第193話 クーガとメ―ニャ

 東の港町の古い宿の天井裏に潜んでいるクーガたちの所にボイボイがやってきた。ここしばらく顔を見なかったところをみるとかなり遠くまで行っていたのだろう。


 「ご苦労だった。ほら、今回の手間賃だ。それで? 他港の造船所の様子はどうだった? やはりどこも操業を停止していたか?」

 マロマロは手元にあったコインを放り投げて尋ねた。


 「マロマロの旦那に前もって伝えたとおりだ。1か所、間違いなくカムーイ造船所だけが稼働している。そこのドックに3隻あるのが確認できたが、造船作業を続行しているのは完成間近かな1隻だけだったな」

 ボイボイはコインを懐に入れた。


 「1隻か、そいつの奪取は困難だろうな」

 クーガはマロマロを見た。


 「その船の大きさや特徴は分かるか?」

 「そうだなあ、少なくとも俺たちが修繕中のボロ船の三倍は大きいかな。それと軍船のはずなんだが、普通の商船に擬装しているみたいなんだ」


 「三倍か、そいつを操船するには人手が全然足りねえな。残念だが、その船は奪取しても使えないな」

 クーガはがっかりした。


 「それよりも、商船に擬装と言ったな? どこの国の商船だ? デザインは分かるか? 何か特徴でも良い」

 マロマロが尋ねた。


 「うーーん、俺たちがここへ来た時の船とは違っていたな。そういえば船尾にこんな飾りがあったぞ。帆の形はこんなだった」

 ボイボイは机に紙を広げて描き出した。


 「これは、東の大陸の船とも形が違うな?」

 「ええ、そうですね、これは西の大陸の船の特徴ですよ。西の大陸の商船に擬装して向かうとすれば、この船の目的地は……」


 「西の大陸、あるいは東の大陸だろうな」

 「でしょうね」

 「しかし、噂されていた侵攻作戦なら一隻だけってことはないよな。しかも商船に偽装する必要もないはずだ」

 「では、何か違う目的で作られていると?」

 「うむ」


 「それにもう一つ、妙な噂を聞いてきたぜ」

 ボイボイはテーブルにあった魚の干物を手にとって齧る。


 「何だ? 重要な事か?」


 「ああ、何でも、そのカームイ造船所で魔王軍幹部の姿が頻繁に目撃されているらしいぜ。魔王側近の一天衆、武天のクーラベとか言う武人だよ」


 「そんな重要人物が造船所に何の用なんだろうな?」

 「やはり戦争を仕掛けるつもりなのか? 一人で? まさかな……その船の完成時期はいつごろか分かるか?」


 「そうだなあ、船体の塗装まで考えればあと2カ月、船体を塗装しないならその半分って感じかな?」

 「よし、良く調べたぞ。さすがはボイボイだな。奥で少し休め」

 「おう」

 ボイボイは褒められて機嫌良く部屋を出て行った。


 クーガとマロマロの視線が交錯する。

 「我々も早く東の大陸へ戻らねばな。何か事態は大きく動いているようだ。何年も離れてたから里も心配だ」

 「そうですね。ボロ船の修理はまもなく目途が立つでしょうから、出航に備えて早く船員を見つけないと、ですね」


 「無事に見つけられるといいんだけどな……まだ連絡もなしか……」

 「メ―ニャですか? 大丈夫でしょう。これまでも貴方の行方を探るためにもっと危険な場所に忍び込んだりしていたんですから」


 だが、クーガはどうにも落ち着かない様子で机を指で叩いている。マロマロはその不安の理由が分かっているが何も言わない。


 「では、私は部屋に戻ります」

 「ああ、明日は早くから動くぞ、ゆっくり休んでくれ」


 マロマロが出ていくとクーガは窓を開け、磯の香りの混じる夜風を吸い込んだ。


 自ら志願した作戦とはいえ、一週間近くも何の連絡も無いとさすがに不安が募る。彼女に敵地への潜入という危険な役目を押しつけてしまったか? と今頃になって急にメ―ニャのことが気がかりになってきた。


 夜の街を眺めていても、あの快活で明るい笑顔が浮かんで頭から離れない。まるで何か、恋の魔法でもかけられたのではないだろうかと思うくらいだ。

 このところ寝ても覚めてもあの愛らしい美少女の笑顔、そして妙に色気の出て来た胸の膨らみや腰つきを思い出してしまう。


 再会してからも彼女は妹のような存在だと自分に言い聞かせてきたが、あいつは自分がどれほど魅力的な美女になったか自覚が足りない。メ―ニャは何かにつけて面白がって誘惑してくる。


 先日など一糸まとわぬ姿で天真爛漫に「お体を洗いますにゃん」とか言って猫の真似をしながらお風呂にババーーンと登場された時は、湯舟から出られなくなってあやうく溺れかけた。


 子どもだと思っていたが、今や物凄く魅力的になった。実は抜群のスタイルを隠していたことが、そこで目に焼き付いた……いや、判明したのである。

 もう肉体は大人のくせにナチュラルに無毛というのがかなりエロかった。


 もう、何度言っても身の危険というものの自覚が足りない。


 「クーガならいい」とか「クーガにあ・げ・るにゃん」とか言い出す始末だ。こっちは半年もご無沙汰なんだぞ。空腹の肉食獣の前に新鮮な肉をぶら下げるようなものなのだ。


 しかし、今クーガの胸を締め付けるのは獣のような欲望だけではない。この思いは肉欲以上にもっと情熱的で狂おしい。メ―ニャを思うと胸が痛くなってくる。こんな甘酸っぱく身を焦がす感覚は初恋以来である。

