第174話 カインの妻ルップルップ?

 「カカカカ…………カインの妻ぁあああ!」

 4人が同時に悲鳴に似た叫びを上げた。


 病室が阿鼻叫喚あびきょうかん修羅場しゅらばと化したのは言うまでも無い。


 「私たちがどれほど心配していたか! そんな時に貴方と言う人は!」

 「下衆げすです! やはりこの男は最低のクズです!」

 「問答無用だな!」

 「ばかばか!」

 弁解するヒマもなく、床に組み伏せられてボコ殴りである。

 リサまで俺の背中の上で飛び跳ねている。


 一しきり嵐が過ぎ去って、俺は床に倒れたまま、目の周りに青タンを作り、さながら死肉ぐらいのように片手を伸ばして、ルップルップを見あげた。


 「お、ま、え、何て事を言う……んだ」


 そのままバタリと倒れる。

 その様子を見たルップルップが駆け寄って、まるで本当の妻のように俺の頭を愛おしそうに膝に乗せた。


 「ヒャーーーー!!」

 4人がまたも悲鳴を上げた。

 その余りに自然な流れ。

 まさに二人は既にデキていると思わせるその仕草。


 あわわわ…………と震えていたセシリーナは、その時になってようやく二人の背後に槍を手にした厳つい穴熊族の兵たちが見張っている事に気付いた。


 その兵の目は肉食獣のように険しく冷たい。


 ルップルップが俺の額を優しく撫でながら。またもウインクする。目にゴミでも入ったのか? と思ってしまう。


 「ほら、このかーたが、夫でーす」と言って穴熊族の方を見る。


 「ね? カイン」

 再び、バチバチと大胆にウインクする。

 あ、そうか、こいつは話を会わせろというつもりなのだ。


 「あ、ああ。そうだ。これはルップルップだ」


 俺がうなずくと、ようやく穴熊族の兵士たちは「ふうっ」と緊張の糸を解いた。


 そして、これでやっと面倒くさい役目が終わったとばかりに肩をぐるぐる回すと「酒でも飲むぞ!」と足音を響かせながら去って行く。


 ルップルップは外の気配に耳をそばだてていだが、足音が聞こえなくなると、「ふうーー」と大きなため息をつく。


 その直後、ズドン! と俺の頭は床に落下した。「あーー終わった」とルップルップがいきなり俺の頭の下から膝を抜いたのである。


 「痛ったぁーーーー!」

 俺は後頭部を押さえて悶える。


 「それで? これはどういうことかしら?」

 セシリーナが怖い。


 俺はむくりと起き上がり、4人が無言で睨む中、床板に正座した。


 「すううう……、はあーーーー」

 俺は深呼吸する。

 慌てるな、俺は潔白だ。


 「さて、まず言っておく……俺とルップルップの間には何も無い。当然、彼女を妻にした覚えも全く無い。疑うなら腹を見せてもいい、ほら、新しい紋なんか出ていないだろ?」


 俺は腹を出して身の潔白を示す。

 4人の顔を順に見渡し、最後に正面のイスに座ったルップルップを睨む。


 「俺はこんなふうに正座までして身の潔白を示そうとしてるんだぞ? お前からもきちんと説明してもらおうじゃないか? ルップルップ」

 俺の言葉に周囲の視線がルップルップに集まる。


 「○◎△◇○……」

 さすがにこれは不味いと思ったのか、ルップルップのやつ、流暢りゅうちょうな野族語で弁明しだした。


 「ちょっと待て! その弁解は俺にじゃなくて、ここにいる俺の妻や仲間に言ってくれ、それに、できれば共通語でな!」


 誤解を解くために重要な事なのに、俺だけが分かる野族語で話されても全然意味がないじゃないか。


 しかし、ルップルップは一瞬ぎょっと目を丸くする。そしておれの言葉が理解できないというように俺とセシリーナたちを交互に見比べ始める。


 「○♡○? ♡?」


 「そうだ彼女が妻だよ。セシリーナが正妻の一人、こっちのミズハとリィルは俺の眷属だ」


 「◎◎;」

 ルップルップは驚愕に打ちふるえている。

 特に高貴で清廉な微笑を湛える美女、セシリーナが俺の妻だというのが信じられないらしい。


 「●■●×!」

 「ちがーう! 騙して妻にしたわけじゃない! お前、いい加減、共通語で話せないのか?」


 「おー。わたしぃ、共っ、通ぅ、語ぉ、ハぁ、ナぁ、セぇ、マぁーーっす!」

 ルップルップがたどたどしい共通語を話した。


 ダメだ。クリスよりも下手だ。


 このまま共通語で話をしていたら、いくら時間があっても足りなくなりそうだ。


 「おい、たまりん! お願いがある、出てこい!」

 叫び終わると同時にぼわーんと俺の股間が光った。


 「なんですかーー? また呼びだしてーー、このところ玉扱いが荒いですよーー。特別手当を請求しますよーー。そうですねー、今度からはーーお供え物をしてから私を呼ぶというのはーーどうでしょうーー?」


