第315話 花嫁クリスティリーナ

 助け出したゲ・ロンパを伴って俺たちは旧公国平原の毒汚染地帯を抜けた。


 明るい日差しの差し込む森に入って南に進むことと数日で大森林地帯の中にあるリィルの故郷、妖精族の村カサット村に到着する。


 そこで俺たちは盛大な出迎えを受けた。


 森の外れには伝書鳩のような鳥の巣箱が設置してあって、妖精族はいざという時にその鳥を使って村と連絡を取り合うらしい。

 リィルはそれを使ってあらかじめ俺たちが村に向かっていることを伝えておいてくれたのだ。



 そして今、カサット村がかつて外貨を稼ぐために作ったという湖畔のリゾート地では村始まって以来という盛大な祝宴会が開かれていた。


 三日三晩赤々と篝火が灯され、コテージ村の中央大広場では大祝宴会が夜通し開かれている。


 「大丈夫か? 疲れただろ?」

 俺は隣に座る美しいセシリーナを見た。

 「いいえ、カインと一緒ですもの」

 花嫁衣裳のセシリーナは恥らんで微笑む。

 そう、これは魔王立ち合いの元に開かれている俺とセシリーナ、つまりクリスティリーナとの正式な結婚式!

 


 ーーーーーーーーーー


 どうしてこんな事態になったかと言えば……。


 カサット村にカムカムの一族が集まっていたので結婚式を上げるには好都合だったこともあるが、何よりも魔族と人間の婚姻を魔王ゲ・ロンパが正式に認めることを世に知らしめるためである。


 元々カムカムの妻ミ・マーナの妊娠を祝うためにカムカムは親戚一同を招いてバカンスを兼ねた長期間にわたる祝賀会を開いていた。しかし、新王国討伐戦が始まってしまい、みんな帰るに帰れなくなってここに滞在していたのだ。


 そして、リィルの伝言でカムカムがスケルオーナの救出し、さらに真の魔王ゲ・ロンパを陰謀から救ったことを知ったカムカム一族と妖精族の人々が、村の入口に集まって英雄カムカムを盛大に出迎えたのだった。


 しかも、そこに行方不明だったクリスティリーナの姿を見つけ、出迎えの人々の喜びはピークに達した。

 

 村の入口をくぐった先でカムカムが一人一人俺たちのことを紹介し、クリスティリーナが俺の妻になったことを告げたとたん、ざわめきが広がった。問題は俺の容姿や身なりではない。


 帝国では魔族と人間の婚姻は正式には認められていないと言うのがその理由だった。


 このままではカムカム家の貴族家としての存続すら危ぶまれる事態だと言い出す者までいた。


 他のライバル貴族家に知られれば、カムカム家の娘が貴族にあるまじき行為を行ったと誹謗中傷を受けることは火を見るより明らか。


 帝国で貴族家が体裁を保つため、身内から禁忌を破る者が出たと言われるのは致命的なことらしい。


 そして、みんなで悩んだ結果、その打開策がこの結婚式である。


 つまり、俺とクリスティリーナが正式な結婚式を催し、そこで魔王が二人を祝福すれば良い、と大魔女ミズハが提案したのである。


 帝国では人間との結婚は禁忌とされてきた。しこし、魔王の立ち会いにもとに結婚式を行い、魔王が二人を祝するのであれば、その禁忌の廃止を世に宣言することになる。


 つまり、二人は誰に咎められることもなくなり、堂々と夫婦を名乗ることができる。


 魔王ゲ・ロンパからしてみれば姪のリサも、魔族と人族の二人から生まれた愛の結晶なのである。

 愛する姉の忘れ形見であるリサを正式に自分の姪と認めるためにも、魔王が魔族と人間の婚姻を認めるのは当然だった。



 俺は隣に座るクリスティリーナを見た。

 ボロロン家に伝わる伝統的な花嫁衣装をまとった彼女は美し過ぎる!


 「そんなに見つめられると恥ずかしいですよ」

 クリスティリーナが頬を染めた。


 化粧したその美貌は月や太陽すら恥じらむ。すっぴんでも凄い美女なのに、それに化粧なんかしたもんだから! もう目がつぶれそうなほど美しい!


