第217話 女神降臨! 封印された神殿の街
アパカ山脈の森林の奥に外界から閉ざされた空間があった。
その中にあるダブライドの街には神殿の神官とその一族が暮らしている。街の中央にそびえるのはアプデェロア大神殿である。
その神殿は辺境の地であるため帝国による破壊を免れたが、破壊されなかった代わりに外界から街を遮断する封印の術が街全体を覆っているのだ。
そのアプデェロア大神殿では年に一度の大祭が行われている最中である。
約二千人が入ることができるホールはほぼ人で埋め尽くされている。街の人々が見守る中、神官長が祭壇上に立つ質素な木像に宝珠を捧げる。
神殿は破壊されなかったが、神殿の命と言うべき女神像とその手に持つ宝珠は帝国に接収されてしまった。
現在の木像は仮像であり、宝珠は工房に似せて作らせたもので本物とは全く異なる。
女神の手に宝珠が載ると集まった人々は喝采の声を上げ、祭りが始まった。
神官長は人々を穏やかに見下ろす。
外界との交流を封じられたため、良く知った顔ばかりである。
「ここに集いし者、ダブライドの街に住まう者、この世界にアプデェロア大女神の慈悲を!」神官長は両手を広げた。
その時だった、地面が大きく揺れた。
「じ、地震でございます! これは大きな地震です」
「皆の者! 落ちつけ! 慌てるな!」
ホールの神官たちが冷静に対応したのでパニックは起きなかったようだが、地震が止むとホールに落胆の声が広がっていった。
「なんということだ……」
「ああ、これは酷い……」
仮設だった女神像があっけなく倒壊している。いくら仮の像とはいえ、それが壊れた事は人々に暗い影を落とす。
「おお、今日から祭だというのに何と言う不吉な」
「これも我々に与えられた苦難だと言うのか! おお、女神よ。余りにこれは!」
よろめく神官長を左右から若い神官が支えた。
大切な女神像が壊れ、ホールに集まった誰もがその状況を呆然とした表情で見ていた。
暗い沈黙が神殿を支配した。
その時だった。
「ねえ、ボザルト! ここはどこなの? また神殿に戻ってしまったみたいよ!」
「我にも分からぬ」
ふいに崩れた女神像の足元からその声が聞こえた。
振り返った神官長たちの目が驚愕に見開かれる。
「鼠?」
「野族?」
鼠顔の姿の者が壊れた女神像の上にひょいと現れたのだ。
だが、次の瞬間、彼らの瞳が何とも言えない色に染まる。
それは畏怖なのか、感激なのか。
「そこに誰かいるの?」
そう言って女神像のあった場所に現れたのは、この世のものとは思えない、輝くように美しい少女である。
しかもその衣装はどう見ても神聖な神官服、手には聖なる杖と黄金色の宝珠まで持っている。いくつもの絵画に描かれている女神の姿そのものなのである。
これはもはや間違いない。
わずかにざわつきだしたホールがあっという間に熱狂的な声に埋め尽くされていく。
「女神様だ!」
「本物の女神様がご降臨された!」
人々は感激のあまり涙を流しながら礼拝する。
多くの人々が街中にこの奇跡を伝えようと慌てふためいて外に飛び出して行く。
「何なの? この人たちはなに? 一体どうしたの?」
ドリスは周囲を見渡した。
「人族の神殿のようだが、まるで我らを崇めているようだ?まったく妙な連中だな」
人間の中で一番偉そうな服や冠を被った老人が前に進み出て拝礼した。
「アプデェロア大女神様、そのご尊顔を拝謁し感無量でございます」
「アプデェロアとは誰? 私はドリスよ」
「ははっ、このたびは……現生ではドリス様と申すのでありますね。かしこまりました。ではドリス様と、その使い魔様ですかな?」
「ボザルトのこと? 彼は仲間よ」
「そうじゃ、我はドリスの仲間だ」
「そうでございますか、承知しました。お祭りは始まったばかりでございます。できるだけ長くご滞在されるよう心を尽くします。こちらへどうぞ」
現生に降臨される際、女神は人の姿を借り、女神であったことすら覚えていない風を装うと言う。その使い魔も普通は鳳凰だが、封印された街では空を飛ぶ使い魔より地を走る使い魔を使役する方が良いということなのだろうか。
聖書に書かれている記述と概ね一致するが、少々違うのは女神の降臨と言われる事態が数百年ぶりだからなのだろう。
神官たちは2列になって、祭りの期間中に女神を奉じる饗宴の間へと二人を案内していく。
本物の女神が饗宴の間に入ることなどかつて誰も経験したことがない。
神殿長の後を歩く二人の周囲で人々が次々と祈りを捧げる。
「あれが本物の女神様か」
「そしてあれが本物の宝玉か」
「初めて見ました」
若い神官はドリスの姿だけでなく、ドリスが身につけているもの全てに目を奪われている。特にその宝珠の輝きである。聖書にはその形状や大きさ等が事細かく書かれており、それに基づいて工房で造らせたのだがやはり本物は全く違う。最近入ったばかりの神官は宝玉すら本物と言われる物を見た事が無かったのだ。
そして中には、千載一遇のチャンスとばかりに言い伝えでは良く語られていない杖の形状や衣服を絵に描き取っている神官もいた。
「ルップルップ様は、ここにはおられないようだ」
ボザルトの尻尾が垂れた。
「でも生きているのがわかった。きっとどこかで会えるわ」
ドリスは微笑んだ。
その微笑みは見守っていた周囲の人々に強烈な印象を与える。
慈しみの女神はあの鼠の亜人にすらあれほど優しいのだ。
その使い魔に微笑みかける女神の肖像画は、後に飛ぶように売れ、ダブライドの街の名産になっていくのである。
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