第190話 ドリスとボザルト、洞窟の古代都市に迷い込む
神秘的な光が揺らめいている。
光っているのは岩石に含まれる魔鉱石の水晶だけではなかった。地面に生えた苔や茸が淡く光って周囲を照らしているのだ。
周囲を取り囲む切り立った崖の所々からゴウゴウと音を響かせ、大量の地下水が滝となって流れ落ちている。
その地下の大洞窟は、反対側の壁が見えないほどに広かった。
足元の硬い岩は崖際に細い道をつくっている。道は連続しているわけではなく、所々切り立った岩の頭が並んでいるような場所もある。
ドリスとボザルトはその岩の上をひょいひょいと身軽に渡っているが、不安定な足場の下は底の見えない谷である。常人であれば怖くて跳べるようなものではない。
「こっちよ! ボザルト!」
「ちょっと待つのだ!」
ドリスは何も恐れを知らないのか、ボザルトですら驚くような大胆さでそんな難所を渡って行く。
「それにしてもドリスは人間にしては随分と身軽だな。一体どこで鍛錬したのだ?」
ボザルトはドリスが次の岩に跳ぶのを待って、岩の表面を覆う苔をむしるとくんくんと臭いをかいだ。
苔はボザルトには食べられそうだが、ドリスは人間だから無理かもしれない。
「え?」
ポンと次の岩に跳び下りたドリスが振り返った。
「鍛錬? 鍛錬とは何なの?」
「鍛錬も知らぬのか? うまくできるように何度も練習することだ。我ら野族の里では、子どもの頃から切り倒した丸太や切り株の上を、重い荷物を背負い、いかにバランスを崩さず走れるかを競ったりしたものだぞ」
ひょいとボザルトが次の岩に飛び移る。
「へぇーー、そういう鍛錬はしていないかな? そうね……寝ていたら体が覚えていた? そんな感じかな?」
「なんだそれは? ドリスの言うことは我には良くわからんことばかり、やはり人間というのは理解できぬ生き物なのだな」
「ほらほら、ボザルト、見て! 底が見えてきたわ。緑の光が広がっている。なんかスゴイ!」
「ふーむ。底の方が苔が多いようだな。独自の地下世界になっているようだと危険な奴もいるかもしれぬ。気を付けて下りよう。あ、ちょっと待て! そんなに急いで下りるな!」
ボザルトは、ぽんぽんとリズムカルに下り始めたドリスを慌てて追った。
本当なら底に着く前に、敵がいないか、何か動いていないか、上の方から確認してから用心深く下りるのが野族流なのだが、ドリスはお構いなしである。
ここには危険な何かが潜んでいる気配がする、我がしっかりせねば! ボザルトは髭をひくつかせた。
「着いた! 一番っ!」
ドリスが一足先に地面に着地して両手を上げた。V字ポーズで振り返る。
その背後に、はぁはぁと息の荒いボザルトがどさっと落ちてきて尻もちをついた。
お尻の下は非常に柔らかい。
手で押すともにゅっと沈む。苔が厚く堆積しているのだ。地面付近の空気は妙に温かい気がする。ボザルトはパッパッと埃を払いながら立ち上がった。
「おい、ドリス、そんな所で何を突っ立っておるのだ?」
少し離れた所に立つ人影に話しかけるが、返事が無い。
「むう? どうしたのだ? ドリス」
近づいてみる。
「ワッ!」
「ぎょわっ!!」
突然、ドリスの影からドリスが飛び出し、ボザルトは全身の毛を逆立て尻尾を硬直させた。
ドリスがけらけらと笑う。
「何だこれは? ドリスではなかったのだな」
ボザルトはドリスが隠れていたそれを見る。
野族のボザルトがそれをドリスだと見間違ったのも無理はない。苔を払って見るとドリスによく似た人の形をした石像だ。
「これは人が造ったものかな?」
「人族が造ったものだな。ということはこの洞窟には人族が住んでいたということであろうな」
ボザルトとドリスは周囲を見渡した。
薄暗さに目が慣れてくると、そこは道路のようだ。
苔に覆われた石畳の道が奥へと続き、道の左右に同じような石像が立っている。
「もしかすると、ここは古代の遺跡なのかもしれんな。外に出ようとして逆に一番深い所に迷い込んだのかもしれないぞ」
