第188話 <<御前会議 ー東の大陸 サティナ姫ー>>
ラマンド国の王宮に多くの者が集まっていた。その目は王の前に深刻な表情で立つ宰相に向けられていた。
「国王、このたび東マンド国に宣戦布告するにあたり大きな問題が起きました」
宰相ヘロドマエが珍しく眉間に皺を寄せている。よほど重大な事が起きたのだろう。謁見の間に集まっていた貴族たちが何事かと宰相を見ている。
「申してみよ」
ラマンド三世は壇上から集まった貴族や騎士団長たちを見回した。
「はっ。旧諸国連合との同盟も成り、包囲網は西砂漠の民からの返事を待っている状態であります。我が軍の編成も予定通り進んでおりますが、どう見積もっても軍を動かすには兵糧が足りませぬ」
「ほう……」
王が眉をひそめた。それを見て貴族たちがざわめく。
「は、何を馬鹿な! 今年の麦は例年以上の豊作だったと言っておったではないか? それで食料が足りんだと」
宰相の背後で大貴族の一人が苦笑した。
「どういう事だ? 今バチュイ公が申したとおり、今年は実り豊かだったと聞いておるぞ」
王は宰相を見下ろした。
「はっ。恐れながら、我が国の税は金で納められます。収穫された麦をはじめとする穀物は市場に出回り、金に換えられているわけであります」
「ふむ」
「それが、今年は収穫後に相場よりも高い値で穀物を買い占めた商会がありまして、そのせいで穀物が値上がりし、穀物自体の流通が激減しておるのでございます」
カカカカ……と大貴族のバチュア公の高笑いが響いた。
「何を申しておる。それなら、多少高くてもその商会から買い戻せば良いだけではないか、何も宝石を買う訳ではないのだ。こんな時に金を惜しんではいけませんな。ヘロドマエ殿」
だが、宰相の顔色は変わらない。
「そう簡単な話ではないのだ。バチュア殿」
宰相の深刻な声に貴族たちの顔から笑みが消える。
「その商会ですが、収穫期当初から市場価格の1.5倍という高値で買い占めを行っておりました」
「1.5倍だと、そんな金額では続かないであろう」
「そう思って我々も放置しておりましたが、それが失敗でした。結局、収穫期を通じて買い占めは続き、我々が買い占めを取り締まる頃には、膨大な穀物がその商会の倉庫に山積みになっていたのです。
三日前です、その穀物を買い戻すべく、部下を交渉に行かせたのですが、その商会の屋敷は既にもぬけの殻でした。
急いで倉庫を調べさせたところ、そこにも誰もおらず、倉庫には外から見える部分にだけ小石を詰めた袋が積み上げられており、大倉庫の中は空っぽだったのです。どうやら買い占め当初から手に入れた穀物を密かに国外へ運び出していたようです」
「何だと!」
「何と言うことだ。そのような背信行為を行うとは、その商会の者共は国外追放だ!」
貴族たちがざわめいて声を上げた。
「ですから、その商会の屋敷はもぬけの殻、その屋敷の者は既に誰一人として国内にいないのですよ」
宰相は言った。
「つまり、我らは今年の収穫の多くを失った状態で、今後一年を過ごす必要があるという事なのだな?」
事態を理解したラマンド三世の声が重くなる。
「そうでございます。幸いながら王宮の備蓄を全て持ち出せば、ある程度は市場に回せるでしょうが穀物の値は当然跳ねあがり、国民は困窮するでしょう。こんな状態で、どうやって軍を動かせるだけの食糧を確保できるでしょうか?」
「やられた……な……」
ラマンド三世は頭を抱えた。
「これだけの事をやったのだ。裏にいるのは東マンド国だろう。商会の金が尽きなかったのもあたりまえだ、国がついているのだからな。東マンド国からすれば自分たちの食糧備蓄は十分以上、相手を細らせて自分を強める。それをこの戦が本格化する前から仕掛けてきていたとは……」
王の言葉に貴族たちも青ざめた。
「そう、見事にやられました」
宰相のため息に王宮を重苦しい沈黙が包み込む。
バン!
