第169話 クマルン村攻防戦4 ールップルップー

 「プレイ? 何を訳のわからないことを。早くしなさい、のろまね。もし出し惜しみしているなら、ひどいわよ」

 ルップルップが腕組みして命じる。


 何を期待しているのだろう。こっちは両手が使えないのだ。この状態で一体どうやってズボンを脱げと言うのか。


 「両手が使えないんだ。そう簡単に出せるかよ」

 そう言いつつ、後ろ手でなんとかズボンを下ろし始めた。


 「見ろ、やったぞ!」

 「!」

 俺が一気にパンツを太股まで降ろした時、なぜかルップルップが少し顔を赤く染め、急に横を向いた。


 「ば、馬鹿! 死になさい! 神聖な祭壇の前でそんな妙なものをいきなり露出して! へ、変態」

 ルップルップは顔をしかめて、片手で目を覆った。


 「だって、玉を出せと言ったじゃないか? ほーれほれ」

 何となく違う雰囲気だが、俺は腰を左右に振り、足を広げて、それを誇示して見せる。


 「お、おやめなさい! そんなに振りまわして! おおい、誰か来てっ! こいつやっぱり変態だったわ!」

 ルップルップが赤くなって叫んだ。


 その時、バン! と扉が開いた。


 「こ、この変態めが!」

 「何をしておるか!」

 勢い良く跳び込んできたお供の野族たちが俺を押さえつけた。


 「大丈夫でございますか? ルップルップ様!」

 その一人が俺に槍を突きつける。


 「神聖な祭壇の前でその汚い股間を晒し、ルップルップ様に迫るとは、この変態め! やはり、こいつは今すぐ処刑しましょう!」

 そういって俺の喉元に槍先を食いこませ、わずかに血が滲んだ。その目が怒りに燃えている。こいつは本気らしい。


 「俺の玉を見せろと言ったのは、ルップルップの方だぞ! 理不尽だ!」

 俺は叫んだ。


 「ば、バカっ、だれがお前のアソコを見せろなんて言いますか! 私が出せと言ったのは、お前の玉よ!」


 「だから、俺の金玉だろう?」

 「お前が見せたのは○凸○よ! 恥ずかしい男ね!」

 ルップルップが叫ぶ。


 「貴様、ルップルップ様の口から○凸○などという言葉を言わせおって、やはり貴様は我が殺す!」

 野族が槍先に力を入れる。


 「お待ちなさい!」

 ルップルップが止めた。


 「妙な奴だけれど、殺しては昨夜の事が聞き出せないわ。私の言い方もまずかったようね。もうよい。離しておやりなさい」

 押さえつけていた手が離れ、俺は丸出しのまま床に座った。


 「カインとやら、もう暴れないと約束することね?」

 「わかった、暴れない」

 おかしい、俺は暴れていない、暴れていたのは股間だけなのだが……。

 

 「よろしい。ではお前たちは外に出ていなさい」

 その言葉に、野族は一礼をして外に出て行く。


 俺はルップルップを見上げた。


 「順を追って話すから、しっかり聞きなさい」

 「わかった」


 「さて、お前は我々が穴熊族の村を襲う本当の理由を知っているの?」


 「本当の目的だって? 昔住んでいた洞窟を奪還するのが目的だろ?」


 「それは、そうせざるを得ないからよ、真の狙いは違う」

 「え?」

 「お前はここが何の神殿か分かるかしら? これは野族が代々信仰してきた一族の守護神よ」


 言われて俺は改めてその簡素な神殿内を見渡した。

 正面に星の祭壇しかないところを見ると、どう考えても星神の神殿だろう。


 「野族も星神を祀るのか? ここは星神の神殿だろ?」


 「なんですって?」

 ぴくっとルップルップの眉が動き、急に顔が怖くなった。


 「“も” ですって? 一度死にたいの? 星神様は元々我々野族の神よ! 奴らは住処を奪っただけでなく、代々受け継いできた星神様まで私たちから奪った悪党なのよ!」

 ルップルップは肩を震わせて俺を睨んだ。その表情は嘘を言っているようには見えない。


 「我々は神を取り戻したい、それが目的よ。考えても見なさいよ。洞窟を追われて既に数世代なのよ。今では野族は平原や森での暮らしに完全に適応したわ。今さら薄暗い洞窟の生活に戻る必要なんてないのよ」


