第332話 連合国軍VS魔王国、黒鉄関門攻防戦

 「オズルは出てくると思うか?」

 女王ミズハは一同の顔を見渡した。

 今、俺たちがいるのは、アッケーユ村の郊外、真魔王国の前線基地として新たにつくられた施設内にある部屋である。


 「こちらが侵攻準備をしている様子をちらつかせ、それが未だ不十分であることを知ったはずです。帝国の力の回復状況を考えれば、この砦を叩くのは今をおいてないとばかりに、一気に失地回復を狙って出てくるでしょう」


 先の大戦でミズハと苦楽を共にし、真魔王国で将軍に任じられたバルガゼットが地図の一点、セク大道の十字路から峡谷に入った地点を指差した。


 昨夜遅くまでバルガゼットたちと戦況分析をしていたサティナやクリウスたちが壁にもたれ掛かってうなずいたところを見ると、各将たちの間では意見は一致しているらしい。


 「だが、もう一押しが欲しいところだ。奴らを黒鉄関門から引っ張り出さないと勝ち目はない。こちらの弱点をあえて晒すというのは良い策だとは思うがな」

 ゲ・ロンパは顎を擦る。


 「あと一押しか……」

 ミズハは部屋に集まった顔ぶれの中にカインの抜けた顔を見つけ、何となくほっとした。


 カインは通りかかったカワイイ給仕の胸の谷間に目を奪われて鼻の下を伸ばしているが、その緊張感皆無の様子が今は助かる。


 「それではアリスはどう思う?」

 ミズハは将軍たちの背後にひっそりと控えていたアリスに声をかけた。


 アリスは客将扱いのため軍議ではいつも後ろに控えているが、真魔王国を興して以来、数々の戦いにおいてミズハの傍らでその軍略の才を発揮してみせた。


 本当なら真魔王国の家臣に名を連ねて欲しいところだが、彼女は新王国の次期国王カインの婚約者であり、つまりは新王国の家臣なのだ。


 個人的な強さで言えば姉のクリスが一枚上手だが、戦略面ではアリスが突き抜けている。だからこそ姉たちを出し抜いて一番早くカインと結ばれたにも関わらず、それを姉たちにすら悟らせないで未だに婚約者だと言っている。


 「ご発言、よろしいのでしょうか?」

 いつもながら控えめな様子でアリスが口を開いた。


 「良い。どうせ、みんな良く知った仲間ばかりではないか、遠慮しないでくれ」


 「では申し上げます。先ほどから話にでているこの砦ですが、ここで工事に当たっている元帝国兵たちに反乱を起こさせてはいかがでしょうか?」

 アリスは地図を指差した。


 「はあ? 何を言うのだ? 砦で反乱だと?」

 将軍の一人が声を荒げた。


 「まあ、待て、最後まで話を聞け」


 「ええ。今、帝国は準備を整え、こちらの隙を伺っています。そこで砦で反乱が起きそうだ、と信じ込ませるのです」

 「方法は?」


 「降伏したばかりの帝国兵に砦の整備を急がせて不満を高めます。そして彼らが黒鉄関門に逃げ込むようにわざと仕向けるのです。彼らの口から多くの帝国兵が強制的に労働をさせられて、その不満が爆発寸前まで高まっていること、砦がまだ未完成で我々が焦っていることを告げさせればいいのです。この砦は戦略上の重要地点ですから、反乱がおきると確信すれば帝国は必ず撃って出るはずです」


 「ほう、面白いな。エサで誘い出すわけだな?」

 サティナ姫の隣で腕組みしていたルミカーナがぽつりとつぶやいたが、その横顔を見れば彼女もまた同じような事を考えていたようだ。


 「サティナ姫やクリウス殿はどう思う? 成功すると思うか?」

 

 「ええ、巣穴に閉じこもった獣を誘い出すには良い手だわ。あとは敵将の性格にもよるでしょうね」

 「そうだな、度重なる戦乱で帝国軍の兵力は激減し、かなり危機感を募らせている。黒鉄関門の守備隊としては、こっちの準備が整う前に出ばなをくじきたいはずだ。きっと動く」


