第12話 回想の美神官2 ナーナリアとの結婚

 ドンドコドコ……

 鳴り響く太鼓の音。


 「ああ、やっぱりなぁ……」

 お決まりの状況に俺は力のない薄笑いを浮かべ、我が身に起きた不幸にため息をつく。


 まず俺の視界に入ったのは、焚き火の周りで焼いた肉にありつく野族たちの姿だった。宴は始まったばかりらしく、木々の枝に何匹もの皮を剥がれた獣がつりさげられ、油を塗られて、焼かれるのを待っている。


 「俺も同じ運命か……」


 ん? 俺たち……だと?

 自分で言っておいて自問自答してしまう。なぜって、目の前にナーナリアいて、そっと息を潜めて俺を見つめていたからだ。


 「ええ、ですが……。これは……」

 なんとなく出た言葉にもじもじしながら答える可愛らしさ。


 「!」

 その時俺はハッと気付いた。


 俺の裸の肩に顔を埋めている白い素肌の全裸の美女!

 赤い魅惑的な唇に青い澄んだ瞳。

 ちょっと振り向くだけで唇と唇が触れ合いそう。


 「あれ、なんで裸? って俺も裸かよ!?」

 あまりの光景に脳が追いつかない。

 とんでもない事態——全裸——になっている二人。

 しかし、あまりにも意表を突かれすぎてパニックになれないという不思議さ。

 

 「あまり見つめられると……」と頬を染めるナーナリア。


 つまり、俺とナーナリアは全裸で真正面から抱き合い、蔦でぐるぐる巻きにされて木に吊り下げられている!


 しかも、奴らは呪術的な意味で獲物のへそとへそと合わせるように縛る風習があるらしい。大胆に広がられたナーナリアの両足は俺の腰を挟み込むような形で縛られている。まるで男女の性愛の歓喜を司る神像のような姿の二人。


 白い雪のような素肌が桃珊瑚色に染まっている。その想像以上に豊かな胸の谷間に奴らが振りかけた油がねっとりと溜まっている……。ごくり……。


 「奴ら皮を剥くつもりで、服を剥きやがったな!! ナーナリア、これは事故だ。だから……」

 「カイン様……観念してくださいませ」

 ちょっと伏せたまつ毛が揺れるのがものすごく色っぽい。


 「え? 観念するって?」

 「ええ、こんな風に素肌を合わせた以上、二人は結婚するしかありません。カイン様……、あの……こんな私ですけど…いいでしょうか?」


 「は?」

 思わず目が丸くなる。当たり前だ、こんな美人の妖精神官が俺なんかと?


 「もう、分かっているくせに! 私を娶って、妻にしてくださいませ」

 ナーナリアはかなり恥ずかしそう。


 素肌を合わせた男女は婚姻することになるのは常識だ。しかもこの状況、素肌を合わせたどころではない。


 その潤んだ瞳で見つめられると、可愛い、無性に可愛い。


 「ね?」


 俺が黙って返事をしないので、おでこをくっつけて、甘えるように俺の目をじっと見る。

 彼女の言葉は不可能な夢だと諦めた言葉……それを彼女の方から口にしている。これは夢なのか……


 「あ、えっと、神官なんだから結婚はダメじゃなかったのか?」


 「どちらから禁忌を破ったわけでもなく、現にこうして裸で抱き合っているのですから、タブーなんかとっくに関係ありません」

 「そうなの?」

 「はい、ですから、もはや神官の掟に縛られる必要はなくなったのです。今ならあなたが私に伝えてくれた思いにも応えられます。だから、ね、私を妻にしていただけますか?」


 何だか体温が急上昇する。 


 「ね?」


 その澄んだ瞳に誘われ、俺は正直にうなづくしかない。もちろん、本心は天にも昇る気持ちだ。


 遠回しに告白したこともあったが、その時はさりげなくかわされた。神官のタブーは絶対だ。いくら二人が互いに好意を抱いていたとしても当事者の意志でタブーを破ることはできない定めだったのだ。


 だから、ただ単に町から逃げ出すという依頼を受けた俺と、その雇い主である彼女という関係、あくまでもビジネス上の信頼関係なんだと強引に自分の気持ちに蓋をしていたのである。


 それが、こんな形でタブーが無効化された! 


