第40話 交戦! 美人メイド三姉妹との戦い
アリスが指鉄砲を向け叫ぶと俺の胸の中央にピンク色の染みが広がる。そして一瞬で俺の周囲は暗黒の霧につつまれていく。
「こっちに来てぇ」
「ほら、はやくぅ」
突如、周囲に現れた無数の白い手足がゆらゆら揺れて甘い声で俺を呼ぶ。
これが暗黒術、ピンクの
3人娘の誘惑術に違いない。
ヤバい! とっさに逃亡を図った。
しかし、思うように体が動かない。数歩も行かないうちに無数の白い手に足を掴まれ転倒してしまう。
「うわぁっつ!」
俺が仰向けに倒れ込んだのは硬い地面ではない。なんだか、ふかふかとしたベッドの上のようだ。
「カインさまぁ…」
黄金色の金属フレームが豪華なダブルベッド。その前に立つ3姉妹がメイド服を脱ぎ出す。
「うわっ!」
ベッドから飛び降りようとしたが無駄だった。俺は三姉妹に捕まり、イリスに押し倒された。
「どこに行くつもりですか?」
「逃がしませんよ」
「力を抜いて……」
少し恥じらんだ桜色の頬、なんというかわいらしさ!
あまりにも魅力的なその下着姿!
妹の二人がベッドの左右からそれぞれ片膝を乗せて、そっと俺の手を握る。その手の柔らかさといったら!
しかも真正面から俺にまたがったイリスが頬を染め、愛らしく微笑む。その笑みを一目見ただけでもう動けなくなった。手も、足も鉄の塊になったかのように動かない。
「観念してください。いくら女神に守られていたとしても、心が私たちの方へ転がればね、いちころなんですから」と恥じらいながらイリスがのしかかってきた。
まずい! これは逃げられない!
俺は3人にベッドに押し倒されている。
そして……予想外の何という、エロかわいい攻撃!
しかも性にあっぴろけな獣人ジャシアとは真逆の仕草と反応も新鮮だ。
イリスの恥じらいぶりが甘すぎる!
大胆に振る舞っているが、俺からみれば経験なんか無いこと丸わかり!
照れながら強気を装って攻めてくる。
いちいち彼女らの羞恥心が伝わってきて、かえって物凄くエロい!
これは本来は大人の女性が使う術なのだ。
俺もいつの間にか上半身裸にされている。慣れない手つきで3人がさらに迫る……。その初々しさがなんとも……鼻血もの!
「さあ、白状するの。リサ王女はどこにいるの?」とささやくイリスは耳まで真っ赤になっている。その表情にぞくぞくぞくと背筋が蕩ける。
「おおお、何だかもうどうでもいい気がしてきた……! 王女は……」
「ゆるさんぞーーーーーーっ!」
その時、怒った声が頭に響いた。突然、脳裏に頬を膨らませたサティナ姫の姿が浮かぶ。
ばちん!! 衝撃と共に俺の目に火花が散った。
幻?
あれ?
今までの天国のような出来事は幻覚だったの?
「えっ? はぁああああ? まだ、何も起きていない?」
俺は左右を見回し驚愕する。
3姉妹と対峙したままの状態で俺は突っ立っている。
逃げ出そうと走ったことも、三人を抱き抱えたことも全て幻覚だった?
触れた感覚や匂いはまだ覚えている。なんて生々しい、強烈な精神攻撃だろう。俺のような強靭な精神力がなかったら理性が破壊されていたに違いない、と鼻の下を伸ばしたまま額の汗を拭う。
目の前のアリスは指鉄砲を撃ったままの姿で目をぱちぱちさせた。
「え、何?」
「何が起こったの? アリス?」
「アリスの術が、解けた? なぜ?」
3姉妹はかなり困惑している。
そうだ、今の隙に逃げなければ! と思ったが体がピクリとも動かない。
何だこれ? 金縛りみたいだ。
これも3姉妹の術なのか?
「お姉さま、こんなことありえないです!」
「どうやって、術、解いた?」
「動揺しないで。本来の力を制限されていても私たちは無敵です。もう一度術をかけましょう、今度は手抜きしないで本気でいきますよ!」
イリスのかけ声とともに美少女たちが俺の周囲に魔法陣を並列展開し、地面が緑色に光り出す。
「これでどうかしら? アン!
ほわーんと周囲の景色が変わった。
大きな浴槽である。裸になった俺の周りに多くの美女がまとわりついている。温い温い、素肌が滑らかすぎる。
やはり、さっきの攻撃は彼女らにとっても恥ずかし過ぎたのか、今回は3姉妹自らは出演しないつもりらしい。
隣にいるのはセシリーナなのか? 彼女が優しく微笑んでいる。反対側で甘い声でささやくのはエチア、君か?
