第185話 ア・クラの露天風呂
「ふへーーーー」
緊張感などまったくない息が漏れる。
ちゃぽんと湯気が滴る。
「いやあ、いい温泉だなあ」
俺は思い切り足を伸ばした。
もにゅと俺の腕にセシリーナの美乳が押し当てられ俺の大好きな桜色の乳首が腕をつついている。
俺の視線に気づいて肌を上気させた全裸の美の女神が微笑む。昨晩も朝方まで天国を漂っていたその潤んだ唇がとても色っぽい。
帝国軍が魔獣に蹂躙されていたころ、俺は何も知らずに呑気に露天風呂に浸かっていた。
小川に面した山際の斜面に造られた大きな岩風呂で、風呂の真ん中にも岩が置かれており、周辺では緑の木々が揺れている。高台なので眺めも風光明媚そのものである。
「ふうーーーー、生き返るよーー。こんな施設があるなんて、山裾の村にも良い所があるよな。うわっぷ!」
バシャ! と顔面に盛大にお湯がかかった。
裸のリサが岩の上から飛びこんだのだ。
「わーい! カインとお風呂だ!」
リサが迷惑も顧みず足をばたつかせて泳ぎまくる。もっとも今は貸し切りなので、客は俺たちしかいないのだが。
「リサ、騒いではだめですよ」
俺の隣で色々と誘惑していたセシリーナが言った。
クリスティリーナを信奉する男共が命がけで帝国と戦っているという時に、俺は何も知らずにその本人の全裸を堪能してニヤけているのである。
「良いではないか、良いではないか……」
俺は悪代官のようにセリシリーナの腰に手を回し抱き寄せる。
「もう、カインったら、またなの? みんな見てるのに」
そう言いつつ、キスされたセシリーナはうれしそう。
セシリーナに睨まれて近づけないでいるが、俺の正面では、岩の前でクリスとアリスが全裸でお湯に浸かってこちらを見て微笑んでいる。でも、ただ見ているのではない。セシリーナの隙を伺って虎視眈々と俺を狙っている、そんな感じの肉食獣の目つきだ。
ここの露天風呂は混浴なのである。
貸切の家族風呂のつもりでリサをつれて妻のセシリーナとここに来たのだ。
リサを遊ばさせながら湯に浸かり、二人でこっそり濃密にいちゃついていると、そこに大胆にもアリスとクリスが全裸で乱入してきたのだ。
もちろん、リィルやミズハ、ルップルップは身の危険を感じてここには来ていない。当然だろう。そしてイリスは残念ながら別行動で既に出発した後だ。
「セシリーナ様、あまり長湯しますと湯あたりしますよ」
アリスが優しく言う。
「そう、湯あたり、心配」
クリスがうなずく。
「だめよ。私が目を離した隙にカインにくっつく気でしょう? そんな危険な事はさせないわよ」
セシリーナの目が俺の股間の危険物を見る。やはりまだまだ元気、今カインから目を離したら危険だ。
「でも、カインもずいぶんとやる気ですね」
セシリーナは俺がさっきからアリスとクリスをちらちら見ている事に気づいている。
「何のことかなぁ?」
俺は視線を逸らして庭木を眺めた。
だが、視線が自然とアリスとクリスの裸体の方向に戻っていく。お湯で良く見えないが白濁した濁りが沈殿すれば透明になる湯である。波が立たなければ見えるはずだ! チャンスはある!
ボチャン! とリサが波を立てた。
ああー、俺の落胆を見抜いたのか、セシリーナが「もう!」と俺を小突いた。
その美麗な乳房がお湯から顔を出している。いつもながらセシリーナは美しい。そう思っていると、またもセシリーナの方から抱きつき、俺の首に腕を回してキスする。
「むむむ……」
クリスたちの視線が痛い。
わざと見せびらかしている。
セシリーナが二人の方を見て「勝った」とばかりに微笑んだ。
その時だった。
「ぎょええーー!」
いきなり後頭部に衝撃が走った。目から火花が散って俺の平穏は爆散した。
湯船の周りを走り回っていたリサがこけて俺の頭に後ろからぶつかってきたのである。ばしゃん! と大きな音がして、何かが俺の前に落ちてきた。
「いたたた……」
目を開けると、目と目があった。
目の前に全裸のリサがちょこんと座っている。なぜかセシリーナと入れ替わっている。俺はリサの背中に手をまわして抱き締めている。
「あわわわわ…………!」
セシリーナたちが一斉に立ちあがった。
リサは俺の暴れん坊をお尻で押し倒し、俺に正面から抱っこされているのだ。
「カイン! 何しているんです!」
リサが危ない! セシリーナが慌ててリサを抱え上げる。
「リサ様っ!」
あまりの出来事に思わず立ち上がって駆け寄るアリスとクリス。その無防備な姿! 神々しいほど美しい乙女の裸が目の前に!
