第111話 <<魔獣災厄の終わり ー東の大陸 サティナ姫ー>>
「さあ、奴らのケツを叩いてやれ!」
マルガが叫んだ。
「今ぞ! 虫けらをすり潰せ! 連弩を放て!」
騎士バルカットがさっと上げた手を前方へ振り下ろす。
ドドドドドド……!
重低音が空気を震わせ、連弩の弦が一斉に唸った。
前方でひと塊りになっていた魔獣の群れが肉片になって飛び散ったかと思うと、血煙の中から生き残ったヤンナルネが群れをなして突進してきた。
「まだまだ、焦らないで」
サティナ姫がマルガの肩に手を置く。
「はい」
「まもなくだわ。今よ!」
ポンと肩が叩かれるのを合図に、マルガが赤い竜の紋章の旗を頭上に掲げた。
それが合図だ。
ドドドド! と重い音を立てて甲冑に身を包んだ騎士たちが魔獣の左右から挟撃する。
連弩部隊に気を取られていた魔獣は側面からの奇襲に混乱し、統率を失った群れの若いヤンナルネが一匹また一匹と駆除されていく。
「前方が開けたぞ! 魔獣装甲兵を前に出せ、左翼、右翼、連携して前へ! 我々も撃って出る! 一気に殲滅しろ!」
叫ぶや否や、サティナ姫は大剣黒光り丸を抜いて魔獣の群れへ突進していく。
「姫に後れをとるな! 突撃!」
中央の本隊が魔獣のコロニーへ攻め込む。
グルルルル……!
魔獣の卵を守っていたひときわ巨大な成獣が姿を見せた。黒々とした強固な外皮が若い個体との違いだ。
こいつがこの群れのボスだ。
サティナ姫が猛然と突入する。左右から襲いかかる魔獣を払いつつ、高く跳躍するとその大物に剣を振り下ろした。
まさに一瞬で片がついた。魔獣の巨体が卵の上に倒れ、孵化前の卵がつぶされる。
攻撃開始から駆除完了までわずかの時間である。
「次に進むぞ!」
生き残りの魔獣がいないことを確認するとマルガは片手を上げて、進軍の指示を出す。
「あと3か所。これで周辺の街を苦しめてきた魔獣ヤンナルネの発生はようやく終焉するわ」
サティナは谷間から覗く青空を見上げた。
ーーーーーーーーーー
大地が震えた。
手にした法具がカタカタと音を立てて揺れる。
「ば、ばかな、俺の計画が……、俺の魔獣が……」
男は法具に浮かぶ点滅が次々と消滅していくのを呆然と見つめていた。あり得ない事態であった。
「ぐっ、ドメナス軍の力を過小評価し過ぎていたというのか」
魔獣ヤンナルネの大発生が数か月で終息されてしまい、男は大地の裂け目を魔獣の繁殖地とし、再起を図っていたのだ。
人目に付かないこの場所で魔獣ヤンナルネを大発生させて、再度攻勢に転じるつもりだった。今度こそドメナス王国に一泡吹かせて、俺は魔王国の幹部に昇進するのだ。こんなはずではなかったのだ!
だが、目の前の法具は、その魔獣のコロニーが次々と殲滅されていく現実を見せつけている。
すでに男が隠れている魔獣ヤンナルネの卵の殻を使った隠れ家の近くまで敵は迫っている。
「ドメナス兵め、もはやこいつを使うしかあるまい」
男は狂気に満ちた目で手首に巻いていた黒い腕輪の封印を解いた。
グラグラと地面が揺れ、何かが近くで吠えた。
ーーーーーーーーーー
「姫っ! 大物です! 最後のコロニーに竜のような巨大なヤンナルネが出現しました!」
騎士マッドスが息を切らして本陣に駆け込んできた。
「そいつがこの騒動の大元かもしれないわ、私が出ます」
サティナが立ち上がった。
ーーーー猛然と走るサティナの騎馬の前方に戦場が見えてきた。コロニーに巣くっていた魔獣はほぼ制圧したようだが、真ん中に巨大な黒い影が竜巻のように立ち上がっている。
騎士たちは勇敢に攻撃しているが、圧倒的な大きさからくる力の差に翻弄されている。砂塵を見に纏い、身をよじるだけで猛烈な風が周囲に吹き荒れている。
だが、あの敵を相手に死人が出ていないだけでも大したものだ。巨大な竜のような怪物の胴体には無数の弩の矢が突き立って血が噴き出している。騎士たちはよく善戦したというべきだろう。
「よくやった! みんな一度
サティナは大剣を手にした。
突き進んでくる騎馬に気づいた奴が凶悪な大顎を開いて体を蠢かせた。
次の瞬間、奴が吐き出した毒液がサティナの左右に土煙を上げ、どろどろと地面が溶けていく。
「お前は隠れていなさい」
サティナは馬の首を撫でてささやくと高く跳躍した。馬は旋回して後退した騎士たちの後を追う。
黒いヤンナルネ、その姿は昔、王国図書館で見た封印されし災いの魔獣そのものだ。
「あれは100年前に封じられたはず。誰かがあれを復活させて今回の魔獣の災厄を引き起こしたのだとしたら」
サティナ姫は両手で大剣を握り、魔力を込めて振り下ろした。
白い光の刃が巨大な円弧を描いて、魔獣の胴体を斬る。その信じられない威力は岩盤まで切断している。
ブギャアアアッツ!
