第346話 魔王襲来1

 凄まじい破壊音と衝撃波が堅牢な黒鉄関門を激震させた。

 城壁の上にいた兵士を巻き込んで崩れ落ちる石壁が真下にいた者たちを飲み込んでいった。


 直後、光が関門を襲った。

 司令塔を目指し一直線に伸びてきた光は城壁の手前でカクっと急に角度を変え、司令塔東側の城壁を縦に斬り裂いた。

 その一撃は黒鉄関門の三重の城壁を貫通し、光が過ぎ去った後の城壁は剣で枝を断ち切ったかのような鋭い切断面を残して蒸発していた。


 そのわずかな一瞬で大勢の者が犠牲になった。

 しかも、黒鉄関門を襲った大地の揺れはなかなか収まらない。


 「何かに掴まれ!」

 誰かが叫んでいる。


 周囲の物が落下し、窓がひしゃげた。最初の激震を耐えた城壁も長い揺れによって徐々に崩壊し、崩れ落ちていく。

 通路や広場にも壁が崩壊したことによる石材が雪崩を起こしたように扇状に広がっていた。


 楼閣の幾つかも倒壊しているようだ。


 「いまのは一体何だ?」

 ゲ・ロンパが頭を振って起き上がった。天井の落下による照明器具の破片で切ったのかその額からは血が滲んでいる。

 とっさに彼が庇ったのはミズハだ。

 ゲ・ロンパの体の下で「うっ」とうめきながらミズハが身を起こした。


 「大丈夫でありますか! ミズハ陛下!」


 「おい! 衛生兵を呼べ! 治癒魔法士を集めろ!」

 揺れが収まってくると衛兵たちがミズハの元に慌てて駆け寄ってきた。


 「私は大丈夫だ。治癒魔法士たちは各部署の怪我人の治療にまわせ! かなりの被害が出たはずだ、人命救助を最優先だ! 至急、諸将を招集しろ! 被害状況の把握を急ぐんだ!」

 ミズハは叫んだ。


 「これはひどい。地震じゃないわよ。これは」

 杖を手に全身を輝かせていたルップルップがつぶやいた。


 女王ミズハたちの周囲にとっさに防殻を展開したのはルップルップらしい。そのおかげで崩れた天井石は防殻で弾かれ、部屋の隅の方に転がっている。


 「大丈夫でしたか? あれが精一杯でした」

 「うん、危なかった」

 窓辺に立って両手を突き出したまま仁王立ちしていた二人がようやく振り返った。クリスとアリスである。精一杯ということは司令塔を直撃するはずだったあの光が突然向きを変えたのは彼女たちがやったのだろう。

 

 カインはアリスとクリス、そしてルップルップをミズハの護衛任務につけていたのである。真魔王国軍の兵は人間が多く、魔法が使える者が少ない。それに対して魔王国は魔族が多いためだ。

中にはそこまでしなくてもいいのでは? という声もあったが、結果的にカインの判断がミズハたちの命を救ったらしい。


 「ありがとう、おかげで怪我はなかった」

 ミズハは差し出された衛兵の手を取って立ち上がると窓に近づいた。外を見ると上空は暗雲に包まれている。ミズハの目にはそれが異常な魔力の渦であることがわかる。周辺の魔力が何かに引き寄せられている。


 「これは何か来るぞ。魔力干渉が酷くて私でも遠視できぬな。偵察部隊を出すんだ! 何があっても即応できる部隊がいい、そうだな、湿地の魔女のスイルンと蛇人族のカブン団長に部隊を出してもらうよう要請するんだ」

 「はっ!」


 「アリスとクリスは城内の救援に行ってくれ! 助かる命はまだあるはずだ」

 攻撃によって黒鉄関門のあちこちで壁が崩れ生き埋めになっている者も多い。事態は一刻を争う。アリスとクリスの暗黒術の力が必要だ。


 「わかった。行ってくる」

 「何かあれば、すぐにお呼びください」

 二人の姿は一瞬で消えた。

 

 「遅くなりました! 階段が崩れておりまして。これは攻撃と考えてよいのでしょうな」

 息を切らせながらバルガゼット将軍が姿を見せた。付き従ってきた部下たちも部屋に入って来たが、腕や足を怪我している者もいる。


 「わからない。だが、そう考えるべきだろう。厄介なことだ」

 ゲ・ロンパがミズハの隣で眉をひそめた。

 

 「原因はわかったか? 何? 魔鏡が使えないだと? 偵察部隊との連絡はどうするんだ」

 「被害状況を知らせろ! 一番やられたのはどこだ」

 「救急医療用品の入った倉庫を開放してこい! 早くしろ!」

 司令塔が急に慌ただしくなり、次々とミズハの元に将が集まり出した。


 「偵察部隊と連絡がとれました! 魔力干渉のノイズが酷いようですが、複数の魔鏡の同時稼働で補完しております」

 「ミズハ様! スイレン様からの第一報です! 詳しくはわかりませんが、攻撃の痕跡が街道に沿って伸びており、超遠距離からの攻撃のようだとのことです! 調査続行中!」


 騎士たちがいくつもの魔鏡を壁に出現させながら叫んだ。




 ーーーーーーーーーーー 


 「うおおおおっ、ひどい! ……でも、なんとか収まってきたようだな」

 指令室が修羅場になるちょっと前である。俺は大浴場の湯舟の中で、暴風に荒れ狂う大波のようなお湯に翻弄されていた。

 右に左に波に打ち寄せられ、上下逆さまになって転がって目を回していたのである。


 俺は、お湯を注ぐ壺を手にした女神の裸像の太ももに抱きついてなんとか事なきを得たのだった。


 「危なかった。あやうく死ぬところだった」


 大波になったお湯が崩壊した壁に打ち付けるたびに、壁の穴から外に大量のお湯が噴き出していたのだ。

 石像につかまることができなかったら、お湯と一緒にそこから地上に落下していたかもしれない。

 ここは地上4階である。落ちたら真っ裸のままで落下死、カインらしいわ、とか言われそうだった。


 「おい、一体何が起きたんだ? 今のは地震なのか?」

 「さっぱりわかりませんねーー、こんどは外をー-、見てきましょうかーー?」

 のんきな声でたまりんが頭上を漂った。こいつ俺が尻を逆さに波にもまれているのを見て愉しんでいたようだ。


 「そうだな、そうしてくれ。視覚同調は切っていいぞ」


 「女湯はもういいんですねーー?」

 「もちろんだ。ずっと見てたからな、向こうの安全は確認できた」


 「そうですかーー。何かー-、わかったらーー、強制的に同調させますからねえーー」

 そう言ってたまりんはすうっと壊れた壁から出て行った。




 「カイン! 大変よ!」

 「カイン! 生きていますの!」

 たまりんが出て行った直後、隣の女湯に入っていたルミカーナとミラティリアが壊れた男湯と女湯の壁の残骸を乗り越えて真裸のまま駆けこんできた。

 

 「うわあ、こんな時にもそれですか?」

 「まあ、お下品ですわ」

 二人は俺の姿を見てぎょっとして立ち止まった。

 

 うん、たしかに変態に見える。

 当たり前だが俺も全裸だ。

 その姿で女神像のふとももを抱いているのだが、女神像のお尻の谷に顔を押しつけている状態なのだ。


 「え、こちらは男湯では?」と壊れた壁の向こうから同じく全裸で現れたのはアナだ。


 「ぶっ! お前たち服を着てこい! 俺は大丈夫だ! せめてタオルくらいまいてこいよ!」

 アナの揺れる乳房が目に突き刺さった。凄すぎる! 生乳の破壊力は抜群だ。一瞬で俺の股間が狂戦士化したのは、未だにサティナの剣に触れた後遺症が影響しているからである。あの剣は男には本当にヤバい代物だ。