 「ということは、この戦争は神殿を奪い返すのが目的という事か?」


 「しっ、声が大きい」

 ルップルップは肘掛を掴んで立ち上がり、俺の前の床に座ると胡坐を組んだ。


 「かつて我らの神殿に降臨されていた星神様を再び我々の手に取り戻したいということよ」

 ルップルップは小声で言った。


 なるほど、今はここに神がいないのだ。神が不在だということを他の野族に知られてはいけないのだろう。


 「でも星神って実在していたのか? クマルン村の神殿でもそんな奴は見かけなかったぞ」


 「それは私たちと違って、馬鹿な穴熊族が神の呼び出し方を知らないだけよ」

 ルップルップはそう言って足の平を合わせた。スリット付きの短いスカートだ。股の奥まで完全に丸見えになるがそこは気にしないタイプらしい。だが、俺としては目のやり場に困る。


 「私たち?」

 「そうよ。私は呼び出し方を知っている。だけど、あの洞窟の神殿に住まう星神様以外はどこに降臨されるのか、その座標がわからない」


 「降臨? 座標?」


 「とぼけないで、お前は呼び出し方も、降臨座標すら知っているわね? さあ、我々のために神を呼び出しなさい。神と交渉して再び我らの神殿に降臨するようになるのなら、わざわざ戦で無駄に仲間を死なせる必要もないわ」


 「俺が呼び出し方を知っている?」

 何を言っているのかさっぱりだ。


 「悪いようにはしないわよ」

 そう言ってルップルップは俺の首に手をまわして俺の片足の太股にその股を乗せた。目の前に豊かな胸が揺れる揺れる。目が釘付けだ。

 色仕掛けできたか、そんな手には乗らないぞ。と思ったが、もっこりと股間が元気になる。


 「何の事か、わからないんだけど? 呼び出し方もなにも俺は神殿で星神に祈ったこともないしな」


 「昨夜光った、あれよ。あれが星神様だってことは一目でわかったのよ」

 ルップルップが俺の首に腕を回して耳元でささやいた。この体勢、かなりヤバい体勢なんだけど。そのなんとも言えない柔らかい感触に鼻の下が伸びる。


 「ここに住まうあなたの玉ですよ、玉」

 ルップルップが俺の股間見下ろし、ぎょっとした。今さら大蛇がいることに気づいたらしい。

 「!」

 だが俺はようやく理解した。そうか! さっきからルップルップが「玉」と言っていたのは、たまりんたちの事だ!


 「あんなのが神だって? まさか!」

 おっと思わず声に出た。途端にルップルップの目が殺気に満ちた。


 「貴様、まだ我らの神を愚弄する気なのね? 死になさい!」

 「だって、あいつは自分で金玉の精霊だと言っていたぞ」


 「ば、罰当たりな! ○凸○の精霊などと、あの方が言うものか! やはり、お前、一度死ぬしかないわね?」


 ルップルップは傍らに置かれていた杖を手にした。柄にくちばしの尖ったフクロウみたいな神獣が彫られており、そこで殴打すると相手に致命傷を与えるような打撃系の武器にもなるやつだ。


 「待て、その杖を降ろせ」

 「ふふふふ……カイン、死にたくはないわよね? 今すぐあの方を呼び出すのよ。その結果次第で我々の目的は遂げられるのよ」


 ルップルップは色々と興奮して忘れているようだが、俺の股間には刺激が強い。さっきからその体温が生々しくて、そんな風に擦り付けられるともういつ暴発するかわからない。


 「一つ、いいかな?」

 俺は冷静を装ってルップルップの瞳を見つめた。その艶やかな唇が愛らしい。


 「却下です」

 何を感じ取ったのかルップルップの耳が赤くなった気がした。


 「まだ何も言ってないだろ?」


 「急に改まって、何をしたいのかしら?」

 「ルップルップは人間だよな? 何で野族の頭首なんかしているんだ?」


 「はぁ?」

 ルップルップは急に不機嫌な声を上げた。嫌そうな顔をして少しお尻を動かしたので、俺のが擦れてヤバいヤバい。


 「やはり死になさい、私が人間ですって? バカなことを。私はれっきとした野族よ。野族の長だったジャヘルイの娘ルップルップなのよ。馬鹿じゃない? 一体私のどこが人間だと言うのかしら?」


 俺は目を細めた。

 どうやら本当に理解していないらしい。


 「野族にしては髭や体毛が全然ない。肌はすべすべだ」

 「体毛くらいある……」

 どこに? と聞く前にルップルップが赤くなった。

 