その時、突然大きな音が響いて、集まっていた者たちはぎょっとして振り返った。
その暗く沈んだ雰囲気を吹き飛ばすように新鮮な風が吹き込んできた。謁見の間の扉が勢いよく開け放たれたのだ。
そこに満面の笑みを湛えたバルア王子が立っていた。
「父上! 良い知らせだ! サティナ姫からの使者が参りましたぞ!」
バルア王子が元気一杯に叫んだ。
「王子、お待ちください。今は大事な会議の最中にございますよ、勝手に入ってはダメでございます」
パルケッタが慌てて止めようとしているが、バルア王子はずかずかと入ってきた。
「気にするな! パルケッタ! なんだ、皆が暗い顔をしているぞ! バチュアなどめずらしくいつもの嫌味な笑いがないぞ!」
バルアは貴族たちの顔を見回して笑った。
「何事ですか、王子!」
宰相が声を荒げるが、バルアは全然気にしていないようだ。
「さあ、早く入るのだ!」
そう言って手招きする。
「え? 本当に良いのか?」
扉の向こうから声が聞こえ、すぐに数人の人影が見えた。
「良いのだ! 早く入れ! すぐに父に会うのだ!」
国の未来に暗雲を感じ、暗い表情の一同の前を王子は快活に歩く。
「もう! 叱られてもしりませんよ」
ぷいっと怒ったパルケッタの隣に姿を見せた男たちが恐る恐る前に進み出てくる。
「サティナ姫の使者と申したな、事態は急を告げておる。今ここには国政を預かる者たちが集まっている。ここで話を聞こうではないか、良いな宰相?」
「王がよろしいのであれば」
王の言葉に、宰相はうなずいた。
「王の御前へ参れ」
「父上、彼らがサティナ姫の使者です」
バルア王子に連れられるような形で王の壇下に見慣れぬ衣装の者たちが揃った。
「私がラマンド三世である。サティナ姫からの使者たちよ。御苦労であった」
「ははっ」
ムラウエたちは床に片膝をついて一礼をする。
「私は、サンドラットの里の里長の一人、ムラウエと申します」
ムラウエが自己紹介すると、ざわめきが起こった。
ラマンド国ではサンドラットは砂漠の一角を支配する大盗賊集団として知られているが、その支配領域は東マンド国を越えた先にあるため実態が伝わっておらず、未知の存在なのである。
「国王に盗賊風情の謁見を許すとは」という声も聞こえるが、多くの者はサティナ姫という人物を知っている。彼女が寄こしたということは何か意味があるはずだ。
それに3人のうちの一人はよく見知った顔である。その男、ドメナス王国の騎士マルガが、姫の第一の側近であることは誰もが知っている。
「マルガ殿のことはみなご存知でしょう。それで、こちらの騎士が……」
ムラウエがマルガの隣に侍る偉丈夫を示した。
「私は、東マンド国の正当な王位後継者であるミリッテア・メル・スランド王子の近衛騎士団筆頭ヘビンでございます」
ヘビンはそう言うなり、深々と礼をした。
「東マンドの狼!」
「わずかな手勢でガゼブ国の大軍を破ったという、あの男か!」
「なぜ、東マンド国の者が…………」
貴族たちがざわめいた。
「マルガ殿、ご説明をお願いします。盗賊の棟梁や敵国の騎士の話では、誰もまともに話を聞きませぬぞ」
宰相ヘロドマエが言った。
「それでは、まず姫からの密書をこれに」
そう言ってマルガが手紙を差し出した。
手紙を受け取った宰相が王へ手渡す。
封を切る音だけが静まり返った室内に響いた。
「ふーむ」
一読した王の顔には、心なしが赤味が戻ったように見える。
「姫の文にあるサンドラットの里の密書を見せよ」
王はムラウエを見た。
「はっ。密書はここにございます」
ムラウエは宰相に密書を差し出し、宰相は再び国王にその密書を手渡した。
「ふむ、なるほど、それで東マンド国の狼と恐れられるほどの騎士が来た訳だな。ヘロドマエ、これを読んでみろ」
ラマンド三世はそう言うと、2つの密書を宰相に手渡した。
それを受け取って読み始めた宰相の手が震えた。
「こ、これが真実であれば!」
「真実なのだろう? マルガ?」
ラマンド三世はマルガを見た。
マルガの隣にいるバルア王子は腕組みしながら、分かったようにうなずいている。
「すべて、そこに書かれている通りであります。国王がサンドラットを国としてお認めになれば、万事うまくいきましょう」
マルガはちらっとムラウエを見た。
「はははは……お前たちは機を見るのに聡い。さすがは砂漠の大盗賊と言われる連中だ。良いぞ、認めよう。この戦がうまくいけばこの書状にある内容を認めるぞ」
「王よ! 何が書かれていたのですか! 宰相! ご説明を!」
貴族たちが声を上げた。
宰相がちらりと王を見上げた。
王はうなずく。
「王の御許可が出たので、この内容をお前たちに知らせる! だが、一歩この部屋から出れば、この内容は他言無用ぞ! 重大な極秘項目である! 命を賭けて秘密を守ると誓う者だけがここに残れ! その気概の無き者は今のうちに外に退去せよ!」
宰相の一喝で一同は気を引き締めたが、出て行った者はいない。
「書状の要点は3つだ。一堂、心して聞くように」
広間は静まり返った。
