第170話 クマルン村攻防戦5 ー星神ー
俺は祭壇に向かって深呼吸した。
「たまりん! 姿を見せてくれ」
即座にぽうっと俺の股間が光る。
「こんな時にも現れる場所はやっぱりそこなんだな」
俺は金色の玉を見降ろした。
まあ、後ろから見ている群衆は祭壇の前が急に光ったとしか見えないだろうが……。ルップルップの言う降臨する座標とやらが俺の股間に指定されているのに違いない。
ルップルップは脇から俺の股間を覗き込んだ。
「はーい、カイン様、ご無事で何よりですねー。状況はしっかりと把握していますよー」
いつものたまりんだ。ゆらゆらと祭壇の前に移動する。
「おお! 星の玉神様!」
ルップルップが片膝をついて拝礼した。
「星の玉神?」
「おおー、そんな風に呼ばれていた仲間がいましたねー。奴は元の世界に帰ってしまいましたがーー」
「ルップルップ、こいつはお前が言う玉神ではないらしいが良いのか?」
「同じ神の系譜よ。ならば構わない。我々一族はその神託に従うのみよ」
ぴかっとたまりんは上機嫌に光った。
「うんうん、とても良い態度と心構えですねーー。ほらほら、カインも少しは見習ったらどうですーー? 本来はーーこうあるべきなんですよーー」
「馬鹿を言うな、あおりんやリンリンは特殊能力があって凄いと思うが、お前はただ単におしゃべりな覗き魔としか思っていない」
「ひどいなーーーー。まあ良いですよーー。それでーー? 野族の今後を示して欲しいとのことでしたねーー。まさに“導く者”である私に相応しいじゃありませんかーー?」
「そう言えば、最初の頃、そんなふうな事を言っていたな?」
「ちょっと、貴方、玉神様に向かってさっきから馴れ馴れしい! 殺すわよ」
ルップルップが険しい目で俺を睨んだ。背後から刺されそうな雰囲気である。
「えー、たまりん様、それで野族は今後どうすればよろしいですか?」
俺は
「皆の者! 聞くのよ! 玉神様が降臨された! これより我ら一族にご神託を賜るわ!」
ルップルップが神殿の外に居並ぶ野族の群衆に向かって叫んだ。相変わらず人間は殺せという声が所々から聞こえるが、それでも神殿内で何か特別な事が起きていることは理解したようである。
たまりんが神殿内をぐるっと回った。その光の玉に野族たちが礼拝する。
「野族に告げますーー! 軍を払って村に戻りーー、二度と穴熊族と争わないようにしましょうねーー。どうせ平原の方が暮らしやすいですよーー」
あれで良いのか? と言うくらい神らしくない相変わらず呑気な声である。
「ははーーっ!」
それでもルップルップ始め、野族の群衆は恭しく頭を下げた。
「玉神よ、今後我々の祀る神殿に降臨していただけますか?」
ルップルップが顔を上げ、小さな声で尋ねた。
「この祭壇を使うのですねーー。いいですよーー。匂いを覚えましたーー。ヒマだったら呼べば応えますよーー」
いい加減な奴だ。ヒマだったら、と言ったがほとんど毎日ヒマなはずだ。
「ありがたきお言葉でございます」
ルップルップは礼をする。
「皆の者! ご神託は下った!」
ルップルップが外の連中に向かって叫んだ。
「それじゃあ帰りまーす。あ、そうそう、私を呼びだしたこの男はクマルン村に返してやるようにしなさいねーー。そうしないとーー貴方たちの呼びかけには今後応じませんよーー」
「ははーーっ」
ルップルップ一同は再度頭を下げた。
「ふふふ……どうですーー? 私もーー捨てたものじゃないでしょうーー?」
たまりんは俺の耳元で自慢気につぶやくとパッと消えた。
「神が我らの呼びかけに応え、我らに道を示された!」
ルップルップは立ちあがると叫んだ。
群衆がざわめいた。喜んでいるのだろう。
「ご神託の結果です、戦は終わりです! さあ、村に戻る準備を始めなさい! 捕虜は足手まといになる。今すぐ解放しなさい!」
