第23話 潜入! 女風呂!!
夜、行動開始の刻限だ。
俺は静かに息を吐いて基地に潜入する。
王女の救出というハードクエストだが、目的は当然それだけではない。武器やまともな服の入手、脱獄への手掛かり、そして獣化の病の治癒法である。
もちろん俺もそう簡単に獣化の病の治療法が分かるなんて期待していない、だが少しでも何か手がかりがないか、常にどこかで意識している自分がいる。
侵入経路は紙に書かれた地図通りだった。
倒壊した建物が王宮の塀にもたれかかって石壁が崩れ、その衝撃で塀に人がくぐれる程度の亀裂を生じさせていたが、王宮側からは手前に大きな庭石があって穴が見えない。
派手な音を立てるボロ長靴を廃屋に隠し、人が一人やっと通れるくらいの穴をなんとか抜け出ると、そこには別世界が広がっていた。淡い光が所々にぽつりぽつりと幻想的に輝いている。
うわーーーーとんでもない。
とてもここが同じ囚人都市とはとても思えない。
俺は深呼吸して覚悟を決め、ーーーー骨棍棒と一緒に足元までずり落ちたパンツを引き上げた。
ーーーーーーーーーー
月明かりに照らされて浮かび上がる美しく手入れされた緑の庭園。その奥には様々な豪華絢爛な元王宮付属の建物が建ち並んでおり、一定間隔で灯る淡い光がなんとも言えない美しさを醸し出している。
この一角は王宮付属の薬草園だ。
むしゃむしゃと薬草を食いながらしゃがんだまま付近の様子を探る。外にはほとんど緑が無いため、根本的に食べられる草に飢えている。野菜ならもっと嬉しいが贅沢は言えない。
「ここが王宮の薬草園なら、近くに何か関連施設があるはずだ」
すぐ脱げるズボンを押さえながら神殿に侵入するのは難しい。
いっそパンツまで脱いで下半身真っ裸で行くか、どこかで紐を入手して縛ってから行くか? そう問われれば、誇り高き貴族である俺は当然後者だろう。
どこかの施設でせめてパンツの紐が欲しい。運良く兵の服でも手に入れることができれば、兵に化けて神殿に忍びこめるかもしれない。
やがて薬草園の幾何学的な花壇の向こうに大きな建物が見えて来た。
建物の形からすると、薬草の効能を生かして心身をリラックスさせるための水場か薬で傷を癒したりする施設だろう。
しかし、ここは元王宮だ、もしかするともうワンランク上の温浴場かもしれない。庭園を散歩した王が目を付けた官女を連れ込んでそのまま……ということは良くあることだ。
王たる者、常に子孫を残す努力を怠ってはならない。王宮の薬草園付属施設はそういった目的の施設でもあった。
あれがそう言った温浴場だったなら間違いなく衣服関係の物資、紐やその代用品くらいあるはずだ。
支給されている服の手入れを自ら行うのはこの世界の兵士たちの常識である。そのため服を脱ぐ施設にはちょっとした手直しをするための布とか裁縫道具とかが必ず置いてある。
紐や裁縫道具を手に入れ、ここでパンツとズボンを直してから神殿に潜り込む。温浴のための施設なら警備も手薄だろうし、必要な素材も入手しやすいだろう。まさにうってつけだ。
「パンツの紐、ズボンの紐……」
それだけを呪文のように唱えつつ、草むらを腹這いになって施設に近づく。時折、パンツが脱げかけたが、そのたびに引き上げながら猛然と進んでいく。
施設とは反対方向の庭園の奥には獰猛な魔犬が徘徊しているのが見えるが、縄張りがあるのか、施設周辺には近寄って来ない。
夜の庭園なので誰かに見つかることもなく、俺は施設につながる園路の手前にたどり着いた。
「誰か来る」
パッ、と園路沿いにある茂みに飛んだが、その勢いで枝に絡まって尻が丸出しだ。だが、今動くのは間違いなくまずい。
「!」
人の気配が近づいてくるが、今動いたら気付かれる。これはヤバい。尻を丸出しで夜風にさらしたまま、死んだふりをしてやり過ごすしかない。尻丸出しのところを敵に見つかったら変質者の汚名を着せられてしまう。
じっと息を殺している時間はやけに長い。だが、幸い月光に白く輝く俺の丸い尻には気付かなかったようだ。危なかった。まだ心臓がドキドキしている。
「まだ侵入は無理か。人が動く気配がするな」
壁際まで近づいた施設の屋根の換気窓から湯けむりが上がっている。やはり間違いない。ここは温水浴のための施設だ。
またも扉が開く音がして、足音が聞こえ、俺は茂みの中で息をひそめた。
