第121話 <<ラマンド国王宮で ー東の大陸 サティナ姫ー>>
会場がざわついた。
音楽は優雅に流れ続けているのに、ダンスを踊っていた者たちの足が止まった。時の流れが変わったかのようだ。
一斉にその視線が1点に集まる。
ホール二階の階段を下りてきたのが六大神の美の女神アプデェロアだと言っても信じるだろう。見る者を圧倒するほど美しく、高貴さを纏う少女が姿を現した。
まるで光り輝く宝石のようである。
会場からため息が漏れた。
「おお、流石はサティナ姫! これはなんと美しい!」
壇の上に座る国王ラマンド三世は思わず身を乗り出し、すぐに隣に座る王妃に思い切り足を踏まれた。
顔をしかめながらも、ラマンド国王は会場を見回した。
誰もが驚きや羨望の表情を浮かべている。このような場合、いつもなら嫉妬を露わにする貴族の娘もいるものだが、圧倒的な美を前に嫉妬することすら諦めさせられるようだ。
美女を見ると何かと言いがかりをつける問題児の大貴族の娘、ラメラ嬢すら口をぽかんと開けて見惚れている有様だ。
ドレスを纏った姫は会場の視線を一人占めにしながら階段を下りる。エスコート役のマルガ副官も正装でびしっと決めている。
「やはりこういう反応になりますかね」
マルガはサティナにつぶやき、階段を下りる。
「どうと言う事はないわ。気にしなくていいのよ」
国王との謁見はうまく行った。
「いいんですか、私なんかで? さっきから会場の男共の敵意が怖いんですが……」
「こういう場には慣れていないのねぇ。戦場ではあんなに勇敢なのに。大丈夫、堂々と胸を張っていれば、貴方はそれなりにかっこいいから」
そう言って、くすっとサティナが笑う。
その微笑を見て失神する者がいて、給仕たちの動きが慌ただしくなった。笑顔を一人占めにしたマルガに無言の圧力がさらに高まる。
「国王の前よ、失礼のないようにね」
「はい。わかっております」
ラマンド領内での軍事行為も魔獣討伐ということでその正当性が認められた。
魔獣の被害はラマンド国でも大きな問題になっており、ラマンド国一国では対処しきれない事案だったことが、交渉が順調に進んだ理由だったが、そうでなくてもラマンド国にはドメナス王国という巨大な覇権国家に喧嘩を吹っ掛けるほどの力がないのも事実だった。
「ふーむ。見事だ。まさに女神と呼ばれるのに相応しい」
ラマンド三世は白い顎ひげを撫でながら考えている。
サティナ姫のあの超絶美少女ぶりとその王位継承権である。
ドメナス王国は砂漠を挟んではいるが隣国とも言える位置にある大国だ。あのサティナ姫と我がバルア王子が結婚すれば、ラマンド国は王国の後ろ盾を得て、東マンド国はおろか旧公国全域に版図を広げることも夢ではないだろう。
だが、逆に言えば、王国にはラマンド国のような小国と婚姻関係を結ぶメリットは見当たらない。ましてサティナ姫は一人娘で、ドメナス王国の次期女王と目されている。
やはり高望みはせずに友好関係を築くのが一番賢いだろう。サティナ姫がこのラマンド国に良い印象を持ってくれれば、バルアが王になった時にそれが生きてくる可能性がある。いや、むしろそうなるように今から手を打っておくべきだろう。
謁見の際の態度や今こうして階段を下りる姿を見る限り、サティナ姫は大貴族や王族にありがちな高慢で人を見下すような人物ではないらしい。バルア王子の友人になれば、王子も良い影響を受けるはずだ。
少し甘やかし過ぎて育った王子も、そろそろ小国であるラマンド国の身の丈というものをわきまえ、微妙な国際情勢の中で綱渡りしていく感覚を磨く必要がある。
幸いバルア王子も今のところ残酷でも高慢でもない。少々我儘で世間知らず過ぎるだけだ。
会場では、サティナの歩む先に自然と道ができる。
階下でバルア王子が待っていた。
「姫! 待ちくたびれたぞ! 私と踊ってくれないか?」
「お待ちください。姫はまず国王への挨拶をいたします。何事にも順番というものがあります。それに、目下の者に対するような言い方は失礼にあたります。相手の気持ちを汲んで、踊って頂けますかと優しくお尋ねになるのですよ」
ドレスに身を包んだパルケッタが諭す。
「そうか、パルケッタがそう言うなら。サティナ姫、失礼を申した」
バルア王子は素直に頭を下げた。
「王子には良い人が付いているようですね」
サティナはパルケッタに微笑んだ。
ドレス姿のパルケッタは見違えるようにかわいらしい。王子は気づいていないが、もう数年もすれば、かなりの美人になるに違いない。
「王子、向こうに美味しいお菓子がありましたよ。ドメナス王国から取り寄せたふわふわの甘いお菓子だそうです。早く行かないと私が全部食べちゃいますよ」
「おう、それはいけない。お菓子はどこだ、どこなのだ?」
王子はきょろきょろとテーブルを見渡す。
「こっちですよ」
パルケッタはサティナにお辞儀をして、王子の手を引いて行った。
「あのパルケッタ嬢は、国が分裂して滅んだ南マンド大王国の王家の血筋を引く者だそうです。もしかすると妃候補のひとりなのかもしれませんね」
