第191話 <<ガゼブ国への侵攻1 ー東の大陸 サティナ姫ー>>
コドマンド王はイスに座ってせわしなく足を揺すっていた。
その前に居並ぶ貴族たちは無言で王の様子を伺っている。
「国王、使者が参りました」
その重苦しい沈黙を破り、入口に衛兵が現れた。
「すぐにここへ通すが良い」
宰相ラダが言った。
「旧公国諸国連合外交特使グガール様から伝言でございます」
部屋に現れた貧相な旅商人風の男は宰相の前にかしづいた。
「聞こう」
「はっ、今回の諸国連合との交渉は決裂、諸国連合は既にラマンド国と通じている模様との伝言でございます」
「ちっ!」
コドマンド王は難しい顔をした。
「やはり決裂か…………こちらへの返事を遅らせることでやつらは時間稼ぎをしたようですな」
宰相ラダはちらりと王を見て、王が髭を撫でたのを見ると言葉を続けた。
「ガゼブ国が急に態度を変え、和平案を拒否してきたのは、この後ろ盾がついたことによるものに違いありません」
「ふん、小国のくせに我が国に歯向かうつもりか。こうなれば一気に圧力をかけるために第一軍をガゼブ国の王都に向けて進軍させるか、大森林軍道の完成状況はどうなのだ?」
王は軍務担当の狐目の男を見た。
中貴族のベンドアである。元は王子派の貴族である。
王子が失脚するやすぐにコドマンドに尻尾を振るような男だが、軍事的な才能は長けている。
「恐れながら、軍道は数日前に完成しております。御命令があればすぐにもガゼブの王都近辺の平原へ進出可能でございます。この作戦で一番課題となる兵站もまったく問題ありません。旧リナル内に建設中の食糧基地もまもなく完成します」
「それは見物じゃな。奴らは肝を冷やすであろう。よし、ただちに第1軍をガゼブ国、ガーザン平原に進軍させろ!」
「はっ。ただちに」
「お待ちを陛下!」
若い貴族の一人が声を上げた。
「何だ、わしの決定に意見があるのか? ハベット公」
「いえ、そうではありませんが、旧諸国連合とラマンド国がガゼブ国救済のため結託したとなれば、我が国は東部に長大な防衛線を張らねばならなくなります。
とりわけラマンド国がどこまで本気でガゼブ国のために動くのかが問題です。
もしラマンド国が兵を動かす気配があれば、国の南東の要塞や街に常駐する兵を増やし、事が起きれば、第2軍を差し向ける必要があるでしょう。さらに仮にラマンド国が全軍を動かすようであれば、第3軍もそちらにまわさなければ国境の防衛線の維持は困難でありますぞ」
コドマンドは物わかりのよい王を演じて
「うむ。確かにハベット公の申す通りである。そなたの認識は見事であるぞ。しかし、その心配は無用なのじゃ」
コドマンドは自慢気に髭を撫でる。
「ラマンド国は食糧不足に陥り、戦どころではないのだ」
「と申しますと?」
「王のおっしゃるとおりです。ラマンド国王都付近の今年の穀物収穫の半分は、既に我が国が買い占め、第1軍の方に回している。奴らは食糧難で兵を動かしたくても動かす事などできないのだよ」
宰相ラダが言った。
その言葉に貴族たちがざわめいた。
「さすがは、ラダ殿でございます。既にラマンド国の動きは封じてあると。……となれば、憂慮することはありますまい」
コドマンド王は満足気にうなずいた。
「それでは?」
「やるのですか?」
そう言いながら貴族たちは壇上に立ち上がった王を見上げた。
「ふむ、第1軍、第3軍に命ずる、全軍をもってただちにガゼブ国へ進軍せよ! 我が軍の威容を諸国に示し、偉大なる王国が誕生したことを分からせるのじゃ!」
王は
◇◆◇
針葉樹の巨木がうっそうと茂る大森林が大きく揺れた。
巨大な怪物がこちらに向かってくるように木々が次々と倒れ、森の一角がぽっこりと開けた。
その奥から増水した水が一気にあふれたように東マンド国の国旗を掲げた兵がどっと姿を見せた。
「やはりここだったわ。ついに動いたわ!」
遠眼鏡でその様子を見ていたガゼブ国の騎士シャルロッテはつぶやいた。
「本当に攻め込んできました、やつら本気なのか?」
同じように隣で遠眼鏡を覗いていた騎士アクセラが腰に下げていた魔道具の魔鏡を取りだした。
「アクセラ、至急、王宮に連絡を入れてちょうだい。そうしたら私たちも後方の部隊に合流よ」
東マンド国の動きは掴んでいたものの、その偽装工作が巧みで、実際の侵攻ルートが確定できなかった。そのため防衛拠点を分散化せざるを得ず、この侵攻地点に即応できる防衛部隊は限られている。
しかし、これだけ早い段階で敵の侵攻を確認できたことは、戦力に余力の無いガゼブ国には重要な意味がある。今回ばかりはシャルロッテの野性的な勘を称賛すべきだろう。
「つながった?」
「まだです、今やってます」
騎士アクセラはガゼブ国唯一の通信魔導士でもある。
