第107話 新たな仲間とひとつの別れ

 「なぜ、こんな事になってるの? 見知らぬ少女と朝帰り? しかも森の妖精族って凄くレアな種族の娘と……」

 セシリーナが頭を抱えながら俺を問い詰めていた。


 もっともである。

 本当は俺の方がなぜこうなったのか知りたいくらいだ。


 「だから、言ったじゃないですか。このカッイン様が、私を無理やり押し倒して眷属にしたんです」


 「カッインじゃないわ。カインよ」

 「えっ、だまされてました。偽名を使うとは、やはり犯罪の匂いがします」

 こいつブリっこが上手だ。みんな騙されているぞ。


 屋敷の広間の中央で俺たちは正座させられている。その周りにはみんなが集まっていた。


 俺の前にはちょっとお怒り気味のセシリーナがいる。


 昨日は遅くなるとは伝言したものの、朝帰りになるとは思っていなかったらしい。しかもよりによって見知らぬ妖精族の少女連れである。


 「そう、犯罪、これは、犯罪」

 セシリーナの隣でなぜかクリスまで仁王立ちしている。


 「どうせ襲うなら、私を先に」

 

 ぎろりとセシリーナがクリスをにらむ。


 少女はカインに無理やり眷属にされたと言っているが、そうなってしまった以上、取り返しはつかない。セシリーナが深いため息をついた。


 俺の後ろにはサンドラットとイリスが立っている。リサは教育上悪いということでアリスが別の部屋で相手をしている。


 「だから、あのあと、夕食会で君の父上の部下のバルドンに挨拶しただけなんだ。そうしたら色々と誤解されて」


 「はあ~、そう。バルドンに会ったわけね。それで?」

 セシリーナは頭を抱えた。


 「バロキャリとか言う魔馬に乗せられて野営地まで連れて行かれた。そこで君の父上に面会させられたんだ」


 「バロキャリがカインを乗せた! びっくりだけど、今はどうでもいいわ。父上って、本当に父に会っちゃったの!」

 開いた口がふさがらない。

 どれだけ要注意な人と接触しているのか。


 「様子を探りに行っただけなのに、直接本人に会うなんて。要領がいいのか、悪いのか」


 後者だろうな、サンドラットは呆れている。


 「バルドンと君の父上は、俺の母親が父上の初恋の人だと勘違いしてね。しかも母が亡くなったと思ったらしくて、やけ酒が入って。それで朝になって」


 「その話のどこにこの娘が出てくるのよ? クリスの報告にあった風車小屋の魔族の女とは別人なのよね?」


 「そう、違う、この娘じゃない。別人」


 「こいつが君の父上を暗殺しようと忍び込んできたんだ。それを阻止しようとした結果、なぜかこうなったんだ」

 「はぁ……まったく……」

 セシリーナはいつも俺を見ているので、やらかしたことだけは理解したようだ。


 「でも聞き捨てならない言葉がでたわね。父を暗殺ってどういう事なの?」

 今度はリィルが問い詰められる番だ。


 「それは、カムカムが姉との結婚の約束を守らなかったから、いっそ殺して、事故で結婚できなかったことにすれば面目が保たれると思って」

 「ああ、また、父の悪い癖の犠牲者が増えたのね……」

 セシリーナは呆れたようだ。


 「で、でも、今月中に結婚してくれると言って村にむかったから、それは、もういいのです」

 さらにセシリーナは呆れたようだ。我が父ながら……という感じだ。クリスですら、カムカム伯の女たらしぶりにびっくりしているようだ。


 リィルは三人を見まわしていたが……。


 「それで、皆様のような美しい方が どうして人族のカッイン、もとい、カインと一緒にいるのです? どんな関係なのでしょうか? 単なる旅の仲間という感じでもないし。私のように眷属という感じでもないですし」


 「私はカインの妻ですよ」

 セシリーナは少し自慢気に言った。

 「私は、まもなく、妻になる予定の、守護者」

 クリスは胸を張る。

 「私も守護者ですよ」

 イリスがにっこり微笑む。


 「ええっーーーーつ! こんな冴えない! しょぼい! 臆病が服を着て歩いているような奴ですよ! しかも、鈍臭くて間が悪くて、見るからに変態じみた、しかも一物だけは無駄に立派な、この男の妻と婚約者なのですか!」


