第183話 第一次スーゴ高原の戦い3

 

 開戦の夜である。


 帝国軍の中央兵舎の帳の中で大敗したゲバルッタは沈んでいた。ゲバルッタの第1軍は負傷者を含めて初戦で4割近くの兵を損耗したのである。


 大敗北であった。


 その様子を見てゲボロバタたちが慰めの言葉をかけるが、言葉の裏にはその失態を喜ぶ気配が見え隠れしている。


 「ゲバルッタ、相手を甘くみていたな。だが、これで相手がただの市民の反乱では無いと思い知ったであろう。相手も我らと同じ軍なのだ。明日からは気を引き締めてかかるぞ。なに、少々兵を失ったに過ぎん。やつらの矢にも限りがあろう。矢が尽きた所でじっくり攻め落とせば良い。防塁の一か所でも突破すれば、奴らは自壊する」


 総大将であるゲ・ボンダは上段の席から皆を見下ろした。


 大怪我をして記憶障害があるという話しだったが、以前のゲ・ボンダを知るゲテモッドからすれば、見違えるような大将ぶりである。昔の奴であれば、私利私欲に走っていたはずだが、今回は不正な横領や軍事物資の横流しという情報は入ってきていない。


 「明日の布陣はいかがいたしますかな?」

 ゲテモッドはゲ・ボンダを見上げた。


 「ふむ、ゲバルッタの軍は負傷者の治療もある、後陣に下がらせよ。明日の先陣はゲボロバタとゲロロンダに任せよう。連携して砦を落とせ!」

 「畏まりました」

 二人はそう言いつつ、互いの様子を見ている。


 ゲテモッドはその光景に妙な胸騒ぎを感じた。連携の取れない軍は力を発揮することはできない。


 その時、どこかで騒がしい音がして、すぐに天幕に兵が駆けこんできた。


 「夜襲です! あちこちで火の手が上がっております」

 「なんだと!」


 「どこの部隊がやられた?」

 「落ちつけ! 我が軍の兵力は圧倒的だ。敵の小細工に一喜一憂するでない!」

 ゲ・ボンダの一言でみな冷静さを取りもどす。


 「しかし、到着したその夜から夜襲を受けるとは、兵が休まりませんな」

 ゲテモッドが言った。


 「明日からは野営地の周囲に柵を作る予定じゃ、敵の夜襲に怯えるのは今日限りじゃ。心配なさるな」

 ゲロロンダが自慢の髭を撫でた。


 そうだと良いが、ゲテモットはゲ・ボンダを見たがその表情からは何も読み取れなかった。




 ーーーーーーーーーー


 一夜明け、早朝、ゲテモットのテントに兵が息を切らせて掛け込んできた。


 「ゲテモット様! 重大事が発生しました!」


 その声の危機感に、ゲテモットは熊のぬいぐるみを小脇に抱え、首にフリルのついた水玉パジャマのまま跳び起きた。


 「どうした? 何があった?」

 「はっ……、我が軍の兵が……各軍団で少なからず兵士が昨夜のうちに逃亡したようでございます」


 「はあ?」

 ゲテモットは一瞬言葉の意味がわからない。


 兵が逃げた?

 敵前逃亡は重罪である。

 兵ならば誰もが知っているはずだ。それが、逃げた?