マルガがその様子を見ながらささやいた。
なるほど、サティナは納得した。
普通の女官にしては、王子に対する接し方に自由すぎるところがある。ラマンド国の習慣なのかと思っていたが、そういう事情があるとすれはわかる。
「でも、無理やりくっつけようとしているわけでは無いみたいね。自然な感じで、あの二人はとてもお似合いだと思うわ」
やがて国王に拝謁する順番が回ってきた。
王を前にマルガと共に礼をする。
この段階では国王は話をしてはならないらしく、威厳のある手ぶりでその礼に答えた。
「ふう、やっと儀式らしいことは終わりましたね。私はこういう社交が嫌で騎士になったというのに、まったく」
マルガはそう言いながら、給仕が差し出したグラスをぐいっと呷る。
「何事も経験よ。すぐに慣れるわよ。私だって本当は肩苦しいのは御免だわ。でも国を代表している立場もあるしね」
サティナはお菓子をつまむ。
ふたりを遠巻きに見ている目は多いが、話しかけるのを牽制しあったり、ためらったりしているようだ。
「ここでは、姫の隣にいると誰も近寄ってこないので楽ですよ」
「国元では欲に目がくらんだ大貴族共に囲まれるのが常なのにね」
「姫! このお菓子はお勧めだぞ」
いつの間にかバルア王子がお菓子皿を手にしてそこにいた。
どうやら人ごみでパルケッタをまいて来たらしい。
「王子、このお菓子がお気に入りですか?」
「うむ。今まで食べたことのない味だ。気に入った。美味しいぞ」
そう言って皿を差し出す。
「じゃあ、ひとつ頂きますね」
サティナがお菓子を摘まむ様子を嬉しそうに見ている。
「どうだ? おいしい? おいしいだろう?」
「うん、美味しいですよ、王子。このお菓子の名は知っていますか?」
「うーむ、初めて見るお菓子だから、知らないのだ」
「パルケッタなら知ってますよね?」
姫の声に振り返る王子の後ろにパルケッタが立っていた。
「やっと追い付きましたよ、王子」
そう言って息を整えてから、皿の上のお菓子を見る。
「このお菓子ですね。バンバンカラカラという北方の焼き菓子ですよ」
「よく御存じでしたね」
マルガが驚く。無理もない北方諸国の文化はこの辺りでは目にすることがない。
マルガですら、以前、サティナ姫が北方の街に行った際にお土産として王宮の騎士たちに買ってきたから知っていただけである。
「やっぱり物知りね。パルケッタは。それにその髪止めは妖精の工芸品よね」
サティナは綺麗な彫刻が施された髪止めを指差した。
「ええ、私は、この国に召し抱えられる前は妖精の国の近くの村に住んでいたんです。実はこのお菓子のレシピもその村に近い街で教えて頂いたもので、厨房のガーナさんにレシピを教えたのは私です。今回は特別にこの赤い実を使いました。苺のような味で、高原の湿地でしかとれないとても希少な果実なのだそうです」
「凄いな! パルケッタ! 流石だ!」
王子がパルケッタを尊敬のまなざしで見ている。
そんな4人を見ている目がある。
パルケッタがそれに気づいた。
「これは、ラメラ様。ご機嫌麗しく」
ラメラはぷんとそっぽを向いた。
実に可愛い娘だが、跳ねっかえりのようだ。
かなり上質のドレスに髪飾りは宝石をちりばめており、大貴族の御令嬢であることは誰が見てもわかる。しかも大貴族にありがちな人を見下す態度を既に身につけているようだ。女官ごときに話はしないという雰囲気を醸し出している。
サティナとマルガは苦笑した。
どこにでもこういう者はいるものだ。
「おう、ラメラではないか。お前もこれを食べてみるか?美味いぞ」
バルア王子がお菓子の乗った皿を差し出した。
あのツンツンぶりでは、王子の皿すら払いのけてしまうのではないかと思ったが、以外にもラメラは嬉しそうな表情に変わった。
「まあ、バルア様、私にお菓子を勧めてくださるの?」
そう言ってお皿からお菓子を取る。
「まあ、おいしいですわ」
「そうだろう、こっちの赤いのも食べてみろ、この小さな実は苺の味がするぞ。ラメラが苺好きだからわざわざ残しておいたのだ」
バルアは胸を張る。
「まあ、私のために。嬉しいですわ、王子」
ラメラはさっきまでの不機嫌そうな顔はどこへやら、すっかり気分を良くしている。
あんなに食べてはお腹が一杯になるだろうに、王子から勧められると嬉しくなってつい食べてしまうようだ。
「ねえ、パルケッタ。ラメラ嬢とバルア王子はどういう関係なの?」
サティナがこっそりと聞く。
「はあ、ラメラ様はこの国の宰相の孫です。筆頭大貴族の家柄でバルア王子と同い年なのです。幼少の頃よりの御友人ですわ」
パルケッタが耳打ちする。
「単なる友人とも思えないけど?」
「王と宰相の間では、将来の妃にという話も出ているようですよ。これはあくまでも噂ですけれどね」
そう言ってパルケッタは肩をすくめた。
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