第233話 ダブライドの街とカイン

 ダブライドの街への街道はつい最近まで封印されていたという話だったが、それが信じられないほど街道はにぎやかで行き交う人々の数が多い。


 しかし、なぜか通り過ぎる者が俺の方を見てくすくすと笑ったり顔をしかめたりする。それがこの辺りの挨拶の仕方なんだろうか?


 「なあ、なぜだろうな? みんな俺を見た途端、残念そうな顔になったり、笑みを浮かべたりするんだけど、どうしてだろ?」


 ぷっ、とリィルが噴いて顔を背ける。

 ルップルップも微妙な含み笑いを隠し、何か言いかけたリサの口を塞いだ。


 おかしい? 何かある?


 実は俺が寝ている間にズボンの股間に “神の宿る場所” という妖精族の文字を描いた者がそこにいる。

 正面から見るとネオンのように輝いて見える文字だが、近くからは見えないという不思議な魔力を込めた文字。


 だから俺は股間の文字に全然気づかず、堂々と股間を光らせたまま街道を歩いている。セシリーナはカインの女除けになるから良いと思って何も言わないし、ミズハは我関せずだ。


 「おおっ! 着いたぞ!」

 山林の谷間にその街は広がっていた。


 峠から見下ろすその街はさほど大きくはないが、街の中央に直線的な大路が走り、その一番奥まった所に大神殿を配している。大路の左右に広がるのは規則正しく配された家並みだ。


 「へぇ、これは見事に計算された街ね」

 セシリーナが眺めた。

 「うん、そうだな。ここだけ見れば小国の都のようなつくりだ。もっとも周辺は山で、ここにはこの街しかないから国とは呼べないのだが」

 ミズハが立ち止まった。


 「ほへー。こんな場所にこんな街があるなんて」

 リィルがきょろきょろと周囲を眺める。


 「いよいよね。あれが大神殿だよね」

 「そうだよ、リサ」

 リサは峠の境界石の上に登って景色を眺めた。


 「うわー、あれが神殿でしょ? うわーー、噂どおり本当に真っ白な神殿だ!」

 「ずいぶんと大きいんだな。大都市の神殿でもあんなに大きいのは珍しいぞ」


 「そう、あれは、大きい。でも、オミュズィの神殿より、小さい」


 「へえーーそうか?」

 「カイン、隣、隣!」

 リサが俺の肘をくいくいと引っ張って隣を指さした。


 あれ? そう言えば今の声は? 

 ハッとして横を向くとにんまりと笑うクリスがいる。


 「うわっ! いつの間にクリス!」

 俺の声でみんなが振り返った。


 「おお。クリスではないか?」とミズハ。


 「お前、ここで合流するなんて聞いていなかったぞ。どうしたんだよ?」

 俺はにこにこしているクリスに尋ねた。


 「カイン様、晴れて国元で、私たちとカイン様の、結婚承諾が出た。それを一刻も早くお伝えしようと、私が先行して飛んで来た。この婚約は、とってもうれしい!」

 そう言ってクリスは俺の前で正式な婚約の挨拶というを仕草をする。その流れるような舞いにも似た所作は惚れ惚れする。見事に礼儀正しく、美しい挨拶だが、口元に浮かんだ笑みがなぜか胡散臭い。


 「あー、お前、さてはまたイリスとアリスを出し抜いて勝手に来たんじゃないか?」

 「何のこと?」

 なんだか白々しい。


 「へへへ。でも、結婚したら、イリスもアリスもいつも一緒」

 「どうしてだ? 妻問い婚なのに?」


 「私たち、蛇人族では、普通に夫と共に暮らす。だから私たち姉妹は、カインが住む所に、一緒に住むことになる」


 「なんですって! ずるーーい!」

 セシリーナが俺とクリスの間に割り込んできた。


 「ずるくない。それが私たちの習慣」

 クリスは勝ち誇っているようだ。


 どこかで見たような雰囲気、もしかしてこの間の露天風呂でのお返しなのだろうか。


 「私だっていつもカインと一緒にいたいんだから!」

 むーと睨みあう二人。


 「まあ、まあ」

 「おい、喧嘩している場合じゃない。先に行くぞ」

 ミズハとルップルップが呆れたように歩いて行く。リィルなどはとっくにずっと先の坂道を下っているのだ。


 俺は左右の腕にセシリーナとクリスから腕組みされて街道の坂道を下り始めた。セシリーナがリサと手をつないでいるので、美女三人と男一人である。こんな状態なのでどうしても通り過ぎる人の注目を浴びてしまう。


