第358話 ー結婚相手選抜2ー 対魔獣戦

 「最終試練、初めの勝負は対魔獣戦であります!」

 司会者は会場に向かって叫んだ。

 拡声魔法が発動しているので、その声は会場の隅々まで響き渡る。


 「さあ、いよいよこれから競技場内に危険な魔獣が放たれます! 魔獣に倒されれば即リタイア! 制限時間まで逃げ回るもよし、魔獣を倒すもよし、判断は自由です! ですが、もちろん倒した方が高得点になりますよ!」

 

 会場の人々は試合支度を済ませた5グループを見つめた。統一した鎧を着ているグループもあれば、服装はまったく不揃いというグループまで様々である。


 「さあ、準備はよろしいですか? 始めますよ! では、ゲートオープン! 対魔獣戦開始です!」

 司会者の声と共に競技場の四方にある扉がギリギリと錆びた音を立てて開いて行くが、もちろんこれも演出、ただの効果音だ。


 競技場内には荒野をイメージした舞台がセットされており、岩々や枯れた林まで再現されている。危険な荒野を冒険するシュチエーション。岩などの舞台装置をうまく利用して立ち回るのが鍵になりそうだ。


 「来るぞ! サ・ラミットフォーメーション!」

 真っ先に動いたのはサ・ラミットだ。


 はずかしげもなく自分の名を冠した陣形をサ・ラミットが叫んで、何かを指し示すようにヤレっ! とばかりに指を突き出した。


 その勇ましい姿に会場が一瞬湧いたが、彼らは突撃するわけでもなく、地味に魔法使いがその左右で詠唱を始める。

 彼らは顔を道化のように白塗りしている。その顔に黒っぽい古風な魔法使い装備なのでどこか得体が知れない不気味さが漂う。


 どんな恐ろしい魔法を使うつもりなのか? と観客たちが息を飲んで見守っていると、ついに正面の扉が開ききった。そこから何かに追い立てられるように勢いよく小さな魔獣たちがピョコピョコと飛び出してきた。


 「おおおおおーー!」

 ついに魔獣が姿を見せた!


 あれが魔獣か! と群衆の期待が高まる。

 遠くから見る限り、まるで野ウサギのようだが、まさかそんなことはないだろう。きっと小さくとも危険な猛獣に違いない。


 「発動! 防殻!」

 魔法使いたちが捧げものをするように両手を突き出し、ゆっくりと下から上に手をかざしていくと、サ・ラミットたちの周囲に貧弱そうな防殻がのんびりと展開していった。


 それでも突進してきた一見可愛らしいウサギのような魔獣は半透明の防殻にぶつかって弾き跳ばれている。


 「よし! 入ってこれないな、やれやれ」とサ・ラミットは防殻の中で何をするわけでもなく、ただ魔法使いたちに守られながら緊張の汗をぬぐった。


 「ぶーぶー!」

 「なんだそれ!」

 あまりにも期待外れ。

 「あんなウサギ程度にびびってんのか!」

 消極的な行動に不満を持った観客が物を投げつけるが、全く動じない。どうやらサ・ラミットはあのまま防殻の中でじっと終わるまで待つつもりらしい。


 「本当にあれはなんでしょうか? あれでも防殻術ですか?」

 リサも思わず目を覆った。

 カインパーティーの仲間が使っていた防殻術はもっと透明度が高くて剛健だったし、一瞬で展開し終えていた。とても同じ術とは思えないお粗末さである。


 「わああああーーーー!」

 「おおおっーーーー!」

 今度は反対側で歓声が聞こえた。


 見ると、反対側の戦闘区域でソー・セジュが突進してきた猪のような魔獣とがっぷり四つに組んでいる。


 「我が筋肉の前に沈むがよい!」

 「筋肉こそ全て!」

 こっちは真向勝負に出たらしい。配下の3人も同様の戦い方だ。その盛り上がった両手の筋肉が逞しさを感じさせる。


 だが、こいつらは前ばかり見て周囲への警戒がおろそかのようだ。背後からこっそり近づいてくるヒヨコに誰も気づかない。


 そのヒヨコ、いやあれも魔獣なのだろう。そいつが突然跳びはねて、愛らしいくちばしでソー・セジュたちの尻を一斉につついた!


 その瞬間、ボッ! と発火!

 ソー・セジュらの尻に火が付いた。


 「あ、アチッ! アチッ!」

 火を消そうとお尻を手で叩いて走り回るソー・セジュらに爆笑が起きる。

 逞しさをアピールしようと履いていた獣毛付きの短パンが燃えやすかったのだろう。

 簡単に燃えて穴が空いた。

 お尻丸出しでヒヨコと猪から逃げ回るソー・セジュたちが哀れだ。


 「ダメだわ。これもひどい……」

 周囲の警戒もできない三流じゃない!