 それに比べて俺はもうちょっとどうにかならなかったのか? とみんながにらんでいる。非常に居心地が良くない。お尻がムズムズする。


 すぐ目の前で俺を ”温かーく見守っている”視線も痛い!


 ミズハだけはゲ・ロンパの隣の特別席だが、俺の目の前の席には旅の仲間たちが陣取っている。


 その席からサティナ、リサ、イリス、クリス、アリス、ルミカーナ、ミラティリアが、クリスティリーナの花嫁姿に鼻の下を伸ばしてデレている俺をにこやかに微笑みながら “睨んで” いて怖い。


 それでもリィル、ルップルップの二人だけは次々と出てくるご馳走に目を奪われてそっちに夢中なので助かった。


 特別席には傷がまだ十分に癒えていないミズハをやさしく気遣う魔王ゲ・ロンパがいる。その隣にいるのはカムカム夫妻。


 カムカムの隣には物凄い美人が座っているが、その女性こそセ・シリアナ・マロアール・ボロロンナ。


 つまりクリスティリーナの母親である。その表情は優しい。純粋に娘の結婚を喜んで、二人を祝福してくれているのが伝わって来て涙が出そう。


 それにしても、リィルに新郎が着る伝統的な森の妖精族の婚姻衣装ですと勧められて、そうか、ふーんと何も考えず選んだものの、この衣装はやはり何か間違っているんじゃないだろうか?


 上半身は裸に貧弱な植物の蔓を編んだものを両肩からさげているだけ。下半身はそれこそ粗末な麻布で作った茶色の短パン。それに足元は例のボロ長靴である。これならいつもの装備の方が数倍マシだったかもしれない。


 「まだボロロン家の一員として認められていない男がボロロン家の衣装を着る事はできませんよ。何も持たない男が奮起して女を幸せにしたという神話に基づく立派な民俗衣装です」とリィルに言われて、森の妖精族の伝統衣装を勧められたのだが、もしかしてリィルにまんまとはめられたのだろうか?


 そんな事はないよな? と思って見ると、サティナの隣に座るリィルが俺と目が合った。そのとたん「ぷ〜っ」と吹き出して腹を抱えて笑い出した。


 あいつめ! 何てことをしてくれたんだ!

 


 ーーーーやがて三日に亘った長い結婚式はようやく終盤に入った。


 「それでは、門出を祝って誓いのキスを交わしていただきます」森の妖精族の司祭が告げた。


 「カイン……」

 「セシリーナ」

 俺たちは華麗な壇の上で見つめあう。

 やがて重なり合った二人に惜しみない拍手が広がった。


 「みんなに祝福される日が来るなんて思わなかった。とてもうれしいの。まさか父やスケルオーナ夫人、それに姉まで私の結婚式に出席くださるなんてまるで夢ね」


 「でも、こうやって式をあげるとようやく本当に認められた実感がするよ」


 「でも、実はね。もっとうれしいことがあるの」そう言ってセシリーナが耳元で囁いた。


 「!」

 俺は壇上で飛び上がった!

