくしかありませんよ」

 リィルはひりひり痛むほっぺを撫でながら言った。


 「まったく!」

 セシリーナは肩をすくめた。

 ミズハは達観している。

 一体どうなってしまうのだ! とおどおどしているのは俺だけである。


 「ついてこい!」

 「さあ、とっとと歩け!」

 後ろから短剣を持った男に脅され、男共に囲まれて連行されていく。


 ああ、一体どこに連れて行かれるのか。俺の脳裏に帝国の船に掴まった時の悪夢がよぎる。牢屋だろうか、拷問部屋なのだろうか……。


 やがて坂の上に大きな門が見えてきた。


 「こ、ここは……」

 俺たちは固唾かたずをのんで門を見上げた。

 門の上に“ようこそ! 宿場町森の妖精のババン村へ”と彫られた木製看板が揺れている。要するに次の目的地の宿場町は妖精の街だったのだ。


 「……」

 そして俺たちは長老屋敷に連れ込まれた。


 土間の真ん中には囲炉裏がある。俺たちの前に餅のような丸い食物がいくつも乗った皿と透明で一見すると水のような飲み物が準備されていく。


 「どうぞ遠慮なくお食べください」

 美しい乙女がそう言って壁際に佇む。


 囲炉裏の正面にある壇上に数人の長老が居並んでいた。

 って言うか、どいつもこいつも若い、どうみても10代だろう。


 「カイン、妙な顔をしていますが、みんな200歳を越えている長老方ですよ」とリィルが耳打ちする。


 うおー! 婆さんとは知らず、ついそこの美女の股ぐらを覗いてドキドキしていた自分が憎い。

 婆さんの癖にミニスカートで胡坐とは……何と言う悪質な罠だ。


 「ふふふ……今回はリィルも楽しい連れと一緒の様子」

 その美女は俺を見て微笑んだ。


 「クレア様、何かあったのでしょうか? 私たちをこんな風にここに連れてくるなど。何か頼みごとですか?」


 「相変わらず察しが良いですね。ええ、そうですよ。こうでもしなければ、妖精族の長老屋敷に他種族の者が入ることなどできないでしょう?」

 クレアの言葉に居並ぶ美男美女がうなずく。


 「またも何か厄介事ですか?」

 「お前、また、とは何だ! またとは! いつも俺たちがお前に迷惑をかけているような物い言いではないか!」

 俺たちの後ろで控えていたクッパカッパが声を上げた。


 「静かにしなさい。クッパカッパ」

 そう言ってクレアが俺の方を見た。その瞳は透明感があり、心の奥底まで見透かされる気分になる。


 「貴方たちをリィルが連れてくる事は分かっておりました。だから、あのような手段でここに連れてきてもらったのです」

 「もしかして得意の予言ですか! 私が“コレ”の眷属になることも、何もかもお見通しだったということですか!」

 リィルは俺を指差してむくれた。


 クレアはうなずいた。


 「予言だけではありませんよ。貴方が村にさんざん迷惑をかけた挙句、折角みんなで見つけたお宝を持ち逃げしたので、村の総力を上げて例の貴族の後を追った貴女を探して、監視していたのです」


 「あ、あれは、“これを持って逃げろ”って言われただけだし……」


 「誰も、そのまま貴女がお宝を一人占めにして旅立ってしまうなど思っていませんから! 普通だったらこの村に戻って、みんなでお宝を山分けでしょうに」


 「そうだ、俺なんかただ働きのうえ、前借りして買った新品のダガーまであのスライムに溶かされたんだぞ」

 クッパカッパが拳を振るわせた。


 「そんな怖い顔しないてくださいよ。全く問題ないですよ、あのお宝は偽物でしたよ。そう、二束三文のクズ鉄でしたよ」


 「ほほう? ここにあの買取り屋がお前に支払った額を記した証書があるんだが?」

 ひゅーひゅー。リィルが口笛を吹きながら目をそらした。


 「よく見ろ!」

 クッパカッパが証書を突きつける。

 ボッ! と突然その証書が燃える。


 「熱ちっ、あっつちい! 何をするんだ! リィル、お前そこまでして証拠隠滅を」

 燃えあがった証書が地面に落ち、瞬く間に灰になる。


 「えっ? 何の事ですか? 乾燥注意報が出ていましたから、そこの囲炉裏の火でも飛んだんじゃないでしょうか?」

 俺は見た。

 盗賊技術でスリをする時の応用だ。こいつ、逆に火種を仕込みやがった。


 クレアたち、長老はもはや呆れかえっている。


 「クッパカッパよ、いまさら失ったお宝をどうこう言っても仕方がない。もっと建設的な話をしようではないか。その予言だが、つい最近、以前とは比較にならない価値のお宝の存在を示す予言がなされた。そして予言は、それを手にするためにリィルが勇者たちを連れて戻ることを示されたのだ!」


 「「「「勇者!」」」」

 俺たちは一斉にクレアを見た。俺も勇者なのか?


 「ただ、その中にとても残念な方がお一人混じっているのは御愛嬌でしょうか」

 そう言ってクレアは俺を見る。俺は並行移動してミズハの陰に隠れたが、クレアの目は俺を追ってくる。さらにセシリーナの後ろに隠れるが、クレアは俺を見ている。


 残念な方って、やはり俺か!


 「残念だなんて、そんな事はないわ、カインは素晴らしい人よ!」

 打ちひしがれる俺を背にセシリーナが叫ぶ。


 おお、やはり俺の愛妻!


