第223話 橋の守護神
「はーくしょん!」
何か鼻がむずむずする。
「うーーむ、どこかの美女が俺の噂をしているに違いないな」
「はあ? アホですか? 誰かがゲスい男の噂話をしているの間違いでしょう?」
隣を歩くリィルが俺をちらりと見上げニヤリと笑みを浮かべた。こいつめ……。
「カイン見て! ほら、向こう側がなんだか明るくなってきた。水の音も大きくなって来たよ!」
俺と手を繋いでいるリサがにっこりと笑って見上げる。うん、リィルと違って純真なリサは可愛い!
呪いのせいでとても14、5歳とは思えない幼さだが、呪いが解けたらどうなるのだろう?
このままの無邪気なリサでいてくれるのか、それとも大人びて、娘が父親から離れて行くように俺から距離を置きだすのだろうか? だとしたら少し寂しい気もするな。
そんな事を思っていると視界が開けた。
ようやく古代遺跡の廃屋の隙間から抜けだしたらしい。通りぬけてきたかつての市街地、その廃屋群が広がる一帯は実はかなりの危険地帯だった。
発光する茸や苔類で覆われた地面はふかふかしており、この洞窟に生息する危険な生物は足音もなく近づいてくるのだ。特に苔蒸した廃屋が連なる付近は湿気で蒸し暑く、そこで進化した生物は大型の蜘蛛や百足のようなグロテスクな奴が多かった。
シャアアア!
「ひぃえええっ!」 ※俺
シャキーーン! ※セシリーナの短剣
グアアアッ!
「ぎゃああ!」 ※俺
ボッ! ※ミズハの魔法
何度か突然襲われたのだが、みんな優秀なので誰も怪我ひとつ負っていない。特に驚きはルップルップの防御術の展開の早さだ。俺が悲鳴を上げた次の瞬間には防殻と呼ぶシールド魔法が俺たちを覆っているのだ。そのおかげで俺は何度命を救われたか。
ありがとうルップルップ。お前がいなかったら今頃少なくとも3回は首が胴から離れていたところだ。
俺は感謝をこめてルップルップを見る。
「気を付けてください。ルップルップ、ほら、カインが舐め上げるような、いやらしーーい目で見てますよ」
リィルが酷い事を言う。
「なんですか? カイン?」
ルップルップは胸元を手で隠した。
いや、お前の場合は胸よりもむしろその無防備すぎる下半身、ミニスカート風の赤い神官服がヤバいのだがな。俺は思わずその太股に視線を落とす。
見えるか見えないかというギリギリの線を狙った者のセンスが光る。男の心理を突く見事なデザインに俺は感嘆せざるを得ない。
一度意識するとその白いふとももから中々目を離せなくなる。
ただ単に野族の標準サイズで作ったら丈が短かかっただけとか、そんな間抜けな話ではないだろうな、素晴らしいデザインだ。
「この辺りは遮蔽物がないから隠れる場所がないわ。後ろに気を付けることね」
短剣を握ったセシリーナが俺の背中に立っていた。
「ば、ばか! リィルの
「でも見ていたってことは認めるのね?」
「う……」
「おい、カイン、ばかな事を言っている場合じゃないぞ。見よ、地下の大
ミズハが小高い丘に立って眺めた。
ゴウゴウと音を立てる巨大な滝が見える。常に水しぶきが台地の上まで上がってきており、水気が多いのはそのせいだろう。
台地はこの先でやや急な斜面となって下っており、やがて滝を源として流れる川の川岸になっている。その川を越えた向こう岸にドーム状の少し大きな構造物が見えた。廃屋ではない、表面は今でも濃紺色で少し発光しているようだ。
「あれはなんでしょう?」
「ルップルップも知らないのか?」
「綺麗に光っているよ!」
「うししし……お宝がありそうです」
「リィル、その妙な笑いはやめさない」
「建物の前に橋が見えるぞ。どうやらあれは何か重要な建物のようだな」
ミズハが地図を描きながら言った。
良く見ると大きな
石庇は丸みを帯びており全体にやや扁平な卵型で人工的に形を整えているようにも見える。
「あそこを調べれば、洞窟都市の調査は概ね完了と言って良いだろう。危険なモンスターの種類や生息密度もだいぶ分かったしな」
依頼されたこの洞窟調査もまもなく完了ということだ。
「そうとなれば、行きましょうよ。ほら、付近には見たところ大型の魔獣や動き回っているゴーレムもいないようです」
リィルはお宝の気配を感じ取っているようだ。ヒマつぶしに俺をからかったり、悪態をついていたりした時とは打って変わって目がキラキラしている。
「これだけ流れの早い川だ。大型の魔物がいるとは思えないが気を付けて進むぞ」
やや薄暗いのでミズハが前方に光を灯した。
俺たちは台地を下って行く。川沿いは少し涼しい気がするが、何となく硫黄臭い気もする。
「わっ! またカインが、ぷーした。くっさーい」
リサが鼻を摘まんで俺を非難するような目で見上げた。じろりとリィルとミズハが振り返った。
「お、なんだその目は、俺は無罪だぞ。この匂いは温泉とか、硫黄の匂いだろ!」
「いつもやっているから疑われるのだ」
「そうですよ」
それを否定できないところが痛い。
「カイン、リサを背負った方が良いわ」
セシリーナが立ち止まって言った。
「ん? 何かしたか?」