 「なぜだ? 我々は負けたわけではないし、戦はこれからなのだぞ! 敵前逃亡は重罪だと言うのに!」

 思わずぬいぐるみの首を絞めてしまいそうになる。


 「はっ、それが逃亡しようとした兵を捉えて尋問したところ、あの壁の絵でございます。クリスティリーナ嬢に弓を射る事はできないと申しまして」


 「は? アホか? たかが昔のアイドルの絵ではないか。本人でもない、ただの絵なんだぞ」


 ゲテモットはテントを出て呆然とした。テントに人影は少なく、閑散としている。たった一晩で軍が半減していたのである。


 ゲテモットら王族は前大戦に参加していない。

 そのため、大戦中の苦しい時期にクリスティリーナがいかに若い兵の心を癒していたかを知らなかった。


 新王国は彼らの心の支えである存在を守ろうとする者たちだ。嫌々ながらここまで来たが、あの絵を見て一気に想いが溢れてしまったのである。


 「ゲ・ボンダ様のテントに行くぞ! 他の幹部も大至急集めよ!」

 ゲテモットは血相を変えて叫んだ。




 ーーーーーーーーーー


 「来ましたな……」

 早朝の草原に再び帝国軍が姿を見せた。


 気のせいか昨日より数が少ないように見える。斥候の話では夜のうちに大森林の方に向かう兵が数多く確認されている。

 何か陽動作戦なのかもしれないが、現状でホダに対応できることはない。打合せ通りに動くしかないのだ。


 ホダは砦の城門の内側に並んだ騎馬隊を見下ろした。

 そこではバゼッタたちが出撃を待っている。


 帝国軍は昨日の敗戦に懲りたのか、遠巻きにしながら陣形を整えている。互いに魔法防御をかけており、遠距離攻撃魔法は無効化されるし、矢も届かない距離なので今はただ見ているしかない。


 「今日が本番だぞ」

 ジャクが櫓からその動きを観察していた。

 「そうですな」

 ビヅドは犬の尾のような妙な飾りを尻につけている。歩くたびに左右に揺れて可愛いかと言えば、装着しているのがおっさんなので全然そうでもない。


 「ところで、そのお尻の飾りは何なのです?」

 さっきから気になっていたジャクが尋ねた。


 「ああ、これですかな。これは我が店の人気商品で、幸運を招く尻尾というものですよ。実はジャク殿の分も持ってきているのですが、お使いになられますかな?」

 そう言って袋からごそごそと尻尾を取り出した。


 「い、いや、私は結構」


 総大将が尻に尻尾をつけて歩きまわるなど何の冗談だ。ジャクはひきつった笑いを浮かべて差し出された手をそっと押し返した。


 「そうですか、残念ですな」

 ビヅドは心底残念そうだ。


 雑貨屋の親父としては、総大将がこれを付けて大勝利したとなれば幸運グッツとして人気急上昇、自分のミスで抱えこんだ不良在庫が一掃できるチャンスと踏んでいたのである。


 在庫の箱の山を見るたびに妻が冷たい視線を向ける事もなくなるだろうに…………。


 「お試しで、ちょっとだけでも付けてみませんかな?」


 「おお、急な用事を思い出した」

 そう言うとジャクは慌ててその場を離れて行った。



 ーーーーーーーーーー


 兵が半減したとは言え、逃亡したのは大貴族がその領地から急遽招集した者が大半である。さすがに帝都から発した精兵には逃亡者はいない。まだ10万に及ぶ数である。


 先程まで大音響を轟かせていた雷砲群による砲撃が止み、敵の砦からは煙が立ち上っているが、新王国軍は魔法結界防御を使用したらしく、大きな被害は出ていないようだ。雷砲の連射には限界があるが、敵の魔法結界も何日もつのか、必要な魔鉱石の備蓄はさほど多くはないはずだ。

 遠距離戦ではどちらの備蓄が先に尽きるか持久戦のようなものだが、急ごしらえの鎮圧軍は補給面にも不安があった。


 ゲボロバタとゲロロンダの軍は同じ歩調で新王国の防塁がはっきりと見える地点まで進んだ。


 「魔法防御展開! 鉄網布を張れ! 歩兵前進!」

 「進め! 後れを取るな!」

 二つの軍が横陣のまま慎重に進軍を始めた。中央の部隊が砦を、左右が防塁を攻める形になる。


 まもなく、敵の矢が降ってきた。


 「恐れるな!」

 叱咤しったする声が響く。

 昨日とは違う。矢は魔法防御と頭上に張られた鉄網布に引っ掛かって兵には届かない。軍は無傷のまま砦に接近した。


 「抜刀ばっとう! 槍隊前へ!」

 ゲボロバタが叫ぶ。

 「弓隊! 援護射撃開始!」

 ゲロロンダの部隊が防塁に向けて魔力の込められた矢を打ち始めた。


 その矢玉の数は新王国が撃ってきた数の比ではない。それに対する新王国側の反応は鈍い。矢に対する魔法防御も限定的である。

 おそらくは素人が防ぎきれない矢の雨に恐れをなして縮こまっているのだろう。帝国軍の矢は命中せずとも着弾地点の周囲に恐怖心を湧き立て、麻痺効果を発揮する術が仕込まれている。


