第294話 鉄の大門前の石像1

 「そっちはどう? セシリーナ。何かカインの手がかりは見つかった?」

 リサが振り返る。

 「いいえ、まだ見つからない。どこにもカインの気配は無いわ」

 セシリーナは魔鏡を覗いていた眼をこすった。


 封印の影響が比較的弱い場所に移動したミズハたちは魔鏡を使い、カインがいなくなったあたりを映し出している。


 ミズハと三姉妹が力を合わせて無理やり魔境を発動しているが、それでもノイズが入って時折画面が消えるのは、それだけこの都市を覆う封印が強いということだ。


 「側溝から落ちた先の下層は見えているはずなんだ。そこにいないとすればどこかに移動したのかもしれない。骨も残さず食われたので無ければカインは生きている」

 チラつく画面を微調整しながらミズハが言った。


 「縁起でもない! 紋の効果が生きているから、カインは死んでいないんだから!」


 「封印空間の中だとどうにも術が干渉してカイン様の居場所を検知できません。これ以上は無理のようです」

 イリスが石畳の床から手を離した。

 その瞬間、壁に現れていた魔鏡はすうっと消えていった。


 「カイン、大丈夫かな?」

 「カインは体力と忍耐力だけはあるから、きっと大丈夫よ、リサ」


 「うん、私もカインの生命反応、感じる、安心して」

 クリスは胸の前で両手を組んだ。


 「ええ、私も感じます。この先、ずっーーっと奥の方です。城壁内の市街地の方でしょうか?」

 アリスも同じ格好をした。



 「この奥の街ですね。さっそく行ってみましょう。きっともっと凄いお宝が待ってますよ。おっとっと……」

 リィルは立ち上がったはずみで背負い袋からはみ出した金細工を慌ててしまい込んだ。

 「だけど、奥に行くには、あのデカブツを何とかしないとならないわよ」

 ルップルップが嫌そうに指差した。


 市街地に続くはずの大道の先にはまたも城壁がそそりたち、石橋がかかっている。その橋の先に大きな門があった。

 内部城壁の出入り口である鉄の大門だ。

 鉄門は堅く閉ざされており、その門の前には大きな四足獣の巨大な石像が道を塞いで鎮座している。


 どうみても怪しい。怪しさ満点だ。

 普通はあんな風に道を塞ぐように石像を置いたりしないだろう。むろんただの石像では無いことくらいバレバレだ。


 「あの門の表面に描かれた文様からするとあの奥が市街地のようだな」

 ミズハが腕輪を取り出して確かめた。

 回転していた腕輪の破片が進むべき方向を示した。


 「目的の方角は同じか。どんな仕掛けがあるかわからない。気をつけていくぞ」



 ミズハたちは石像をにらみながらゆっくりと石橋を渡った。


 石橋を渡り終えた直後、道幅一杯に座っていた大きな四足獣の口がギリギリと動いた。


 やっぱりそうか、という感じだ。


 「ここから立ち去れ! ここは不可侵の街! 何も者も魔王の許可なく立ち入ることはできない! 私の言葉が聞けぬと言うのならば……」

 カッ! と石像が目を開いた。


 「!」

 不意に足元の石畳みが縦横に動きだし、あっという間にその模様が魔法陣に変わった。


 「永遠の世界で朽ち果てるが良い!」

 石像が叫んだ。


 その瞬間、バッと明るい光が一面を覆い、ミズハたちを飲み込んでいった。




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 広い草原の中でイリスは目覚めた。


 「イリスお嬢様、お茶のお時間でございます。そちらのご友人もご一緒にどうぞ」

 ご友人?

 その言葉に隣を見ると同じ魔術学院の服を着たルップルップがいる。


 有名な装飾師の手によって今年変わったばかりの魔術学院の制服はファッションデザインには定評があるネメ国製で大変好評である。白を基調にしながらも明るい赤を印象的に用いて気品があり、歴史ある魔術学院の伝統と崇高な雰囲気を感じさせるものに仕上がっている。


 イリスが在籍している魔王国王立魔術学院は大陸中から魔術に心得のある者が集まってきている。超エリート校なので入学している生徒のレベルは非常に高いのだ。


 「ふわああああー---」

 ルップルップが大きな欠伸をした。

 魔術学院は王都郊外にある全寮制の高等魔術学校で、二人はルームメイトである。


 給仕が日傘のついたテーブルとイスを準備した。

 貴族や王族の令嬢であれば学内でも私的な使用人を雇っているのは当たり前だ。


 「ありがとう。さあ、あなたもお昼寝はお終いですよ」

 イリスが手を差し出す。

 ルップルップは対面に座るとお菓子を摘まんだ。


 「学院もあと1年で卒業か。早いものだね」

 「そうね」


 「イリスは、卒業したらどうするの? やはり、国に帰って王位を継ぐ準備?」

 「まだ早いわ。まだやってみたい事がたくさんあるし。王宮暮らしは意外に不自由なものよ。できれば王位なんか放棄するくらいの恋をしてみたいわ」


 「お騒がせ嬢の妹君に王位を継がせたらどうなの?」

 「はぁ……彼女ねえ……。クリスは自分の好きな事しか覚えようとしないし……」


 「じゃあ、今度入学してくる末っ子の妹はどうよ? 中等部では“麗しの君”とか男子に呼ばれて、モテモテなんでしょ。成績も常にトップだし、カリスマ性があるんじゃないの?」


 「彼女も王位には興味無いと思いますよ」

 「ええーーもったいない。何もしなくても食って、寝て、じゃないの?」


 「そんな楽な仕事じゃないわよ。色々な問題を処理したり、毎週のように神事があったり、大変なんだから」

 イリスはそう言いながらジュースを吸った。


 「色々な問題ねえ……ん……」

 「どうかした?」


 「しまった! 課題が終わっていなかったのを今頃になって思い出したわ!」

 ルップルップは両手で頭を押さえた。

 「ふふふ……貴女はいつも提出期限ギリギリに思い出すのね」


 「だって、やりたいことが多すぎて」

 可憐に笑う、その笑顔がなぜか霞む。


 おかしい……

 違う……この会話はルップルップと交わしたものではない。

 イリスは何かを思い出そうとした。

 楽しい魔術学院での日々……その背後に鉛色の戦場が透けて見える。


 まさか卒業の年に大戦が拡大するとは……。


 学友だったプチ・クリスタル貴族のユリアナ。

 その姿が業火の中に消えていく。

 そうだ……ユリアナは治癒魔術師として戦場に狩り出されて……。


 「!」

 イリスは目を閉じて全てを思い出した。

 彼女は、ユリアナは思い出の中にしかいない!


 「ルップルップ! これは幻術を使った狡猾な罠よ! 私に掴まって!」

 イリスは目を開くと、側に倒れているルップルップを抱き起こし、上空に広がり始めた鉛色の空に向かって跳び込んだ。

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