第93話 リサの行方

 「あの一角馬め、こんど会ったらただじゃ済まさないんだから!」

 おでこに冷やした布を貼って、オリナの姿をしたセシリーナが悔しそうに言った。


 「そんなに悔しかったのですか?」

 アリスはベッド上のカインの腕に湿布を貼っている。

 セシリーナはすぐに気が付いたがカインはと言うと、まだ意識が戻っていないのである。


 この変態男が、何日か前から村長屋敷に泊まっている奴だということに気づいた者がいて、村長に連絡してきたのでアリスたちが迎えに行ったのだ。

 それにしても村の自警団に通報される前だったのは幸いだった。自警団に掴まると投獄されて、帝国の巡視兵に差し出されてしまう。


 「だって、悔しいじゃない。リサを連れ去った男とあの馬よ。私がリサを助けようと飛び乗ろうとしたら、あの馬め、思い切り後脚で蹴っ飛ばしたのよ!」


 「まあまあ」


 「しかも、あの男、『この聖なる一角馬は汚れなき乙女以外に触れられるのを嫌うのだ』 とか言ったのよ! 何が “聖なる” ですか! 人さらいの馬の分際で、人の頭を蹴るなんて!」

 

 「それで、どうしてカイン様は、全裸でボコボコにされたんですの?」


 「うーん……」

 セシリーナもそこのところは良く分からない。気絶した後だからだ。


 一体なぜ全裸だったのか?

 ただ、カインが全裸だということで、何となく何がおきたかは分かるような気がする。


 「それで? リサ王女の行方はどうなの?」

 「クリスお姉さまが馬の痕跡を見つけて追跡しましたから、お時間はかからないかと思いますわ。サンドラットさんも大通りに目撃者がいないか聞きこみに行ってますし」


 と言っているそばから。

 「アリスさん、クリスさんが戻られましたよ!」

 村長の大きな声が玄関ホールの方から聞こえてきた。



 「今、戻った」

 クリスがすうっと部屋に入ってきた。その身のこなしはまるで猫科の獣のようだ。


 「カイン、無事?」

 「ええ、命に別状はないわ」

 クリスはカインが寝ているベッドの端に座ったオリナを見た。


 「それで? リサの居場所はわかった? 早く助けにいかないと」


 「居場所は、わかった。ーーーーだけど、手が出せない」

 「まあ、お姉さまが手を出せないなんて、そんなことがあるのでしょうか?」

 アリスが目を丸くした。


 クリスであれば、誘拐されているリサのところに単身乗り込んですぐ連れ戻してくるのではないかとすら思っていたのだ。


 「理由が、ある」

 そう言ってクリスはカインの顔をのぞいた。


 「カイン様、まだ目覚めない? 容体、どう?」

 心配そうな顔である。

 「大丈夫、イリスさんが手当てしてくれたわ。今、目覚めさせる薬を作ってるところよ。それよりもリサよ、リサが心配よ」


 「そう、心配」

 「お姉さま、リサ様はどこにいるのですか? 私たちなら救出なんて簡単だと思いますが」


 「私たちには、救いに行けない、訳がある」

 クリスはカインの脇に座った。


 「訳ですか? まさか私たちに対抗できるほどの光術師が敵側にいるとかですか?」


 「違う、そんなんじゃない。本当を言えば、救いにいけないこともない。……そう、これ。今夜、カインと一緒に」

 クリスはなぜか少し頬を染めた。横たわるカインの上に身を乗り出し、意味深な手つきで撫でまわす手が次第に下へ……。


 ぱしっとその手がオリナに叩かれた。


 「まずはその訳とやらを聞きたいわね」

 オリナがクリスの肩を掴んで、そそくさとベッドから引き離した。


 「リサ様は、ここから西へ行ったところ、古代遺跡のある、洞窟に掴まっている。そこに、怪しげな連中がいた。それで、そこは、ごにょごにょ……」


 「はっきり言いなさいよ。アリス、何とかしてよ」


 「もう、お姉さまったら、肝心なところで共通語じゃなくなるんですから……」


 そう言って、アリスとクリスは部屋の隅で耳慣れない言葉で会話する。蛇人族の言葉だろう。方言が強すぎて魔族語なのにセシリーナにも意味が不明だが、そのうちアリスまで顔が少し赤くなってきた。


 「わかりました。セシリーナ様。ご説明します」


 その時だ。

 バン! と部屋の扉が大きく開いた。


 「みなさん、その前に、カイン様を起こしましょうか!」

 部屋の入口にイリスが立っている。

 その手の皿には、なにやらぐつぐつと音を立て、不気味な色の液体が湯気を立てている。


 「ん」

 クリスがぷるっと震えて鼻をつまんだ。

 「ひどい匂いだわ」

 ぷーんと部屋中に生臭い匂いが立ちこめる。


 「これを飲ませれば、いちころよ!」

 イリスがスプーンを片手に自慢げに微笑んだ。


 いや、いちころという表現はおかしいだろう。俺は目を閉じたまま思った。実はついさっきから気が付いていたのだが、なんだか目を覚ますタイミングを逃してしまった。


 クリスが俺の股間を撫でたあたりで目覚めたのだが、セシリーナの目の前でクリスに股間を刺激されて目覚める、というのも少し怖いような気がする。


 「さあ、カイン様……」

 イリスが俺を優しく抱き上げた。


 その柔らかな胸の感触を頬に感じる。おお、これはこれで良い。イリスの胸元の良い匂い。3姉妹では一番大人びているが、やはり可愛いのだ。


 胸はクリスの方が大きいような気がしていたがイリスは着やせするタイプだったのか。この3姉妹、家ではブラを付けない主義なのか、それともわざとか、もにもにの美乳を押しつけられて、桜色の唇が目の前だ。これは何という至福のひととき!


