第286話 旧王都侵入

 ゴトリ……と音がして壁の一部が外れた。


 「やっぱりここです。ここが隠し扉になっているのです」

 リィルが石壁の中にあったレバーを見つけ出した。


 「流石に盗賊職だけのことはあるな」


 洞窟がいつの間にか石畳の地面に変わり、壁は規則正しく積み重ねられた切石になった。


 その行き止まりには大きな竪穴が地中深く口を開けているが、ミズハによれば、竪穴は地下の貯蔵庫に荷物を出し入れするための施設で、王都内に入る道順とは違うだろうということだった。


 そのため手分けして道を探していたのだが、リィルがその入口を見つけた。


 「さあ、レバーを引きますよ」

 そう言ってリィルがレバーを引くと、石壁の一部が動き出した。


 見る見るうちに入口が現れ、外の光が差し込んでくる。

 洞窟を出ると、そこは城壁の内側にある通路である。


 ミズハの話ではこの旧王都は多重城壁という城壁構造をしていたそうだ。

 なんでも貫通力の強い帝国軍の攻城兵器対策として考えられた防御施設で、壁で囲われた通路に粘性の高い素材か何かを充填して城壁を崩されるのを防いでいたそうだ。そこはそういった城壁の一番外側の城壁と二つ目の城壁の間のようだ。


 「ここはもう結界の内側なのですね」

 「以外に綺麗です」

 「敵は……近くにはいませんわ」


 俺も辺りを見回した。見上げると高い城壁に囲まれた青空が見える。


 「どっちに進むの?」

 リサがミズハに聞いた。

 ミズハは例の腕輪で確かめている。


 「向こうだな」

 ミズハは左側の道を指差した。巨大な壁に挟まれた石畳の通路は艶々と光っている。


 「長い間放置されていたわりには綺麗ね」

 ルップルップが何気なく言った。

 「そう、ちょっと、綺麗過ぎて不安」

 クリスがつぶやく。


 「クリスの言う通りだ。綺麗過ぎて何だか嫌な予感がするな。この雰囲気、管理人のいる墓地みたいじゃないか?」

 「ちょっとカインまで変な事を言わないでよ、私、幽霊とか苦手なんだから」

 セシリーナが腕組みして震えた。へぇ、意外だ。セシリーナの弱点を知ったぞ。


 「あ、何かこちらに来ます!」

 ふいにアリスが叫んで後ろを振り返った。


 「!」

 何だ、あれは!

 ぬめぬめと動く巨大なゼリー状のものが音もなくこっちに来る。しかもその大きさ!

 そびえ立つ城壁の間を通路一杯になって城壁の高さの半分以上まで埋め尽くしながら、緑色の粘体が見る見る迫ってくる。


 「あれは粘性体! なんて巨大な!」

 「みんな逃げろ! 取りこまれると溶かされて死ぬぞ!」

 ミズハが叫んだ。


 良く見ると透明な奴の体内には、溶けかかった魔獣の死骸や骨などがいくつも浮いている。


 「うひゃー! あんな風に溶かされるのはいやなのです!」

 「急いで逃げて!」

 俺たちは慌てて駆けだした。


 この通路が綺麗なのは奴が舐めつくしているからだったのだ。


 「いかん! このままでは追いつかれるぞ! どうする?」

 最後尾を走りながら俺は叫んだ。

 奴は動きは遅いが図体がでかい。速くないくせに移動距離が大きいのでこのままだと追いつかれる!


 「上空へ逃げるんだ! ただし結界がある。城壁より上には顔を出すな! 一人ずつ抱えて飛べ!」

 ミズハがそう言うとリサを抱えて飛翔した。


 イリスがセシリーナを、アリスがルップルップを抱えて飛ぶ。

 クリスがリィルと一番足の遅い俺を待っていた。


 ニュルッ、ニュルッ……

 奴が石壁をこする音が背後から聞こえる。

 もう粘体は俺のすぐ後ろまで迫っている。


 「カイン、早く!」

 クリスがリィルを掴んで飛翔を始めた。


 「待ってくれっ!」

 俺はジャンプしてクリスの足に抱きついた。


 「カイン、変なところ、つかんじゃダメ」

 俺の手がクリスのふとももの内側に触れたので集中力が削がれたらしい。急によたって、すぐに高度を取れない。


 「うわあ! 来ました! 来ましたよ!」

 足をすくませてリィルが叫ぶ。


 見ると、粘体が触手のようなものを伸ばしている。俺たちを捕食しようとしているのだ。


 「お姉様! もっと上へ! 早く!」

 アリスの声が聞こえた。

 

 「んっ!」

 クリスが唇を噛む。

 粘性体の前を床を這うように漂っていた身体が急に上昇に転じた。


 「行けるぞ!」

 「クリス姉さま、がんばるのです!」

 その時、ガクンと強い抵抗を受け、急に飛翔が止まった。


 ヤバい!

