第69話 <ミズハと邪神崇拝者の蠢動>
シズル大原のほぼ中央、ここは旧ロウ国の王都があった廃墟の地下深くに位置する。
ロウ国の繁栄の証とも言えた王都地下街は闇で覆われ、崩れ落ちた天井の瓦礫があちこちで行き止まりを作っている。
魔道具のランタンの明かりが回廊に影を作り、何者かが移動していることがわかる。
「こちらでございます。キメア様と使者の方々は、我が長が参られるまでこの部屋でお待ちください」
灯りに浮かんだその男がまとっているのは黒っぽい神官服のようなものだが、血管が這うような刺繡が施されており、見るからに邪悪な印象を与える。
その部屋はかつての高級食堂の一部屋だったようだ。破壊と荒廃を免れた部屋の調度品は一流のものだ。
「なあキメア、あいつらは信用できるのか?」
男が出ていくと、フードの奥の片目が鬼面の男、キメアを見つめた。その言葉に他の者の視線も集まる。
「俺を疑うのか? グロ-ディア」
キメアは彼女のフードを剥いだ。
魔力を帯びた美しい銀髪が泳ぐ。美しい少女のような顔立ちは彼女の種族の特徴だが、彼女はかつての戦いで片目を失っている。キメアは人目もはばからず、その顎をぐいっと掴むと濃厚なキスをした。鬼面をつけているため表情はわからないが愛人のグローディアにとっては慣れた行為だ。キメアがこっちに来るというので無理を言って同行してきたのはこのためである。
「私の目は誤魔化せないよ。あれは闇術師の連中だろう? しかも既に闇に飲まれた、邪神を崇拝する危険な奴らだ」
「心配することはない。奴らは過去の妄執に囚われた連中に過ぎん。しかし、さすがは魔女、同じ匂いの者の気配にはさといものだな」
キメアがいつものように抱きしめる。
「あんただって、同類だろ。違うか?」
「……違いない、だから、お前に惹かれる」
キメアは薄笑いを浮かべる。
「私もだ」
二人は絡み合うが、同行してきた使者たちは部屋の隅々に立っているだけで、何の感情もないようだ。
「これは取り込み中、申し訳ないが、我が長グルゴン様が参られた。グルゴン様、こちらです」
キメアとグローディアは誰が来ようともはやお構いなしで絡み合っている。わざと試しているのか、傲慢とも言える行動だが、使者である以上、機嫌を損ねるのはまずい。
「良く参られた。キメア殿、おお、気にせず続けてくれてよい。話だけ聞いていただきたい」
「それで? 我が主には何と報告すれば良いのだ?」
グローディアにかわいい声を上げさせながら鬼面の目がグルゴンを睨んだ。
「間もなく成功するとお伝え下され。頂いた情報と封印の遺物から、あの方が漂う無限空間の座標を特定できたので、近々、大規模な儀式を行う予定でございます」
「近々だと? あいまいだな」
「10日、いや、一週間もあれば準備が整いまする!」
「うむ、成功した暁には、そなたらの願いはかなうであろう。我が主は成果を出した者には手厚く、失敗した者には容赦はない、心得ておけ」
「かしこまりました」
グルゴンは頭を下げ、それを合図にドア付近にいた者から順に部屋を出た。
「グルゴン様、あの鬼面の使者たち、いつまでここで歓待するおつもりです? あのような無礼な連中は……」
「しっ、言葉を慎め。あれは我らが怒って本性を現さないか試しているのだ。よいな、二、三日の我慢じゃ。とにかくキメア様たちが満足して帰るまで、何不自由なく過ごさせるのだ」
「はい、ですが……」
「今が我らにとって大きな岐路なのだ。このままこんな所でくすぶって終わるわけにはいかぬ。我らの望む禁呪法を手に入れることができる最後のチャンスなのだぞ」
グルゴンは歯をぎりぎりと食いしばった。
「グローディア、見たか? さっきの奴らの顔」
「ええ、面白かった。私たちの様子に興奮していた男もいたわよ」