「どうも地面に近いほど匂いが強いわ。私とルップルップよりもリサやリィルの方が匂いを強く感じているんじゃないかしら? 子どもに何か影響があると悪いわ」
「わかった。リサ、俺におんぶしろ」
「わーい!」
リサが俺の背にぴょんと飛び乗るが、ずっしりとして前よりも重くなっている気がする。
「待って!」
しばらく進むとセシリーナが立ち止まった。
「見てください! 橋の両脇です。いかにもな、大きな機械人形の像が立ってますよ」
リィルが指差す先に、向こう岸へと続く石橋が見えるが、その両側の欄干の端に人の背丈の2倍はあろうかと思われるゴーレムの像が立っている。
これまで見できた物と違って二足歩行の人型を模した像である。
「怪しいわね」
セシリーナが足を止めた。
「な、何を? 俺はまだやっていないぞ」
「誰も、カインがおならしたなんて言っていないでしょ。あの像の事よ!」
「おお、確かに」
言われるまでもなく怪しさ満点だ。橋の守護神という感じで、いかにも動き出しそうな気がする。というか、こういう場合はお決まりだろう。絶対に像が動きだして攻撃してくるパターンだ。
「ふむ、用心した方が良さそうだな。リィル、お前はリサを守ってやれ。セシリーナ威嚇射撃を頼む」
ミズハが杖を前にかざして身構えた。
「何だ? やはりあの像は動くのか?」
俺は骨棍棒を握る。
「防御術は任せてください」
「それじゃあ試すわよ」
そう言ってセシリーナが弓を引く。
ギリギリと音を立て、引き絞ると、風を切って矢が飛ぶ。
カツーンと乾いた音が響いて右側の像の頭部に命中する。
動きは……無い……。
どうやら本当にただの石像のようだ。
「なーーんだ。外れですか」
リィルが肩の力を抜いた。
その時だ、地面がふいにボコボコボコと膨らみ、何かが地面の中を俺たちの方に向かってきた。
「うわっ、何だ!」
俺はセシリーナの背後に現れた触手のようなものを骨棍棒で叩きのめした。骨棍棒の威力は意外に強い。機械の部品を撒き散らして千切れた鞭が地面に落ちる。
「何これ! 気を付けて! また来るわ!」
「これは触手型の罠! みんな気をつけろ!」
ミズハはわずかに飛翔し、地面の下を進んでくる触手に次々と光弾を撃ち込み始めた。
ルップルップ既に防殻を展開しているが、地面の下まで効果があるのかは不安が残る。案の定、防殻の中に出現した触手がリサを襲うのをリィルが食い止めた。
「こいつは何なのです!」
短剣で触手を食い止め、どこから出したのか、リィルは大きなハサミでちょきんと切った。
「リィルすごーい。そのハサミ切れるねえ」
リサが目を丸くした。
「ふふふ……これは特殊なハサミなのです。金属も切れて、盗みに入る時に便利な魔法具なのです。さあ、次にチョッキンされるのはどれですか!」
リィルがハサミをチョキチョキさせながら叫んだ。
便利だな、あれは……。
俺が渾身の力で棍棒を振りまわし、ようやく1本破壊している間にリィルは何本もチョッキン、チョッキンと切り落としている。
さらに地面から跳ね上がった触手がリサたちを襲うがルップルップの防殻に弾き返された。
「カイン、セシリーナ、本体を倒すぞ!」
ミズハはリィルたちの様子を見て守りは大丈夫だと判断したらしい。空中を飛翔するミズハはすぐには敵に感知されないのだ。
距離を詰めると、光りの弾を連続して撃ちこんでいく。だが、何発も同じ位置から撃っているとさすがに位置を知られるらしく、時折、地面から触手が突き出る。そのため弾を撃つのが途切れてしまう。
「カインはミズハ様の支援に回って! 左の奴にはこれをおみまいするわ!」
そう言って取り出した矢に見覚えがある。
大湿地で魔獣退治の際に使用した攻城用とかいう爆裂弾付きの矢だ。
「大丈夫か? こんな所でそれを使って!」
と叫んだのが聞こえたのかどうか、セシリーナは躊躇なく左側の像に矢を放った。
瞬時に猛烈な爆煙と爆風が周囲に巻き起こり、バラバラと砕け散った石片が降り注いだ。
「一撃だと!」
ミズハが足だけ残して空になった左像をちらりと見た。俺は、その足元で触手を殴り倒している。
「では、こちらも遊んでいられんな。少し本気を見せるか」
ミズハはそう言うと少し長めに詠唱する。緑色の数条の光が放出され、像を包み込むように収束すると、そのまま切り裂いた。
土煙を上げて石像が崩れ、その瞬間に触手の動きが止まった。
「ふう、これでやっと無事通れるな」
俺は額の汗を拭った。
「行こうか?」
安心して一歩足を踏み出したとたん、ぐにゅっと何かを踏んだ。グサ! と俺のケツに尖った触手の先端が食い込んだ。
「みんな、気をつけろ! 地面の下の触手を踏むと触手が不随意に動くことがあるらしい。たった今、カインがそれを発見した」
ミズハは浮かんだまま、ケツを押さえて悶えている俺を見下ろした。
「あーあ、またお尻に穴が開いたじゃない」
セシリーナが針と糸を取り出してつぶやいた。
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