今度も女性が3人通り過ぎていく。耳はするどく尖っているが見かけは人間と変わらない。皮兜と簡素な皮鎧を着ている兵士だ。装備からすると昼間砦の上にいた弓兵だろうか。
ーーーーやがて、夜間の見張りを交代したらしい兵士の最後のグループが浴場から戻ってきた。これでようやく最後だ。彼女たちより後に浴場に向かった者は一人もいない。
あとは、明け方まで当分見張りの交代もないだろうから、新たに来る者ももういないはずだ。
残念ながら隠密術などという便利な技は習ったことがない。誰が見ても不審者、いかにも怪しげな忍び足で施設の入口に近づくと、誰も見ていないことを確認し、そっと浴場に忍び込んだ。
宿舎の方から来た者はさっきの3人が最後で間違いなかったようだ。施設の中はとても静かで、時折、遠くで水音がするが、天井からの水滴だろう。思ったとおり特に警備兵が常駐している様子もない。
昔入ったことのある王宮の水場を思い出しながら、暗い中を移動していく。子どもの頃から様々な職業を経験してきた俺である。施設の構造には一定の規格がある事くらい知っている。
この広い部屋は脱衣所だ。その先に控室と呼ばれるベッド付きの休憩室があって、その奥が浴場だ。王宮の施設はどこでも似たような造りなのだ。
床は木製で、ぺたぺたと素足の足音がする。何列も棚が並んでいるが、俺は壁沿いに進み、引き出しや棚を手探りで探す。
「しかし、それにしても暗い……」
最後に使った者が規則通り灯りを消していったに違いない。
魔族であれば、この月明かり程度の光でも目が見えるかもしれないが、俺はただの人間なのだ。そんなに便利ではない。
灯りをつけるスイッチかレバーがどこかにあるはずなのだ。
この時間なら誰も来ないだろうし、短い時間ならちょっとくらい灯りがついていても気づかれないはずだ。
「スイッチはどこだ? ないな……」
手探りで壁を探すがさっぱり見つからない。
そう言えばここは元王宮、王宮仕様なのである、無粋な器具やスイッチ類はお付きの者が陰で操作するので、目に付かぬように当然扉で隠してあるはずだ。
「あっちか」
やっぱりだった。奥に隠すように扉がある。
俺はそっとその閉じた金属枠のガラス扉に近づき、扉に手をかけた。
流石は王宮仕様の高級扉である。ちょっと力を入れただけなのにまるで自動で開くドアのように滑らかに扉がスライドして開いた。
目的のものがそこにあった。
「なんだあるじゃないか」
俺はすぐに闇に浮かんだ突起に指をかけた。
もに……妙な感触。
なんだか微妙に柔らかく生温かいようなスイッチを再度押す。押しても灯りがつかない。摘まむのか?
突然、ポウッとかなり薄暗い灯りがついた。魔法の灯りらしく、明るくなるまで時間がかかるタイプのようだ。
「んん?」
青白い素肌に浮かぶ豊かな乳房。美しい素肌の美女! その手が壁のスイッチを押している。そして俺の指先は、彼女のピンクの愛らしい乳首をきゅっと摘まんで……。
「こ、これは乳首っ!」
風呂上りで顔にパックしており、薄暗くて良く見えないが、明らかに美人の雰囲気がする。
目の前の彼女は驚愕のあまり固まっていた。
やがて尖った耳が見る間に赤く染まり、手にしていたタオルがはらりと落ちた。当然、二人の視線はそのタオルを追って流れる。
「む、む、む、無毛!」
ぐはぁっ! 目がやられた! それはひっそりと息づく、あまりにも美麗な神秘の陰影! それは網膜に焼き付いて、もはや忘れることは男には不可能だ。
「あわわわわ……」
彼女の視線も俺の股間に釘付けになっている。全身真っ赤になるほどウブだった。
いつの間にか俺のゆるゆるのズボンとパンツがするりと床に落ちている。
まさに丸出し! 「やあ!」とばかりに俺の大毒蛇がご挨拶している。
まずい! この状況、誰が見ても痴漢の変態そのものだ。
「だ、だれかっ! くっ!」
彼女は叫ぼうとしたが、驚きすぎたせいか、急に苦しそうに胸を押さえてよろけた。
今だ! 俺はパンツを床に残し、とっさに飛びかかって彼女の口をふさぐ。
「んんっ!」
その敏捷性たるや、今までの人生で一番素早い動きだ。
実力からすればこの美女の足元に遠く及ばないはずなのだが、驚きのあまり理解が追い付かなかったのか、それとも別の何かが起きたのか、体が一瞬硬直した彼女の隙をついた形になった。
ヤバイヤバイ! まだ入浴中の女がいたとは!