「予定通り、ここで二、三日かけて奴らの儀式の進捗状況を見張る。俺たちが居座る事で奴らにプレッシャーをかけるのだ。その間、奴らの歓待ぶりを堪能しようじゃないか。それに俺としてはお前と過ごせる良い機会だ。奥の部屋にはベッドもあるようだし、久しぶりに楽しもう」
「私はそのつもりで来たのよ」
グローディアが笑う。
「お前たちはこの部屋で警備よ。いいね」
グローディアが命令すると同行者たちは無言でうなずいた。
ーーーーーーーーー
鬼面の使者たちが地下神殿を去って数日。
広い地下墓地は祭壇を中心に同心円状に配置された魔道具の明かりで地面が反応して発光している。そこに多くの黒い影が集まって何か怪し気な儀式をしていた。
「魂をこの結晶石に集めるのだ!」
「術に集中しろ!」
男たちは百人はいるだろうか、どんなに厳しい術なのか、外側から次々と倒れていく。
半数以上も倒れた頃、祭壇の中央の闇に光が浮かんだ。その光の中に幻影のように裸の女が丸まってゆっくり回転している。
「来たぞ、成功だ! このお方で間違いない! 手放すなよ、見失えば二度と召喚できぬぞ」
光が祭壇の上に置かれた結晶石に触れるとそこから、石に向かって光が流れこんでいく。膨大な負荷が広がって、祭壇の周囲に置かれた魔道具が許容限界を超えて破裂し始めた。
「みなの者、耐えろ! 耐え抜け! 気を緩めると吸い込まれるぞ!」
その叫びの背後で、さらに多くの者が倒れていく。多くの命を吸い込んで結晶石がさらに輝きを増す。
「精製は成功だ!」
グルゴンが光り輝く結晶石を両手でかかげた。
おおっ。見よ! 素晴らしい! さすがはグルゴン様だ!
周囲の生き残った者たちが歓喜の声を上げる。
「では、これを研究機関に? これを注ぎ込むとキメア殿が言っておられた”仮器となる者”、古き血の者と肉体の急激な変化に耐えられる者の遺伝子の ”素体” への融合は成功したのでしょうか?」
「偉大なる方のやる事に失敗などない。我らが悲願、暗黒の邪神と一体化する者が、その力でまもなく誕生するのだ」
「千年もの悲願が私たちの代でかなうのですな」
「そうだ。そしてこの結晶石こそが仮器なる者を目覚めさせるための重要な鍵の一つとなる。偉大なる方が探し求めておられるお方の精神体の大部分を反転世界から召喚し、この石の中に収束したのだ」
「大部分ですか? 完全ではないのですか?」
「計算値によれば既に一部は覚醒し、新たな魂の一部として転生してしまった後のようだ」
「不完全な精神体で、あの偉大なる方は満足されるのでしょうか?」
「現状ではこれが最善であることは理解されるであろう。残りの魂の欠片を探すのは我らの役目ではない」
「はい」
「これを都に届ければ、我らの先祖が奪われた魔導の禁書がこの手に戻る。禁書の到着を待つ間に、我らは禁書に封印されし力を解き放つ準備に入るぞ。新たな祭壇の構築をしなくてはならん。我らが邪神様の眷属として永遠に生きることができる身体を手に入れるためにな」
「はい、それではまずは後片付けですな」
「うむ。方法はまかせたぞ」
グルゴンは黒い司祭服をなびかせて背を向けた。
「お前たち、死んだ者どもを片付けろ!」
深々と頭を下げていた男は、グルゴンが部屋から出たのを確認すると祭壇の前に立って叫んだ。
ーーーーーーーーー
「怪しい動きがあると思って来てみれば、当たりだったな」
邪悪な儀式を終えて立ち去っていく司祭服の男が瞳に映り、床に埋め込まれた魔力光のわずかな灯りを浴びてその美しい銀髪が闇に浮かぶ。
「ミズハ様、どうしますか? 邪神信徒のようです。討伐なさいますか? あの程度の闇術師なら二人でも十分ですけど」
隣に同じように屈んで様子を見ているスイルンはミズハと同郷の若い魔女である。二人とも黒っぽい魔女服に魔女帽なのでその姿は完全に闇に溶け込んでいる。
