第41話 危機! 三姉妹を襲う邪神『双蛇』

 「おい、どうした? どうなっている? 術が悪い方へでも作用しちゃったのか?」

 

 「た、助けて…………」

 「息が、できない……」

 「苦しい、魔王の枷が発動したのです……」

 目の前に突然苦しみだした3姉妹がいる。首に絡まる蛇を掴もうとして掻きむしるが取れないらしい。


 あの蛇を模したチョーカーだ。

 姉妹が首に巻いていたチョーカーが連結して一つになって蠢き出したのだ。


 見るからに邪悪な感じの一つ目双頭の蛇が、長く伸ばした尻尾で3姉妹の首を絞めていた。

 半透明なくせに体の表面の金色の蔦のような文様だけが派手に浮かんでおり、時折、その身体の中を大小の泡が頭の方へ上っていく。これはただの蛇の化け物では無い。サイズは小さいが蛇の王という感じで、神格すら感じさせる風貌だ。


 「「二度目ハ無イ……ソウ言ッタハズダ……」」

 二つの蛇が同時に別々の男の声で話した。頭だけが二つで胴体は一つ。その頭部には目が一つだけついている。


 「ゆ……許してください……双蛇ふたへび様」

 イリスがやっと息をつきながら言う。


 「シカモ暗黒ノ者ガ、光ニ毒サレルトハ……」

 蛇の力がさらに強くなる。


 「ひい!」アリスとクリスが同時に悲鳴を上げた。

 「お許しを」

 イリスが懇願する。


 「許サヌ。コレハ折角ノチャンス。

  我ハ、ソノ体ヲ頂ク事ヲ条件ニ、魔王ニ従ッテイタノダ。

  久シブリニ、順応デキル体ガ3ツモ手ニ入ル。

  我ハ覚醒シタ、ソノ時ガ来タノダ。

  マズハ、再ビソノ体ヲ内側カラ暗黒ニ染メテ……」


 二つの口で交互に違う男の声で言うと、苦しくて開いたアリスの口に尻尾の先を入れ始めた。


 部外者だが、何となくわかった。


 この双蛇様とか言うよこしまな奴が姉妹の体を乗っ取ると言っているらしい。こんな奴が姉妹に乗り移って、追いかけて来たら気持ち悪い。それに今なら姉妹の肉体を離れると自由に動けない様子だ。


 「うーむ。ここは危険だが彼女たちを助けて、こいつを今のうちに駆除しておくべきか?」

 しかし、彼女たちは俺を殺そうとしたばかりなのだ。ここで情けを出して、ほいほいと助けてもいいものか?


 「た、助けて……」

 潤んだ瞳でクリスが懇願した。その表情、うそを言っている顔じゃない。その苦し気な声が俺の胸に響く。

 これは幻惑や誘惑術じゃない。本当に助けて欲しがっている。しかも、3人とも物凄い美少女なのだ。こんな美少女が死んだら世界の損失だ。ここは世界中の男の代表として一肌脱ぐべきではないだろうか……。


 「貴様、マダ居タノカ?

  待ッテロ。

  今コイツノ体ヲ奪ッタラ、スグ殺シテヤル。

  ソシテ、オ前ノ頭ヲ二ツニ割ッテ、

  脳カラ直接情報ヲ引キ出シテヤロウゾ」

 シャァーーと半透明の蛇が鎌首を上げて威嚇した。


  「わかりました……そういう事なら、遠慮はしない」

 体を奪ってからということは、今の状態ならまだ俺を殺せないということじゃないか?


 俺は骨棍棒を握り、にじり寄った。

 3姉妹が苦しそうに息を吐いて俺を見上げた。


 「ナ、ナンダ、貴様。

  コノ我ニ、何ヲ」

 渾身の一撃!

 すぽーん、と骨棍棒でそいつの頭を叩く!


 にやりと蛇は笑った。


 「あ!」

 思い切りスカっ! である。俺はバランスを崩して派手にこけた。骨棍棒が半透明の蛇の体をすり抜けたのだ。


 「ケヒョヒョヒョ……無駄、無駄、無駄、無駄、無駄ッ!