 「わかった。俺と結婚してくれ、ナーナリア!」

 元より断るなどという選択肢はあるはずがない。


 「ええ、もちろんです! うれしい!」

 彼女は花が咲いたかのように微笑んでぎゅうっと抱きついて来た。やばい、その刺激はかなりやばい。


 「だが、今はこの状況を何とかしないと。あいつらが騒いでいるうちに何とか逃げ出そう」

 俺は冷静を装って言った。


 「そうでした」

 真面目な顔に戻るナーナリアも美しすぎて……。


  さて、下を見ると足元には樽がおかれており、黒っぽい液体が満ち、酸の臭いが立ち上っている。

 奴らの目的はアレだ。そう、俺たちを食う気満々だ。どうも酸に漬け込んで肉を柔らかくしてから焼くという習慣があるようだ。


 「結び目がそっちにある。蔦を解けないか?」


 「硬いです。ううん……。だめです、油が下に垂れて滑って……。ああっ、ですが、今のでお尻の方の蔦が緩んできました! このままじゃ私が先にあの樽にドボンです。せっかくカイン様との結婚が決まったのに死に切れません」


 「大丈夫! あ、慌てるな! ここをこうやって。……あ、あれ?」

 俺はもぞもぞと指を動かした。

 ナーナリアのお尻を抱きかかえて、引き寄せて。ここをこうしたら? あれ? どこを触ってる?