 「突撃だ! 進め!」

 ゲボロバタが叫んだ。


 槍を構えた歩兵が砦前面の村へと突入していく。昨日の戦死者の多くは既に回収されている。

 そこに予想通り、昨日の魔獣騎馬が現れた。だが、昨日とは違う。味方は混乱することなく槍衾をつくって対応している。


 「ふふふ……馬鹿め、同じ攻撃が通用するものか」

 ゲボロバタは鼻息を荒くした。



 ーーーー開戦から数刻、一進一退の攻防に見えるが、数で圧倒する帝国軍が騎馬隊を次第に追い詰めている。


 大きな破壊音がして、ついに昨日は到達できなかった砦前に広がる集落地の入口、その強固な柵を破壊したのが見えた。


 こうなれば、あとは砦の正面はガラ空きだ。敵の騎馬はよく奮戦しているが、勢いに乗った帝国軍の突撃を妨げるものなどもはや無いだろう。


 ゲ・ボンダ直属の精兵を貸し与えられているのである。同じ精兵でも昨日のような各地からの寄せ集めの部隊ではない。


 「見よ、我が軍が敵の魔獣騎馬を次々と打ち倒しておる! いいぞ。この戦最大の武勲は我がいただきだ!」

 ゲボロバタが大きな声で叫んだ。


 その時だ、左翼からさらに大きな声が響き、地響きを上げて大軍が動く気配がした。

 「何? ゲロロンダの部隊が突出だと?」

 こちらを支援していたはずのゲロロンダの軍が前に出ている。


 「ゲボロバタ様、ゲロロンダ様の部隊が敵の防塁に隙を見つけ、予定より早く攻撃を矢から突入に切り替えたようです!」

 「馬鹿者め! 勝手な行動をしおって! まだ敵の弓兵を沈黙させたわけではないのだぞ」

 ゲボロバダは歯ぎしりをした。ゲロロンダ軍の弓兵の援護なくこのまま砦に突入するのは、危険なのだ。


 だが、改めて自軍の動きをみると、昨日あれだけ苦戦した魔獣騎士を早々と蹴散らして砦前の村への突入を始めている。

 敵の騎馬隊が慌てて撤退し、それを追って先鋒部隊に続いて右翼の一部や中央軍も押し込んでいくのが見える。

 これは勝負の機だ。

 敵が逃げ腰になったところを追撃し、一気に吊り橋を奪取すれば、あの程度の小城の門を打ち破るのは造作もないことだ。


 「ええい、こうなったら、このままゴリ押しじゃ! ゲロロンダの部隊が防塁に張りつく前に、我々が先に砦の城門を攻略するのだ! 全軍前へ!」


 指揮棒が唸り、それを合図に勇猛に鐘が打ち鳴らされると、どっとゲロロンダの軍が動いた。


 「ほう、どの部隊もみな士気が高い。見事である」

 ゲ・ボンダは指揮車の高楼の上でイスに座り、余裕の表情で顎を撫でながら、戦況を俯瞰している。


 「はっ、さすがは我が帝国の精兵でこざいますな」

 「ゲロロンダ様の軍の勢いが止まりませぬな」

 「お見事な采配でございます」

 取り巻きの貴族たちがご機嫌を取りながら微笑する。


 「ふん、王族の皆様方は、次期魔王選を控えて、少しでも良い所を見せようとしているだけではありませんか?」

 真面目に鎧を着た中流貴族の男が大貴族たちをじろりと見た。戦場だというのに華美な衣装を着ている連中だ。一人自分だけが鎧を着て、この場の雰囲気から浮いているように見える。

 