ルップルップが告げると、群衆は最後尾の方から散りだした。
神殿の扉が再び閉じられていく。
ふう、とルップルップが息を漏らした。
「これは最善の結果と言えるわね? これ以上仲間を失うこともなく、我らが神をついに取り戻した」
「しかし、あいつらをまとめ上げるのは大変そうだな」
その時、コンコンと脇扉がノックされた。
「ルップルップ様、亜族長の一族が先ほどの神託に文句を言っております。いかがいたしますか?」
側使えの野族である。
「亜族長一族が? 何と言っているの?」
「はっ。最後の捕虜の解放の件であります。仲間をたくさん殺されたのだから、捕虜は皆処刑しろと申しております」
「神のお告げで戦は終了、戦が終われば捕虜も何もないわ。構わず捕虜は即時解放よ。彼らには神託に背く者こそ追放、殺すわよと伝えなさい」
「はっ。それと、一部の者がルップルップ様とその男が一緒にいる所を見て、ルップルップ様が野族では無いのではないかと、やはり人間なのではないかと騒いでおります」
「それは前に否定したはずよ。馬鹿な事を申すな、と言いなさい。村に帰るまでは私が族長から全権を委任された野族代表。その野族代表を疑うことは族長を疑う事と同義よ」
「はっ。そのように説得いたします」
「大変だな」
俺とルップルップが一緒に居た事にも少なからず反感があるようだ。それに俺とルップルップを見比べて、彼女が人間ではないかと疑念を抱く者がいるらしい。
ルップルップは祭壇に外した祭具を置いている。
「ルップルップは族長じゃないんだな?」
「私は族長の娘。司祭として育てられた。族長は村を統治し、司祭は軍の方針を定めるのが野族の伝統よ」
そう言って、ルップルップはローブを結び、深くフードを被った。
俺がその様子をじっと見ているのに気づく。
「これは族長の指示よ。司祭は人前では顔は出さないもの。これは神聖さを保つためよ」
その言葉通りフードを脱いだ姿は伴周りの数名にしか見せていないようだ。しかし、それはルップルップが実は人間であることを隠すためなのだろう。
「さあ、カイン、付いてきなさい。神殿の裏から逃がしてやるわ。神殿前の広場には亜族長一族のような不満を持った連中がまだうろついているからね」
脇扉を開けると外に出る。
俺はルップルップの後に続いた。すぐに俺の後ろに数名の野族が従う。神殿を出ると林の奥の方に進み、藪を越えて駐屯地の外柵の前に出る。
そこには穴熊族との戦で捕獲したらしい数匹の蜥蜴馬が綱で柵の柱につながれていた。
「これを貸してやろう。これで逃げると良いわ。乗れるわね?」
ルップルップはそのうちの一匹の手綱を俺に渡した。
これでも一応は騎士の訓練を受けた身である。落馬しない程度には乗れるだろう。
俺は蜥蜴馬に乗った。
「星の玉神をもたらした者よ。無事で帰ることを祈るわ」
ルップルップはそう言って見上げた。
柵が開かれ、俺は野族の駐屯地から走り出した。
ーーーーーーーーーー
その後ろ姿を見送ったルップルップらが振り返る。
「ルップルップ様、お気を付けください!」
槍兵の野族が緊張した声を上げ、尻尾を立てた。
茂みの中から野族の群れが現れ、ルップルップは眉をひそめた。
「人間を逃がしたな! お前たちは人間を追え!」
取り囲む野族の真ん中にいる少し身なりの良い雄が傍らの群れを見て叫ぶと、そこにいた野族の一集団がすぐに動き出した。
「こいつら、亜族長一族か。ルップルップ様、我らの背後に
お隠れください!」
槍兵たちがルップルップを守りながら槍を構えた。
周囲にはまだ多くの野族が取り囲んでいる。
「裏切り者だ! 人間を逃がしたぞ!」
「人間は殺せ!」
群れの雄共が口々に叫ぶ。
「ルップルップはたかが司祭! 偉そうにするな!」
誰かが石を投げた。
「うっ!」
