第308話 貴天、鬼天の襲撃1
王宮の広大な庭園が戦場と化す。
俺たちの前方に魔王一天衆の貴天オズルと鬼天ダニキアの旗がたなびいている。
貴天率いる紅色の鎧を纏ったエリート近衛兵部隊数十名と鬼天率いる殺戮部隊、その数はざっと200人くらいだろうか。貴天はあまりおおっぴらに出来ない秘密裏の作戦だとわかっているのだろう。率いてきた兵は意外に少ない。
対してこちらは、ゲ・ロンパと俺の仲間たち、カムカムとその私兵で合わせてせいぜい30人弱といったところだ。ただし3姉妹が死人の兵を召喚したので数的にはこちらが多くなった。それに俺の婚約者たちは桁違いに強いので、おそらく近衛騎士団や鬼天部隊と交戦状態になっても問題ない。不安要素があるとすれば貴天本人と鬼天の実力がどのくらいか、それが読めない点だ。
「帝国に仇を成す化け物どもめ! 成敗してくれる!」
深紅の鎧が何ともカッコイイ近衛騎士団の隊長らしき人物が前に出て来て叫ぶ。
「化け物ってまさか俺たちのことか?」
「そうでしょうよ。誰が見てもそうじゃない?」
ルップルップが俺の背後で言った。
うーーん、召喚した死人の兵に守られているので、見た目は俺たちの方が悪者に見えてしまう。待ち受ける闇の軍団に煌びやかな王の軍隊が討伐に来た、知らない者が見たらそう思うだろう。
そんな中、空から貴天オズルが微笑みながら降下してきた。とたんに耳鳴りを覚え、周囲の音がかき消えた。
背後の兵たちに会話を聞かせないつもりだ。敵対しているのが真の魔王とその仲間であることを兵に気づかせないようにしている。
「貴様はオズルか! お前が黒幕だったか恩知らずの裏切り者め!」
ゲ・ロンパが先頭に立ちその剣をかざした。
おお、その王の風格!
敵の軍団を見ただけであれは貴天オズルの軍だと分かりきっているのだが、あえてセオリー通りのセリフを言ってくれる。
「ふふふ……、愚王はそのまま朽ち果てるまで寝ていれば良かったものを……」
オズルは端正な顔を歪めた。美しい顔立ちをしているだけに、その邪悪な笑みがぞっとするほど映える。
「オズル! これは魔王国に対する反逆行為だ、許されるものではないぞ!」
ミズハが杖を向けた。
「今となってはもはや愚王には生かしておく価値もない。お前たちをここで皆殺しにする。心配するな、帝国はこの私が全て頂く!」
貴天オズルがパチンと指を鳴らすと、敵の背後の城壁の一部がすうっと消え、城壁に開いた入口から巨大な魔獣が次々と姿を見せ始める。見た事も無い凶暴な面構えの魔獣の群れが突如出現した。
「あれはヤバいぞ、戦力差がまたひっくり返った!」
あれこそがこの街で行われていた様々な実験の成果か。色々な魔獣を合成した見るからに不気味な魔獣たち。
「怖気づくな! 勝てばいいだけだ!」
ゲ・ロンパが叫んだ。
「おおっ!」
カムカムたちが剣を振り上げ気勢を上げた。
「開戦だ! やれっ! 残らず殺し尽くすのだ!」
鬼天ダニキアが俺たちを指差した。
「躊躇は無用! 敵を殲滅せよ!」
貴天オズルが手を振り下ろした。
うおおおおお! と深紅と黒色の兵が一斉に突撃してくる。その動きに誘われるように魔獣の群れが動いた。こちらに向かって凶暴な叫びと共に迫ってくる。
「ミズハ! 広域支援とザコは頼んだ!」
ゲ・ロンパが腰の魔剣を抜いた。
「わかった! いつもどおりやるんだな?」
「そうだ、いつものようにな」
微笑みながら二人は目を交わした。言葉は少なくともお互いに考えていることは分かっているという雰囲気だ。
ゲ・ロンパは当たり前のようにあれに勝つつもりらしい。