 ひどい言われようだ。

 だが、リィルが俺をどう見ているかだけははっきり分かった。


 「どんな悪辣な事をすれば、これほど美しい方々を騙して……」

 ガタガタ震えて、変態を見る目つきで俺を見る。


 「ちょっと待って、最後の言葉、一物だけが立派って? もしかして見たのかな?」

 急に目が怖くなった。


 「頭からぶっかけられた時と、押し倒された時の2回ですね。本当に無駄にご立派なのでびっくりしました」


 「へ、変態プレイ」

 クリスが青ざめてつぶやく。


 「な、なんてプレイしてんのよ!」


 「ち、違う! 誤解だ。リィル! 言い方があるだろ! もっとちゃんと説明しないと。えっと、あれだ、外で放水してた時にこいつに襲われたんだ。2回目は転んだ拍子に閉め忘れた前閉じから飛び出しただけだ。故意じゃない。信じてくれ!」


 俺はあたかも女神に礼拝する下僕のように麗しのセシリーナに懇願した。俺のキラキラした澄んだ瞳がきっと真実を伝えるはずだ。


 セシリーナを見る俺の目の周りにはクマができていた。リィルに殴られた頬も腫れている。しかも泥酔したせいで目がどんより死んでいて不気味だ。そのことに気付いていないのは自分だけだ。


 「たまりん! 出てきてちょっと説明しなさいよ!」

 セシリーナが叫ぶと、金玉が俺の前に現れた。


 「な、何でしょうか、それは!」

 リィルは驚いてたまりんを指差す。


 「これはニセ精霊よ! さあ、見ていたんでしょ? 説明しなさい! 今の言葉が本当かどうか一部始終を話して」


 「ニセ精霊とはひどいですねーー、まあどうでもいいですけどーー。おお、これはカイン様のピンチですかーー? よろしい、私が見た事実を話しましょうーー」

 たまりんは喜々として話し始めた。


 ちょっと脚色が混ざり過ぎているきらいはあるが、たまりんの説明で、ようやく俺への誤解は解けたようである。性質が悪い覗き魔だが、今回ばかりは助かった。


 「まあ、わかったわ。こうなったものは仕方がない。リィル、貴方は今日から私たちの仲間よ。眷属だから裏切りはできないでしょうけど、これから話をすることを覚悟して聞いてね」

 セシリーナはリィルにこれまでの出来事と、俺たちの境遇を説明した。

 

 「ぎょええーーーーーー、セシリーナ様があのクリスティリーナ様なのですか!」

 おお、飛び上がった。


 「ええっ! さっきのあの幼女が、王国の忘れ形見のリサ王女様なのですか!」

 おお、目が丸くなった。


 「ひえええーーーーーー蛇人族メラドーザの3姉妹!」

 がくがく、ぶるぶるである。


 何よりもクリスたちがあの悪名高い恐怖の3姉妹だと言うことが一番衝撃らしい。

 残忍で無慈悲な悪魔のような暗黒の使いの噂は、森の妖精族の村でも恐怖の対象として語られていたのだ。


 しかし、恐ろしい反面、暗黒術師は闇術や盗賊、暗殺者にとって最上位の存在である。シーフを職業とするリィルがクリスとイリスを見る目はいつの間にか畏怖と尊敬のまなざしに変わってきたようだ。


 そこにアリスがリサを抱いて部屋に入ってきた。


 「改めて御挨拶申し上げます。私はカサット村のリィル・ブロッサと申します。イリス様、クリス様、アリス様、噂に高いお姉さま方にお会いできで光栄です。私は盗賊職ゆえ、これからお姉さまとご一緒できること喜びの極みです」

