第194話 カイン、沈黙の洞窟へ挑む
俺とセシリーナ、リサ、リィル、ミズハとルップルップの6人は、宿に迎えに来たクッパカッパに案内され、未知の洞窟の入口が出現したという重要地点に向かっていた。
その深部には未だ人が立ち入ったことのないという、謎の洞窟が俺たちを待っている。
沈黙の洞窟……その奥にはどんな恐ろしい怪物が待ち受けているのか。そしてその冒険の先に何が待っているのか。初めてみんなで挑むダンジョン探検ではないだろうか。
その闇の洞窟が一歩一歩近づいてくる。
「到着だ。ここが洞窟への入り口だ」
賑やかな商店街のど真ん中でクッパカッパが立ち止まった。
「はぁ?」
周囲を行き交う人の目がフル装備の俺たちを見る目が少々痛い。まず場違いであることは間違いない。
今日のご飯のおかずを買いに来た親子連れが俺たちを避けて行く。道向かいの店からは焼いたばかりの焼き菓子やタレのかかった名物の餅のうまそうな匂いが漂っている。
「ここが洞窟かよ!」
俺たちは息を飲む。
目の前には真っ赤な公衆便所が建っていた。
「そうだ、ここが洞窟だ」
クッパカッパが真面目な顔でうなずいた。
「あの、何かの間違いでは?」
「洞窟に潜る前に用を足しておけということなのか?」
「馬鹿を言うな、ふざけてこんな所に来るものか」
クッパカッパはそう言うと、便所の前にある“只今修理中”の看板を脇によけた。
「こっちだ。入れ」
クッパカッパは女子便所の扉を開いて中に入った。セシリーナたちもついていく。
おいおい、よりによって女子の方か、流石の俺でもこれほど衆人環視の中で女子トイレに入って行くのは気が引けるぞ。
俺が女子便所の前でうろうろと
「覗きだ! 誰か、通報するんだ」などという声まで聞こえてきた。
「これはいけない」
俺は中に飛び込んでドアを閉めた。
中にはずらりとトイレの扉が並んでいる。
「みんな入ったな、こっちだ」
クッパカッパが奥へ進んだ。
「1、2、3……」
リサがトイレの数を数えていく。
「…………13」
「ここだ」
クッパカッパが13番目の扉の前で足を止めた。
扉の周りには血の手形のような痕があちこちに見える。物凄く異常な感じである。べたな呪いのトイレとか、そういう嫌な雰囲気が漂っているのだ。
俺は隣にいる大魔女様に耳打ちした。
「なあ、ここ、何かいるんじゃないか?」
「ん? いるぞ、そこいらじゅうにな」
俺は総毛立った。やはりそうなのか!
俺は周囲を見渡すが霊感のない俺には何も見えない。ミズハは大魔女である。霊など何と言う事もないらしい。
こいつはこれほど虫が嫌いだったのか? 便所虫などそこらじゅうにいるではないか。とミズハは無言でカインを見た。
「開けるぞ」
クッパカッパがそのドアノブを引く。
すわーと空気が中に吸い込まれた。
玉が縮む思いである。
そこには床が無かった。ただ暗黒の闇がぽっかりと口を開けていたのだ。
「ここが入口なのだ。今、梯子をかけよう」
そう言ってクッパカッパが準備してきた縄梯子を垂らし始めた。
「こんなに大きな穴があいたのね」
セシリーナが覗きこむ。
「危なかったな、もし誰か使っていたら落ちて死んでいたかもしれないな」
俺も覗きこむ。
「いや、使っていたぞ」
クッパカッパが梯子を固定しながら言った。
「あの時は大変だったぞ。泥豚族貴族のバスカルテとかというお嬢様が丁度用を足していてな。
大穴に落ちかけて、そこの端っこに何とかぶら下がったんだ。それを助けるために外壁の赤ペンキを塗っていた職人たちが駆けつけて引き上げようとしたんだが、重くて重くて、結局6人がかりで引き上げて事なきを得たのだ」
だから外に不気味な赤い手の跡がペタペタとついていたのか。
「ほほう。そんな事が」
「不思議な洞窟でな、声があまり響かないんだ。だから俺が最初に沈黙の洞窟と適当に名付けてクレア様に報告したのだ」