青い血しぶきを上げ、二つに分かれた魔獣がのたうち回った。
特に頭を失った下半身はもはや制御不能だ。その巨大な体躯に周辺にあった魔獣の卵までが次々と押しつぶされていく。
ぎゃあああーーーーと人の悲鳴が聞こえ、ふっ、と何かの気配が消えた。魔獣たちの間に張り巡らされていた糸のような力が消滅したのがわかる。魔獣使いがいたのかもしれないが、魔獣の下半身に押しつぶされたのだろう。自業自得だ。
「何者かわからないけど、こいつらを縛っていた邪悪な気配が消えたようね」
サティナは地面に着地すると、大剣を片手に魔獣の上半身に向かっていく。
魔獣のざらついた腹部の皮膚が急に波打ったかと思うと、内部から外へ押し出すように肉瘤が突き出し、見る見るうちに脚に変わっていく。
八本足のヤンナルネ変異体だ。
さらに変異は止まらない。左右に大顎のある丸い円環のような口腔が変形し、上下に裂けた巨大な口と無数の牙が現れ、頭部に一つ目が出現した。開いた口の中に毒腺の穴が並んでいるのが見える。
そこからシャワーのように毒が降り注いだ。
「気持ち悪い姿になったものね!」
サティナの走りは変わらない。溶解性の毒雨がサティナを包み込んだ不可視の球体の上で弾かれていく。
魔獣が驚いたように後退した。
その隙を見逃すサティナではない。
「白き風の刃!」
手の掌から無数の光がほとばしって、魔獣の顔面に次々と着弾して爆発した。
ブギャアア!
光と爆発に魔獣がたじろいだ。
「なまじ、目を形成したからよ!」
魔獣の眼が開いたとき、空中にサティナの姿が一瞬見えた。
だが、それがあの人間だと理解することは無かった。
一刀両断!
あの巨大な竜のような魔獣は頭の先から真っ二つになって、大きな地響きを上げながら左右に倒れていった。
「ついにやりましたね! 姫!」
マルガが姫の馬を引きつれて姿を見せた。
「これで、終りね。残った魔獣はいないわね? 確認して」
「はっ!」
「姫様っ! マルガ副官!」
そこに小柄な騎士が駆け込んできた。
「どうした? 騎士ケビル」
彼は騎士としては小柄だが、隠密行動が得意で探索や追跡が得意な特殊技能持ちの若者である。
「昨晩のうちに谷を逃亡した魔獣ヤンナルネが5匹、北東へ向かっているのが確認されました! それが最後の群れです!」
「北東ですって!」
サティナ姫の顔色が変わった。
「どうされました?」
「昨日のキャラバンが向かった方角よ、マルガ、ここはお前に任せる! サクローネ、リア! あなたたちの部隊は私に続け! 」
「はっ!」
サティナ姫は二人の騎士とその配下を伴って急いで谷を抜けた。
ーーーーーーーーー
熟練された騎士たちで構成された部隊の移動速度は速い。誰一人遅れることなくサティナに後続する。
「姫っ、この先はラマンド国の国境になりますぞ!」
背後からサクローネの声が聞こえた。
「わかっています! でもっ!」
その目に、前方で巻き上がる粉塵が映っていた。
間に合って!
砂丘を駆け上がって、そこに見えたものは、無残に散らばった馬車の残骸と肉を貪り食う魔獣の姿である。
振り返った魔獣、昨晩の気の良い商人の男の上半身がぼたりと砂の上に落ちた。
全滅! よくも!
サティナが馬を走らせる。
続く騎士団も抜刀した。
「姫、報告の数と合いません、もう一匹いるはずです!」
騎士リアが無言の姫の隣に
「向こう、向こうにいるわ!」
サティナが馬の腹を蹴った。
起伏の多い砂の丘を駆け上がると、一匹の魔獣が見えた。魔獣から逃げる家族の姿がある。あの姉妹とその家族だ。
「リア、助けるわよ!」
「あっ、お待ちください!」
走るサティナの目に、魔獣が首を上げるのが見えた。その真下にはあの家族が立ちすくむ。
間に合わない!
その時だ、魔獣の正面から無数の矢が宙を切って飛来した。
ドスドスドスと柔らかい腹部に矢が突き立つ。
その攻撃でたじろいだ魔獣をサティナの剣が断ち切った。
「お姉しゃん!」
二人の姉妹が青ざめた顔でサティナを見上げた。
「あ、ありがとうございます、二度も命を」
姉妹の両親は震えていた。
「無事でよかった。でもさっきの矢は?」
見上げたサティナの背後で、高々と信号弾が打ちあがった。
敵意は無いという万国共通の煙玉が青空に広がった。騎士サクローネが打ち上げたのだ。
「サティナ姫!」
騎士リアたちがすぐに駆け下りてくる。
それとは反対方向から、別の騎馬隊が隊列を組んでこちらへ向かってくるのがみえた。
「あの旗印は?」
「姫、あれはラマンド国の旗です」
リアが姫を守るように馬を前に進め、硬い表情で言った。
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