 「何を言うか! 控えろ、殿の御前だぞ!」

 「そうだ! この中流貴族が!」


 「いや、待て、そういう事もあるのか?」

 その言葉に反応したのはゲ・ボンダである。

 「はっ、皆さま奮戦しているように見えますが、連携がとれていません。それぞれ思う所があって軍を動かしているように見えますな」


 ゲボロバタとゲロロンダの動きを睨んだ総大将ゲ・ボンダが眉を動かし、立ち上がった。


 「い、いかがしましたか? ゲ・ボンダ様」

 ゲ・ボンダと共に椅子にふんぞり返っていた側近の大貴族たちが怪訝な表情で不意に立ち上がって、黙り込んだゲ・ボンダを見上げた。


 「このままでは世論は奴らだけを褒めたたえるかもしれんな。わしの功績が最大であることを示さねばならん! 見よ、我が軍は押している! 我が本陣を前へ出せ! 一気に押しつぶすぞ!」

 ゲ・ボンダが右手を前に振り下ろし、「全軍! 総攻撃準備!」と叫んだ。

 大きく鐘が間隔を置いて打ち鳴らされ、誰もが総攻撃の時が近いことを知った、


 「おおっ!」


 「お待ちください、時期尚早であります」 

 「何を言う、我が軍は押しておるのだ! 新王国軍など恐れるに足りん!」

 「閣下、まだ…………」

 何か言おうとした中流貴族の男は、不意に近衛兵によって後ろから口を塞がれ、そのまま外に連れ出された。


 「ふむ、今が好機ぞ、一気に畳みかけてしまうのだ! 本陣、前へ出よ!」 

 ゲ・ボンダが振り上げた指揮棒を前方に突き出した。


 「さすがはゲ・ボンダ様でございます!」

 「素晴らしいご判断でございます! 感服いたしました!」


 左右に控えていた兵が慌ただしく動き出し、それを合図に指揮車に備わった角笛が次々と吹き鳴らされた。


 ついに勇壮な角笛の音が戦場に響き渡った。


 「おおっ、ついに本陣が前に出られたか!」

 「これは負けてはおられんぞ!」

 後方からの声で「本陣動く!」という知らせを受けたゲボロバタとゲロロンダの軍はさらに勢いづいて攻めかかり始めた。




 ーーーーーーーーーー


 「ひゅーー、危ない、危ない!」

 バゼッタの部隊が敗れて引き返してきた。


 「よし、全員戻った! 城門を閉じよ! 橋を巻き上げろ!」

 最後の一騎が負傷した仲間を乗せ城門をくぐった。それを城壁の上から見下ろし、ホダが叫んだ。


 吊り橋が引き上げられ始めたが、既にその目には敵が大挙して仮設小屋の村へ突入してきているのが見えている。

 

 「急げ! 急げ!」

 誰かが叫んでいる。


 「八百屋の旦那、どうでした? 俺らの負けっぷりは?」

 バゼッタの声には焦燥の色はないが、その新調した鎧はあちこち傷付き、へこんでいる所もある。


 「見事だったな、勢いづいた敵兵が我先にこちらにむかってきているぞ」

 「どれどれ……足の遅い連中だ。まだあそこかよ」

 砦の見張り台に登ってきたバゼッタが城壁際に立って攻め込んでくる帝国軍を眺めた。

 騎兵と違って帝国兵は重装だ。突撃速度は遅く俊敏さもない。


 見張り台の足元では、バゼッタ隊の負傷者が騎士見習いの子どもたちに連れられ、野戦病院の建物に向かっていくのが見えた。


 「仲間は重傷3名、あとはみんな軽傷だ。旦那、ちゃんとやってくれよ。こっちは魔獣を十数匹も失ったんだ。うお、こっちは何かくせーな!」

 見ると足元に無数のニクニク果がつぶれている。


 「気にするな、そこは八百屋の親父の仕事場だ。野菜、と言うにはちょっと匂いすぎるが、野菜の匂いに包まれているだけだと思うことだ」

 貧乏ゆすりが止まらないホダの隣で宿屋の親父ゴッパデルトがそう言ってにやりと笑った。


 「次は頼んだぜ、旦那」

 バゼッタが宿屋の親父の肩を叩いた。


 「おう! そのために配置を変えて待っていたんだ。セダの歩兵部隊も昨夜のうちに配置についている、こっちは準備万端だぜ!」

 ゴッパデルトがその手の弓を見せた。


 「合図だぜ! 旦那!」

 バゼッタに言われるまでもない。ゴッパデルトはジャクのいる櫓に旗が揚がったのを確認した。


 白地に“クリスティリーナ命”と書かれた幟旗である。

 その文字を目にして同類たちの心に火が付いた。

 

