第158話 <<砂漠の罪人 ー東の大陸 サティナ姫ー>>
ドメナス王国領に属する最後のオアシスを離れて丸4日である。
荒れた岩砂漠の風は砂塵を巻き上げ、その身体を痛めつける。
砂漠を進む二つの馬影。
太陽が容赦なくその体力を奪っていく。
大きく張り出した岩陰を見つけ、ドメナス王国第一軍所属を示す徽章のついた馬から二人が下りた。
「あとどれくらいで着くかな?」
騎士マクロガンは水筒を取りだした。
「得意の使い魔をお使いになればよろしいのでは?」
カルバーネ嬢はぷんと頬を膨らませ、少し離れた日陰に腰を下ろす。
「意地悪な言い方だな。道に迷わないように2日も酷使した後だから、使い魔も今日くらいは休ませてやらないとならないと言っただろう? まださっきの事で怒っているのかい?」
「怒ってますよ! 自分だけ死ねば良いなんて思わないでください! マクロガンは大事な人なんですから」
自分でそう言って、ちょっと顔を赤くしたカルバーネがいる。
「ち、違いますよ。貴方は軍にとって大事な人、と言ったんです! 誤解しないでくださいね」
カルバーネは慌てて手を振った。
「わかっているよ。別にそんなに否定しなくても……」
マクロガンは膝に肘をついて地平線を見つめた。
さっきは確かに危なかった。砂漠の中の底なし沼みたいな流砂の渦にカルバーネの馬が足を取られたのだ。パニックに陥った馬が暴れて脱出する際にカルバーネを渦の中に振り落とした。
それを見たら思わず身体が動いていた。
「仕方が無いよなあ」
マクロガンは頭を掻いた。
カルバーネはちらりと無言でその大きな背中を見た。なぜか鼓動が速くなっている。
通信士という立場上、魔獣討伐戦の以前から何度もマクロガンとは同じ所属になったが、こんな風に意識したのは初めてだった。
砂に飲み込まれて、もう助からないと思った時、マクロガンがまさかの行動を取ったのがこのときめきの原因だ。
彼は自ら渦に飛び込み、カルバーネを引き上げて渦の外に放り投げたのだ。その行動と力強さに乙女心が動いたのである。
だが、それもつかの間、今度はカルバーネが自分の代わりに沈んでいくマクロガンを見ることになる。
何かしなくちゃ、と立ち上がった時、彼の使い魔が肩に止まり、急いで渦の下流の砂山を爆破してくれと告げたのだ。
カルバーネはマクロガンと違って工作兵としての訓練を受けている。確かにマクロガンには無理でもカルバーネならできる。
カルバーネは素早く爆薬をセットして渦の外枠になっている砂山を爆破した。
その結果、中の砂が外に流れ出て、マクロガンは助かったのである。
これがついさっきの出来事である。
だから胸のドキドキがまだおさまらないのだ。少し爆破が遅れていれば、いや、それどころか爆薬の量をちょっとでも間違えていたらだめだった。一発勝負に彼の命がかかっていたのだ。
「まったくもう」
カルバーネは自分の水筒を開いて喉を潤す。
魔獣討伐戦の拠点となったイクスルベの街を出発し、途中オアシスの村を転々と移動しながらこの砂漠の果てまで来たのである。
地図が正しければ、もうじき砂漠は終わり、ラマンド国か東マンド国の国境が見えてきてもいいはずだ。
マクロガンは背を向けて遠くを見ている。
カルバーネは地図をしまい込むと、いつものように馬に干し草を与えるため荷物を解いた。
荷物の奥には厳重な術が駆けられた封書がある。これが今回の密命任務で宰相から託された書類である。
サティナ姫から連絡のあった人物ニロネリアの事も姫に伝えなければならない。
やがて馬が食事を始めたので、日陰に腰を下ろし、膝を抱えてその様子を眺める。
「……けて……」
その耳に風音が人の声のようなものを運ぶ。砂漠の風だろうか? それとも幻聴が聞こえるほど疲れているのか?
カルバーネは首を振って頬を叩き、頑張らなくちゃと拳を握って気合いを入れた。
「どうかしたのか?」
いつの間にかマクロガンが傍らにきて見下ろしている。
また恥ずかしい行動を見られた。
カルバーネは顔を赤くする。
「なあ、さっきから何か妙な気配がしないか?」
マクロガンが顔を寄せて囁いた。
「え? あ? そう言えば人の声が聞こえたような?」
「!」
マクロガンが腰の剣に手を掛けた。
今のは確かに聞こえた。
カルバーネはその幽鬼のような響きにぞっとしたが、勇気を振り絞って剣を手にした。
「あっちだ、岩陰だ!」
マクロガンが岩沿いに身をひそめながら進む。
カルバーネもその後に続く。
奇怪な岩が突き出しており、炎天下の岩の上に人の姿があった。
「カルバーネ! 応急箱を持ってこい!」
「わかった!」
息はぴったりである。
マクロガンが倒れている人に駆け寄り、手足の縄を切る。カルバーネが馬に応急箱を取りに行く。
「大丈夫ですか?」
マクロガンが岩陰に運んできた人を見て、カルバーネは息を飲んだ。
女性だ。両手を鎖で縛られ、足の腱が切られている。
見るからに脱水症状が酷い。
「水を布に含ませて、少しづつ口に含ませよう。俺は脚の傷の手当てをする」
「わかったわ」
カルバーネは言われた通りに動く。
身体がとても熱く、意識が朦朧としている。
カルバーネは濡らした布を脇の下に入れ、その額を拭う。
「あら?」
カルバーネはそのピアスの豪華さに気付いた。
衣服もぼろぼろになっているが、元々はかなり上質そうだ。
マクロガンがカルバーネの視線の先のピアスに気付いた。
「これは、東マンド国の紋章だな。この女性はかなり身分の高い者だったようだ」
「それがどうして?」
カルバーネがマクロガンの顔を覗き込む。
「この女性が回復すれば話を聞けるだろうが、我々の予想以上にこっちの情勢はきな臭いことになっているのかもしれないぞ」
「この方の治療のためにも早くラマンド国に行かないと」
「そうだな。少し薬が効いてきたら携帯用の砂船を出して、寝かせて移動しよう」
マクロガンは女性の足に包帯を巻きながら言った。
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