 「顔が全然鼠っぽくない。人間だ。しかも美女」

 「顔は個人差というやつよ!」


 「野族の雌は乳房が6つあるはずだが、ルップルップは2つだよな?」

 「そ、それは、族長の一族だからよ……きっと……」


 「身長も平均的な人間の女性だ。野族はみな背が低い。野族は雄でもそこまで身長が高くない」

 「そ、それも、族長の一族だからよ」


 「手足の指が5本だ。野族なら4本のはずだ」

 「むむむ……」


 「目に白目があって瞳は青い。野族には白目は無い」

 「むむむ……」


 「それに、何より尻尾もない」

 「尻尾……」


 俺の尻尾……ではなく、硬くなった魔王がふとももの内側に当たって脈打っているのに今さら気づいたようだ。ちょっと逃げた。


 少し頬が赤くなったところがかわいい。


 「ば、馬鹿な事を! そんな事はどうでもいいわ! さあ、答えたんだから、そろそろ神を呼びだして頂戴!」

 ルップルップはさらに顔を赤くして言った。


 「それには、この手を自由にしてもらわないとな」


 しばしの沈黙があった。


 「わかったわ。でも逃げようとしても無駄。殺すわよ。外の兵は強いわよ」

 そう言うとルップルップは立ちあがって俺の後ろに回り、短剣で俺の手の縄を切った。


 「ふう、痛かった」

 俺は手首を撫でる。きつく縄で縛られていたので少し擦り剥けている。


 「さあ、祭壇の前で神を呼んで頂戴」

 「あれが神なのか?」

 俺は立ちあがってズボンを履き直した。


 「あれを呼びだすには服装を正さないとならないんだ。俺の鎧や装備を返してくれるか?」


 「鎧や装備も? まあいいわ。この神殿は警護兵が囲んでいる。カイン、お前一人程度はなんとでもなるのよ。馬鹿な考えはしないことね」

 そう言ってパパンと手を叩くと、扉が開いて側使えの野族がルップルップに近づいた。


 「ボザルト、この人間から剥いだ装備一式をここへ持ってきなさい」


 「はっ」

 何の疑問も無く対応するのは、それだけルップルップが信頼されているからなのだろう。しばらくして俺の装備が戻ってきた。


 「さあ、それを装備して、神を呼びだすのよ」

 そう言いながらルップルップも頭からフードを被り、ローブを羽織り直した。さらに祭壇に置かれた祭具でシャーマンらしく身なりを整える。やはりかなりの美女だ。


 俺はゆっくりと装備しながら、これからどうやってここから逃げ出すか考えていた。逃げるにしてもここはどこなのか? 今どこに居るのかもわからない。

 恐らくクマルン村からはそう遠くはないはずだ。村に至る坂が見える距離だろう。位置関係からすれば西に向えば街道が見えるに違いない。


 神殿の前の広場には殺気立った野族が集まっていた。逃げるなら神殿の裏だろうが、俺の逃げ足ではすぐ追いつかれてしまうだろう。馬を奪って逃げるというのも期待できない。これまでの戦闘で野族が馬を使ったところを見ていないことからして、おそらく馬は飼っていないに違いない。


 俺はルップルップを見た。


 彼女を人質にして逃げられるだろうか? しかし、さっき彼女が短剣をスカートの下に隠し持っているところを見ている。冷静に見れば俺よりも彼女の方が遥かに強そうだ。俺の人質になることは無いだろう。


 「準備できた。それで、神を呼びだして何を聞きたいんだ?」


 「それはもちろん一族の行く末よ。洞窟を奪い返すべきか、平原で暮らす生活を続けるべきか。ご神託があれば反対派も納得よ。それと最も肝心な事、今後、我々の祀る神殿に降臨してくれるかどうかね」


 「わかった。始めていいか?」

 「待ってなさい。今から神殿の扉を開く。皆に神の降臨を見せる。私が良いと言ったら始めなさい」

 そういって、ルップルップは壁の鐘を鳴らした。


 それを合図に神殿の正面が大きく開かれて行く。その正面の広場には既に野族の群衆が集まっていた。


 神殿の扉が開いたので一同膝をついて拝礼していたが、顔を上げた瞬間、一様に怪訝な色が浮かぶ。


 神聖な神殿内にルップルップがいるのはいつもの事だが、一緒にいるのがどう見ても人間の雄だ。しかも縄を解かれ、神聖な祭壇の前に立っている。その光景に動揺が広がるのが分かる。


 「人間が神殿にいる!」と言う声に続いて「人間殺せ!」という声があちこちから上がる。ざわざわと群衆が騒ぎだし、殺気が伝わってくる。


 「静かにしろ! これから大事な儀式である!」

 兵が叫んだ。


 「構わず、始めなさい」

 ルップルップは振り返って杖先を俺に向けた。

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