 「やるぜ!」

 ゴッパデルトが強弓を引き絞った。

 ヒュウ! ヒュウ! と鋭い風切り音を発して、次々と放たれる矢が魔法防御を発動していた兵を一人、また一人と狙撃していった。


 だが、ここまで突入してしまえば、という思いからか、帝国軍は魔法防御が失われてもその勢いはもはや止まらない。


 「来たぜ! 頃合いだ! 弓兵、一斉射撃開始!」

 ゴッパデルトは振り返って防塁の影に待機する部隊に向かって叫んだ。


 その瞬間、砦の前面に押し寄せた兵の頭上に矢玉が霞のように広がった。無数の矢が帝国軍の上に雨のように降り注いだ。



 ーーーーーーーーーー


 「何故だ!」

 矢玉の中で先鋒部隊に混じって指揮を執っていたゲ・ボンダの側近の蜥蜴人の男が左右を見た。


 一瞬で精兵である彼らが殆ど無抵抗で矢の餌食になった。


 「ダメだ!」

 「逃げろ!」

 精兵に混ざった一般兵に動揺が走る。あっというまに逃亡が始まった。


 「お前ら! 逃げるでない!」

 叫ぶが、頼りとする精兵が殺され、一旦広がった恐怖は抑えられない。


 「何故だ! どうして!」

 蜥蜴男の目に精兵の死体が映る。全て上方斜めから首や胸を射抜かれている。


 「地形か!」

 さすがにここまで生き延びた側近である。この砦に向かって緩やかに下る坂が曲者だったことに気づく。

 上るより楽だと思わせたのがそもそも罠だった。寄せ手の目は自然に下を向く、その死角になっている斜め上方からの一斉攻撃なのだ。


 「一旦退避だ!」

 後方を振り返った目にさらに信じられない光景が映る。

 敗走を始めた部隊と、それに気づかずに押し寄せる本隊、本陣までが迫ってくる。


 敗走側には上り坂、寄せ手は下り坂である。勢いは寄せ手の方が勝っている。


 しかも寄せ手には前線の敗走が見えていない。それは程よく緩やかな坂を下る味方の背で前方が見えないのと、周囲の仮設小屋のせいだ。


 街道の周辺に建ち並ぶその小屋と柵の巧みな配置が逃げる部隊にとってはさらなる障壁になっている。一見侵入しやすいが、撤退するには不利なのだ。しかも左右に逃げることもできない。


 敗走する兵を背後から押されて引くに引けなくなった寄せ手が押しつぶしている。


 「まずい、これで火を使われたら。急げ! 退却だ……」

 叫ぼうとした蜥蜴人の喉に矢が突き立った。首の後ろから射抜かれた側近の男は馬から落ちた。


 火矢が空中を飛ぶ。


 仮設小屋の屋根は木羽葺きであったため、矢が突き刺さると乾燥した木はすぐに燃えだした。残っていた薪や油樽に火が燃え移るのに時間はかからない。


 一見広そうに見えたため大軍で入りこんだ寄せ手の周囲で仮設小屋が次々と炎を上げた。あっというまに広場を包み込んでいく。


 もはやゲボロバタの軍は大混乱である。

 後方から前進してきていたゲ・ボンダの本陣まで巻きこんで混乱が広がって行く。


 「逃げるな! 踏みとどまれ! それでも帝国の兵か!」

 叫ぶゲボロバダの馬が兵に押されよろける。


 重い鎧を付けていたゲボロバダが落馬し、その姿が逃げ惑う兵の中に消えた。


 敗走を始めた帝国軍に対し、昨夜のうちから森林に隠れていたセダが率いる新王国軍の別働隊がさらに側面攻撃を加え始めた。

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