第222話 <<サティナとクーガ ー東の大陸 サティナ姫ー>>

 クーガはカインと出会った囚人都市での出来事から、途中の村でカイン達と別れ、船で中央大陸を離れるまでの出来事を詳細に語った。


 「それで、そのセシリーナさんと言う方がカインの三番目の妻になったのですね?」

 カインの生存が確認された時点で目を潤ませうつむき気味だったサティナ姫だが、カインの女性関係の話になった途端に前のめりになっている。


 「ええ、彼女は魔族で、本名はクリスティリーナ。元アイドルで中央大陸一と言われる物凄い美女です。彼女の信奉者が帝国に反旗を翻して国を興し、戦争になっているくらいです」


 「へえーーーー、そんなに美人ですか。へえーーーー。それで、仲も大変よろしいのでしょうね?」

 サティナ姫は茶に手を伸ばした。優雅な仕草だが手にしたカップが少しカタカタと揺れている。


 「ねぇ、なんだかサティナ姫が少しむくれている気がするのは気のせいでしょうか?」とメ―ニャがクーガの耳元でささやいた。

 「まさか、失礼だぞ」とメ―ニャに小声で言いながら、クーガもサティナに合わせて茶を一口飲んで、少し間を置いてサティナの顔色をうかがった。


 「それで?」とサティナはカップを置いた。


 「ええもう、それはそれは二人とも相思相愛で、激愛って感じですよ。もう毎晩毎晩、それはもう激しくて……っと、これは大人の話です」


 「激愛……しかも毎晩ですか……」

 ふらっ、サティナは少しふらついた。


 「それにさっき話したカインの守護者になったメラドーザの3姉妹もセシリーナ嬢に負けず劣らず、凄い美人揃いなんです」


 「そ、そうなのですね。その方たちは暗黒術使いとは凄いですね……、守護者紋というのは初めてお聞きしましたけれど、どのようなものですか?」


 「守護者紋は、眷属紋や愛人紋より上位の紋で婚約紋に近いものらしいです。ですから、今はカインを守るのが役目ですが、いずれは間違いなく妻になるのでしょう。とくに次女のクリス嬢なんかは夜這いをかけそうな勢いで積極的に迫っていてカインを困らせていましたね。もしかして今頃は……」


 「へえーーーー、そうですか。へえーーーー、そんな美人たちと一緒に旅ですか……」

 触れてもいないのにカップがカタカタと音を立てる。サティナ姫からあふれ出た力が近くのものを揺り動かしている感じだ。


 「森の妖精族のリィルやリサ王女を含め、カインと旅をしている6人も美人揃いですよ。カインと結婚すると公言しているリサ王女もあれで呪いが解けて成長すればどんな美女に化けるかしれたもんじゃないし、もしかすると、あいつの事だから今頃もう二、三人くらい、新しい妻を作っているかもしれないですよ」

 そう言って茶を啜る。悪気はないのだろうがクーガには乙女心が分かっていない。


 「ちょっと、ちょっとクーガ」

 脇でメーニャがクーガの話を止めた。

 「姫の様子が変だよ」

 メーニャが耳元でつぶやく。

 サティナ姫が頬を膨らませ、ぷるぷると肩を震わせていた。


 「どうかしましたか?」

 クーガが声をかける。


 「負けません! セシリーナさんたちが羨ましいだなんて、思わないです!」

 両手に握りこぶしを作り、くわっと目を開き、サティナが顔を上げた。


 「あらあら……」

 サティナの隣で大人しく話を聞いていたミラティリアが色々と察して口元を押さえた。


 こんなに表情豊かなサティナ姫は初めて見た。

 扉に背をもたれて立つルミカーナも苦笑している。


 「はぁ? どういうことです? そもそも姫はどうしてカインを御存じなのですか?」

 クーガの質問にメーニャもそうそうとうなずく。


 サティナ姫のような方がなぜ貧乏貴族だと言う凡庸な男を知っているのだろうか? それとも何か重大な犯罪でもやらかしたのだろうか。


 二人は黙った姫を見る。


 「カインは……」

 「?」

 「カインは……私の大切な婚約者なの……です」


 「は?」


  突然、あまりに現実離れした言葉が帰ってきたので、その意味がわからない。


 目の前でその漆黒の黒髪を掻き上げ、女神のような美少女が頬を染めた。


 「だ、か、ら、カインは私の大事な婚約者なのです!」


 「こ、婚約者って! 結婚のお相手なのですか?」

 女のメーニャの方が我に返るのが早かった。


 クーガはまだ呆けている。言葉が上滑りして、その意味が理解できないようだ。


 サティナは顔を赤くしてうなづく。


 「「ええええええーーーーーーっ!」」

 クーガとメーニャは立ちあがって仰け反った。


 「ちょっと待ってくださいよ! あいつの妻にはナーナリアさんとマリアンナさんがいて……そう言えば、あいつの腹の真ん中には綺麗な婚約紋があった……」

 そこまで言ってからクーガの顔が驚愕で崩壊した。


 「じゃあ、まさか、あいつが言っていた、夜這いやらなにやら、猛烈に迫ってきた“危ない婚約者”って! まさか姫の事だと!」


 「そうですよ。夜這い、しましたよ! 悪いですか?」

 サティナが赤面してうつむく。


 「透け透けのドエロい下着で誘惑してきたとか、しょっちゅう全裸でベッドに潜り込んできていたとか、寝ているカインを裸にして舐め回したとか!」


 「ほ、本当のことですよ……」

 サティナは頬を染めて視線を反らした。


 「姫……それはちょっと」

 ミラテリィアも流石に驚く。


 「いいじゃない! だって本当に、好きなんです!」

 サティナ姫が本来の年相応の少女に戻って叫んだ。


 何と言うことだ!

 あいつが婚約者の事を話さなかった訳が今分かった。

 ドメナス王国の姫が自分のように凡庸な者の婚約者だと、姫のためにも言いふらしたくなかったのだろう。漢だったのだなカイン。


 「でも、はっきりいって凄く変態っぽいですよ、あいつは」

 「いいんです」


 「夜だけ魔王とかベッド上の勇者とか呼ばれて、物凄い絶倫とかあそこだけが無駄にデカイとか言われてたけど?」

 「それもいいんです!」

 そう言ってから、サティナはその意味に気づいて真っ赤になった。


 「クーガさん、失礼ですよ。サティナ姫が見初めた男です。その方は良い男にきまってますわ」

 ミラテリィアがきりりとした顔で言う。


 「うん、まあ確かに良い奴だよ。色んな意味で。それは間違いない」


 「でしょう? サティナ姫がそれほど好きになるほどの殿方なら、私だって妻にしてもらいたいくらいですわ!」

 ミラテリィアの言葉にルミカーナまで、そうだな、うんうんとうなずいている。

 うーむ、何だか新たなフラグが立ったような気がする。この場に居ないというのに、相変わらず何という恐ろしい男だろう。


 「ねえ、クーガ……」

 メーニャがクーガの手を握りしめてぼそぼそと耳打ちした。

 「あっ、そうだった」

 余りの衝撃で大事な事を聞くのを忘れていたことにクーガは気づいた。


 「それはそうと、俺も魔獣ヤンナルネ退治の事で姫に聞きたいことがあるんだ」

 クーガは改めて里の裏切者の蟲使いの男について話し出した。

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