 「あ……」

 しかも滑る、滑る。

 油がぬるぬるとふたりの素肌の接触をよりなめらかにしてしまう……これは色んな意味でやばい。


 「カイン様、指が……」

 おっと! 妙なところに指が……。慌てて太もものあたりを持ち直すとナーナリアの素肌が微妙に桃色に染まった。


 全裸の二人である。

 もぞもぞ動くだけでナーナリアの柔らかな胸が弾ける。白い肌に目にも鮮やかな桜色の”ポチ”がつんつんと俺の胸板をつつく。


 いけない、ナーナリアの赤い唇がさらに妖艶に見えてきた。


 「あん。だめっ、このままじゃ落ちちゃいます!」

 ナーナリアが俺の腰を挟むように後ろに回されている両足に力を込めた。


 「がんばれ、落ちても下の樽の中に落ちないように少しでもズレればいいいんだ!」

 枝を揺らそうと腰を前後させたが、一人の力ではなかなか揺れない。


 「ああっ、カイン様、じきに落ちちゃいます。なんだか油でさらに緩んできました!」

 「耐えろ! 耐えるんだ!」

 「だめっ! このまま落ちたら、二人とも下の毒々しい色をした液体の中にまっしぐらです! ああん……滑ります。私が先に落ちちゃう!」


 ナーナリアのお尻が重いのか、彼女のお尻が先に沈んでいくのがわかる。ナーナリアは必死に両足を俺の腰の後ろで交錯させて耐えているが……。


 「まずいな。」

 俺もつぶやいた。

 「まずいです。」

 そうじゃない。俺は目のやり場に困る。


 仰け反って悶えるので美麗な乳房が目の前で丸見え。

 俺たちは若い! そして彼女は美しい! その全裸の温もりと滑らかな肌が吸いついてくる。


 その結果、俺の若さが怒涛の如く覚醒する。


 「カイン様? なんだか、硬くて熱いものが股間に当たって。支えになって落下が止まりましたけど……?」

 そこまで言ってナーナリアはそれが何だか理解したらしい。

益々顔を赤くした。


 「カイン様、落ちなくなりましたが、アレが妙な具合に……」

 「無理だ。この状況ではな!」

 何が無理なのか、萎えるわけがないのだ。ナーナリアは落ちまいとひしっと俺に抱きついてくるので、ますます張り切りだす。


 そのおかげでナーナリアが毒樽にどぼんと落ちることは無くなったが……。


 「こうなったら、一緒になって枝を揺らそう、腰を振れ!」

 「揺らすんですか? この状態で?」

 「もちろんだ」

 「ん、もう! 仕方がありません」ナーナリアは耳まで真っ赤になった。


 ―—というわけで俺たちは協力して枝を揺らすことにした。


 体を前後に動かして蔦を揺らしていくが、それには互いに腰を振らねばならない。しかも蔦の弾力で戻りの勢いが強くて、思いがけず力強い振り子になる。


 「あん」とナーナリアが可愛い声を上げた。


 「もう少しだ。枝を揺らし続けるんだ。樽以外のところに落ちなくては! もっと腰を振るんだ!」

 「もっとですか? ま、まだなのですか」

 ナーナリアの素肌は桜色に上気し、俺の首に腕を回してひしっと俺にしがみついて腰を前後に振る。


 野族はけたたましく騒いで飲んでいるので気づいていない。


 「がんばれ」

 「こ、これ以上は、ああ!」


 一段と二人の動きが激しくなり、蔦と一緒に振り子のように振れ続けていたが、ついに重さに耐えきれず枝が折れた。


 「うげっ!」

 「きゃっ!」


 俺たちは放り出され地面に落ちた。


 「無事か、ナーナリア」

 俺は丸出しでケツを逆さにして落ちたが、すぐに起き上がって格好をつけた。


 「無事じゃありません、カイン様、まだ痛いです」

 茂みの中からナーナリアが恥ずかしそうに胸を両手で隠して顔を出した。俺も頭のたんこぶを撫でる。


 「すまない。怪我はないか? 思ったよりも吊るされていた位置が高かったみたいだ。」

 「怪我は大丈夫です。でもよかった! 無事でした!」

 ナーナリアが駆け寄って俺に抱きついてくる。


 その華奢な身体を抱きしめると、二人とも全裸なので色々ともうこれはたまらない事態が発生する……。

 すぐ近くに野族がいるというスリル感も二人の感情に増々火をつける。



 「――それで、こうして結ばれたのですから、結婚式の日取りについてですが……」

 俺の腕を枕に寄り添う彼女の純真な瞳が美しい。

 「それよりもそろそろ逃げるぞ、獲物がいないことに気づくかもしれない」

 まだまだ渦巻く欲望を必死に押さえ、理性的なふりをする。


 俺はあたりに散らばっている誰のものかもわからない衣服をかき集めた。以前食われた犠牲者のものだろうか。


 「ああん、待ってください、そんな急に動けません」

 ナーナリアは長い間変な格好で縛られていたせいか、それとも他の理由か、少々動きがぎこちない。


 俺たちは近くの小川で身体を洗い、匂いを消すと風下へ逃げた。


 そうやって街道を迂回しながら夜明け前に俺たちは宿場町に逃げ込むことができた。


 これが俺がナーナリアと結婚した経緯である。


 その後、二人の冒険者、というより美しい妖精神官の活躍はちょっと話題になった。なんだかんだと二人で大変な困難を乗り越えて旅を続け、やがて妖精が多く住む北方諸国の街マガンに俺とナーナリアは薬草店を開いた。


 美人店主の店は大繁盛して、本当は俺もずっとそこで暮らしたかったが、妻問い婚の世界では1年も妻の家に入り浸りの男はダメ男のレッテルを張られる。一人前の男ほど放浪して艱難辛苦に耐え、成功するか出世すべしというのが常識なのだ。


 そこで俺はこの結婚を報告するため、一旦故郷のミスタルに戻ることとしたのだが……。そこで立て続けにサティナ姫やマリアンナと出会うことになる。

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