 人々は美女たちに驚愕し、そして次の瞬間、何故か俺を見て戸惑ったように薄い笑いを浮かべる。


 街の入口は大きな石造アーチ門だった。

 特に門番がいるわけでもなく、すんなりと大通りに入った。


 ミズハとリィルが通りの先を歩いている。

 「待ってよ! リィル!」

 リサがリィルの後を追いかけて前に出た。


 神殿に続く大路の左右には商店や宿等が見える。商店では、神具や奉納品等を売っている店が多い。その中でも特に人だかりが出きている店がある。


 「何を売っているんだろうな?」

 俺は隣を見た。

 焼き芋をもぐもぐ食っているルップルップと目が合った。いつの間に買ったのかは謎だ。


 「なあ、セシリーナ、あの人だかり、何を売っているんだろうな?」

 俺は改めて後ろを振り返る。あいかわらずクリスと張り合っているようだ。


 「看板からすればお土産店のようね」

 「そう、土産屋」


 「なんだお土産かよ。でもどうしてこんなに混んでいるんだろ?」

 俺は人ごみに顔を突っ込むが勢いに負けて押し戻される。


 「うう、何だか気になるな」

 直後、俺は肘鉄を食らった鼻先を押さえて仰け反った。


 「私に、任せる」

 クリスが人ごみの背後に立つ。

 「はい、道を開けて」

 クリスが言うと、見えない壁でもあるかのように人ごみが左右に割れた。

 「ほら、手を、掴んで」

 クリスが俺の手を掴んでぐいっと立ちあがらせると、店の前にすたすたと進む。


 急に人ごみが左右に分れたことに目を丸くしている店主がそこにいた。


 売り場の棚には木像が幾つか並んでいる。

 丁度、競りの最中だったらしく、値段を書くための石板が置かれ、現在の値段が乱暴な字で書かれている。


 「なんだ、ただの人形」

 クリスが興味なさそうにつぶやいた。


 「ん……でもこの像はどこかで見たような姿をしているぞ」

 見返り美人の少女とその足元で四つん這いになって嘔吐している鼠の像……。その少女の面影はクリスにも似ている。


 「あっ、これってこの前の二人なんじゃないの?」

 後ろに来ていたセシリーナが指差した。


 「ああ、そうか、そう言えば、あのアリス似の少女と野族の二人組にそっくりだ」

 俺の言葉にクリスが首をかしげた。


 「アリスに似た子?」


 「あっ!」

 その時、店主がクリスと俺たちを指差して大声を上げた。

 「あああっ!! もしかして貴方様は女神様! それにその従者ではありませんか! しかも、いつの間にか二大美神のお一人がお供として新たに降臨されている!」


 「女神様だ!」

 「まさしく、あれはお供の美神様!」

 集まった群衆が急に大きくざわついた。

 その時だ、背後で笛が鳴らされた。


 「いましたぞ! 女神様はこちらにおられました!」

 血相を変えた神官服の男が叫ぶ。


 「おおっ!! やはり女神様!」

 神官の声で、周囲にいた人々が一斉に座り込んでクリスに向かって礼拝を始めた。

 「おい、どう言う事だ? クリス?」

 俺は顔が引きつる。


 「うーむ、私も分からない。何か、誤解?」

 周りで礼拝している真ん中に立っているので俺たち3人が恐ろしく目立つ。


 向こうから神官の一団が凄い勢いで砂煙を上げ走ってきた。少し遅れて御輿みこしを担いだ者たちまで迫ってくる。


 「おいおい、これは一体どういうことだ」

 「何がおきてるのかしら?」

 「ふむ、不明」


 俺たちの前に御輿がドン! と置かれ、その前に年寄りの神官がかしづいた。


 「お探ししましたぞ、ドリス様。急に女神像をお残しになっていなくなられたので、天界に帰られたのか、はたまた外に遊びに行かれたのかと心配しておりました。外界の様子をご覧になりたければ、私どもに一言申して頂ければ……」


 「ドリス?」

 そのセシルーナの声に神官が見上げ、セシリーナと俺を見る。


 「おお、これが神の奇跡でございますか、あの鼠を人の姿に変えたのですな。だが例え姿が変わったとしてもその残念な本質はそのまま体現されており、感服いたしましたぞ! それにこのお方が女神の眷属として語られる二大美神のお一人でありますな。いやはや聞きしに勝るそのお美しさ、そのお姿を拝見でき感激の極みでございます」

 神官一同がセシリーナにも拝礼する。


 続いて神官たちは俺の方をちらっと見たが特に何もない。

 なぜか俺に対する扱いだけが雑な気がするのは気のせいか?


 「ほら、あれが下品な鼠が姿を変えた男だそうよ」

 「まあ、やはり人の姿をしていてもそこはかとなく下品さが滲みでていますね」

 「見るからに下品ですわね」

 「ほら、股間にあんな言葉を……下品極まりないですわ」

 ひそひそと周囲からそんな話し声が聞こえてくる。


 「皆の者、女神御一行が神殿にお帰りになられますぞ、道を開けるのです!」

 年寄りの神官の号令とともに俺たちはあれよあれよという間に御輿に乗せられた。どうやら神殿に連れて行かれるらしい。


 その様子を道端で見ているミズハ、リィル、リサ、芋を食っているルップルップの4人の姿が見えた。


 「お……」

 俺は叫ぼうとしたが、ミズハが口に指を当てるそぶりをして制止したので、俺たちはそのまま通り過ぎてしまった。

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