ボザルトはしきりに髭を動かした。
空気の流れを感じるから、どこかで地上へ続く道に繋がっているのだろう。
「こんな所に用は無い、早く出口を探すぞ」
「待って、ボザルト」
その腕をドリスが掴んだ。
「ん?」
「こんな場所だし、何か面白い物があるかもしれないよ」
ドリスは好奇心一杯の瞳を輝かせた。
「いや、長居はできまい。我はこんな苔でも食せるが、お前は人間だ。今持っている食糧ではせいぜい3日分だ。食糧が尽きる前にここを出る必要があろう?」
ボザルトはルップルップの食べる量を思い出しながら計算した。
だが、ボザルトは見当違いをしている。ルップルップは常人の3倍は大食いなのだ。しかも目の前にいるのは少女でそれほど多く食べる必要が無い。
「大丈夫、平気だわ。こんな面白そうな場所に来たのだから少しくらい冒険しようよ。でなければ、せっかく生きている意味がないじゃない」
確かにドリスが言うとおり、ボザルトも少しは探検してみたいと思っていたのだが、ドリスを保護する大人としては、そう言えないところだったのだ。
「うーむ、ドリスがそこまで言うのなら、仕方がない。つきあうとするか」
ボザルトは渋々承諾したような顔をするが、その尻尾はピンと立って大きく左右に揺れてる。
「向こうに何かあるみたいだわ。行くよ」
ドリスが駆ける。
「待て! 待つのだ!」
慌ててボザルトがその背を追う。
ドリスが踏んだ地面がくぼんで淡く発光するのは、発光性分を含んだ苔を潰すからだろう。おかげで、ドリスが駆けていった道が分かりやすいが、ドリスは非常識なほど足が速い。
ドリスは、どうせボザルトなら付いてくると思っているのか後ろも振り返らずに走っていったようだ。
どこをどうを走ったのか、切り立つ石壁の隙間を縫うような路地を抜けると、正面に大きな建造物が見えてくる。その手前の門柱の前にドリスが潜んでいた。
「やっと追い付いた。ひどいぞ。我を置いて行くとは。それで何を見ているのだ?」
ドリスは石の門柱から半分顔をのぞかせて奥を見ている。
「あれを見てボザルト。何か動いているわ。何だと思う?」
ドリスが指で示した方を見る。
何だろうか、建物の入口に続く中庭のようなところを動きまわる2つの影が見える。ちょうどあまり光が当っていないところなので良く見えないが、川底で魚が光るように時折、闇の中で照り返す。
「動いてみえるが、獣ではないようだ。どれ、我に任せるのだ」
そう言ってボザルトは小石を拾う。
「それで、あれを攻撃するのか?」
「違う、まあ、見ていろ」
そう言うと、ボザルトは建物の壁の方に石を投げた。
カツン! と音が響いて壁に石が当たる。
キュルルル! と音がした。
灼銅色に輝く金属の兵が光の中に姿を現した。
その姿形からして、友好的な存在でないことは確かだ。四本脚の蜘蛛のような形態だが、腹の両側に鋭い槍のようなものを備えている。頭には二本の触角のようなものが蠢いている。
「むむむ………あれは危険だぞ。一旦下がって、様子を見よう。位置的に優位な地点に移動するぞ」
ボザルトは槍を握りしめ、ドリスの肩に手を置いた。
「ボザルトはあんなのが怖いのか? どう見てもただのガラクタじゃない?」
「我はお前の仲間だ。仲間を守るのが野族だ。危険だとわかっているのに仲間を行かせはしない。我らは奴らの事を知らん。戦う前に敵のことは調べておくべきだとルップルップ様もよく言っておられた」
「そうか、私は仲間だからな。わかったわ。それで優位な地点とはどこいらへんなの?」
「ふむ、我の見立てでは、あの塔がいいと思う。あそこならば建物を正面から見る事ができる。あそこから潜り込む場所を探してみよう」
ボザルトは建造物と向かい合うように建つ小さな塔の一つを指さした。
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