ここで人を呼ばれるわけにはいかない。
何かないか、何か。
「これだァ!」
俺はとっさに脱げた俺のパンツを彼女の口に押し込んだ。
今の今まで俺の股間を覆っていた、いろんな汁の浸み込んだほかほかの小汚いパンツである。
「んぐう!」
どれほど不味かったのか。妙な味がしたのか。女は予想を超える力で俺をなぎ飛ばした。
どガン! とにぶい音がした。
突き飛ばされた俺は打った尻を撫で、追撃に備え、丸出しのままバッと身構える。
だが、動きは無い。
見ると、女は俺を突き飛ばした拍子に反対側の石壁に頭を打ったのか、気を失っている。髪を縛っていたリボンがはらりと解けた。
ほぼ全裸に近い気絶した美女……驚くほど美人なのはパックをしていても、薄暗くてもビシビシ伝わってくる。
しかもスタイルは超が天井を突き抜けるほど抜群だ。タオルで身体を拭いている途中だったのか上半身は裸だったが、良く見ると下はちゃんと入浴用のマイクロビキニ水着を着ている。素肌と同じ色だったので何も履いていないように見えただけだった。
魔族とは言え、直視すると鼻血を噴きそうだ。だが、俺はこんな風に気を失った彼女を襲うような獣では断じてない。
……と、思いっ切り自己主張し始めた股間を必死に説得する。
俺は裸を見ないように視線を斜め上空に向け、首筋に手を触れた。大丈夫だ、脈はある。
死んだわけではなさそうだ。
良かった。これで死なれてたら、何となく後味が悪い。
外傷もなさそうだ。
俺は落ちているパンツを拾った。
そのままにしておくのも気が引けるので、俺はタオルをかけると意外に軽い彼女を抱きかかえ、更衣室の壁際に置かれた長イスに寝かせた。どうやらすぐ目覚める気配はなさそうだ。彼女にそっと新しいタオルをかけてから、俺はようやく本来の目的の行動に移った。
つまりパンツの紐の代わりになるものを探すのだ。
さっきの美女が髪を止めていたリボンは何となく使いづらい。あんな美人が頭につけるものをパンツに使うとは何かまずい気がする。
戸棚をあさっていると、女ものの下着が出てきた。
うーむ。さすがにこれを履くのもどうか、サイズも小さいし、変態のランクアップ間違いない。引き出しには用途不明の小型のパットらしきものが大量にあるがこれは何だろう。あちこち探すがなかなか丁度良い紐が見つからない。
「ここは何だろう?」
扉をひくと、板を渡した穴があって水が流れており、穴の側には丸い桶みたいなものが置いてある。
ははーん。トイレか。
脇には水栓があり、そこにも桶が置かれている。
丁度良い感じの紐が、桶の中に1本と水栓の上に何本か干されている。カラフルな幾何学模様の紐で、少し湿っているが問題ないだろう。
「これはいいな、使えそうだ」
俺は紐を全て取り外すと、さっそくパンツとズボンの紐を交換してみた。さらに桶の中の湿った紐を使って骨棍棒用の下げ紐にする。うむ、これはかなり使い勝手が良い。
身支度を整え、更衣室に戻ってみると、天井の灯りはようやく本領発揮という感じで、明るくなっていた。さっきの美女はまだ気絶したままである。
「ふーむ。これが魔族か、そういえば良く見るのは初めてだな」
おそらく魔族なのだろうが、明るいところで見るとなかなかに……? と見ていると、うーーんとうなって彼女が体を動かした。
乾いたのか、パックがはらりと床に落ちた。
「!!!!!!!」
その瞬間、電撃が背筋を貫く! 一気に総毛立ち、息すら止まる。頬が赤くなり、全身の血流が早くなった。
いや、いやいや、いやいやいや……
冗談じゃない。
これは絶句もの、卒倒しそう!
こんな美女がこの世にいていいのか!
美女中の美女、もはや神だろう!
目が離せない、吸い込まれそうだ。女神、天女、どんな賛美でも足りないくらいの驚異的レベルの美貌、そしてそのあまりにも魅力的なそのスタイルに息が止まる。
「ぷふぁ!」
危ない、死ぬところだった。息が止まっていた。もしかしたら一瞬、心臓も止まって死んでいたのかもしれない。
魔族の美女ってこんなに美しいのか?
これは大人になったサティナ姫でようやく対抗できるかどうかっていう神がかったレベル、言葉もない。
俺は深呼吸を繰り返して冷静さを保つ。頭は抑え込めるが下半身が盛大に暴れまくった。
だが、よく見ると人族との違いもある。
手首や足首にわずかに鱗があるが体は人間と同じ。耳が少し尖っているが顔つきは人間そのものというか、神話をモチーフにした彫像に刻まれる愛の女神のような非常に端正で美しい顔立ちながら、冷たい気配は皆無だ。
濃いマリンブルーのような青みがかった黒いストレートの長髪、その頭頂部には一本の短い角が顔を出している。珍しいが、これが魔族の特徴なのだろう。東の大陸には魔族はほとんどいないので初めて見る。
俺は髪を少しかきわけた。幸い頭部に腫れや外傷はない。
少し反った角には年輪のような襞が刻まれ、大きさは俺の親指の半分くらいだ。先端は肌色に近く根元ほどピンク色になる。摘まんでみると少しぷるんと弾力があって、なんとなく柔らかい。角質の硬い角とは違う。
皮膚からというより頭蓋骨から直接生えているようだ。気になったので少し左右に動かすと、動く。これは頭蓋骨に穴が開いていて、脳と直結している器官のようだ。
「初めてみたな。魔族の感覚器官の一つか」
さわり心地が良いので、もにもに……と角を触っていると。
ぱちっと開いた目と目が合った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます