第351話 対決、時空裂の青竜
重々しい地響きと共に大地が揺れる、その間隔が次第に短くなってきている。超低音も発生しているのだろうか、荒れ地の岩々が大地の揺れとは無関係に踊るように弾け飛んでいる。
「来ました、時空裂の青竜です。予定地点をたった今通過しました!」
巨大な二足歩行の蜥蜴のような竜が黒鉄関門に向かっている。岩の陰から様子を見ていたアリスが振り返った。
そこにいるのはドリスと二人の姉だけだ。
カインや他のみんなはミズハ女王と共に今まさに魔王オズルと死闘を繰り広げている最中なのである。
遠くの空で雷鳴が響き、強力な魔法が次々と行使されている気配が伝わって来る。あの下で愛しいカインが戦っているのだ。
カインは取り立てて特別な能力を持たない。はっきり言って剣の腕も三流、だからこそいまだにメイン武器が原始的な骨棍棒なのだ。そんな彼が勇敢にもカインパーティーを率いて最前線に立っている。
魔王オズルは戦闘力においてミズハに並ぶ実力者と言われている。魔法は未知数だが侮れない男だという事だけは気配でわかる。
アリスとしては、本来ならすぐにもカインの加勢にいきたいところだが、ドリスに助力して邪神竜を封じるという極めて重要な任務を任されている。魔王オズルを退けたとしても邪神竜を放置しておけばこの世界は破滅するのである。
「予定どおりですね。みんなやりますよ、竜を呼ぶ準備はいいですね?」
最近ますます美人になったイリスがクリスとアリスの手を握った。三姉妹は互いの目を見てうなずいた。
「お姉さま……」
その様子をドリスが静かに見守っている。
「未来を守りましょう」
「ええ、カイン様と生きるためです。この世界は守ります」
「やる、怖くない」
クリスが目をつむって深呼吸した。
直後、3姉妹の姿は崖の上にあった。一瞬で時空列の青竜を見渡せる位置に転移したのである。
「昏き地に眠りし神の竜よ、私の声に応えよ……」
イリスたちはそれぞれ天に両手を広げて詠唱を始めた。
三姉妹の体が女神のような神々しい光に包まれ、やがてその光が収束し、細く、長く、天まで届く一筋の光となって天空に出現した異空間の門を開いていった。
その頭上、遥かなる高みに三つの暗雲が渦を生じ始めた。その渦は互いにぶつかり合うように干渉しあいながら、徐々に全天に広がっていく。
「「「……さあ、我が命に従って今生に転生し、今こそその姿を見せるのです!!」」」
三人が同時に叫んだ。
ズゴゴゴゴ! と世界を揺り動かすような轟音とともに、陽炎のように歪んだ大気を引き裂き、天と地を結節する三つの巨大な光の円柱が地上にそそりたった。光が空の方から地上に向かって消えゆくとその中からゆらゆらと黒い影が浮かんだ。
ぶしゅうう……口から炎を漏らす巨大な震災の灼熱八頭龍がうねうねと首を蠢かした。
どどどどど……と重低音とともに光柱の底から大地に降り立ったのは生と死を司る黒森竜である。
キシァアアア……と空中で光の残滓を払うかのように巨大な両翼を展開したのは大災厄の黒飛龍だ。
「凄い!」
ドリスは息を飲んだ。
この広大な峡谷が窮屈に感じられるほどの巨大さだ。邪神竜の三柱が三姉妹の求めに応じ、その姿を現したのである。
「さあ、我が灼熱八頭龍よ、その理性を失った時空裂の青竜の目を覚まさせてやりなさい!」
イリスが命じた。
クリスとアリスが目を交わしてうなずく。
「黒ちゃん、奴を攻撃、やれっ!」
「黒森竜、まずは時空裂の青竜の足を止めなさい!」
竜が吠えた! その爆声は大気を打ち震わせる。異変を察知し、顔を上げた時空裂の青竜に対し、三方から三姉妹の竜が迫った。
「!」
だが、先に仕掛けたのは時空裂の青竜である。背鰭を展開した直後、頭上に発生した青白い球が凄まじい光を発した。
黒飛竜は翼をはためかせ、瞬時にその影響範囲を避ける高さまで急上昇し、八頭竜は青い熱線を周囲に吐いて光を打ち消した。
動きの遅い黒森竜だけがまともに光を受けたが、厚い甲羅に頭を隠し、大したダメージでは無いようだ。逆に攻撃を受けて怒った黒森竜がどろどろと紫色の霧のようなものを口から吐いた。
時空裂の青竜を覆っていた神秘的な光の薄膜が毒霧に触れたところから消失していくのが見える。
効果が無かったと知った時空裂の青竜が口を大きく開いた。
その前方の空間が歪んだかと思うと、大気の歪みが弾け飛んだ。転がるボールのように歪んだ空間が弾みながら直進し、それに接触した大地が裂けていく。
それが八頭竜の脚部をかすめると八頭竜は凶暴な叫びを上げた。
どれほどの威力があったかわからないが、八頭竜には直撃しなかったようだ。その歪みは峡谷の壁に衝突するとどこまでも岩壁を
あんな凄まじい攻撃を受けたにも関わらず、八頭竜の前足は鱗がわずかに損なわれたに過ぎない。
その様子を見ていた黒飛竜が上空で旋回し、時空裂の青竜の周囲に凄まじい雷撃の雨を降らせた。時空列の青竜の鱗が次々と引き剥がれ宙に舞い上がるのが見える。