かなりお気楽な性格だが、それも旗振り役であるリーダーの素質なのだろうか。彼こそが本物の魔王のはずだが、何だかとても憎めない奴に思える。
カムカムがゲ・ロンパの動きに応じて兵に指示を出し始める。戦場全体を見渡しゲ・ロンパを支援する。その采配の巧みさがここに来て際立つ。
「サティナ、貴方たちは左にいる貴天の近衛兵を食い止めて!あいつら魔法攻撃が得意だから気をつけて!」
そう言いつつセシリーナは鬼天の部隊に次々と矢を放つ。
「わかった任せて! 行ってくる!」
サティナが庭園の花々を揺らして走り出す。その背後にルミカーナとミラティリアが付き従う。三人は息もぴったりだ。ルミカーナもかなり強い、あの鬼天の手の者を次々斬り伏せていく。
「リサ! リィル! 接近してくる敵をお願い! ルップルップ、カインと一緒に後衛支援、防殻術を展開して!」
やっと追い付いた俺とルップルップに向かってセシリーナが叫んだ。
「俺はどうする?」
骨棍棒を握ってうろうろしている俺を見る余裕もなくセシリーナは狙撃をくり返す。接近戦になる前に少しでも敵兵を減らしておこうという考えらしい。
死人の兵は魔獣の群れに蟻のように集って、その前進を防いでいる。魔獣はあれでなんとかなりそうだ。
「今、3姉妹がさらに強力な術を準備している。術式の展開が終わるまで彼女たちの援護をお願い!」
「わかった!」
俺はイリスたちが3人で輪になって術式を展開している前に、骨棍棒を持って立つ。当然ルップルップがさらに防殻を展開した。「たまりん、ちょっとだけ見てきてくれ!」俺は一瞬だけたまりんを呼んで偵察させる。時間制限がある以上、たまりんたちを使うのはギリギリまで耐えてからだ。
上空からたまりんが見た景色が俺の脳裏に映像として浮かぶ。あちこちで鬼天部隊との戦闘が始まっているが、ゲ・ロンパもミズハも強い。カムカムたちも奮戦している。
深紅の近衛兵たちの方はというと、サティナたち3人だけで数十人の近衛兵部隊を圧倒している。なんだかどっちを向いても俺の出番はなさそうだ。
敵の大将の貴天と鬼天はどこだ?
と見回したお俺は違和感に気づいた。
いくらなんでも庭園の果てが見えない、何だかやけに広い、広すぎる気がする。……妙だな? 俺は今頃になって空までが大きく歪んでいるのに気づいた。
「カイン! ぼけっとしていると危ないです!」
ズブッと俺の前の目で飛んできた板に矢が突き刺さった。そのショックでたまりんからの映像が途切れる。
足元に落ちた板を半貫通した矢が鈍い光を放つ。
「わわわわ……矢が防殻を貫通してきた!」
どうやらリィルが板切れを投げ、矢を防いでくれたらしい。
「もう、しっかりしてください!」
リィルが横目で俺を睨んだ。
「なあ、この空、何かおかしいと思わないか?」
「今頃気づいたんですか? ほら見てくださいよ。空間自体が歪んできているのです」
リィルが空を見た。
貴天の仕業だろうか。
何が目的なのか、奴は空中に浮かび庭園の広さや形を歪め始めている。ゲ・ロンパを罠にはめて帝国の実権を握ろうとした奴だ。どれほどの力を秘めているのか未知数だ。
ふと気づくとカムカムの部隊が死人の兵を突破してきた魔獣に苦戦している。ゲ・ロンパとミズハは二人がかりで鬼天とやり合っている。
「うひゃああ! 防殻が破られそう! 誰か早く何とかしなさいよ、カイン助けてぇええ!」
ルップルップが情けない声を上げる。
俺たちの周囲にルップルップが展開している防殻の大きさは今までで最大だ。これを維持するだけでもかなりの魔力を消費しているのは間違いない。
その防殻に死人の兵を蹴散らしてきた魔獣の群れが激しく体当たりした。地面が揺れる、防殻が軋む!