 「それがだめですの。さっきの衝撃で女湯の更衣室が崩壊してしまいましたの!」

 「カイン様、向こうの出入り口は完全にふさがれてしまったのですよ」

 ルミカーナが肩をすくめた。


 なるほど、二人が言うように女湯の方が被害が大きい。よくあれで誰も怪我しなかったものだ。


 俺はルミカーナとミラティリアの全裸をちらちら横目で見ながら周りの被害状況を確認した。よく見ると男湯でも天井が崩落している所がある。湯舟にはでかい石がいくつも沈んでいる。潰されなかったのは奇跡に近い。


 「そうか、でもみんな無事で良かった」


 確か三人はサティナ姫とリイカ、ジャシアとエチアの四人と入れ替わりにお風呂に入ってきた。


 先に上がった四人の身が心配だが、要塞内にはこの風呂場以外にこのような大空間はない。柱や壁がしっかりしているのでおそらくここほど崩れていないだろう。

 うん、きっと大丈夫だ。悪い予感はしないし、俺の婚約紋や婚姻紋に変化はない。


 どうしてこの三人がサティナたちが上がった後に風呂に入ってきたか分かったか?

 うん、たまりんは良い仕事をしていた。さすが覗き魔たまりんである。おかげでずっとお湯に浸かっていた俺はのぼせそうなのだ……。



 「アナさんが防殻術を展開してくれなければ、私たちも押しつぶされていたところでした」

 「アナさんに感謝申し上げますわ」

 

 「あの、みなさん、裸で恥ずかしくないのですか? カイン様がじろじろ妙な目つきでこっちを見ているんですが」

 アナだけが羞恥心に染まりながら、俺に近づくのをためらっている。両手であちこち隠しているが、その巨乳は片手で隠すのは無理だ。どうしても片方は丸見えになる。


 でも、どうやら俺の視線はとっくに気づかれていたようだ。


 「今さらですよ。いつもはもっと恥ずかしいことを……ですから、今さら裸を見られるくらい何でもないのよ」

 ルミカーナは色っぽい仕草で照れる。


 ルミカーナは鍛錬した筋肉をまったく感じさせない女らしいスタイルの良さでいつ見ても鼻血ものだ。


 「そうですわ。カイン様は探究熱心なの、すっかり知り尽くしておりますのよ」

 ミラティリアは俺の目の前でお尻を軽く振ってわざわざ両手を上げて髪を後ろでまとめ始めた。


 ミラティリアは物凄く体が柔らかい。どんな体勢もできるが、全裸でその仕草は挑発的で色々とマズイ! 


 「ね、カイン様」

 その美しい瞳が甘えるように俺を見つめた。


 「そ、そうなんですね」

 ルミカーナたちの言葉にアナは真っ赤になった。二人の言葉が何を意味するか深読みして分かってしまった。


 マズイ、二人の挑発を受けて、俺は一層凶暴化した狂戦士を女神像の足の後ろに隠した。

 美女が三人とか、いくら何でも刺激が強すぎる。それにこの突然の災害だ。異常事態で生存本能が俺の魔王をさらに偉大にしているのだ。


 「アナさん。そっちは天井が崩れかけていますよ。早くこっちに来てください! カイン様が抱きしめている石像の周りなら安全ですわ」

 ミラティリアが手招きした。


 うん、部屋的には安全だろうが、二人と違って乙女のアナにとっては俺自身が一番危険かもしれない。


 「きゃっ、それを早く言ってくださいませ」

 アナが天井を見ながら、ぽよんぽよんとダイナミックに巨乳を揺らして駆けて来た。

 うおおおお、あの巨乳は新鮮で狂戦士がますますヤバい。既に俺の股間は大魔王が襲来しているのだ。


 「ルミカーナ、男子更衣室は無事のようだ。早く行ってタオルを巻くんだ! 風邪をひくぞ!」

 俺は下半身を石像に隠しながら叫んだ。


 「恥ずかしがらずにカイン様もご一緒に行きましょう!」

 ルミカーナが手を差し伸べたが、俺はそれどころでは無い。この状態を無垢なアナに見せるわけにはいかないのだ。


 せっかく好意を寄せてもらった大事な妻候補者なのに、こんな大物をアナに見せたら、あまりの凄さに青ざめてしまうかもしれない。


 「俺はいい。危険がないかここで見張っているから、早くタオルを巻いて部屋に行って着替えるんだ! ……たぶんこれは敵襲だ、おそらく大規模な戦いになるぞ! ルミカーナは将だ、先に行って早くミズハと合流するんだ!」