そこを八頭竜の青い熱線が通過すると、切り刻まれた鱗の間から青い血が噴き出した。
「少しづつ弱らせます。ドリス、そろそろ準備は良いですか?」
イリスが八頭竜に指示を出しながら振り返った。
遠くで竜たちが死闘を繰り広げている。その振動が地震のように伝わってくる。
「はい、いつでもいけますわ」
ドリスはうなずいた。
「クリス! ドリスを頼むわよ! ある程度近づかないと術がかからないからね!」
「大丈夫、もう、呼んでる!」
イリスにクリスが答えた。
その言葉どおり、大風で周囲の瓦礫を吹き飛ばしながら、黒飛竜が上空に近づいてきた。
「飛ぶ、ドリス、私の手を離さないで」
そう言ってクリスがドリスの手をぎゅっと掴んだ。
「はい、お姉様!」
次の瞬間、ドリスが目を開くと、いつの間にか二人は遥か上空を飛翔する黒飛竜の頭頂に降り立っていた。
クリスはにっこり笑っている。
時間操作はともかく転移魔法は魔王オズルだけの得意技ではない。
「凄い風です」
「大丈夫、守る」
荒れ狂う暴風のような風を受けながら、黒飛竜の頭頂にある角にしがみついているドリスをクリスが後ろから支えた。
「ドリス、いいですか? 今から接近します。チャンスは何度でもあります。失敗を恐れずに思い切って術をかけ続けなさい、わかった?」
流暢な蛇人族の言葉でクリスが耳元で話しかけた。その手がドリスの手に重なった。
「わかりました。クリス姉様」
ドリスはその温かな手に安心感を覚え思わず微笑んだ。
「行け、黒ちゃん! びっくりさせちゃいなさい!」
あらゆる物を吹き飛ばしながら、地上すれすれを這うように超スピードで接近する黒飛竜!
一瞬気づくのが遅れた時空裂の青竜が大きく吠えた。
時空裂の青竜が放った大気の歪みが黒飛竜めがけて移動してきたが、それを翼を畳んで回転しながらかわした黒飛竜がその頭上に達し、影を落とした。
「今です! ドリス!」
「はいっ! 保護膜、初期化ですっ!」
ドリスが放った術が時空裂の青竜を直撃すると、その周囲を包んでいた光の膜が完全に消えた。
「上出来です! さあ、ここからです! 眷属化の術を全員で重ねますよ。貴方が術を始めたら同調します! 大丈夫、みんなであいつを封じましょう。きっとやれます」
クリスが親指を立てて微笑んだ。
「はい! やります!」
ドリスが瞳を輝かせた。
「「暗黒術! 竜捕縛! 暗黒門よ現世に現れ、その堅き門を我が命に応じて開け!」」
二人は両手を交互に叩いてその術を解放した。
その時だ、一体何があったのか。
一瞬、時空裂の青竜の力がわずかに低下したような気がした。
竜にパワーを与えていた御魂箱のいくつかと連携が途切れたような感じに近い。原因は不明だが、こちらに有利になったのは間違いない、このタイミングで時空裂の青竜のパワーが揺らいだのはチャンスだ。
「今です!」
「開け、暗黒門!」
頭上の黒飛竜に気をとられた時空裂の青竜の隙を突き、八頭竜と黒森竜が突進した。その体当たりをまともに受け、大きくよろけた時空裂の青竜の巨体がゆっくりと地面に倒れていった。
その足元に最高のタイミングで暗黒の門が開いた。
漆黒の闇が易々とその巨体を飲み込んでいく。
時空裂の青竜が異変に気づいて吠えたが、倒れた勢いであっと言う間に胴体の半分以上が闇に飲み込まれていた。
ドリスは汗まみれになりながら術を維持している。
クリスも手を緩めない。おそらく地上にいるイリスとアリスも同じだろう。
時空列の青竜はすべてを飲み込む闇の渦を恐れたのか、最後の抵抗とばかりに大地に片手の爪を立てた。ガリガリと大地を引き裂きながらもがいている。
「悪あがき! やっちゃえ!」
クリスが黒飛竜の頭をポンポンと叩いた。
抵抗して暴れる時空裂の青竜。
そこに黒飛竜が急接近し、その頭上を猛烈な速度で通過すると同時に青竜の頭を凄まじい力で蹴り飛ばした!
その衝撃で現世空間の端を掴んでいた時空裂の青竜の前足の爪が外れた。大地から手が離れ、巨大な竜が闇の渦に飲み込まれていく。もはやどうあがいても掴むものなどない。その暗黒門の先に広がる異空間こそドリスの魂と結びついた地なのだ。
ゲアアアアアーーーーーー!
凄まじい音が帝国全土に響き渡った。
帝都ダ・アウロゼの人々はその声に立ち止まり、空を見上げた。
不気味な鉛色の雲に覆われていた空が急に青空に変って行く、その不思議な光景を多くの者が目撃したのである。
最後の叫びを放った時空列の青竜の瞳に光が戻り、そして穏やかに目を閉じていった。ドリスの中に広がるその世界はかつて自らが破壊した安寧の地と同じ匂いがしたのである。
やがて眠りにつく時空裂の青竜の脳裏に邪神竜に堕ちる前の光景が見えた。自分や仲間を愛おしんでくれた白いドレス姿の美しい人がそこにいた。後悔の念なのか、閉じた竜のまぶたの端から光が流れ落ちた。
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