 俺の足首に触手が絡まっている。

 「靴を、早くその長靴を脱ぐのです、カイン!」

 リィルが叫んだ。


 「わ、分かっている!」

 俺は足を振るが、触手が握っているので簡単に脱げない。


 「我慢しろ、今援護する!」

 ミズハがリサを抱きかかえながら杖を振った。

 杖の先から光の刃が放たれた。


 その刃が俺の足首を掴んでいる触手に突き刺さった。痛みは感じないようだが異質な何かを感じたのか、粘体が触手を大きく振った。


 「あっ!」

 そのはずみで俺の手がすっぽ抜けた。

 

 「カイン!」


 ぐはっ! 俺は石畳の上に叩きつけられたが、触手がクッションとなったようだ。しかも、その衝撃に驚いたのか触手が俺の足から離れた。


 「うおおっ!」

 それでも吸い込んだ息が全て吐き出されるような衝撃と痛みが全身を走り、俺は思わず地面を転がって内壁にぶち当たった。


 がちゃぽん!


 「!」

 上昇するクリスたちの視界から一瞬でカインの姿が消えた。


 「カイン!」

 セシリーナが叫んで手を伸ばす。

 「ダメだ! 今は降りるのは危険だ! 奴に取り込まれたのではない、奴が通り過ぎるのを待て!」

 ミズハが顔色を変えたセシリーナが止めた。


 「でも、あいつあそこに居座りましたよ」


 「動く気配がないな」

 「遠くからしばらく様子を見るしかないですね」


 ミズハたちは城壁と城壁をつなぐ空中回廊の上に着地した。



 ー---------


 「痛たたた……」

 どのくらい気を失っていたのか。頭をさするとタンコブができている。


 「ここはどこだ? みんなは?」

 周りは薄ぼんやりとして暗い。


 どうやら下水か排水用につくられた場所のようだ。通路脇に開口していた排水口からここに落ちて来たらしい。かなり上の方にスリット状の光が見える。


 幸い、あの粘性体が追ってくる気配は無い。


 「おーい! 誰か! 俺はここだ!」

 叫んでみたが返事は無い。俺の声だけが暗い排水路に反響する。あまり声を出すと魔獣か何かを呼び寄せてしまいそうな気がして俺は腰の骨棍棒の感触を確かめた。


 見つける気になればとっくに見つけ出しているはず。

 この場所には3姉妹ですら俺を見つけられないような何かがあるのかもしれない。


 俺はふらつきながら立ち上がったが後頭部と背中が痛い。

 念のため、回復効果のある実を取り出してかじる。


 「ここで待っていてもダメだな。地上に出る道を探さなくては……」

 俺は移動することにした。

 だが、はて、右に行くべきか左にいくべきか。

 こんな時はどうする?


 「たまりん! いるか?」


 すぐにぽうっと股間が光った。


 「なんですかーー? ずいぶん久しぶりですねーー、私たちのことすっかり忘れていたでしょ?」

 「いや忘れていないぞ。野族の村に頻繁に出張だったろ? 忙しいだろうと思ってたんだ。それに危ない場面も今までなかったしな」


 「そうですかーー? セシリーナ様とアリス様をとっかえひっかえで忙しかっただけじゃないですかーー?」

 「見てたのか?」

 「ぷぷぷっ、見てましたよーー。じっくり、しっかり! 恥ずかしがる純なアリス様にあんなことやこんなこと……」

 「もういい、しゃべるなぁ!」

 

 「それで今さら何の用ですーーう?」

 「うん、端的に言う。セシリーナたちの所に帰るにはどっちに行けば良いんだ?」


 「なるほどーー! 大人のくせに迷子になったんですねーー」

 「いいから答えるんだ、導く者なんだろ?」


 「ここは、色々な結界が邪魔していてーー、良く分からない所ですねーー」

 「ダメか?」

 「そうですねーー、セシリーナ様たちは移動したようですーー。ここからだと、足元の水を上流に向かうことですねーー!」


 「なるほどね、わかった。何かあればまた呼ぶから」

 よく辺りを見ると足元の水は右の方から流れているようだ。

 つまり、そっちが上流、地形が高いという事だ。


 「たまにはリンリンも呼ばないと怖いですよーー、じゃあ、また!」

 そう言ってたまりんは消え、俺はまたひとりぼっちになった。

 1日で彼らを呼んで使役できる時間は限られている。ここぞと言う時のため取っておこうと思うと、特に戦闘力が高いリンリンは切り札になるのでなかなか呼べない。


 「さて、ここは右だろうな」俺は少しでも上に進むため、穴を右に進むことにした。


 壁に沿って歩くと遠くから何かが重々しい音が響いてくる。


 しばらく進むと、その正体がわかった。

 音の発生源は滝のように流れ落ちる水だったのだ。

 壊れた壁から大量の水が流れ落ち、床に開いた穴からさらに下層に流れ込んでいる。


 周囲の壁には所々ひびが入っている。

 穴の開いた天井からも水が流れ込んでおり、わずかに光が漏れている。あそこから外に出られそうな気がする。


 「ひび割れを掴みながら登れるかな?」

 自慢ではないが懸垂は大の苦手だ。腕力だけであそこまで登るのは不可能と言っていよい。だが、あそこ意外に行ける場所がないことも事実だ。ここは登るしかないだろう。


 壁のひび割れに手をかけてみる。

 良い感じに掴めそうだ。


 「これなら何とか登れるか」

 俺は壁に張り付くカエルのような恰好で慎重に壁を登り始めた。

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