第180話 イリスからの報告

 村一番の宿のバルコニーで俺とセシリーナはお茶を飲んでいる。


 「どうぞ、カイン様。これが最近聖都クリスティでつくられ始めたお菓子です」

 にこやかな笑顔でイリスがテーブルに皿を置いた。


 「へぇーー、お菓子? 囚人都市でお菓子屋って、復興が早くないか?」


 「まあ、あれだけの人数ですから、街の再建が早いのは当たり前ですよ。クリスティリーナ様の名に恥ない街にすると言って、今は若者の熱気で溢れていますから」


 「どれどれ」

 「不思議な感じね」

 「わーい! きゃーー美味しい!」

 リサがさっそくパクついて満面の笑みだ。


 3姉妹が揃ってずいぶん賑やかになったが、クリスは子分のように懐いているリィルやミズハと一緒に買い物に出ている。

 アリスもルップルップを連れて商店街に出向き、彼女に人間や魔族の習慣や常識を教えている最中だ。


 イリスに残ってもらったのは久しぶりに会ったのと、情報を聞くためである。


 「イリス、俺たちのためにわざわざ囚人都市まで戻って状況を調べてくれたんだな。本当に感謝するよ、ありがとう」

 一通り状況を聞かせてもらったが、事態は思った以上に風雲急を告げているようだ。


 「カイン様のためですもの。お役に立てて光栄です」

 イリスはにっこり笑う。そのメイド服姿は相変わらずかわいい。


 「でもなあ、囚人都市がまさか聖都クリスティになるとはな。でも正当な王国の後継者は、ここにいるリサなんだよな」

 リサはちらりと俺を見た。リサは俺の膝に座ってお菓子を食べている。


 「新王国からもリサ王女捜索隊が出たようです」

 「そうなのか?」

 「はい」


 俺は無邪気なリサを見た。


 「はい、セシリーナもどうぞ。おいしいよ」

 「ありがとう」

 セシリーナがリサからお菓子を差しだされて齧る。


 リサは、年齢逆行の呪いが解けてからだいぶ経つので精神的に本来の年齢に戻っていてもいいのだが、あまりそう見えない。


 でも時折、実際は本来の年齢に戻っているが、演じているようにも思える時がある。もし精神的に本来の14歳に戻っていたとすれば、以前と同じように俺の膝に乗る行動は控えさせるべきだろうか。


 膝の上のお尻も以前より肉付きが良くなっている。食生活が良くなったからかもしれないが、呪いの効果をうわまって少しずつ成長しているのかもしれない。


 「新王国は、リサ様が見つかるまでの代役として、オリナという少女をリ・ゴイ国王女として奉り上げているようです。ほら、いつもセシリーナ様が化けているオリナ嬢ですわ」

 「オリナかよ!」

 俺は額を叩いた。

 まさか、こんなところでその名を聞くことになろうとは。


 「状況はわかったわ。それで、魔王国の鎮圧軍の動きはどうなっているの? 直轄軍だけで動くのか貴族の私兵まで動員がかかったか、わかる?」

 セシリーナからすれば、父のカムカムが戦に狩り出されるのかどうか気になるのだろう。


 「直轄軍3万は既に帝都ダ・アウロゼを発し、オミュズイの街に向かっています。大貴族の軍にも召集がかかったようです。オミュズイの郊外が鎮圧軍の集合地点になっていますが、カムカム公の軍は見ておりません。数日前に見てきた時には、既に各地から集まった兵で10万近い兵士が野営していました。さらにこの地点とこの地点に物資を集めています」

 そう言ってイリスはテーブルに広げた地図に印をつけていった。


 「帝国は15~20万人規模の軍を編成する気なんだな」

 「攻撃目標は、スーゴ高原の新王国防衛ラインなのでしょうね。兵や物資の配置から見ると、真正面から向かう気なのかしら?」


 「大戦時は、軍を分けて東の海岸部からも攻め込みましたが、あの一帯は未だに危険地帯として帝国が封印している旧公国の領土だった場所ですから、そうそう急には東周りでの側面攻撃ルートは取れないでしょう。