 「黒鉄関門の司令官はガルダドナだったな。よし、わかった」

 ミズハとゲ・ロンパは視線を交わしてうなずいた。

 ガルダドナはかつての大戦でニロネリア配下に付き、南部戦線一の勇将と呼ばれた勇猛果敢な男だ。その性格からすればアリスの策に乗ってくる可能性が高い。


 カインは相変らず間抜けそうな顔をしているが、その周囲には優秀な人材が集まっている。アリスとルミカーナ、この二人のような軍師や知将と呼べる人材は大陸中を探してもなかなか見つかるものではない。


 「作戦は決まった! 黒鉄関門は力では落せない。奴らをこちらの手の届く所まで確実に誘い出すため、多少の被害は無視し、わざと反乱を誘導させるアリスの作戦を採用する! みんな、それでよいか?」

 「はっ!」

 ミズハの言葉に一同が身を引き締めた。


 「ではさっそく作戦の詳細について検討に入ってくれ。カムカム公、できるな?」

 ゲ・ロンパが背後に控えていたカムカムを振り返って招いた。


 「はっ、ゲ・ロンパ様。かしこまりました。さっそく準備いたします」

 「詳細はアリスたちと打ち合わせするように」

 「はっ」

 カムカムはうなずいた。



 ーーーーーーーーーーー


 「カイン様!」

 作戦会議が終わるとすぐにアリスが弾むように駆けて来た。


 「久しぶりだな! アリス」

 胸に飛び込んできたアリスの細い腰を抱いて俺はその瞳を見つめた。

 「昨日、カイン様がお着きになったと聞いていたのですが、仕事が立て込んでいて会いに行けず申し訳ございませんでした」と嬉しそうにキスをした。その瞳は星をちりばめたようにキラキラと美しい。


 「寂しかったですわ、カイン様」

 アリスは俺の首に手を回して、耳元でささやいた。


 ぐおっ! おれの股間の狂戦士が覚醒しそうだ。カミナーガの宿で初めて一夜を共にしてから、アリスと俺はひそかに逢瀬を重ねて来た。


 パーティーで移動している日々のどこにそんな時間があったのか? 衆人環視で夜も誰かの目があったのに?

 答えは簡単だ。


 三姉妹はそれぞれ異空間に自分だけの別荘を所有している。彼女らが時折姿が見えなくなるのはそこに行っているためである。


 二人がイチャつくにはちょっとした休憩時間さえあればいい。「ちょっといいでしょうか? カイン様」と木陰からアリスがこっそり手招きして二人で異空間に行くのである。

 異空間で何時間経ったとしても戻ってくると時間は経過していないから、もう好き放題だ。ベッド上の魔王が暴れまくって、アリスを何度でも天国に連れて行くのだ。


 ごくり……。アリスの美しいうなじを見て思わず涎が……。

 その時、黒い殺気の塊が迫った。


 「カ、イ、ンっ!」

 げぼぉあアーーっ!

 天国から地獄! 