 

 そう、メ―ニャが身近にいなくなってクーガは初めて自分の素直な気持ちに気づいたのだ。


 「俺は、メ―ニャの純真な笑顔を失う事を恐れているのかもしれない。いや、それ以上に俺はメ―ニャにいつも側で笑っていて欲しいんだな。気持ちを誤魔化していたのは俺の方か……メ―ニャが戻ったら、俺の方からきちんと求婚しようか」

 クーガは窓の外の美しい月を見上げ、覚悟を決めた。



 ◇◆◇


 「やっぱり、ここに集められているにゃん」

 メーニャは木の上の猫のように枝に乗ったまま塀の中を覗き込んでいた。


 大通りから奥に入った一角にある貴族の邸宅である。高い石塀が巡らされ出入り口は正面一か所だけだ。


 オミュズイの街の貴族街のはずれに位置しており、市民が何かの用事でこの辺りに来ることは殆どない。時折、市中を警戒している帝国兵を見かける程度である。


 塀の内側に広がる中庭に多くの人がいた。


 ぼろい衣装を来ており、囚人ということが伝わってくる。

 その周囲には数人の槍兵の姿がある。恐らく夕食後に外の空気を吸わせているといったところか。


 「三人、四人…………」

 メーニャは目星をつけていく。


 警備兵の数と目的とする人の数、そしてその収監先である。

 囚人は全部で100人を越えている。囚人都市に収監できなくなった者の一部がここにいるらしい。西の港から連れていかれた者がどこにいるか追跡してついにこの場所を見つけた。


 オミュズイの街への潜入は容易ではなかったが、頑張った甲斐があった。


 「ここは元々牢獄じゃないから警備にどうしても隙があるねえ」

 メーニャはにやりと笑うと、細い縄梯子を枝から塀の内側へ降ろす。夜ではこの縄梯子を発見することは殆ど不可能だ。


 メーニャはするすると下りると、猫のように音もなく建物に侵入した。


 元々は中流貴族屋敷の使用人館か何かなのだろう、簡素な造りの廊下の左右にいくつもの扉が見えるが、いかにも後から造りつけたと思われる外鍵と覗き窓がある。


 廊下の奥に警備兵が座っているがだらしなく居眠りしている。

 先頃大敗した新王国に対し新たな軍の編成が進む中、この逼迫した戦時下でこんな所にいるくらいの兵士だ。やはり大した人物ではないようだ。


 メーニャは腰の細身の短剣を抜いた。


 扉の前で金属音がして風が流れ込んでいく。

 ごとりと音が響いて男たちは顔を上げた。


 「誰だ? 猫か?」

 「泥棒猫だにゃん」

 いつも扉の隙間から残飯を貰いに来る痩せ猫ではなかったらしい。扉の前にへそ出しルックで微笑む子猫のような美少女がいた。


 「ふざけてるのか? お前は誰だ?」

 その目は疑いの色に染まっている。


 「あんたら、第六おさかな丸の水夫長とその仲間だよね?」

 猫の目のようにくるくる表情の変わる娘が短剣をひらひらさせ、数を数えている。


 「ここには8人か」

 「処刑か? そうやって密かに囚人の数を減らしていたのだな?」

 男たちは目を怒らせた。


 「何を言ってるの? それは別人だにゃん。僕は誇り高きサンドラット団のメーニャだ」


 「サンドラット? それは、俺たちの大陸で砂漠を根城にする盗賊団の名と同じじゃないか、お前も盗賊なのか? だが残念だな、盗みに入る場所を間違っているぜ。ここは……」


 「牢屋だよねぇーー。もちろん知っているさ」

 メーニャは胸を張った。


 「それに、あんたが第六おさかな丸の水夫長だってことも知っている。だから用事があるのさ」

 メーニャは一番年頭に見える男を指差した。


 「牢屋と知ってここへ? まさか、俺たちを助けに?」


 「そうだにゃん。僕の大事な人が水夫を集めている。協力してくれるんならみんな助けるにゃん。どうするにゃん?」


 「どうするも何も、ここから逃がしてくれるのならもちろん協力するぜ。俺は水夫長のジョゼスだ。それに水夫仲間だ」


 「僕はメーニャ。これで契約成立だにゃ……つつつつ……」

 にゃんと言おうとして舌を噛んだらしい。


 いつまでもふざけているからだ。

 ジョゼスたちは多少不安になる。


 「仲間の水夫の部屋は俺が知っている。教えるが、仲間はあと12人もいるぞ、大丈夫か?」


 「心配ない。あの角の塀に縄梯子がかけてある。外は人通りの少ない路地だ。僕の仲間が西門の外の林の中で待っているよ。今は新王国との戦争のせいで警備兵が減っているからチャンスだ。西門近くの北塀に堀に生ごみを捨てるための引き戸がある。そこから外に逃げるんだよ。多少臭いがそこは我慢しな」


 「わかった。信じるぜ嬢ちゃん」

 ジョゼスはニヤリとわらった。


 ジョゼスたちが居眠りしている警備兵と反対側の扉から外に出て行ったのを見届け、メーニャは次の部屋を目指す。


 「これで問題だった水夫の数が揃うにゃん」

 脳裏にクーガからよくやったと褒められている自分が浮かぶ。


 「今度こそ僕を大人だと認めるにゃん。おおメーニャよ、お前ほどの良い女がこの世にいたとはな……とか言って僕を抱くんだにゃん。きゃーー恥ずかしい……」

 メーニャは大胆な妄想を浮かべ、ニヤニヤしながら次の扉の前に立った。

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