第293話 <異変!>

 黒鉄関門の内部通路には多くの人々が集められていた。


 関門を通過しようとしていた時に運悪く戦争状態に突入したため、ここで足止めを食った者たちである。


 このまま戦争が始まったら巻き添えを食うことは間違いない。


 「なんだか、怖いことになってきてしまったな」

 ボザルトが手を拭きながらトイレから出て来た。


 「あんたが道草くっているからでしょ。さっさと通過しておけば、こんなことに巻きこまれなかったのに」

 ベラナがまなじりを吊り上げた。


 「いや、怖いというのは便器が詰まっておってだな。いつ逆流してくるかという怖い状態なのだ。こんな所にこんなにたくさんの人を詰め込むからだろうな」


 ボザルトは横目で慌てて駆けこんでいく小太りの男を見送った。


 「そんな便器の心配より、今のこの状況を心配してよね!」

 ベラナが怒るのはもっともである。

 街道沿いで果物なんかを売っている露店に引っかかったり、林の中で狩りを始めたりと自由すぎたのだ。


 「今は敵のスパイが紛れ込んでいないか用心している段階なのだ。戦いが始まれば、どうせ我々は足手まといになるから、すぐに帝都側の街道を開放して追いだすであろう」


 「へえー。ボザルト、少し賢くなったんじゃないの?」

 ベラナはにやにやと笑う。


 「蛇人族のミサッカという者がとても怖くてな。色々と逃げ回っているうちに我の賢さがレベルアップしたのかもしれん。右に行くと見せかけて上にとか、色々やったのだ。ミサッカは本当に鬼のように怖いのだ」


 その時だ。

 ブブブブ! と突然何かが音を立て、ボザルトが今は無い尻尾をピンと立てたつもりになって硬直した。


 「あんたの腕輪が音を立てているんじゃない?」

 「おお、本当だ。これは出がけに王妃がくれたものなのだが」

 そう言って腕輪を見ると。


 「ボザルト! あんた!」

 急に腕輪の上に怖い顔をしたミサッカの顔がボカン! と飛び出した。


 「ひえええええ! こんな所から出てくるとは! ミサッカは化け物であったか?」

 ボザルトは慌てて腕輪を外そうとするがびくともしない。


 「ボザルト! 今の話、聞いていたわよ! 誰が怖いですって?」とにらむ。


 「ひえええええ!」

 ボザルトは腕を振るが変化なしだ。


 「ボザルト! これは魔術具よ。蛇人族の国と一日一回だけ会話できるものなの。こっちの準備ができたから試しに回線を繋いでみたのよ。それなのに第一声が人の悪口って!」

 ミサッカは怒っている。

 まあ見慣れた顔だとも言えなくもない。


 「そっちは蛇人族の国なのか? ドリスはやはり戻ってはいないのだろうな?」


 ミサッカは深呼吸して心を落ち着かせたようだ。


 「ええ、ドリス様は戻っていないわ。ボザルトたちは今どこにいるの? 何だか暗い廊下にいるみたいだけど?」


 「ここは黒鉄関門です。ミサッカさん」

 ベラナが急に割り込んだ。


 「あら、ベラナも元気そうね。どう? 人間の姿には慣れたかな?」

 「ええ、まあ。尻尾が無いので時々バランスを崩しそうになりますけど」


 「まあ次第に慣れるでしょう。頑張ってね」

 「了解です」


 「それでね……」

 急にぽわんと光が消えて、ミサッカの顔も消えた。


 「あ、消えちゃったわ。早すぎない?」

 魔術具が使える時間はかなり短いらしい。

 ベラナは不満そうだ。


 本来なら本人の魔力を消耗して使う魔術具である。魔力皆無のボザルトにしては通話時間がもった方なのだという事情は知らないのだ。


 「これがこんな恐ろしい物だったとはな。我もうかつであった」

 ボザルトはまだ胸がどきどきしているようだ。


 「ミサッカの顔が目の前に出て来た時は目玉が飛び出るかと思ったぞ」


 震えるボザルトの背後で、不意に首を絞められたような悲鳴が上がった。


 「ぎゃあああああ!」

 叫びながら小太りの男が走り去って行く。


 ゴゴゴゴゴ……!

 恐ろしい音が響き渡った。


 「!」

 二人は目を合わせた。

 あ、あれは……


 男が出て来たトイレから、何か茶色い水が勢いよく流れ出してきた。ぷかぷかと何かが大量に浮かんでいる。夢に見てうなされそうなおぞましさだ。


 「あわわわわ……ウ〇コ大洪水よ!」

 「いかん! ここにいては鼻が曲がるかもしれん!」


 ボザルトはベラナの手を引いて脱兎のごとく逃げ出した。

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