 西回りルートも大湿地の端を抜けたとしても開発されていない大森林地帯ですから、大軍の移動には不向きと考えられます。

 それにそもそも想定外の戦ですから、物資も大軍で長期戦を行うには少々心元ないようです。したがって、帝国軍が取れる行動は、強引な正面突破による短期決戦と思われます」


 「そうだな、防塁線さえ抜ければ、デッケ・サーカの街は城壁もない街だから丸裸同然だ。デッケ・サーカが陥落すれば、求心力が無くなり、周辺の街も新王国から離れていくだろうし、元囚人都市で帝国軍を迎え撃つのも無理だろうな」


 「危ないわね」

 「そうだな、新王国の奴らは後が無いな」


 「そうじゃなくて、むしろ危ないのは帝国軍よ。ねえ? イリスはどう思う」

 「私もセシリーナ様と同意見です」


 「おいおい、だって帝国は20万の大軍だぞ。新王国の人口はそれより多いかもしれないが、兵だけみたら数万程度じゃないのか。しかも帝国は装備も良くて十分訓練された兵士だし、大戦を経験した将軍も揃っているだろう?」


 「それも妙なのよね。さっきのイリスの情報だと、今回の討伐軍の将軍には、あのゲ・ボンダを始め魔王の一族であるゲ一族が配されているらしいの。

 かつて大戦で活躍した将軍は出てきていない。大戦で活躍しなかった王族に功を立てさせようという魔王の考えかもしれないけど、王族には大戦で指揮した経験者はいないはずよ」


 「何だそれ、王の血筋とは言え、素人が大軍を率いるのか? できるのかよ、そんな事」


 「経験不足の将に率いられた大軍、しかも将はみな王族ですから、子がいない魔王の後継者としてライバルは蹴落としたいはずです。おそらく軍内部の連携にも問題が出るでしょうね」

 イリスの言葉にセシリーナもうなずく。


 「それに、新王国側から見れば、敵の進路が最初から絞れているから兵力を分散させておく必要がないし、元々デッケ・サーカは物流の拠点だったから物資や食料の備蓄も多い。

 防塁線が突破されれば後が無いと分かっているから必死になるし、それに指導者層もみんな一般市民の出身だから、身分ではなく能力で役職に付けている。

 新王国の将軍はジャクとかいう、元王国の騎士だった片目の男だそうですよ」


 「将軍が王宮で威張り散らすだけしか能の無い王族では痛い目をみるわね。軍人として一番経験がある者と言えば、あのゲ・ボンダだし」

 確かに、囚人都市から俺たちが脱獄する際の奴の采配ぶりを思い出してみれば、兵をうまく動かしていたとは言い難い。


 「なるほど、これは魔王軍は下手を打ったかな」

 俺が神妙な顔をしているとバルコニーに誰かが入ってきた。


 「今戻ったぞ。リィルたちはもう少し街を見てくるそうだ」

 そう言って買ってきた荷物を置くと魔女の帽子を脱ぐ。

 ミズハがバルコニーの手すりに肘を乗せて家並を眺めた。


 「さっきの話を聞いていたのだが…………」

 「?」

 みんなの目がミズハの背中に集まる。


 「もしかすると、意図的かもしれないぞ」

 「意図的に?」

 「わざと負けると?」

 「は?」

 意味がわからん。


 俺は頭の中が ??? だらけになるだけだがイリスとセシリーナはその言葉の恐ろしさに気づいたようだ。


 「一見、王族に功を上げさせるための配置に見えるが、そこに逆の意図があったらどうだ? 王族が揃いもそろって無様に負け戦を演じればどうなると思う?」


 「まさか、王族の権威が堕ちる?」


 「そう、王族には魔王の後継者に足る者がいないという雰囲気が宮廷内に生じてしまう。つまり、これは王族以外の者が後継者になる布石となりうる」


 「そんなために何万もの兵を犠牲にするのか?」


 「自分が魔王になるためなら何でもする奴がいるかもしれない。今回の戦に魔王一天衆が誰一人参加していないのも不自然だ。そう考えると一天衆の動きを牽制し、軍の編成に口出し出来る者が一人だけいる」


 「魔王一天衆の第一、貴天ですか?」

 セシリーナが振り返ったミズハを見る。


 「まさか、それに側近が裏切りにも近い行為を取っていることに魔王様が気づかないはずがないわ」


 「そう、魔王様が昔の魔王様だったらな」

 ぽつりとミズハは言葉を漏らしたが、それ以上はなにも言わなかった。

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