一般の通信士が伝書鳩や早馬を使うのに対し、魔法により即時通信する通信士で、その魔法技術を確立している国は周辺では少ない。彼はドメナス王国騎士養成所に留学した経験がある希少な人材の一人だ。
「こちら西方監視部隊のアクセラ、たった今、東マンド国軍が平原に侵出しました。場所は……」
王宮からの返答はやや雑音にまみれている。やはり送り手が良くても受信側の能力が追い付いていない。
「どうやら南部戦線でも動きがあったようだ。東マンドの連中もやるな。同時侵攻作戦らしい、本営が混乱している」
アクセラは魔鏡を収納しながらシャルロッテを見た。
シャルロッテは遠眼鏡でさらに敵の動きを観察している。軍の規模、その編成、武装、旗印、兵の動き……確認すべき点は多い。
森林を抜けた敵軍はすぐに前方に防御陣を形勢し、その内側で行軍陣形を作りだしている。見事な手際だ。既に斥候も馬を走らせている。
「あの先陣の将、かなり優秀ね。あんな奴がいるんだ。この戦いは苦戦しそうだわ」
「本当だ。こんな短時間でもう行軍陣形が整った。いくら精兵でも早すぎるぞ。急いで部隊に戻って報告しよう」
ふたりはうなずくと馬に跨った。
◇◆◇
ガゼブ国との開戦から3日目、次々と入って来る前線からの情報をまとめ、宰相ラダが王に報告していた。
従来の国境地帯、北部戦線における砦攻略戦は予想通りの困難さであった。北に向かって攻めかかった第3軍は国境を越えてすぐの砦一つ未だに落せていない。
もっとも奴らの防衛線は東マンド国の三軍総がかりで攻めても耐え抜くように造られているので、それは当然と言えば当然の結果であろう。敵軍の足止めとしては予定通りと言って良い。
しかし、もう一方の旧リナル領から東に攻め込んだ第1軍の戦況も思ったほど芳しくはなかった。
「……という事でありまして、大森林を抜けた第1軍は初日こそ大きく奴らの
現在、その街の前で
兵站線に支障をもたらす恐れがあることから、これには別働隊を潜ませ迎撃する予定であります」
「ちっ、こちらが外交交渉に時間がかかっていた間に、奴らに準備させる時間を与えてしまったと言う事じゃな」
コドマンド王からは多少面白くないという雰囲気が伝わってくる。
地図を見ただけでわかる。
敵の側面を突いて王都方面に侵出した第1軍が思ったほど敵の
予定では今頃は王都のすぐ西に位置する平原に到達し、ガゼブ国の工業地帯を脅かしていたはずだが、予定の半分の距離で足踏みしているのだ。
ラダが献策した作戦ではガゼブ国に圧力をかけるのが真の目的であり、こちらの武威を見せつけるだけで十分というものだった。そのため本格的な攻城戦は予定していなかったのだが、侵攻ルートの途中にあるマーカスという田舎の街が丸ごと要塞化され、そこに軍が立て籠もっているとなると、見逃すことはできない。
第1軍による攻城戦が開始されたが、有利に和平交渉を進めた後、すぐにリナル郡に帰還できるように、と機動力重視の部隊編成を行ったのが裏目に出ている。
カミネロアが「念のために御準備を」と進言していた攻城兵器を送らなかったのが、ここに来て悔やまれるのだ。
敵が要塞化したマーカスの街は少し高台に位置し、元から防衛向きである。しかもその斜面に生えていた北国特有の棘のある木々の林を切り倒して障害にしているため、遠距離攻撃手段に欠いた第1軍は攻めるのにかなり難渋しているらしい。
油を撒いて燃やせれば良いが、今の季節風の風向きを考えると自軍に被害が出る可能性が高い。それに加えて兵站線を脅かす奇襲がチマチマと続いていることも面白くない。
「しかしながら、元より本格的な要塞と言うわけではございません。
「ですが宰相殿、第1軍では既にかなりの死傷者が出ているとのこと、第1軍には今のところ兵の補充はありません。どこまで圧力をかけるために進軍するかにもよりますが、ここで兵を消耗すれば王都への進軍は一層困難になりますぞ」
軍務担当の中貴族ベンドアが不安そうに言った。
「心配無用じゃ。今頃、我が大魔女が旧リナル王宮に着いたころじゃ。彼女が第1軍に合流し、強力な兵を組織してくれる手はずになっておる。突撃部隊は恐れを知らぬ兵で組織されるのだ」
コドマンド王はにたりと笑った。
ベンドアはその笑いにぞっとした。
大魔女とはあの赤いドレスの美女だろう。リナル国との戦では彼女が死人を操り、突破不可能と言われていたリナル国の国境砦を難なく落としたのは誰もが知っている。
まさか彼女が操る死人をつくるため、わざとその砦で無謀な戦いを強いているのではあるまいか、味方も敵も死んでしまえば彼女の兵になるのだ。
その不吉な考えに思い至り、ベンドアは青白い顔を王に向けた。
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