ルップルップは額を押さえた。
「ルップルップ様! 貴様ら、ルップルップ様に何をするか!」
側使えの兵が叫んだ。
「見ろ! ルップルップ様の額を! 赤い血だ!」
誰かが指差して叫んだ。
ルップルップの指の間から血が流れている。
「赤い血だ! やはりルップルップ様は野族ではない! 人間が我々を騙していたんだ!」
群衆が騒ぎ始める。
「人間は殺せ! ルップルップを処刑しろ!」
殺気立った群衆が詰め寄った。
「お前たち、気が触れたか! ルップルップ様がどれほど我々のために尽力されたか知っているだろうが!」
「良い目を見たのは、族長一族だけだろう、ボザルト! この戦で我々一族は先陣を切った、そのせいで多くの仲間を失ったのだぞ! 責任を取れ、この人間め!」
どっと群衆が動いて警護の槍兵をあっという間に飲み込んだ。
「これはいけない、ルップルップ様、お逃げください。我も後から必ず参りますから、族長一族の隠し谷へ。そこでお待ちください。さあ、行ってください!」
「!」
立ち止まろうとする手を引いて側使えの兵がルップルップを蜥蜴馬の背中へ押し上げる。
柵を開けて、蜥蜴馬の尻を叩く。
蜥蜴馬はルップルップを背に乗せたまま、闇雲に走り出した。
「ルップルップが逃げたぞ!」
「裏切り者を殺せ!」
背後で声が上がる。
ルップルップは遠ざかる柵を振り返った。
「ボザルト! 必ず生きて戻るのよ! 待っているわ!」
「はっ!」
ボザルトはその言葉をかみしめ頭を下げた。
頭を上げたボザルトの顔には不敵な笑みが浮かんでいた。主人の厚い信頼の言葉を得たのだ。これに勝る褒美などない。
「さて、ここから先には我が行かせはしないぞ! 刮目するのだ! 我こそは族長一族に属する者! 槍兵にして族長一族とルップルップ様を守る栄誉ある兵ボザルト! 命が惜しくない者はかかって来い!」
ボザルトは槍をくるくると回し、バシッと妙なポーズを決めた。
ーーーーーーーーーー
「うわっ!」
林を抜けた直後だ、蜥蜴馬に乗った俺を凄い衝撃が襲った。
蜥蜴の背中から投げ出されて、地面をごろごろと転がる。藪だったので怪我はないがかなり痛い。
「くそっ、追手かよ?」
振り返ると、蜥蜴馬が倒れてもがいている。その脚には投げ縄が絡みついて自由を奪っているようだ。
「逃がさぬぞ! 人間!」
「人間殺す!」
すぐに何匹もの野族の兵が林の中から姿を見せた。ちょろちょろと動いてすばしっこい。森の中では障害物が多いだけに蜥蜴馬より奴らの方が移動速度が速いのだろう。
兵装からすると亜族長一族とか呼ばれていた集団だ。
凶悪な目つきの鼠人たちが俺を遠巻きに取り囲んでいく。
しまったな。数が多い。
奴らは身体が小さいので一人二人なら相手できるが二十匹はいるだろう。あいつらの俊敏さと集団戦の巧みさはここ数日で十分経験済みである。これはかなり不味い状況と言える。
「殺す」
「みんなで殺す」
俺を睨みながら野族は一斉に短剣を抜いた。
追撃するため邪魔になる武器は置いてきたのだろう。槍や弓を持った兵がいないのは幸いだが、危機には変わりがない。俺は骨棍棒を手にして身構えたが、俺の戦闘力はピカ一低いのだ。まともにやり合ったら、俺が棍棒を一振りする間にめった刺しで、あの世行き間違いなしだ。
こうなれば…………
「たまりん、警戒・誘導! あおりん、幻術防御! リンリンは攪乱を頼む!」
俺が空に向かって叫ぶと、即座に俺の股間に金玉が光った。
「お待たせーー、これは出番ですねーー、練習成果をお見せしますよーー」
「ほったらかしにしておいて、こんな時だけなのね? 都合の良い女と思われるのは不快だわ」
たまりんとリンリンである。
その隣であおりんがピカリと光った。
「いいから、助けろ! 星の玉神様なんだろ? ほらっ、来たぞ!」
シャアアアーー!