 「子どもができた! それは本当か!」

 俺はセシリーナの両肩を掴む。

 恥ずかしそうにうなずくセシリーナ。


 「出会ってわずか数ヶ月でセ王家の末裔たる魔族の私を孕ませるなんて、人間離れしてる。さすが私の魔王さまだわ」

 「だろ?」

 壇上で抱擁する二人。

 俺たちを祝福する拍手はいつまでも鳴りやまなかった。



 ーーーーーーーーーー


 「お父様、旧公国では大変な目にお遭いしたそうですね?」

 「ん、カミーユ、どうした? こんな所に一人か?」


 湖畔の桟橋に座って夕陽を眺めていたカムカムの脇に長女カミーユが座った。遠くからまだ結婚式の余韻が伝わってくる。広場で一晩中踊り明かすらしい。


 膝を抱いてカミーユはカムカムを見た。


 「どうしたのだ?」

 「いいえ、まさか妹の方が早く結婚するとは思いませんでした。私はずっと待っているのにガルは手も繋がないんですよ」


 「大丈夫、じきに結婚を申し込まれるさ」

 「そうでしょうか? それに結婚するとしても、ガルも王族の血を引く者です。今の帝国の情勢では今回のクリスティリーナのような式は挙げられないかもしれません」


 「情勢か、ここは離れているからあまり感じないが、帝都周辺の地域では大変だろうな」

 カムカムは穏やかに波打つ水面を見る。


 この村に戻って見れば、新王国との戦いは終わっていた。

 しかもゲ・ボンダを中心とする王族と貴天オズルを中心とする一天衆との内戦が起きたが、それもあっけなく終わったとの連絡が今朝入ってきた。


 今回の内紛はゲ・ボンダが何者かに暗殺されるという事件で幕引きとなったらしい。


 黒鉄関門の戦いでは、帝国軍が堅牢な砦の本領を巧みに活かし、あの獣天と鳥天を敗死させるほどの成果を出したが、局地戦で勝利しても本丸で大将首が取られたのではお終いである。


 一天衆もついに貴天と美天を残すだけになったらしいが、それ以上にゲ家の王族派は死に体だ。

 中流貴族以上の貴族も一天衆派になびく者が多く出ているらしいとの情報がカムカムの元に届いていた。


 新王国との第一次討伐戦以降、貴族や国民の間では次の魔王に貴天オズルを推す声が多いのも事実だ。王族で一番力のあったゲ・ボンダが殺され、既に魔王五家にも実力のある頭首はいない。


 本来であれば、ここにいるゲ・ロンパ様が魔王に戻られるのが一番正統なのだが……。


 「帝国はこれからどうなるのでしょうか? 先日ゲ・ロンパ様は今さら帝位など望まないとみんなの前で宣言しましたし、ゲロロンダ殿は高齢です。新しい魔王様には誰が就任されるのでしょう? お父様はどうご覧になりますか?」

 

 「そうだな、おそらくこのまま行けば一天衆、貴天オズルによる新王朝が始まることだろうな」

 「それは王族派の貴族と見られている我がボロロン家にとっては危険な事態なのではありませんか?」

 カミーユが眉をひそめた。


 「奴はゲ・ロンパ様を陥れて自ら魔王になろうと画策していた。貴天オズルをそのままにしておくのは色んな意味でまずいだろうな」


 国民に向けて微笑む優しそうな顔、その裏の顔を知ったカムカムたちがただで済むとは思えない。ましてゲ・ロンパ様をこのままにはしておかないだろう。


 「本来ならば正当な王位継承者であるゲ・ロンパ様が魔王になるべきなのだが。配下に裏切られるという大失態をさらした自分が今さら魔王の座につくことなどない、とおっしゃっている。正直、困ったな」


 「それですわ!お父さま!」

 カミーユがパッと目を輝かせた。


 「何か悪巧みでも思いついたような顔だな。良い説得方法でも思いついたか?」


 「説得ではありませんわ」

 「では何だというのだ?」


 「ゲ・ロンパ様の王位継承の正統性を活かしながら、ゲ・ロンパ様が魔王になることなくゲ王家が存続して国を統べていく方法を思いつきましたわ!」


 「はあ?」

 「それはですね……」

 カミーユがカムカムの耳元に口を寄せた。


 「つまりゲ・ロンパ様の妃が魔王に就任すれば良いのです。女帝、女王ですよ」

 カミーユがにやりと笑った。


 「じ、女王だと! うーむ。確かに歴代王朝には何人も女王はいたはずだが……。それに今の雰囲気でいうとゲ・ロンパ様の妻になるのはミズハ様か?」


 「ええ、大魔女ミズハ様ならぴったりだと思いません? 小柄ですけど妖精族とのハーフでお美しいし、御髪も美しい輝く銀色で、きっと王冠が映えますわ、しかも元から大魔女なのですから、まさに魔王と呼ばれるに相応しい実力をお持ちですわ」


 「そうか。うーむ。確かに……言われてみればその通りだな。二人の子どもが次の王になるのだから、形が変わってもゲ王家はそのまま続くことになるというわけか」


 「ね? そうでしょう?」

 カミーユが微笑んだ。

 カムカムは我が子ながらその賢さに嬉しくなる。

 剣ばかり振りまわすお転婆だと思っていたのだが、成長していたようだ。


 「よし、各地にいる王族派の貴族や大都市の顔役に密かに連絡を取ろう。あの貴天の好き勝手にやらせてたまるか。旗揚げの準備だ。これから忙しくなるぞ」

 カムカムはカミーユの頭を乱雑に撫で立ち上がった。

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