「破れる! もう防殻がもたない! 誰か早く!」
「お待たせしましたルップルップ! 術式が完了しました!」
「召喚! 深遠の縁より蘇り我に仕えよ!」
3人が同時に叫んだ。
その途端、地面が大きく揺らいだ。
ぼこぼこと地面が波打ち、巨大な影が次々と立ち上がる。
おおっ、これは!
たたの死人の兵ではない。その巨躯は圧倒的だ。魔獣ですら子犬に見える。
それは巨人族の死人兵からなる死の軍団。
暗黒術で召喚された兵数はざっと100体、これはかなり強力な増援だ。
「行け! 敵を撃ち滅ぼすのです!」
イリスが命令を下す。
ぐうおおおおおっつ!
巨人族の死人兵団が天に向かって吠えると一斉に敵の魔獣に向かって突進していった。
「通常兵の千分の一程度の数しか召喚できませんが、耐久力のある召喚法を用いました」
アリスが俺の隣に来て微笑んだ。
「誉めて、褒めて」
クリスがアリスを押しのけた。
「えらいぞ、よくやった。あとは貴天と鬼天だ」
見る間に形勢は逆転していく。大型魔獣を次々と打ち倒し、巨人が鬼天部隊の側面を突く。
「私たち、前線に、出る! 私は貴天倒す!」
槍を手にしたクリスが姿を消す。
「カイン様、鬼天は任せてください」
そう言ってアリスが跳躍した。
「まったく二人とも勝手に! 仕方がないですね応援に行きます。カイン様はここでセシリーナ様を守ってください」
イリスは丁寧にお辞儀をすると姿を消した。
わあああっと一際大きな歓声が上がった。
巨大な牙を持つ超大型の魔獣が血を吹いて倒れていく。その頭部にはカムカムが剣を突き立てている。
そのドヤ顔がカムカムらしい。
やるな、あのおっさん。
俺とリィルは狙撃しているセシリーナが隠れている瓦礫の影に走り込んだ。彼女の魔法のポシェットがうっすらと光って常時稼働しており、格納されている矢が次々と頭を出す。矢はまだまだ尽きそうにない。
「大丈夫か? セシリーナ」
「ええ、でもリサが敵を私から引き離そうと飛び出しちゃって。ほら、あそこ!」
セシリーナの目線の先にリサがいた。
スキル絶対防御を発動しているらしい。あれは一対一なら絶対に攻撃を防げるというものだが、次第に乱戦になりつつある。
助けに行かねばならないが、あのレベルの戦いの中に飛びこんだら俺など瞬殺だ。いよいよたまりんたちを呼ぶべきか。
「カイン、私が行く。私の大切な袋はここに置いていきますから、無くならないように、しっかり見ていてくださいよ」
リィルが袋を地面に置く。大切そうに抱えたその袋からは金銀財宝がはみ出ている。棒で担いでいた袋の中身はやはり盗品だったらしい。だが、今はそれを言っている場合ではない。
「頼むぞ! リィル!」
リィルが短剣を抜くとすうっと気配を消した。
さすがはシーフ、そんな力があったのか? 軽やかに敵の攻撃をかわして戦うリサの援護にリィルが入る。
その時、俺の背中がザワッとなった。
ビビリセンター感知!
あおりんが事前にかけてくれた幻影防御が発動する!
俺の姿が二重三重にぶれる。
振り返った俺の目に鋭い暗殺剣を手にした鬼天配下の兵が飛びかかってくるのが映った。そいつは目を包帯で覆っている。
しまった!
こいつには視覚情報は無意味だ!
つまりあおりんの幻影は利かない!