  ソンナモノデハ、コノ体ニ触レルコトナド、デキヌワ!

  オ前ガ、勇者ノ魂ヲ、背負ウ者ダッタトシテモナ。

  何者モ、我ニ触レルコトナド、デキヌノダ!」


 俺のこけっぷりを見てそいつは可笑しくてたまらない様子だ。勇者の魂を背負う者? 意味不明の事を口走っている。英雄シードのことだろうか?


 「ひょああああー!」

 俺は飛びかかって二度目の攻撃を繰り出した。

 骨棍棒が雄々しく唸りをあげ……スカっ! である。


 「クヒヒヒヒ……無様、無様、無様!

  神デアル我ノ体ニハ……、

  痛ァーーーーーーッ!!」


 大きく口を開けて笑っていた蛇の横面を何かがブッ叩いた。


 驚愕に開く一つ目。

 骨棍棒に結んでいた例の紐が、偶然蛇を鞭打ったのだ。


 「お!」

 俺はその瞬間を目撃した。


 勝ち誇っていた蛇がアホのように目を丸め、まるで平手打ちをくらったかのようにスローモーションで弾け飛ぶ。なんか知らんが今のはかなりのダメージをこいつに与えたようだ。


 「グゥアア……アウッ、コ、コレハ、何ダ、ソレハ!」

 かなり動揺している。さっきまでの高圧的な態度はどこへやらだ。


 「ふふふふ……」

 俺は紐をヒュンヒュンと回転させながら近づく。


 「どうやら、この紐だけは痛いらしいな」

 勇者というより、どこかの悪徳商人のような悪い笑みを浮かべて俺は蛇ににじり寄る。


 「馬鹿ナ! ソンナハズハ無イ! コノ状態ノ我ニ触ルニハ、

  汚レナキ乙女の聖水加護ノ武器デモナケレバ……」


 聖水……何だか心当たりがある言葉だ。


 この紐は元便所紐だ。

 紐にはたっぷりとセシリーナの聖水がしみ込んで……俺は少し顔が赤くなる。そ、そういう意味の聖水加護なのか? なんという変態仕様!

 

 「紐? タカガ紐ダト?

  カツテ我ガ封印サレシ時ハ、勇者チサティ・トゥルーネーラノ聖水ヲ使ッタ勇者セ・ラービスガ……」


 「昔話はどうでもいい! ほら、早くそこからどけ!」

 顔が赤くなるような会話を誤魔化すかのように、パシパシと容赦なく鞭うつ。


 「ヒオゲッ……オノレ。

  ヒヤォウ……調子ニ乗リオッテ。

  ……ヒェオゲッ!

  クソッ、ナゼダ!

  ナゼ、ソノ紐カラ、セ・ラービスト同ジ気配ガ漂ウ!