 とっさにアリスが避けたので、俺はクリスの猛烈な突進をまともに腹に受け、口からキラキラを撒き散らしながら吹っ飛んだ。


 「げぇおおおおーー!」

 「大丈夫? カイン?」

 俺が腹を抱えてのた打ち回るのを上から見下ろしてクリスが手を差し伸べた。

 いや、かわいいよ。クリスも凄くかわいい。

 だが、俺は苦悶の表情を浮かべて横たわっている。そう簡単にはこのダメージからは解放されない。


 「カイン、死ぬな!」

 クリスがひしっと俺にしがみついた。

 誰にやられたと思っているんだ、こいつ。と思ったが、そのぷるぷるの胸の感触が素晴らしい。小柄だが三姉妹では一番の巨乳娘なのだ、こいつは。


 「ゲロにまみれて何をしているのだ? カイン?」

 床で抱き合う臭い二人の周囲に影が落ち

た。

 「おお、ルップルップ! 久しぶり」

 いつの間にか、俺の周囲にはルップルップ、サティナ、ルミカーナ、ミラティリアたちが集まってきていた。


 みんな、うわーーっという顔でゲロまみれの俺を見ている。


 「カイン、私の部屋で、休む。一緒に、シャワー、着替える。食事、準備する」

 俺の汚物にまみれながらクリスが見上げた。いや、一緒にシャワーは不味いだろう。みんながにらんでいる。


 「サティナ様、お姉様が言うようにカイン様を着替えさせなくてはなりません。私たちの部屋に移動して、カイン様を監視しながらみんなで何か食べませんか?」


 「お菓子か! そうなんだね?」

 ルップルップが真っ先に食いついた。


 「どうしますか? サティナ様」

 「いくらアリスさんが一緒でも、カインとクリスさんを同じ部屋に置くのは不味い気がするわ」

 「そうですよ、これ以上先を越されるのはいやですわ」

 ミラティリアは最近ルミカーナがカインのお気に入りになったことに気づいたので少し焦っている。お嬢さま育ちなだけになかなかカインと二人だけになる機会をつくれないでいる。


 「それでは参りましょうか」

 ルミカーナが腰の剣の柄をつかんでクリスと抱き合っている俺をにらんだ。

 


 ーーーーーーーーーーー


 俺たちはアリスとクリスの部屋に入った。


 壁の両側にベッドが置かれ、真ん中に木のテーブルとイスがある。みんなが座ると、アリスがお茶を淹れ、クリスがお菓子を出してきた。

 クリスはいつの間にシャワーを浴びたのか、既にいつものメイド服に着替えて出迎えた。おそらく部屋に戻ってすぐに異空間の自分の別荘に行って着替えてきたのだろう。


 「カイン様、奥のシャワーをお使いください」

 アリスが微笑んだ。


 「え? ここで着替えるのか?」

 ドアを開けてみるとシャワー室、着替える部屋なんかない。


 「ええ、ここで、どうぞ」

 ぎゃーーこれは恥ずかしいぞ。


 「大丈夫、カインの裸を見慣れている者しかいないわ」とルミカーナは言うが、いや、見慣れているのはアリスとルミカーナだけだ。だが、ここでビビッては男じゃない。


 「よし、見るがいい!」

 俺は意を決して全裸になると「シャワー、借りるぞ」と威風堂々とシャワー室に入ったのだ。


 「今の見ましたか? サティナ様」

 「ええ、すごい。あれが魔王の風格なのね」

 「うん、合格だわ!」

 「見た、モロに見た、くっきり見えた」

 ミラティリアとサティナ、そしてルップルップとクリス、四人の乙女はちょっと頬を染めてニヤついた。

  

 さて、ひさしぶりのアリスのお茶とクリスのお菓子だ。

 シャワーを浴び、アリスが準備した衣服に着替えた俺は、クリスに進められるままお菓子を手にとって一口食べた。


 「どう?」

 クリスがちょっと自慢そうに俺を見た。


 「へぇーー、これは美味いな。今回はどこの名店から買ってきたんだ?」

 俺はそう言ってもう一つ手に取った。

 サティナたちも美味しそうに食べているが、やはりルップルップの食べっぷりには目を丸くする。


 「ふふふふ……これ、手作り、私、作ったの」

 クリスが頬杖をついて俺の顔を見て笑った。


 「ええええーー、凄いな! これを本当にクリスが作ったのか?」


 「本当ですよ。お姉様はカイン様に食べさせたいと、それはもう努力されて……」

 アリスが何かあったような顔をしたが、気にしないでおこう。


 「二人ともカサット村で別れてから、大活躍だったらしいじゃないか。ルップルップもね。ちゃんと聞いたよ」


 「イリスお姉様からお聞きになったのですか?」

 「ああ、ミズハたちがこんなに上手く行ったのも二人とルップルップの支えがあったからだろ? オミュズィ攻防戦での英雄譚で街中の酒場が大盛り上がりだったそうじゃないか」


