第50話 救世主は”死肉食らい” ー囚人都市からの脱出ー
ぱっちりとした目、澄んだ瞳が俺を見上げている。桜色の唇に浮かんだ微かな笑みが見る者の心を奪う。胸が高鳴って物狂おしく感じてしまうほど魅力的だ。
「わあーーい。アリス、クリス、イリスぅーーーーう!」
リサが可愛い声を上げて手を振る。
「げげっ。なんでお前たちが!」
恐怖の暗黒術師、あのメラドーザの美しき3姉妹!
「ぎゃああー、かわいい」とサンドラットが叫ばなかったら俺が叫んでいたかもしれない。
何度見てもやはり超絶にかわいい美少女である。だが、その様子は妙だ。なぜ俺に頭を下げているのか?
俺を守るように、さっとセシリーナが立ちはだかった。
「貴女たちがどうしてここに? それにその態度、なにかの冗談なの?」
「クリスティリーナ様、そんなに怖い顔で睨まなくても……」
とにっこりと笑うアリス。
「主人の危機、馳せ参じる。従者のつとめ」
「身の回りの整理をしていましたので少し遅くなりました。このような事態になっているとは思いもかけず、うかつでした。申し訳ございません」
まったくもう、クラクラするくらい3人ともかわいい。
「だ、誰なんだ? 彼女たちは一体」
サンドラットは顔が赤い。
「彼女らは帝国の暗黒術師の3姉妹、俺は先日こいつらに襲われて、殺されかけたんだ」
「とても危険な姉妹ですよ。世界に数人しかいない特級指定の危険人物です」
セシリーナは全く警戒を緩めていない。
「特級指定だって? それは世界を滅ぼせるほどの破壊神クラスなのでは?」
「ええ、でも、だからこそその力は封印されているはずです」
セシリーナは3姉妹を睨みながら言った。ごくりと喉が鳴った。その封印って、もしかして……。
「カイン様、よくぞお知らせくださいました……」
イリスが口を開いた。
「知らせる? 俺がか?」
「ええ、カイン様の生存本能が助けを求められました。先日の一件で私たちとカイン様の間には魂の赤い絆が結ばれております。必死の思いが私たちに届き、それが私たちを突き動かしたのです」
クリスとアリスも真摯な目で俺を見つめている。以前と全然印象が違う。敵意とは真逆の雰囲気、見ているだけで舞い上がってしまいそう。
「今の言葉とその態度、どういう意味なの?」
俺の前でセシリーナが
「カイン様は、私たちの魂の
イリスが白い首を見せ、色っぽい胸元を押さえて恥じらむと、俺の下半身が一層
セシリーナが「ふふ~ん」と俺を横目で見る。
なんだか怖い。たぶん俺がまた何かやらかしたと気づいたのだろう。そう、多分俺は彼女たちの恐ろしい力を解き放ってしまったのだ。
「えいっ!」リサが俺を蹴った。
「……それに私たちの使命は、あくまでもリサ王女を守ること。王女が信頼を寄せる者が誰であろうが関係ありません。今、リサ様を保護しているのがカイン様であるなら、その身を守ることは守護者として当然のことです」
「そうです」
「そのとおりです」
イリスに続いて2人がうなずいた。
「お、おい、こんな状況でなんなんだが……。この3人、かわいすぎて目玉が飛び出しそうだ。めちゃくちゃ俺のタイプなんだが? しかもあの衣装はなんなんだ? 清廉で純情可憐な雰囲気なのに、物凄く愛欲を刺激する。この感じ、た、たまらん……」
俺に耳打ちするサンドラットの鼻息がかなり荒い。「か、かわいい。一人くらい俺の妻に……」などと、思っていることが言葉に出てしまっている。ハートマークが浮かんだサンドラットの視線は姉妹の白い太股に釘付けだ。おいおい、こんなところで狼を一匹増やしてどうするよ。
「カイン様、クリスティリーナ様、早くリサ王女を安全な場所へお連れ下さい」
イリスが立ちあがった。その横顔が凛々しい。
「お姉さまの言うとおりです。ここは、あれを操って私たちが抑えます。神級拘束の枷が解けたので、今は思う存分、力が使えますからね」
アリスが愛らしく微笑んだが、その意味を理解すればするほど何だか怖い。
「久しぶりだから、溜まってた。アレ、いっぱい出す、止まらない。カイン様に、全て捧げる」
クリスがなんだか妙に色っぽく身体をくねくねさせ、俺にすり寄った。その豊満な胸が腕にあたってますけど!