 「そんな面倒くさい事はどうでもいいから、あおりんを呼んで、ルップルップに共通語が話せる術をかけてやってくれ」


 「ああ、あいかわらずーー、ありがたみを知らない男ですねーー。まあ、いいでしょうーー。どうせ暇ですし」

 たまりんはピカピカと光った。


 「おーい、あおりん! 良かったなーー。カイン様がーーお前を必要としているぞーー」

 そう言うと、たまりんの隣に青い玉が浮き出てきた。


 ピカピカと青く光る。


 「嬉しいとーー申していますーー」

 「いいから、さっさとやってくれ」


 あおりんはルップルップの頭上をくるりと旋回する。青い光がカーテンのように彼女の周囲を覆い、すぐに光の滴となって流れ落ち、あおりんはたまりんの隣に戻った。


 「これで良いでしょうかぁーー? ……ところでーーカイン様、よろしいでしょうかぁーー?」

 たまりんが急に小声になる。


 まるで誰かに聞かれるのを恐れているかのようだ。


 「リンリンがーー、運動不足だーー物足りなーーい! と言ってますよーー。この間もーー、やっと出番だと思って張り切って出てきたのにーーあまり活躍しないで終了だったのですーー。妹を怒らせるとーー何かと怖いですよーー。ああ、恐ろしいのですよーー。祟りますよーー」

 ざわっと背中を冷たいものが走った。


 「あ、後で何かもっと出番を考えておくよ」

 「その方がーー、カイン様のーー身のためですよーー。それじゃあ、またーー」

 ぱっ、ぱっと二つの玉が消える。


 「さて、共通語を話せるようにしてもらったぞ。きちんと状況を説明してもらおうじゃないか」

 俺は4人に睨まれなんとなく小さくなっているルップルップを見た。


 「えっと……」

 ルップルップは、俺を逃がしてからの出来事を話し始めた。


 「……というわけで、蜥蜴とかげ馬の奴が私の言う事をさっぱりきかない失礼な奴で、勝手にあちこち走り回った挙句、いつの間にかここに着いていたってわけ。

 目を開いたら、むさ苦しい連中に取り囲まれて、門番の穴熊族からは槍を突きつけられて「何者だ!」と問い詰められたから、賢い私、とっさに機転を効かせて「カインの妻でーす」って説明したの。

 という訳だから、カインはこの私に妻と言われたことを一生光栄に思うことね!」


 ルップルップは”妻”と書かれた首から下げた仮登録証を見せながら、えへん、と妙に偉そうに胸を張った。


 「なんて高みからの物言い……。こんな状況になっても相変わらずなんだよな。まあ、野族に追い出された経緯は同情するけど」


 「カインがまたやらかしたという訳ではなかったのだな」

 ミズハが冷静に言った。


 「本当にごめん」

 セシリーナが恥ずかしそうに俺に謝る。


 「話はわかりました。ですがルップルップ、今ならまだ間に合いますよ。今すぐ逃げるんです。この男、見かけによらず当代随一の女たらしです。私のような大人な美女を、みーんな妻や愛人眷属にしてしまう、恐ろしい男なのです」

 リィルがルップルップの手を握りしめて真剣な表情で言う。


 ルップルップはきょとんとしている。


 きっとリィルが “私のような大人な美女” と言った事に理解が追い付いていないのだろうなと俺はため息をつく。


 「大丈夫だ。確かに俺は女の尻を追いかけ回すがそれだけの軽薄男じゃない。さほど悪逆非道な男でもない。むしろ安全安心、非力で戦闘では役立たずのただの男だぞ!」

 俺はにこやかに笑って、親指を立てて宣言した。


 「男……。確かに男過ぎる男そのものだものね」


 「セシリーナの言う通りこいつは男の本能の塊、本人はああ言っているが気を付けた方が良いぞ。特に何をするでもなく、息をするように美女をいつの間にか愛人に取り込んでいるような男だからな」

 ミズハがぼそりと言った。


 「そうそう、ルップルップは美人なのです。だから非常に、まったくもって、大いに、危険なのですよ。この男の目の届かない場所に今すぐ逃げた方がいいのです。この男の下半身には恐るべき魔王が潜んでいるのです。清純派アイドルだったセシリーナ様を一夜で淫らな性の虜にしたほどに凶悪なのです」

 リィルが俺をぎろりと睨んだ。

 まだ例の事を根に持っているらしい。


 「やっぱりカインは危険。でも、それにしては玉神様がどうしてあれほど懐いておられるのか理解できない。悪者ではないとは言え、流石にそこまで女癖が悪いと言われると……」

 じろりとルップルップは俺を睨んで足を組みなおす。


 しかし、それは逆効果。

 美しい太ももの奥まで丸見えの大胆なセクシーランジェリーだ。真正面で足を組まれると、色々見え過ぎて……。思わず股間がむくりと蠢く。


 「やはりあなた、玉神様の名誉のためにも、一度死んでおかない?」

 ルップルップは俺の反応にすぐに気づいた。さっと腕組みして胸を隠すと、蔑んだ目で俺を見降ろして女王様よろしく俺の顔面を片足で踏みつけた。

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