左右からしなやかな手が伸び、俺の腹を撫で回す。
おおおっ! こっ、これは、まさに、天国だ……。
俺は両手に花どころじゃない。俺の背中を抱いている二人の美しき王女の白い手が俺の肩を撫でる。
さらに正面から次々と現れる何人もの美女たちが微笑む。
豊満すぎる胸に野性的な美女が赤い神官服を脱いでいく。先に全裸になってタオルで隠していた精悍で
うっひゃーーーー! これはもうダメだ。こんなに大胆に? しかもみんな美人だ! もはや意識が
「カインさま……」
「もっと……」
「カインさま……ほら……どうかしら?」
その声は3姉妹か。
止まっていた時が再び動くように幻覚の続きが始まったが、見えている光景と声がなんとなく一致していない。違和感がある。
「みんな、集中よ!」
イリスの声が耳元で響いた。その違和感を全部押し流すように、3姉妹が術をさらに強化したのが雰囲気で分かる。
場面が切り替わって俺はいつの間にかベッドの上にいる。さらに顔がはっきりしない多くの女性たちが俺の周囲に重なって見える。これはピンク色の夢だ。全身が蕩けそうだ……。
「リサ王女はどこにいるんです?」
イリスの甘い声が響いた。
「し、知らない! 王女なんて知らないぞ!」
俺は歯を食いしばって言葉を絞り出す。
否定すると全身の体力が削ぎ落されそうな抵抗感を感じる。
王女の居場所を言ってしまえば気持ち良くなると分かる。これは誘惑だ。逆らうのはかなりの苦痛なのだ。
「さっき言いかけたでしょ? 王女はどこです? 言いなさい」
声が脳内に響き渡って、思考力をさらにそぎ落とす。激しい痛み、絶え間なく脳内を突き刺される感覚だ。
「ぐっ、王女だって? ……王女は、くっ、囚人都市だろっ!」
精一杯の抵抗だが、彼女には面白くなかったらしい。イリスは柳眉を逆立てた。
「ふざけないで! これ以上抵抗すると脳が破裂するわよ、さあ、もう一度聞きますよ。本当の事を言いなさい、リサ王女はどこにいるんです?」
ああ、ダメだ……その甘い声、怒っているのに誘惑のように聞こえてくる。負けてはいけないという精神力が尽きそうだ……。
その声にはもはや逆らえない、抵抗する気力が霧散していく。
「ふわああああ!」
限界!
ピンク色に染まる光景! その凄まじい魅力が無防備になった意識を一気になめ尽くす。
「おおお、何だかもうどうでもいい気がしてきたぞ! お、お、……王女……王女は……」
俺は白目を剥いて痙攣する。俺の記憶に誰がか侵入しようとしている。広場の光景が浮かぶ……そして……。
その瞬間だ!
「だ、か、ら、ゆるしませんっ!」
ドッバーン!! と盛大に稲光が天から降り注いだ。
俺はハッと目が覚めた。
さっきと変らず立ったままだ。
またも何一つ変わっていない。
いや、違いがあった!
へろへろへろ……
目の前には3姉妹が目をまわして地面に倒れている。
一体何が起きたのか?
意識が混濁しているのか姉妹は気分が悪そうだ。
倒れている3人を見るとやはり物凄い美少女である。魔族とは言え、少し可哀そうになってきた。
そんななか、イリスが頭を押さえながら地面に肘をついて身を起こした。
「貴方は一体、何をしたの? こんな事ありえません……」
イリスが俺をキッとにらむと、足を震わせながらよろよろと立ち上がる。
「おい、もう止めていた方が」と俺が言いかけると、イリスが屈辱とばかりに唇を噛んだ。
「魔族として人間に憐みは受けません!」
ふいに手にした黒鞭を俺に振るう。猛毒の鞭である。俺の命など数秒も持つまい。ジ・エンドだ。
「イリス姉さま、だめ!」
アリスが叫んだ。
「イリス姉さま、危ない!」
クリスが叫んだ。
鞭が俺の額を割る直前、俺の前に人の姿の幻影が立ちふさがって、片手で鞭を払い飛ばした。ーーーーいや、違う。
俺の手だ!