お湯は膝上くらいまでしかない。当然、俺の目はくぎ付け!
慌てているのか、わざとなのか、アリスもクリスもまったく隠す気がない!
いや、間違いなくわざとだ。
ぶっ! 俺は盛大に鼻血を噴いた。
見た、二人をモロに見た…………!
常人には耐えられないほど美しき女体!
心臓が止まらなかったのはいつもセシリーナの完璧な美に慣れているせいだ。
「凄い! なんて、う、美しい……ぶくぶくぶく……」
しかし、俺は白目を剥いて湯に沈んでいく。あまりに刺激的すぎて湯あたりが加速した。
「だ! 大丈夫ですか! カイン様!」
「カイン! 死んじゃ、だめ!」
「わあっ! 離れなさい! 二人とも!」
クリスとアリスがここぞとばかりに飛びついてきた。素晴らしいスタイルの身体をわざとらしく擦りつけながら俺に抱きつく。それはもう天女の抱きつき。
ーーーーーーーーーー
しばらくして脱衣所の長イスに寝かされていた俺が目を開けると、その美しく、素晴らしい夢は既に終わっていた。
残念ながら全員既に服を着ている。
「ん? 何をしているんだ?」
ふと気付くと、3人の美女が裸の俺の下半身をじろじろ眺めている。
「何をしているじゃないわ! 確認よ、確認!」
「そうですよ、リサ様にあんな事をしておいて」
「そう、そう」
「ごめんねーカイン」
隣でリサがもじもじしている。
「カイン! さっきの状況ですが、事故とは言え全裸のリサを抱き締めたんです。もうリサは将来カインの妻になるしかありません」
「リサはとっくにカインの妻だもーん。カイン大好きだもーん! 結婚するんだもーーん!」
前からリサはそう言っていたが、そう言えばそうか。あのように大胆に肌と肌を合わせてしまったのだから、いずれはリサを妻にしなければならない。
「ですが、不思議なのです。カイン様の腹にリサ様との婚約紋が見えません」
アリスが言った。
「そう、不思議、なぞ」
クリスがうなずく。
「そんな事はないだろ? いくら幼女でもサティナの時もちゃんと発生したぞ」
と俺はへその下を見る。
確かに何も増えたようには見えない。ただ、アリスとクリスの紋が美しい花のように変化している。そっちの方が気になる。これは気のせいじゃないよな?
「?」
「ああ、気づいた? それね、アリスとクリスが真っ裸でカインに抱きついて色々したから、二人も将来はカインの妻確定なのよ。守護者紋が守護者婚約紋に変化してる。二人とも蛇みたいにカインに絡まってそれはもう凄かったんだから」
セシリーナがふう、とため息をつくなか、アリスとクリスは喜んでいる。
一体、俺は何をされたんだろうか?
どうも二人はこの機会を狙っていたようだ。そう言えば露天風呂があることを聞いてきて、貸切にしたと言ったのはアリスだった。あれが策略の第一歩か、恐るべし暗黒術使い。
「それはそうと問題はリサ様です」
「もしかして、リサ様の紋は特殊なのでは? 発生していても神官の力を与えないと目視でないとか?」
「それです!」
俺の婚約者に確定して少しハイテンションになっているアリスが手をポンと叩いた。
「だとすると、リサ様。失礼!」
クリスがふいにリサを抱きかかえ、下から覗きこむ。
「やっぱり」
クリスが諦め顔で首を振った。
「何? 何があったの?」
セシリーナが詰め寄る。
「まさか!」
アリスがリサのスカートを上げた。
白いかわいいふとももの内股に小さな赤い点がある。
「婚約紋ね」
「ですね」
「そうだな」
3人は互いに見つめあう。
「リサ様に婚約紋が出ちゃってる。やっぱりリサ様は将来カインの妻ということよ」
おおお! 何と言うことだ、このかわいいリサまで俺が妻にしなければならないのか!