俺の周囲から一斉に短剣を振りかざした野族が襲い掛かってきた。殺す気満々のその目つき!
物を食べる時は頬袋を膨らませたりしてモフモフで一見愛らしさもあったが、本性はこれだぞ! 全然かわいくない!
「いきなりかよ! 様子を見るとかしないのか、こいつら!」
(カイン様ーー、一歩右に下がって振り返ったら棒を横に振ってくださいーー)
上空に飛んだたまりんの声がしたと思ったら、脳裏に上空から見下ろした映像が浮かぶ。これは御魂箱に囚われていた俺が見ていた光景に似ている。
あの時、俺は幽体視点で周りを見るという感覚を知った。どうやったか分からないが、その応用で俺の視覚にたまりんが意識を割り込ませたらしい。なるほど、これは便利だ。周囲の敵の動きが三次元的に把握できる。
俺は言われたとおりに右に下がって骨棍棒を振った!
バギッ! と鎧がひしゃげる音がして野族が吹き飛び、二匹を巻き込んで地面に倒れた。これは戦闘誘導だ。さすがは自称導く者と言うだけのことはある。
(今頃、私の偉大さに気づいたのですかーー? こんどは左に横移動してウンコ座り!)
「言い方が汚ったねえな! おい!」と叫びつつ、言われたとおりに動く。
屈んだ瞬間、正面から放たれた魔法、炎の矢が風を切って頭上を過ぎさり、背後から迫っていた野族どもに命中して燃え上がった。
(危ない! 前へ!)
立ち上がったとたん、たまりんの焦った声が響く。殺気を感じて振り向くと横から短剣を手にした野族が突進してきていた。
ーーーー刺される!
ぐさりと腹だ! 俺の顔が痛みを予感して歪む。それでも少しでも身をかわそうととっさに動いたが遅かった!
やられたっ!
目をつぶった瞬間。
スカっ…………。ずずずずーーーーと見事に狙いを外した二匹の野族が勢いを止められずに地面にダイブした。
一瞬何が起こったかわからない。
きょとんとした俺の顔の前に自慢気に光るあおりんがいた。
そうか、幻影防御だ。
こいつら俺の幻影めがけて攻撃したのだ。俺は転んだ二匹の頭をポカポカと骨棍棒で殴って気絶させた。
「助かったよ、あおりん」
俺の脳裏に敵の配置が浮かぶ。なぜか攻撃してこない集団がいる。そっちを見るとさっき魔法を撃ってきた集団が妙なアホ踊りをし始めている。
ふわーーっとその頭上に紫色の玉が優雅に浮遊している。
ああ、リンリンだ。
彼女があいつらを錯乱状態にしたらしい。
可哀想にリンリンの犠牲者はまだまだいる。
俺に向かって剣を抜いて迫る野族、リンリンがすうっと移動してその野族の耳元で何かささやく。
するとささやかれた野族は狂ったように訳のわからない行動に出るのだ。
ほぇーほへぇーほほほえーー!
今度はみんな並んで合唱を始めたよ。
(カイン様、今ですよーー、早く馬に乗ってーー、逃げてくださいーー!)
たまりんの声が響いた。頭の中の三次元映像で状況を把握する。確かに周囲に今すぐ俺に攻撃できる野族はいない。
「わかった!」
俺は苦しそうにもがいている蜥蜴馬に駆け寄って、足に絡みついた縄を切った。
「え?」
乗ろうとしたら鞍がない。
くそーー、いつの間に! 野族の連中、用心のため既に鞍を切って捨てたらしい。
蜥蜴馬の背中の尖った背びれ……チクチクしている。こいつに跨れというのか?
(カイン様、早く早く、新手が来てますよーーーー、早くしてくださいーー!)
「わかったよ! これに乗ればいいんだろ! ええい、どうにでもなれ!」
俺は意を決して蜥蜴馬に跨った。
グサリ! である……
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