 「たとえ真の勇者じゃなくて普段はヘタレでも! カインは夜だけは勇者なのよ! でかくて硬くて、タフで持続力がもの凄いのよ!」


 「夜だけ勇者……」

 「夜は勇者とな……」

 長老たちですら少し引いている感じがする。


 まして壁際で控えていた美しい妖精の乙女たちはドン引きである。ひそひそ話をしている。俺を見る目がゴミ屑を見るような目に変わっている。


 「クレア殿、それも混ざっての面々なのであろう。良いではないか、別に全員が勇者でなくともな」

 クレアの隣に座る美男子が口を開いた。


 「それで、私たちに何をさせようというのです? 無茶なことはできませんよ。こちらにはリサ様もいるのです。リサ様に危険が及ぶようなことはできませんから」

 リィルが言った。


 「その御方の運命は存じている。もしかすると王女様にも益するかもしれない話なのだがな」


 「クレア殿、もったいぶった言い方をしていないで本題を話したらどうか?」

 ミズハの言葉に一瞬沈黙が起きる。


 「ふふっ。勇者たる大魔法使いのミズハ様には負けます。わかりました。カプラ、説明してください」

 クレアが言うと、一番右端に座っていた女性が立ちあがった。


 「これをご覧ください」

 手をかざすと、目の前の空間が四角に淡く光る。

 そこに何か絵のようなものが浮かんだ。


 「これは、村の奥に祀られている祭壇の地下の地図です。この地下には古代の六大神の神殿の一つがあると昔から言い伝えられているのです。

 そして、ここがこの地図での最深部ですが、先に起きた大地の揺らぎの影響で地下構造が変化したのです。どうやらこの地点よりさらに下に続く道が再び姿を現したようです。

 どのような危険があるかもしれず、我々も調査団を派遣しましたが、森の妖精族だけでは調査は困難でした。

 そこで勇者様の一行に地下の様子を調べて来てほしい、危険があるのかどうか、そしてお宝があったら回収して欲しいというのがこちらの願いです」


 「我々は、この洞窟を『沈黙の洞窟』と名付けた。長い間沈黙していた謎の洞窟だからな」

 クレアが言った。


 「危険って、どんなモンスターが出るかも分からないということよね?」


 「そうですね。でも、貴方たちはここへ神殿を探しに来たはず。可能性があるなら調べるべきでは? それにこれに協力してもらえるなら、以前、リィルがもたらした損害は大目にみましょう」

 みんなの目がリィルに集まる。


 例のカムカムを追うため金策に盗賊技術をフル活用した、と言っていただけあって、こいつはあちこちで色々としでかしているらしい。


 「な、なんですか? 急にみなさん、目が怖いですよ。私たちは仲間じゃないですか!」

 リィルがあたふたとしている。以前やらかしたという気持ちは多少あるらしい。


 「どうします? ミズハ殿?」

 クレアが問う。


 「ふーむ。謎の地下空間、沈黙の洞窟か、湿地の魔女の巣のような所かもしれないな」


 クレアが期待に満ちた目でミズハを見ている。


 あれ? おかしい。なんだかいつの間にかミズハが俺たちの代表になっている気がする。どうやら洞窟調査をするかどうかの決定権はミズハにあるようだ。


 「邪神竜の出現に呼応して地下構造が変化したとすれば、確認しておく必要があるだろうな」

 ミズハは淡々とつぶやいて、セシリーナとリサを見た。


 「クレアの要望に応じて、地下に下りて神殿を探してみるか?」

 「可能性があるなら、行ってもいいかもね」

 「リサも冒険したい!」

 二人はやる気らしい。


 「仕方が無いわね、もぐもぐ……。みんなが行くなら私も行くわよ。もぐもぐ……」

 ルップルップが口一杯に餅を頬張りながら言った。


 「あ、お前……」

 大皿にあれほど盛られていた餅が消えている。

 いつの間に喰ったのだこいつは。一つくらい俺にも残して置いてくれても良いと思うのだが。


 なんでもルップルップは生まれつき神聖術を常時活性化してしまうという特異体質のためすぐに腹が減るらしい。最もそのおかげで防御術等の支援術の発動が驚くほど速いのだが……。


 「カインはどうするのだ?」

 ミズハに聞かれたが、俺は餅が無い事に気づいて呆然としたままだ。


 「そうか」とミズハは何かを悟ったようにうなずく。


 「カインは行く気は無いらしい。そうか留守番か、私たちが戻るまで不安な夜をたった一人で過ごすつもりなのだな?」

 何と言う勘ぐりというか、的外れな深読みだ。


 「そんな! カイン、行かないの?」

 隣のセシリーナまで俺を覗きこむ。リサも不安気だ。


 「は……? 変な事を言うなよ。もちろん行くよ! リサのためだし」


 「やっぱり私のカインだ! 大好きだ―!」とリサがじゃれつく。


 ミズハはリーダーの風格でうなずき、クレアを見上げた。


 「……という事だ。地下の調査の件は任せておけ」


 「流石はミズハ様、それでは、さっそくと言いたいところですが、今日は一晩体を休めてください。出発は明日の朝でよいでしょう。クッパカッパよ、彼女らを丁重に宿にご案内しなさい」


 「しょうがねぇな。ほら、付いて来い」

 クッパカッパが面倒そうに入口に立つと俺たちを呼んだ。

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