  貴様モダ! マサカ貴様、古種ノ一族チサ……」


 ワケのわからんことを言っているが、効果てきめんとはこのことだ。双蛇とか言う魔物は次第に妖力を削がれて姿を小さくしていく。


 「さあ、彼女たちから離れろ、ほれほれ! やせ我慢はよせ、痛いんだろ?」

 俺は蛇の頭を紐でペシペシと叩く。


 「オノレ、馬鹿ニシオッテ!」

 「そんな態度で、いいのかな?」

 ペシペシペシ……


 「イタッツ、ホゲッ……、

  弱ミヲ見セタト思ッテ、調子ニ乗リオッテ

  ムムム……コウナレバ、

  生キタママ、タダチニ体ヲ乗ッ取ルノミ!」

 そう言うと、3人の体から蛇身が離れ、小さく姿を変えると、苦しさに開いていたクリスの口に飛び込んだ。

 ちっ、紐が空振りだ。


 「んんんっ……」

 クリスが悶え、指で喉を掻きむしる。

 口腔の中で反転した双蛇が、クリスの口から二つの頭を出す。


 「コノママ、コノ女ノ中ニ我ガ体ヲ広ゲテ。

  直接支配スル。

  麻痺サセル時間ハナイ。

  ソノ痛ミデ、コイツノ自我ハ崩壊シ……」

 双蛇がニタリと笑った。


 「やめろ!」


 俺はクリスの前に仁王立ちになり、手に例の紐を巻きつけると、双蛇の胴体を掴んだ。

 大きく見開いたクリスと目が合った。

 その挑発的な胸の谷間がほのかに桜色に染まって……やばい、破壊力抜群だ。自制、自制……。


 こんな状態で股間を張れ上がらせたら間違いなく変態認定だ。ふと見るとクリスの瞳に俺らしくもない男らしい姿が映っていた。そのガラスのような美しい瞳を見て、下半身の暴れんぼうを抑制する。

 

 手の中で蛇が暴れる。


 「この野郎っ、そこから出てこい!!」

 「ん……」

 息も絶え絶えのクリス。

 その目には、彼が凛々りりしく映っている。クリスの生存本能が脳内でその姿を美化して、例えようもないほど男っぽく、カッコ良く見せている。そんな状態で偶然目と目が合ってしまった。

 その瞬間だ、乙女の胸の奥でまばゆい何かが弾けた。周囲に花々が舞い散って、景色が鮮やかに恋色に染まった。


 「彼女から離れろ、引きずり出してやる!」

 しゅうしゅうと掴んだ蛇の胴体が煙を上げ、奴は苦しみだす。


 苦しいが、それ以上にクリスの目はうっとりしている。

 自分のために危険を承知で勇敢に戦っているその雄姿! そんな姿を見せられて、心がときめかない乙女がいるだろうか。

 クリスは最強の暗黒術師の一人だ。そのため今まで他人に助けられるという経験は皆無だった。それだけにこの状況は、言葉にならないほど嬉しい。そして時間が経過するほど高鳴っていくこの胸の鼓動と身体の火照りにクリスはもう戸惑いを隠せない。


 「小癪こしゃくナ奴メッ!

  我ノ毒牙ヲ受ケルガ良イ!」

 シャアア……と双蛇が鋭い牙をむき出しにした。毒だ! 牙から毒液が滴り落ちる!


 ヤバイ!

 俺は力んだ。


 「んんなああ!」噛まれる前に奴を口から出そうと踏ん張る。


 「ムオオオオッ!」

 ぶちっ…………


 「!?」

 変な音がしてクリスの顔の前で、突然双蛇の動きが止まった。


 デデン! とそいつが出現した。

 双蛇の前に異形の大蛇が鎌首をもたげている。


 目がどこにも無く、明らかに獰猛な猛毒の蛇だとわかる姿の奴が向かい合っている。そいつからすれば双蛇など可愛らしく見えてしまうほどの迫力だ。

 シャアアア……と双蛇が威嚇するが、威嚇に全く動じない、鱗も無く、黒光りする肌を持つ大きな毒蛇である。


 ……俺のだ……すまん。

 今回の囚人服は頑張った、だがその限界がきて、またもパンツが足元に。


 双蛇が警戒して逃げようとする。その胴を掴んでいる手に力が入る。パンツを上げている余裕がない。

 俺の自制心のおかげで中途半端に目覚めたのがクリスの目の前で回転するように揺れる。まるでホーレホーレと見せ付けているかのようだ。


 それが何なのか理解したクリスの顔が次第に赤くなってくる。だが、初めて見るそれから目が離せない。クリスの鼻にくっつきそうなほど近づくと、シュパッと蛇が身をひるがえした。恐れをなした双蛇は体を小さく変えて俺から逃げ、またもアリスの口に移動した。