「アレって?」
「そう、アレ。アレ、もっと見たい?」
ニヤッとイタズラっぽく笑ったクリスが片手を高々と上げ、丘の下に向かって「いっぱい、出ちゃえ!」と叫んだ。
ゴゴゴと地響きがして、なんと帝国兵を取り囲む死人の群れが一気に数倍に増えた。「どう?」とクリスが自慢気に振り返った。褒めてもらいたいらしい。
「ちょっと、クリス!」
「お姉さま、少しやりすぎです」
イリスとアリスが叫んだ。
「本気じゃない、0.01パーセント、くらい?」
「それでも、出しすぎです!」
「カイン、私、凄いでしょ?」
クリスは色っぽい表情ですりすりとすり寄って腕組みしてくるが、俺はまだ目が点である。
たしかにこれは凄い、500人に対して死人の数が一気にその十倍に増えたようだ。なるほどこれが暗黒術か。うわっ、しかもたった今死んだ帝国兵まで死人の群れに加わり始めた。
どうやら、あの死肉食らいの群れは全て彼女たちが術で呼び出したものらしい。話には聞いていたが、見た目も、その攻撃力も、あまりにも凄まじい。世界を滅ぼすほどの力があると恐れられていただけのことはある。
「クリス、甘えるのは後にして! さあ、カイン様、お早くお逃げ下さい」
イリスが穴を指差す。
「ああっ、カイン、さまーー!」
「お姉さま、今はまだ我慢してください! ーーカイン様、早く行ってください!」
アリスが無理やり俺からクリスを引き離す。
そうだ。今は彼女らが世界の脅威になるかどうかよりも、この囚人都市から脱出することに集中しなければならない。
「そういうことなら、セシリーナ、サンドラット! 聞いたとおりだ。今なら包囲が隙だらけだ。ここは彼女たちを信用して走るぞ」
「わかったわ!」
「イリス、みんな、死んじゃだめだよ!」
リサが顔を出して手を振ると、3姉妹は笑顔を見せる。
「か、かわいいじゃねえか……」
「おい、サンドラット、ぽーーっとしていないで、急げ!」
俺はサンドラットの襟首をひっぱって無理やりその場を離れる。
ーーーー既に濁った水は地下3階に達しており、もはや時間の猶予がないのは見ただけでわかる。予想より水が溜まるのが早かったようだ。背後では死肉食らいと絶望的な戦いを繰り広げる兵たちの悲鳴と怒号が聞こえている。
「あの換気口だ。あそこから入る! あっ、サンドラット、端っこを歩かないと真ん中は大穴だぞ!」
叫んだそばからサンドラットがどぷん! と沈む。
「ぶはぁあっ、カイン! そういうことは早く言え!」
水面に顔を出したサンドラットが叫ぶ。
「こっちだ。こっちなら安全だ」
「つかまって!」
俺たちはサンドラットに手を伸ばす。
「何をしてるんだ、らしくもない。3姉妹を見てから注意力散漫だぞ!」
「すまん。もう大丈夫だ。水を被って目が覚めたぜ」
「まったく男って、どうしてこうなのかしら?」
「そーー。そーーなの」
リサまでそういう事を言う。
やがて俺たちは胸まで水に浸かりながらも、なんとか換気口の下までたどり着く。
穴に潜り込む、その先頭は俺だ。
サンドラットがリサ王女を持ち上げ、俺が引っ張り上げる。続いてサンドラット、セシリーナの順である。
急激に水位を上げ続ける泥水に追われるように通風口を進んだ俺たちの前に、ついに光の差し込む鉄格子が見えて来た。暗がりに慣れた目には明るすぎて外がまだ見えないが間違いなくあの出口だ。
「あそこだ! あそこが出口だ!」
「やったわね! 海風の匂いだわ」
「先に行くぜ! ここからは任せろ!」
二人を先に行かせ、振り返って通ってきた暗い穴を見るとこの街で起きた様々な思いが胸を締め付ける。
そして俺の脳裏にはエチアの面影がよぎった。
さっきの鬼面の男の言葉、エチアは帝国に捕まったのだろうか? それもなんとかして確かめる必要がある。
「どうかしたのーー? カイン? 後ろに何かいるのーー?」
リサが尋ねた。
「ううん、なんでもないさ」
この手で治療薬を見つけ、どこにいようともエチアを救い出す、その決意に変わりはない。
「ほら、見て見な、リサ、これが海だよ!」
鉄格子の前にいるセシリーナとサンドラットの間から外の景色をのぞかせる。
「!」
リサは息を飲んだ。
鉄格子の向こうに、鼠色に荒れる海が見える。
「やったな。カイン、久しぶりの海の香りだぜ」
サンドラットが背負い袋から縄を取り出し始めた。
「これが海なの!」
初めて見る海にリサが目を輝かしている。
「そうだ、これが海だよ。この海の果て、海を越えたところに俺の生まれた東の大陸があるんだ」
「じゃあ、リサとのしんこんりょこうは、そこね。決まり!」
リサがにっこりと笑う。
「かわいいなあ、リサは」
リサは頭を撫でられ、うれしそうだ。
「すぐにこの棒を取り外しますよ」とセシリーナが尖った杭のような工具を手にした。
「さっきの死人の群れな、あれは何だったんだろうな?」
少し余裕が出たのかサンドラットが鉄格子にロープを結びながら尋ねた。
「さっきの姉妹の暗黒術なんだろうな」
「死人をよみがえらせて操る術かよ、恐ろしいぜ」
「よみがえらせるのとは、ちょっと違うわね」
ゴリゴリと掘る手に力を入れながらセシリーナが言った。
「違うのか?」
「ええ、あそこに死体があったわけじゃないでしょ? あれはどちらかと言うと召喚術よ。異空間から死肉食らいの群れを呼んだのよ」
「なるほどね、そうか召喚術か」
「あ、やっと外れたわよ」
乾いた音がして鉄格子が床に転がった。
「ちょっと待ってて、地面までの距離と場所を確認するわね……」
セシリーナが顔を出すと断崖絶壁だ。
右手奥の方には軍港が見えている。浜辺まではサンドラットが準備した縄で何とか届きそうだ。思わず笑みがこぼれる。
「大丈夫、行けそうよ。あっ……」
急に強い風が吹き上げ、振り返ったセシリーナの美しい髪が空に向かってなびく。
その崖を吹き上げた荒々しい海風の音、だが、それは俺たちにとって待ちに待った希望に満ちた音だった。
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