「スイルン、奴らは”あの方”とか、”偉大なる方”とか言っていたぞ。その黒幕を見つけるには泳がせる必要がある。組織を壊滅させることはいつでもできる。見つからないうちに一旦ここを離れよう。あの結晶石が一体何なのか、あれを持った男の後をつけるぞ」
「はい、ミズハ様」
湿地の魔女と帝国との協定により、帝国に害をなす存在の討伐が義務付けられている。スイルンが何よりも先に討伐を考えたのは当然だった。だが、魔王二天のミズハにしてみればこいつらの目的を確認する必要があった。
「あれをどこへ運ぶのでしょうか?」
二人は崩れた地下街を進む男たちを尾行する。男は三人、錫杖を両手で掲げ先頭を進む者、結晶石を収納した箱を持つ者、鈴を鳴らしながら邪悪な祈りの言葉を告げながら歩く者である。
「都と言っていたな、帝都ダ・アウロゼに運ぶつもりだろう。この様子を見ると転移魔法を使える者はいないのだろうな。おそらく馬車か何かで輸送する気だ」
洞窟の影に潜みながら男たちの後を追跡する。
結晶石を入れた箱を手にした男一人が扉の中に入って行った。男を見送った二人は重々しく扉を閉めると、扉に向かって祈りを捧げた後、壁に垂れ下がっていた鉄鎖を二人がかりで引き、やがて洞窟の向こうへと立ち去っていく。
「どっちを追います?」
「もちろん、結晶石をもった男の方だ」
二人は影から飛び出した。
その時、洞窟の奥から奇怪な鳴き声が聞こえた。
「マズイ、あれは飛竜ですよ!」
「こんな所に飛竜を飼っていたとはね」
「きっと、この奥で飼っていたんです。逃げられますよ!」
「マーキングする、急げ!」
扉を押し開いて、内部に突入したミズハたちの目の前で飛竜か大きく羽ばたき、砂煙が巻き上がった。
「追跡弾!」
ミズハが叫んで杖を振るう。散弾のように拡散した光の粒がいくつかその尾に付着した。
飛竜は一瞬で高く飛び立つと、天井の岩の切れ目に吸い込まれるように姿を消した。
「上手くいきましたか?」
「マーキングは何とかね。でもこっちが厄介なことになっただぞ」
「え?」
見ると、いつの間にか、背後を大きなサソリが取り囲んでいる。ただのサソリではない、闇術で配置されたガーディアンだ。
脱出路は入ってきた入口一つだけだ。そこからさらにサソリが入って来ている。そのハサミは片方だけでも人間の胴を挟むほどの大きさだ。
「少し暴れるぞ」
「はい!」
ミズハたちめがけサソリが一斉に襲いかかってきた。バチンと大きなハサミが閉じ、毒針が振り下ろされる。
「連弾!」
「ニードルウォーターー!」
光の弾と硬化した水針が放たれる。
二人の魔女がその毒針を跡形もなく吹き飛ばし、サソリのハサミや脚部が地面にバラバラと散らばった。体液が出ないのはこいつらがゴーレムのような存在だからだ。
ザサザサ……とサソリが入って来る。
飛竜が飼われていた洞窟の中を縦横に走り回って、二人の魔法が炸裂する。次々とサソリが吹き飛ぶが、きりが無い。
「ミズハ様、ダメです! 次から次に新手がやってきます!」
「ここでは狭すぎる! 洞窟ごと吹き飛ばせば殲滅は簡単なんだが、派手にやらかしたら我々の潜入がバレるかも知れない」
「どうします? いっそ眠らせますか?」」
「いや、面倒だ。スイルン、私の手を掴め!」
「はいっ!」
スイルンが差し出されたミズハの手を掴むとふわっと体が浮き上がった。その直後、狙いを外した毒針が地面に突き刺さった。
「このまま、地上に出るよ」
ミズハは空中に次々と魔法陣の足場を出現させ、上へ上へと跳躍していく。
「さすがです、ミズハ様!」
二人の姿は飛竜が飛び去った岩の隙間に吸い込まれていった。
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