 真っ赤な顔で、けほけほと咳込むクリス。

 むせるアリス。


 「逃げるな!」

 今度はアリスと向き合う。


 アリスは俺を見上げた。可愛い瞳に俺が映る。

 見つめあってしまった。

 ドキン! とアリスの鼓動がなった。双蛇を睨みつける顔が物凄く男らしく見え始め、アリスの胸が派手にときめき出した。

 ……間違いない、この人こそ運命の人だ、とアリスの直感が告げた。その瞬間、未来視の能力がそれを確信に変える。稀に突発的に発動するレアなスキルだが、カインの腕の中で幸せな甘い声を上げ続ける自分の姿が脳裏に浮かび、耳まで真っ赤になった。


 そんなアリスの目の前で俺は双蛇と対峙し、にらみ合う。しだいにアレが目の前に近づく。

 我慢比べは双蛇の負けだ。

 何しろこっちはそこに目がないからな。

 顔を真っ赤にしたアリスの口から奴が飛び出し、双蛇はイリスの口に逃げこんだ。


 双蛇が口の中に逃げる、追う俺の……。


 「んぐ!」

 双蛇が完全に入りきる前にイリスの方が少し早く口を閉じた。

 俺は紐を巻いた手で双蛇のしっぽを掴む。


 「逃げるな!」

 蛇を掴んだ俺をイリスが見上げた。その目は何かを訴えているかのようだ。思わず庇護欲が湧いてくる。なんとしても彼女を守らねば、という気にさせる目だ。その透明な深淵が俺を映し、俺の瞳にも彼女が映っていた。


 イリスの舌が双蛇を追いだそうと蠢く。

 イリスは涙目、そしてあまりの事に顔が真っ赤になっている。

 イリスからすれば、視界に入っているのは揺れ動く俺のものだけなのだ。それが頬や顎の先を何度もかすめる。


 ついに耐えきれず、しゅぽんと音を立ててイリスの口から双蛇が飛び出した。その瞬間を見逃す俺ではない。飛び掛かった俺は勢い余ってイリスの顔面に丸出しの下半身を押し付けたことにも気づかず、その手で空に逃げた双蛇をがっしりと掴んで、3姉妹の前に着地した。


 ゲホッ、ゲホゲホ……イリスが咳き込む。


 紐を巻いた手で奴を掴む。

 にょろにょろと逃げる。

 掴む、逃げる、掴む……。

 まるで長滑魚ながすべりうおのウナギョを捕まえようとするかのようだ。


 下半身丸出しで3姉妹の前でまぬけな踊りを踊っている変態がそこにいる。昔、港で水揚げした長滑魚に逃げられて、バイトの日当からその分を引かれたこともあったな、などとこんな時に限って余計な事を思い出す。


 掴むたびに双蛇の姿は弱々しく小さくなり……。


 「あ、消えた?」

 最後には俺の手の平の中で消滅した。

 これが聖水の威力か。


 俺は姉妹の様子を見た。

 大丈夫、息は乱れているが全員生きている。首に巻かれていた双頭の蛇をかたどったチョーカーだけが消えている。あれが呪いの魔具だったのだろう。まったく、魔族は呪い好きだ。


 しかし改めて見ると、姉妹は苦しさに悶えたため、服は乱れ、縄が妙な具合に四肢に食い込んで、何だか非常に淫らに見える。


 イリスとアリスはうつむいて息が荒く、まだ、苦しそうだ。

 クリスは……。なんか違う。こいつだけは、なんだか別な意味で息が荒い気がする。


 クリスはなぜか膝を立てて、わざとらしくスカートからその魅力的な美しい足を覗かせている。しかも、甘えるように頬を染め、ちらちらと俺に流し目を使っている。


 だが、この状況は極めてまずい。


 上気した顔でぐったりしている3人の美少女の前で、大蛇をちらつかせたまま、手に怪しげな便所紐を持つ男。

 はたから見れば完全に変態とその犠牲者であった。


 俺は目撃者が出ないうちにパンツとズボンの紐を直し、一目散にその場から逃げた。


 「……様!」

 背後で姉妹の誰かが俺の名を呼んだ気がしたが、今度は後ろを振り返ったりはしないのだ。

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