悲鳴を上げるヒマもない。
殺された! と俺は確信し、次に来るであろう痛みを覚悟して目を閉じる。だが、よろけたせいで何かを踏んづける。
ビィイイン!
リィルの置いて行った袋の棒がテコの原理で勢いよく跳ねあがって……。
ちーん……!
鬼天のエリート暗殺者が無言で股間を押さえて激痛に悶えながら左右に転がった。
無残だな。
俺はそいつの頭を骨棍棒でぶん殴って気絶させた。
「セシリーナ! いつの間にか敵が背後にも回ってきたぞ。ルップルップの防殻をすり抜ける方法を知っているらしい」
こいつは邪魔だ。俺は泡を噴いて伸びた男の両足を掴んで引きずって端に寄せる。
「私は前を見ているので精一杯よ! カイン、背中を守ってくれる?」
「わ、わかった!」
俺は、前方の攻撃をセシリーナに任せ、後方に向かって骨棍棒を構えた。
うーむ、一見誰もいない方に構えて立っているというのは間抜けに見えるのではないだろうか?
そこにいたルップルップと目が会った。
一瞬怪訝な顔をしたが、今にもぷっと吹き出しそうな顔になっている。
しかし良く見るとルップルップの周囲には敵兵が既に二、三人倒れている。術を展開しながら襲ってきた敵を倒したのだろうか。俺に似て何かとやらかすルップルップだが、野族として鍛えられてきただけあって俺よりはずっと頼りになる。
そのルップルップが何か手で合図している。
何だ?
上? 下? どっちなんだ?
そう思ってルップルップを見ていると、突然目の前の地面から黒い影が飛びだした。
「うわっ!」
「きゃっ!」
驚きのあまり飛び下がって、セシリーナのお尻に弾き返された。
「死ねっ!」
そいつは横なぎに短剣を振るい、俺の鎧の表面に傷を残す。
「頑張ってカイン!」
セシリーナも俺の危機に気づいたが、目の前の敵に対応するのに手一杯だ。そいつの一撃を奇跡的にかわしたものの、そいつも俺がすごく弱いという事にすぐ気づいた。
「殺す……」
嫌な笑みを浮かべやがった。
今度は短剣を逆手にとって俺をにらむ。
もう限界だ。ここいらが使い時だろう。
「リンリンっ! 助けてくれーっつ!」
俺は襲い掛かった男の腕を掴んだ! 目の前で尖った刃先が震える。
「あらあら、凄い事態になっておりますこと」
すうっと紫色の光が飛んで来た。一瞬で目の前の男の動きがピタリと止まる。
「何とかしてくれ!」
「おほほほ……、私の偉大さを知りたいのですわね?」
「わかった、わかったから、頼む!」
「ではご期待にお応えして……」
紫色の玉が目の前の男の頭の周りをくるくると回った。
ただそれだけだ。
見る見る男が青ざめ、短剣をぽろりと落とすと両手を地面についてオイオイと泣きだした。
「ずるいですよーーリンリンばかり! 私たちにもーーーー、もっとーー、活躍の機会をですねーー」
呼んでもいないのにたまりんが現われた。その隣であおりんがピカピカと光る。
「分かった、分かった! たまりん、あおりんも俺や仲間を守ってくれ!」
「了解しましたーー。せっかくーー、こんな美味しい場面でぇーーーー、活躍しないのではーー、後々、絵本にも載らないじゃーーないですかーー」
「いいから行け! 特にリサとリィルを守ってくれ!」
「私の活躍をご覧あれーー」
そう言って金玉と青玉が戦場を浮遊していく。
「リンリンは俺たちを中心に守ってくれ!」
「やってやるわよ! カイン、セシリーナ、ルップルップ、私の偉大さを思い知りなさいっつ!」
紫色の玉がすうっと旋回する。そして近づく暗殺者を見つけ出しては、嬉々としてそいつらを絶望の縁に追い込んでいく。
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