 俺は女神像の足にしがみついたまま叫んだ。


 「そうですね。わかりました。行ってきます!」

 急に氷の騎士の凛々しい表情に戻ったルミカーナがその魅力的なお尻を揺らして駆けていった。やはり引き締まった体はスタイル抜群である。


 「私も一緒に参ります!」


 アナがその後に続いたのを見て、ほっとしたのも束の間……


 「まあ、あらあら……、そうですか」

 「わっ! ミラティリア、何を見ているんだ!」

 ミラティリアはいつの間にか女神像の裏手に回って俺の股間を覗いていた。


 「素晴らしいですわね!」

 そんなことを言って、口元を手で塞いで妖艶に微笑する。

 そう、意外にミラティリアは大胆なのだ。


 思いこんだら直ぐ実行なのである。普段はサティナの手前もあるので、さすがに目の前でのいちゃいちゃは自重しているようだが、その反動で夜が激しい。


 砂漠の民だからなのか、おしとやかな見た目と裏腹にその腰使いが巧みで凄い。好奇心旺盛だし、はっきり言って快楽に貪欲、しなやかな野獣のようだ。


 「カイン様……」

 その桜色の唇がいつものように誘ってくる。


 「さあ、ミラティリアも早く行って着替えるんだよ!」

 「それではカイン様も一緒に参りましょう。私は急がなくても大丈夫ですわ、私はルミカーナみたいな指揮官ではありませんし」


 そう言って俺の股間を見つめながら唇を舐める仕草がついこの間まで乙女だったとは思えない妖艶さである。


 見た目は清楚で上品な深窓の令嬢。男とは手をつないだこともなさそうな麗しの乙女なのにこんな彼女に誰がした?

 って、それは俺だ!

 そうなのだ。彼女はすっかりベッド上の魔王の虜だ。魔族のセシリーナですら耐えられなかったのだ。人間のミラティリアに抗う術はない。あの快楽を知った以上、もはや俺なしではいられないのである。


 「大変だ! 女湯が崩れているぞ! 更衣室は潰れている! 入れないぞ! 誰か入浴中の者はいなかったのか?」

 壁の向こうで声がし始めた。

 真面目な兵たちが被害を確認にやってきたらしい。


 頬を赤らめて蕩けた表情のミラティリアを見られたらまずい。

 しかも二人とも全裸なのだ。俺はとっさにミラティリアの手をひいて石像の後ろにあるサウナ室に隠れた。


 「ほら、すぐにこっちに点検に来るぞ。今のうちに更衣室に行くんだミラティリア。ここからなら見つからずに更衣室まで行けるはずだ」

 俺は曇っていた窓を拭いて外を見た。サウナ室は蒸気が抜けてほどよく温かい。左右の壁にはタオルが敷かれた木製のベンチが置かれている。

 ここから壁沿いに走れば更衣室だ。兵は女湯の被害を確認しているようだ。あそこからなら角度的にまだ見えないだろう。


 「逃げるなら、カイン様と一緒でなければ嫌なのですわ。そんなに恥ずかしいですか? そうだ! 私がこんなふうに更衣室に行くまで隠してさしあげましょうか? うふふっ……」


 俺の前で四つん這いになっていたミラティリアは愛らしく微笑み、わざとらしくその美乳を両腕で挟んで近づいてくると俺の股間に手を伸ばした。


 その桜色の唇が艶めかしく濡れ、白い歯がのぞいた。


 「ちょっと待て、さっぱり隠そうとしていないだろ!」


 「いいえ、今からたっぷりとお隠ししますわ」

 ミラティリアは両手の指を妖しく動かしながら上目づかいで俺を見上げた。その美しい顔だちは清楚なのに全裸で丸見えというギャップが股間に直撃を食らわせる。


 うふふふ……その赤い舌が妖艶に唇を舐めた。

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