いや、リサが成長すればそれはそれで良いんじゃないか? かなりの美女、いやセシリーナにも負けない絶世の美女になりそうだし、俺もどうせ貴族として妻を20人位娶らねばならないんだ。
「カイン、どうせリサが大きくなってから妻にすればいいやって思ったでしょ?」
流石は俺の妻、心を見透かされている。
「う、うん。まあな」
はぁーと3人はため息をつく。
「カイン様! 良く考えて下さい! リサ様を妻に迎えるということは新王国の王になると言う事ですよ。しかも、カイン様には東の大陸で帰りを待つ王女様もいたはずです。その方とも結婚すればその国でも王になるんですよ。二つの国で二股をかけて国王だなんて、聞いた事もありません、しかも大陸を跨いでですよ!」
アリスが珍しく肩をすくめた。
「うむ、言われてみれば確かに史上稀に見る事態だな」
俺は実感がないので、他人事のようにつぶやく。
「まったくもう! なんて呑気な」
セシリーナが呆れかえった。
やはりミズハ様の言うとおりカインは恐ろしい男なんだ。と3人は改めて納得したのだった。
ーーーーーーーーーー
「そ! そんな事がおきたのですか!」
「やはり行かなくて正解だったな」
「ひええええ!」
ガクガク、ブルブルである。
リィルとルップルップは青ざめて壁際まで引いている。
露天風呂で起きた惨劇をセシリーナが解説したのである。
風呂に行っただけなのに3人も将来カインの妻になることが確定するとか……何と言う恐ろしい男。
風呂上りで疲れが出たのか、リサはベッドで大の字になってすぐに寝息を立てている。
「それにしてもクリス姉様にアリス様! よろしいのですか? こんな男ですよ。こんな変態がボロ長靴履いているような奴の妻ですよ! 妻!」
リィルはクリスたちが将来俺の妻になることが確定したことが許せないらしい。
「私、願いが、かなった。子どもは、3人は、欲しいかな」
クリスは平然と湯上りのアイスを食べている。さっき、カインが袋から出して風呂上りのみんなに渡していたものだ。
「アリス様もです! 妻ですよ! 妻! 眷属と違って大神殿でももはや解呪できませんよ!」
アイスを食べ終わって、ぽっと頬を染めてうつむくアリスはなんだかとても嬉しそうにみえる。
「おおおおお、信じられません!」
リィルは悶える。
「お、おそろしい男! ミズハ様はどうしてそう平然としておられるのです?」
ルップルップがそっとミズハに近づいて耳打ちした。
「私か? まあ私は既に愛人眷属だからな。今さらジタバタしても始まらない。そのうち解呪できるだろうと思っているし、あの男、あれでいてかなりヘタレだから、私に手を出す事もないだろう」
「なんだかお強いですねミズハ様。でもみんなの話を聞いていると身の危険を感じてしまう。ああ、もちろんカインが特別嫌いというわけではないんだけど。何となく良い奴なのだな、とわかってはきたんだけど」
ルップルップはうーーんと腕組みした。
「うーむ、ここにいる時点で既に奴のやらかしの術にはまっている気がするが。思うに、既に手遅れのような。……ルップルップ、お主の運命の人は多分あいつだろう」
ミズハはカインを指差した。
「オー!」
ルップルップは布団を被った。
やはり、早くどこかで逃げなくては、と思うが魔族・人族の社会では子ども同然だ。逃げても一人になったところを悪い奴に騙されて売り飛ばされるかもしれない。
野族の村に帰りたいが、人間であることがバレている。戻っても一族の者は以前と同じように接してくれるだろうか?
いっそこのままカインたちにずっと付いて行くか? カインは悪い奴ではない。あのセシリーナやクリスたちですら惚れている男だ。実は物凄い掘り出し物なのかも?
混乱して半分涙目になりつつ、少し頬を染めたルップルップの前に不意にアイスが差し出された。
「ほら、ルップルップも食べなよ。人族の村に来て知らない事ばかりで不安だろうけど、美味しいのを食べると不安も少し安らぐっていうぞ」
そう言ってカインがアイスを手渡す。
キラキラとカインが輝いて見える。
その笑顔が眩しい……、まさかこれが恋? ドキッと胸が高鳴った。
いや、嘘だ、そんな訳あるものか!
ルップルップはカインの手から無造作にアイスを奪取し、壁を背に移動すると膝を抱えてリィルの隣でアイスを口に含む。
「お、美味しい……こんな食べ物があったなんて知らなかった」
幸福が口の中一杯に広がる。
夢中になって食べているルップルップをリィルがじろりと見た。
「そのアイス、例の物ですね。アリス様がわざわざ探して買ってきたやつ」
「?」
ぺろりと唇を舐めてルップルップはリィルの顔を見た。
「恋人アイスとか言うやつですね? カインには秘密にしていたようですが、男がそのアイスを女性に差しだす行為が“求婚”になり、女性がそのアイスを食べると“求婚を受け入れた”ことになるとか」
「!」
ぽろり……ルップルップの手からすっかり空になったカップが落ちた。
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