俺の手が光に包まれて、その攻撃を弾き飛ばしたのだ。
(加護、サティナ姫身写しモードを発動中…………)
四方からの多重音声でしぶいジジイの声がした。どこかで聞き覚えのある声だ。
「そんな、バカなことが!」
イリスが目を吊り上げて、弾かれた鞭を再度しならせる。
「お姉さま! 奴は異常!」
「おやめください!」
猛烈な勢いで振り下ろされた鞭の先端が蛇のように蛇行しながら迫る、毒が無くても俺の顔面を割るのに十分な威力だ。
だが、俺は無言で前に飛び出した。いや、正確には俺じゃない。俺は自分の身体が動いているのを斜め上空から第三者のように見ているって感覚だ。
「何ですって!」
鞭が頭を直撃したかに見えた瞬間、残像を残して消えた俺。
「ぐはっ!」
イリスが俺の動きを追った瞬間、光に包まれた右手がイリスの腹をえぐっていた。美少女に対し容赦のない一撃だ。
「いくら暗黒術でも邪悪な闇に飲まれてはいけないわよ。本来の暗黒術と邪悪さは別物でしょ?」とその耳元で俺が言う。
うわああ、見ていて気持ち悪い!
元々女顔だけにその言葉遣いに違和感がない。そこが逆に生理的に受け付けない!
光がその腹で爆発するように広がった。
すごく可愛らしい悲鳴を上げ、腹を抱えて吹き飛んだイリスがゴロンゴロンと転がった。まだよく動けないでいた2人の姉妹が一緒になってイリスを受け止めた。
「その動きとその光術、お前は一体誰なのです!」
アリスが、イリスを抱きかかえたクリスの前に立ちふさがった。その両手を前に突き出して身構える。
「こうなれば!」とアリスの目つきが変わった。
「!」
3姉妹の前方に黒い闇が広がり始めた。何か術を使う気だ、しかもさっきまでのとはまるで気配が違う。これは危ない奴だ。もはや俺を殺す気になっている。
「光術奥義、ムニャラホニャラ(特殊能力、全作用反転!)」
俺の口からまったく知らない言葉が出る。知らない言葉だが意味だけがわかるという感じだ。
その瞬間、目の前のどろどろとした、いかにもヤバそうな黒い闇の霧がその中心部から白い光に変わっていった。
「こ、これは、なんて強力な術なの! 反転の呪い? 信じられない!」
目を開いたばかりのイリスが驚く。
「これが呪い? 一体どんな! うそです! 術が構築できない!」
アリスが目を大きく見開いた。
「これほど、強い呪い、聞いたこと、ない! みんな、逃げて!」
まだよく動けないクリスが叫ぶ。
次の瞬間、周囲の暗黒の霧が輝く光に転じ、さらに光の矢が逃げようとした3姉妹の体を貫いた。
「ひやあああああ……」
「いやあああああ……」
「だめえええええ……」
これが俺の身に危険が迫った場合に発動するという紋の呪いなのだろうか?
3姉妹は暗黒術が反転され光に包まれる。これはかなり高次の光術かもしれない。
姉妹の胸に光が吸い込まれていく。その瞬間、俺の意識が自分の身体に戻る。
「はぁ?」
なんにもしないで、ぼっーと間抜け面で突っ立っているだけの俺がいる。さっきの俺は一体何だったんだ、という感じである。
俺は既に天に召された後のような顔だ。
まさに今回ばかりは完全に無能だった。
俺自身は抵抗した覚えもない。まったく逃げる暇さえなかった。しかし、実際に気を失って倒れているのは3姉妹である。
ははは……腰に手を当てて笑う光のサティナ姫のビジョンが俺の脳裏から次第に消えていく。
「お、おそろしい……」
俺は足が震えた。
本来の力が出せないとか言っていたにせよ、魔族達が一目置く3姉妹がまったく手も足も出せずに俺の婚約紋の加護に敗れた。
「どれだけこの婚約の加護というか呪いというかは強固なんだ?」
だがいつまでもビビっていてもしょうがない。頭にかかっていた靄のような感じもいつの間にか消えていた。
「さて、こいつらをどうするか? 目覚めて追ってこられても面倒だしな」
俺は3姉妹が準備していたらしい縄を使って、瓦礫の柱に彼女らを縛り付けた。商人は荷造り得意だ。簡単には逃げられないように念入りに縛る。
武器は遠くに投げ捨てる。
こんなカッコいい槍とか物騒な鞭はどうせ俺には使いこなせない。自分に鞭が当たったら速攻毒で死ぬし、槍を振りまわしたら関係ない人をポカポカ殴って巻き込みそうだ。
「ここにサンドラットの奴はいそうもないな」
俺は辺りを見回し、逃げる方向を決める。
すぐに身を隠せる場所が良い。
そう判断して、その場を離れようとしたとき、背後で苦しそうな声が聞こえた。
「ああ……」
「く、苦しい……」
「許して……」
振り返った俺の目に、姉妹の体にまきつき始めた半透明な蛇が映った。
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