 リィルは3姉妹を前に丁寧に礼をした。


 なんだこいつ。ちゃんと礼儀を知っているじゃないか。

 俺の眷属のくせに、俺に対する態度とはえらい違いだ。


 「では、リィル、貴方に命じますよ。カイン様は私たち姉妹が仕えるお方です。貴方もカイン様に忠実にお仕えしなさい」

 イリスの言葉にリィルは素直にうなずいた。俺に対してもこうなら文句はないのだが。


 「と言うわけで、リィルはもう私たちの仲間ですね」

 アリスがリィルの手を取って立たせる。


 良い感じになったと振り返ったセシリーナの目にリサとクリスが俺に抱きついて頬をすりすりしているのが飛び込む。


 「クリス! どさくさにまぎれて、何をしてるの」

 「ああーー、カイン!」

 俺から引き離されたクリスが残念そうに叫ぶ。


 「あー、クリスお姉さまは、いつもあんな感じなのですか?」

 リィルがアリスに尋ねた。


 「そうなの、いつもあんな感じよ」

 「あんな男のどこかいいのやら……」と言いかけて、アリスの氷のような殺気を感じて言葉が出なくなる。アリスだけでなくイリスの目も怖い。


 「い、いや、カイン様、素晴らしい方ですね」

 「ほほほ……」

 「あははは……」


 乾いた笑いの中、一人サンドラットが窓の外を眺めてため息をついた。一人、憂いの男である。


 俺は隣に座ったセシリーナの腰に手を回して身を寄せ合っている。セシリーナはクリスを押しのけ今度は自分が甘えている。


 「アリス様、本当にクリスティリーナ様はカインの妻になっていたのですね。びっくりです」とリィルはアリスに耳打ちする。

 「ええ、羨ましいです」

 うっとりとその様子を見るアリス。


 「え?」

 聞き間違いかと思っているようなリィル。


 「さて、アリスの件については、カムカムが旅立ったので問題は無くなったな」


 ようやく安心できる生活が戻るが、そろそろ俺たちも旅立ちの準備だ。この村は居心地が良いのでつい長居したくなってしまうが、それではまずい。


 「新たに盗賊職の技術があるリィルも仲間になったし、出発の準備ね。夏のうちに山地の国に到着しないといけないわ。冬になったら危険で近づけなくなるから」

 この村からはいよいよ西の山岳地帯へ進むことになる。夏でも雪を頂くような高山が連なっている。


 「そのことなんだが……」

 サンドラットが切り出した。

 その声に含まれたただならぬ決意の色に、みんなの視線が集まる。


 「俺は、ここから東へ向かおうと思う。みんなと一緒に行くと海から遠くなる。ここで別れよう」

 彼は男らしく言いきった。

 ここのところ、何かと言うと一人で考え込んでいたのはそのことか。いつかこの時が来るとはわかってはいたが、いざ言葉を聞くとさすがに辛い。だが、これは男としての決断だ。


 「サンドラット……そうか、わかった。お前にはたくさん救われた。いずれ俺も必ず向こうに戻る。その時はきっと会おう」

 それだけ言うのが精一杯だ。俺はサンドラットの手を取ったが思わずぼろぼろと涙が溢れた。


 「男のくせに泣くんじゃねえよ」


 「頑張ってね。サンドラット」

 セシリーナも感無量だ。サンドラットのお節介があったからこそカインと一緒になれたようなものなのだ。二人の愛の天使にしてはちょっとむさ苦しい気がするが。


 「ええーー? どこか行っちゃうのーー? サンドラットーー。リサのことも忘れないでね」

 リサがサンドラットに抱きついた。


 最後にサンドラットは3姉妹の方を見た。 


 「えっと、アリス、実はな俺……」


 「サンドラット様、東の大陸に戻ったら、ニーナ様とお幸せに」

 サンドラットが言う前にアリスがにこやかに言った。

 男サンドラットの告白タイムはバッサリと切られてあえなく終了したらしい。どーんと暗くなるサンドラット。


 「サンドラット、ニーナと、結婚!」

 クリスが親指を立てる。


 「ご無事に帰国できることをお祈りしております。でも無茶はなさらず。もし一人では帰れないような事態になりましたら、港でカイン様をお待ちになるのも方法かと思います」

 イリスが言った。


 「どうかご無事で」とアリスが微笑む。


 「あ、ありがとう。ありがとうアリス、みんな!」

 涙目でサンドラットが笑った。


 こうして、俺たちより一足早く、早朝サンドラットは東へ向かう街道に去って行ったのである。

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