「ほう。そうだったのか」
「さあ、ここからは勇者たちの出番だぜ。俺たちも調査したが、途中で引き返して来ている。途中の安全地帯に補充物資を置いてあるから自由に使ってくれ。戻ったら長老屋敷に来て報告してくれ。それで探索にはどのくらいかかりそうだ?」
クッパカッパは既に何か術を展開しているミズハに訊いた。
「これはかなり深いな。探知魔法でも底が見えない。そうだな何も無い場合は早くても3日、普通に行けば1週間だな」
「わかった。長老たちにはそう伝えておく。こんな無茶を頼んでいて何だが、無理はするなよ。こんな場所に開口しなければ無茶はしなかったんだがな」
確かに繁華街のど真ん中に何が出てくるかわからない穴が開いたらそれは困るだろう。もしこんな場所に凶悪なモンスターなんかが湧いて出てきたら大問題だ。
「頼んだぜ」
穴に垂らした梯子を下りて行く俺たちの頭上からクッパカッパの声が聞こえた。
洞窟は暗いが岩石に発光物質が含まれているらしく、薄明るい。
ようやく底に着くと最後にルップルップがするすると下りてきた。野族育ちだけあって身体能力はかなり高いようだ。
「狭い洞窟が奥へ下っているわよ」
セシリーナが早速道を見つけている。
「行くぞ」
ミズハが右手をかざすと、前方に光りが浮び、周囲を明るく照らし出した。
「カイン、なんか不気味だよー」
「大丈夫だ、前にはミズハやセシリーナがいるし、後ろにはリィルとルップルップが付いている。ばっちり安全だ!」
俺は親指を立てた。
「相変わらず、俺がいるから大丈夫だ、安心しろ、とか言わないのですね」
リィルの声が後ろから聞こえた。
「俺は正直だからな。嘘は言わんのだ」
「野族の雄ならたとえはったりでも、俺に任せろとか言うところですね」
「そういう過信は禁物なんだぞ」
そう言って俺は振り返った。
「あ!」
目の前で急に俺が立ち止まって振り返ったせいなのか、ルップルップが急に紫色の石につまずいてコケた。
「ああっ!」
「うわっ! つつつつ……」
俺は転んだルップルップに押し倒されて頭を打った。
目を開けると、目の前にルップルップの顔がある。
「……!」
俺は無意識にその細い腰を抱きよせていたのだ。しかも俺の股間の上にルップルップが大胆に跨っている。
見る見るうちにその顔が赤くなってきた。
「ふっ、全て俺に任せろ!」
俺はにやりと微笑み、その腰を片手で強く抱いて親指を立てた。
「アホですか!」
「痛てっ!」
ぱこーんと頭をリィルに蹴られた。
「この場面で何が “俺に全て任せろ” ですか、ルップルップ! あなたも警戒が無さ過ぎです! パンツ丸見えです! そのままだと眷属にされてしまいますよ! 早く離れるのです!」
「痛て、痛て……」
リィルが俺の頬をぐりぐりと足で踏みながら、ルップルップを引き起こした。
「そこーー、一体何を騒いでいるの?」
前を行くセシリーナが騒ぎに気づいたらしい。
「あのね、カインがルップルップを襲って、抱き締めたの」
リサが屈託なく笑う。
「ふう、カインにそんな度胸があるわけないでしょ。行くわよ」
立ち止まっていたミズハもセシリーナもちょっと肩をすくめただけである。
これは、もの凄く信頼されていると言って良いのだろうか。
俺は再びリサの手を引いてその後を付いていく。
「この謎の洞窟の果てに、一体何が待っているのだろうな?」
ちょっと真面目な声で言ったが、誰も答えない。
「誰かが、昔掘った穴なんだろうか? 自然に出来たとも思えないよな」
やはり誰も答えない。
後ろではリィルが怖い顔で睨んでいるし、ルップルップは目を合わせようとすらしない。
何というかかなり気まずい沈黙が洞窟を支配している。
流石は “沈黙の洞窟だ” と思ったのは俺だけだろうか。
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