第221話 <<バーバラッサの街のクーガ ー東の大陸 サティナ姫ー>>

 サティナが食堂に姿を現すと、食事をしていた騎士たちが一斉に立ち上がって礼をした。


 「いいのよ、食事を続けて」

 食堂の奥にマルガの姿があった。


 食堂には騎士団と一緒に商人組合の重鎮達や見知らぬ者も混じっているが、誰もがサティナに目を奪われているようだ。


 特に例の初代当主の像の掛かっている壁の前にいる男の目つきが鋭い。おそらくただの商人ではないのだろう。

 男がこっちを見て食べていたパンをポロリと落とし、隣に座るかわいい娘が即座に男の横腹に肘鉄を食らわせたのを目撃して、サティナはくすっと笑ってしまった。


 「マルガ、重要な話があります。あ、席はここでいいわ。秘密会議というわけじゃないから」

 「何です? なんだか嫌な予感がしますが」

 マルガは長年の経験からサティナの表情を見て何かがあると悟ったようだ。


 サティナはその目を真っすぐ見た。

 こんな目をしている時は、もう決意が固まっている時だ。マルガが何を言っても無駄なのだろう。


 「マルガ、中央大陸に渡る船が見つかりました。出航は三か月後です」

 ガタッとマルガは思わず席を立った。


 「な、何ですって!」

 「ちょっと、声が大きい。いいから座りなさい」

 周囲の視線が集まったので、サティナはその袖を引いた。


 「さ、三か月後に出航って、早すぎやしませんか? いや、行くのはわかってましたよ。でもあと数年はかかるかと」

 「うまく中央大陸に戻る船のあてができたのよ。これを逃す手はないわ」

 その表情から、姫の意志は固いのが伝わる。


 「もう何を言っても無駄なのでしょうね。わかりましたよ、腹をくくりますよ。それで? 私たちは何をすればいいんです?」


 「理解が早くて助かるわ。マルガ達はこのまま北西に進んで北方諸国との交流を進めて欲しいの。わかるわね? 本国に私が海を渡ったことが知られるのを遅らせるためよ」


 「北方諸国ですか? いいですが、何か向こうの王族と伝手はあるんでしょうか?」

 「大丈夫、カインの第一夫人であるナーナリアさんに手紙を出すわ」

 マルガは少し顔をむっとさせた。


 サティナの結婚相手には既に妻が二人もいる。サティナ姫ともあろう方が第一夫人でないとは納得いかないのだ。

 そんなマルガの思いもわかる。だが、何番目の妻なのかなどサティナには関係がない。自分にとって唯一の夫であれば満足なのだ。


 「その段取りだけどね……」

 二人は騎士の中でも中核を占める騎士達を呼んで話し合いを続けた。


 「それじゃあ、部屋に戻るわね」

 サティナは満足そうな表情でマルガに手を振った。


 そして、入口付近で食事をしていた騎士ケビルに連絡すべき人物と内容を伝えた後で、壁に絵が描かれた初代当主の像が気になって思わず足を進めた。


 その像は、どう見てもカインにそっくりなのだ。

 サティナのお供の騎士がその肖像画の下半分をめくりあげ、何か話しかけてきたがサティナには聞こえていない。やっぱりカインに似ている。


 相変わらずの下品な絵である。

 パンツ一枚にボロい長靴姿の男……


 サティナが絵をじっと見ているとその視線に気づいて、絵の前に座っていた目つきの鋭い男が後ろを振り返った。男はその絵に今頃気づいたようだ。


 それ自体は何のこともないことだったが、その男が口走った言葉にサティナは気を失いそうなほどの衝撃を受けた。


 「ぷっ! こいつ、カインにそっくりじゃねえか!」

 その男は噴き出して苦笑した。

 思いがけない言葉を聞いてサティナが初めてその男を見た。


 「あなた、今、カイン、カインとおっしゃいましたか?」

 何か悪いことを言ったのだろうかという感じで男はドギマギしている。


 「あ、え、えーと」

 急に話しかけられて思わず言葉が出ないのか、サティナが美し過ぎてまぶしいのか男は目をぱちぱちさせながら少し赤くなって頭を掻いた。


 「これはサティナ姫、失礼を。こいつはサンドラット統領家のムラジョウ・クーガ、その隣はその婚約者のメーニャ嬢ですのじゃ。つい最近外国から戻ったばかりでして」

 商人組合の重鎮、ネバダヨが脇から助け舟を出した。


 「はじめまして。サンドラットのクーガと言います」

 「メーニャです」

 「クーガさん、今、この絵を見て何とおっしゃいましたか? カインと言ったような気がしたのだけれど」


 サティナはクーガを見つめた。聞き間違いだろうか、でも確かに……


 「ええ、中央大陸で一緒に旅をして、苦労を共にしたカインという男に似ていたものですから」

 クーガは笑いながら頭を掻いた。


 「!」

 突然サティナの顔色が変わった。

 「姫様?」

 ふらつきそうになった姫を見て、後ろに控えていた黒髪が美しい怜悧な印象の美女が前に進み出た。


 「ルミカーナ、この方達を応接間にご案内してください。ちょっと話を聞きたいと思います。よろしいですか? クーガさん」

 「は? ええ、いいですよ。実は俺も姫に聞きたい事があるのです」

 「そうですか、では参りましょう」



 クーガ達が応接室に入ると、背後で扉が厳重に閉じられた。

 ルミカーナとか言う美女が扉の前に立ち、クーガたちを見張っているかのようだ。


 サティナの隣にはメーロゼ家のお嬢様が座った。


 「さて、さきほどのお話をお聞きしたいのですが、クーガさんはカインをご存じなのですね?」

 二人が席に座ると早速サティナ姫は身を乗り出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る