 「ずいぶんお詳しくお聞きなされたようですね。私たちもイリスお姉様から、その後のカイン様の活躍を色々と詳しーーくお聞きしましたわ」

 そう言ってアリスが俺の隣に立った。


 「もちろん、夜の御活躍も、です……」

 アリスが微笑むのが怖い。


 「そう、聞いた。お姉様と、バンバンやりまくり……」

 いつの間にか反対側にクリスの顔が近づいていた。クリスも微笑んでいるのが怖い。


 「何の話かな?」


 「そうだ、そこでこそこそと何の話をしているのよ!」

 お菓子を口一杯にしてルップルップが顔を上げた。

 「…………」

 サティナたちは既に知っているので何も言わずにお茶を啜っているが、その視線が痛い。


 にこにこ……俺の左右の笑顔が怖い。


 「い、いや、みんな平等だからな! えこひいきなんかしないぞ。みんな大切な婚約者や妻なんだ」


 「別に良いんですよ。ふふふふ……」

 アリスはお菓子を手にとった。

 「そう、順番待ち。ひひひひ……」

 クリスも手に取る。

 ぐしゃっと二人の手の中でお菓子が握りつぶされた。


 ひいいいい! 俺は青ざめる。


 「なんてね。別に怒っていませんよ。お姉様が幸せそうに報告してくるので羨ましいと思っただけです。毎晩毎晩なんて、ほんと羨ましい限りです」

 アリスはちょっとすねてスカートの裾をぐっと握った。これは今晩アリスの所にお忍びしないとヤバいかもしれない。


 「そう、お姉様が羨ましいだけ」

 クリスもにらんだ。


 「そ、そうか、それなら良かった」

 苦笑いする俺をサティナがちらりと見た。


 何だか、サティナも羨ましいと俺に訴えているようだ。その目力が凄い。だが父王の厳命があるのでサティナ姫にはまだ手は出せないのだ。我慢してくれと見つめ返すとサティナはぽっと頬を赤くした。


 「でも、イリス姉様に負けていられませんわ。今度はこっちのターンです。カインは私たちと一緒なのですからね」

 アリスがそう言って俺の腕を抱いた。

 「そう、今度は、私たちのカイン」

 クリスが反対の腕を取った。


 「うわっ!」

 二人に腕を取られて揺すられたので思わず茶をこぼした。しかも股間にである。


 「見なさい、カインはこんな感じの男よ。本当にこんなのでいいのか?」

 ルップルップが隣にいるミラティリアとルミカーナを見た。


 「何を言うんです、ルップルップも同じ婚約者じゃないですか?」

 ミラティリアに軽くいなされた。


 「それにカイン様は私の初恋の王子様なのですわ」

 「そう、カインは偉大なる精霊使いです。私ですらベッド上では手も足も出ずに、自在に操られてしまうんですよ」


 「ほへえええ! ミラティリアとルミカーナ、二人とも本当にカインに惚れていると! 信じられますか、サティナ姫?」

 ルップルップは仰天してサティナを見た。


 だが、サティナは無言でカインをうっとりと熱い瞳で見つめている。

 もうどう見てもカインに夢中だというのがビシバシ伝わってくる。何しろ何年もカインを探し続けたサティナ姫の想いは尋常ではないのだ。


 ハッ! この中で一番醒めているのが自分だという事に気づいてルップルップはさらに衝撃を受けた。


 この部屋に集まっているカイン集団は、みんな素晴らしい人ばかりだがカインの事になると周りが見えなくなるのだ。


 うむむむ……私だけは冷静にカインを見守らなければならないわね。ルップルップは珍しく野族をまとめる神官らしい神妙な顔をした。


 「みなさま、こちらにおられましたか! お食事をお持ちしました」

 食事担当の兵が人数分の食事を運んできた。


 食事かっ! その瞬間、使命感に燃えていたルップルップの脳裏からカインの事などすぐに吹っ飛んだ。

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