「その一つ目、サンドラットの里で、東マンド国の正当な王位後継者であるメルスランド王子とリナル国のフォロンシア王女が保護されていることが確認された」
宰相が書状の内容を伝えると、驚きの表情が端から端へ伝わっていく。両国の正当な後継者の存在は東マンド国の暴走を食い止める手段になりうるのだ。
「何と王女が! ターマケ将軍が泣いて喜ぶぞ!」
誰かが思わず叫んで、周囲の者から口をふさがれた。
マルガはその様子を見て、リナル国のターマケ将軍がラマンド国に亡命しているという話は本当らしいと確信した。
「その二つ目、東マンド国の西に位置するサンドラットの里、これを今後、国として認めれば、我々の同盟に参加するという。つまり東マンド国を四方から包囲することが可能になる。
サンドラットは我らが開戦すると同時にフォロンシア王女とメルスランド王子を奉戴して蜂起し、西から東マンド国に圧力をかけると約束しておる。近衛騎士団筆頭ヘビン殿がここに居るのがその証という訳だ」
おおっ! と大きな声が広がった。
本来であればメルスランド王子が東マンド国を継ぐ者であることは周知である。
前王を呪い殺し、大神官を殺害して逃亡したということがコドマンド王の策略であったことは既に誰もが噂に聞いており、それを証言することができる者がラマンド国内で保護されていることも誰もが知っていた。
伝え聞く限り王子はコドマンドよりはよっぽどまともな人物である。彼を後押しして王位に就かせれば、東マンド国との関係が改善する歴史的変換点になる可能性もあるのだ。
また、サンドラットなるものがどのような組織が良くは知らないが、どうせ砂漠の向こう側の話だろうと考える貴族も多いようだ。
「そこまでの話はたしかに朗報だ。だが、根本的に食い物が無くては国が滅ぶのだぞ」
バチュア公の大きな声が響いた。
一瞬忘れかけていた食糧問題が皆の頭に重く圧し掛かった。そうだ、いずれにしてもそれが最大の課題であることに変わりはないのだ。
場は再び静まり返った。
バルア王子だけがその雰囲気に染まらずきょろきょろしているのは事態を理解していないからだろう。
「?」
だが、国王と宰相もその暗い雰囲気に飲まれていないことに貴族たちは気づき始めた。
「その事に関するのが三つめである。……どうやら今回の食糧不足解消の見通しがついた」
宰相の言葉に一同の顔に疑問符が浮かんだ。意味が理解できないのだ。
「サティナ姫が西方砂漠の交易路を押さえた。サンドラットの里を中継として、我が国は西方諸国から大量の食糧や物資の支援が受けられることになった。
西方諸国への見返りは永続的な交易体制の確立だそうだ。関税の件は交渉の余地ありだが、元々生産物や特産品が違うから、そうは問題にはならぬだろう」
王と宰相は微笑んだ。
その余裕の表情を見た貴族たちが息を吹き返した。宰相が説明し終わった後の一同の顔つきの変化は見事だった。
あっという間に花が咲いたように笑顔が戻っていく。
「ありがたい! これで戦えるぞ!」
「やるぞ! 東マンド国に正当な王を帰そう!」
誰かが叫んだ。
うまくいった。これで例の魔族の女が仕掛けた策略の一つをつぶせるだろう。マルガはほっとしてムラウエの顔を見た。
「サンドラットなどという盗賊の力を借りれるか」とか「盗賊が国を名乗るなどもってのほか」などと言う意見の出番がなかったからである。サンドラットを認めず、提案を受け入れなければラマンド国は食糧難で自壊していただろう。
あの魔族の女は恐ろしい策略家だが、うちの姫さんも負けていない。
ムラウエがやったぜという顔をした。
お堅いヘビンも口元が緩んでいる。
あとは、ターマケ将軍をサンドラットの里に迎える手はずを整えなければならない。それがサティナ姫から命じられたもう一つの課題だ。
リナル国復活のため、フォロンシア王女の旗印の元、ターマケ将軍が立てば、ちりじりになっていたリナル国の兵も集まってくる。リナル国内でも反東マンド国の機運が生じるだろう。
将軍は当然リナル国内の地理には詳しい。ガゼブ国に軍を進めた東マンド国軍の背後を奇襲するのは容易だろう。東マンド国がガゼブ国を側面から伺うなどと悠長な事は言っていられなくなるはずだ。
サティナ姫がマクロガンとカルバーネを残した理由もここにある。優秀な魔鏡使いと通信士である二人をターマケ将軍の配下に入れ、新生リナル軍を支援するつもりだろう。
遠くの戦況を把握し、それを伝達する事に長けた二人がいれば、寡兵でも敵を混乱させることが容易になる。
マルガは余裕の戻ったラマンド三世を見上げ、さらに今後の策略について話しを切り出した。
ーーーーーーーーーー
お読みくださり、ありがとうございます!
物語全体では中盤、いわば戦乱編に突入しています。
次話からはアパカ山脈ルートを行くカイン一行とドリス一行、東の大陸の戦乱の行方、帝国と新王国の攻防となります。
今後ともよろしくお願いします。
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