 イリスはにっこり笑った。

 「クリス、カイン様の口をお開きになって」


  「了解!」

 ドボゴスッ!!

 刹那、俺の腹にクリスの鉄拳がめり込んだ。


 「ぐっぇええええええ!」

 目玉が飛び出した。

 まさに天国から地獄とはこのことだ!!


 「!」

 「はい、どうぞ」

 驚天動地の一撃で思わず開いた口に、恐ろしい何かをたっぷりとすくったスプーンが突っ込まれた。


 「○☆△!」

 熱い! だが、それ以上の苦さと不味さ!!

 俺は飛びあがった。


 「ぐえええ!」と思わず悶えてベッドから転げ落ちた。


 どろりと流れ込むそれは、まるでそれ自体が生きているかのような喉ごし。不気味な液体の生臭さが口の中一杯に広がる。


 「ほら、お目覚めになった」

 イリスが薬の効果に満足したように微笑んだ。


 「だ、大丈夫? カイン」

 オリナがベッドから落ちた俺の背中をさする。


 「おおええええ! し、死にそうなくらい青臭くて、苦くて、不味い! なんなんだ、これ! おええ……」


 「ベベロ蛙の雄の体液を使った気つけ薬ですよ」

 「蛙……、お、雄の体液ってまさか?」


 「アレです、アレ。まあ、深く考えないで。気にしない方が身のためですよ」

 恐ろしいことを平気な顔で言う。


 「カイン、よだれ……」

 クリスはどこからか取り出したタオルで口まわりを拭いてくれた。その香りに少しだけ癒される。


 「さて、カインも気がついたことだし、リサ救助の話に戻りましょうか」

 「そ、そうだな。リサの居場所はわかったのか?」


 「どうぞ、カイン様。口直しにこれでもお飲み下さい」

 アリスが微笑んで、俺に果実水を手渡してくれた。


 「アリス、説明して。クリスでは共通語で説明するのに時間がかかるわ」

 イリスが皿の中身を窓の外に捨てながら言った。


 「わかりました。リサ様は村の西方にある自然の洞窟を利用した古い神殿の中に囚われているそうです。その神殿は、“真実の愛人協会” という怪しげな団体の巣になっていて、入口に特殊な結界が張られています」


 「真実の愛人協会って、最近、魔都で問題を起こして逃亡したカルト集団よね、魔導通信に出てたわ」

 オリナは村長の家に毎朝届く魔導通信というものを読んでいるので、何か知っているようだ。


 「ご存知でしたか? 真実の愛人協会は簡単に言えば、一夫一婦制を唱える過激な団体ですね。その目的のために多夫多妻制の社会の転覆を謀っていたのが露見して幹部は兵士を殺害して逃亡、信者の多くも都を追放されました。裏ではかなり悪辣なことをしていたみたいです」

 イリスは詳しい。


 「悪辣? どんなことを?」

 俺もようやくダメージが減ってきたので会話に入る。


 「人身売買ですね。一夫一婦ですから、相手に完璧な処女性を求めるようです。そのため誘拐した幼い少女を洗脳して、神の引き合わせとか言って、高額な仲介料をとって結婚させていたのです。その他、少女が突然いなくなる事件にも関わっていたようです」

 なるほど、だからリサやオリナが狙われたわけか。


 「私は既にカインの妻だから、対象外で置いていかれたわけか」


 「ええ、奴らは婚姻紋や妾紋を持つ者を区別するスキルか道具を持っているようです」

 アリスはうなずいて話を続ける。


 「それで、その神殿の結界ですが、多分、大型大出力のとても強力な魔術具を使っているようです。結界を解くには神殿の奥深くで作動している魔術具を止めるしかないのですが、その結界というのが、捕らえた少女たちが逃げられないよう処女は結界を出入りできないというものなんです」


 「そう、だから、カインの協力がいる」

 両手をわきわきとさせて俺に近づいたクリスがオリナに止められた。アリスとイリスもいつの間にかクリスのスカートを後ろから掴んでいる。


 「お姉さま、抜け駆けはいけませんわ」

 「クリス、だめよ。カイン様とヤルときは一緒と決めたでしょ」

 冗談なのだろうが、なんだか恐ろしいような、嬉しいようなことを聞いた。


 「それが、あなたたちでは救出にいけない理由ということね?」

 オリナが肩をすくめた。


 「そう」

 クリスがうなずいた。


 「でも、結界の前までなら一緒に行けるわね? 神殿には先に私とカイン、サンドラットが侵入してその魔道具を停止させるわ。そうしたら、あなたたちが突入してリサや囚われている人を助け出すという作戦はどうかしら?」


 「いいね」

 俺は即答だ。


 魔道具を停止さえすれば、後は3姉妹が暴れまわって簡単に片付くだろう。俺の役目は機械を止める、それだけで良いのだ。俺が過度な期待を寄せられることのない良い案だ。


 「お姉さま。万が一の事態も想定。みんな部屋を出る。カインは残る」


 なんだろう?

 みんなの目がクリスに集まる。なぜ部屋を出る必要があるんだ?


 「万が一に備え、今から私が、カインと、ベッドインする……!」


 「「「却下です!」」」

 3人の声が揃った。


 上着を脱ぎかけたクリスが「えーー」と残念そうな顔をした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る