 セシリーナはうんざりした。あれは本当の危険に身をさらしたこともない見た目だけの連中だ。おそらく安全な訓練場に籠って薬に頼った筋肉づくりをしていたのだろう。


 そんな中、ちょっと見で善戦しているのはマ・オサーシという男だった。


 巧みに枯木の枝を利用して逃げながら、チャンスを見ては魔獣に矢を射かけている。残念ながら追ってきているのが蜥蜴のような中型魔獣の群れで、硬い鱗を持っているため有効打にはなっていないが、その活躍に声援が飛ぶ。


 仲間との連携もなかなか上手い。ただ、本当に有効打がでない。本当に敵の鱗が固すぎて通用しないのか、そもそもマ・オサーシの攻撃が弱すぎて矢が刺さらないのかがわからない。結局は逃げ回っているだけなのである。


 「左から来るぞ! 守れ!」

 「一匹、倒しましたぞ!」

 穴熊族のような小太りの男、メン・チャコーツと後期兵の3人組は剣を抜き互いに背を任せて、襲い来る魔犬と戦っている。


 これはなんとも地味な戦いぶりだが、善戦していると言って良いだろう。

 仲間が押され気味になると他の者がカバーに入ったりする。その結果、挑戦者たちの中で今のところ唯一魔獣を倒して点数を稼いでいる。


 「ムリぃいいい!」

 チーサ・トグソクと3人の泥豚族は最初から戦いもせず、岩々の間を逃げ回っている。


 後ろから追ってくるのは今回最大の魔獣、おそらく凶暴なウンバスケの幼体群だろう。うん、これは誰が見ても相手が悪すぎる。


 あの魔獣は本物の騎士数人がかりでも危険な相手だ。戦うこと自体が無理だ。いくら幼体とは言え中型魔獣よりも巨体で、しかも群れを成している。


 おそらく泥豚族には早めに落選してもらおうという運営側の思惑が強く働いていそうだ。その滑稽で惨めな逃亡姿は哀れを誘うが、終了まではまだ時間がある。果たして逃げ切れるのだろうか……。


 「わああああ…………!」

 反対側の観覧席から声が上った。

 マ・オサーシたちがついに一匹の魔獣を倒したようだ。

 自分で倒した訳でもないのだろうが、マ・オサーシが蜥蜴に片足を乗せ、あたかも自分が倒したとばかりにリサ女王の方を見て積極的にアピールしている。


 「やっぱり、なんかヤダ」

 リサは頬を膨らませた。


 「わはははは…………!」

 次に大笑いが起きた。


 焦げた尻も丸出しのソー・セジュたちがヒヨコと猪の群れに追い回され、防殻を維持できなくなっていつの間にかウサギに追われていたサ・ラミットたちのグループと鉢合わせした。


 互いに魔獣の群れに追われていたので、もうめちゃくちゃだ。パニックになった二人が正面からまともに激突して倒れた。目を回して失神したようだ。


 「ああっ! こんなに早くもナンバーワン候補と目されていたソー・セジュとサ・ラミット2名が脱落してしまいました! これは予想外であります! 競技場にはあまり優勝してほしくない2名とキザですが顔だけまともなマ・オサーシが残っております!」

 酷い解説である。


 穴熊族の姿をしたメン・チャコーツたちは岩のように一歩も動かず襲いくる敵をチクチク刺して身を守っている。泥豚族チーサ・トグソクたちはどこまでもカッコ悪く逃げ回っている。


 やがて会場に競技終了の鐘が鳴り響いた。


 魔獣拘束の術が自動的に展開し、競技場を駆け回っていた魔獣が次々と方形の魔法檻に捕らえられていった。


 その時になって初めて観衆は気づいた。

 魔獣ウンバスケの数が僅かに減っているようだ。

 偶然かもしれないが、チーサら泥豚族チームは逃げながらも何らかの方法でウンバスケを倒すことができたらしい。


 「どうやってあのウンバスケを倒したのかしら? セシリーナ、見た?」

 「いいえ、さっぱり。注目していなかったわ」

 「だよねえ」

 二人は首をひねった。


 「さて、初戦の順位です! 一位は小型、中型魔獣計4匹を倒したマ・オサーシ! 二位はなんとウンバスケ2匹を倒した泥豚族のチーサ! 三位は守備を固めながら小型魔獣を3匹を倒したメン・チャコーツ! そしてなんと、サ・ラミットとソー・セジュの2名が脱落となりました!」


 敗者の門から、とぼとぼと二人が出ていくのが見える。

 左右の観客席から赤い顔をして怒鳴っているのが彼らを裏で動かしていた元貴族たちなのだろう。


 「なんだか、凄い姿の方々が残ってしまったわ」

 リサが目を丸くした。


 例え変身している姿とは言え、あの中に夫候補として指名しなければならない者がいるとは思いたくない。とても現実味がない顔ぶれだ。


 「会場の皆さま! ただいまから準備のため、次の試練までしばらく休憩になります! お食事とお買い物は、外の売店をご利用くださーーい! お勧めは……」

 こいつ、商店組合のまわし者か? と思うくらい、売店や商品の宣伝を始めた司会の声に後押しされるように観客たちが動き出した。


 当然、会場の外には商店組合の者たちが屋台を連ねて観客たちを待ち構えている。美味そうな匂いがさっきから会場内まで漂ってきていたのだ。


 「女王だと気軽に食べに行く事も出来ないしなーー。良いなあーー」

 リサが特別室の窓から羨ましそうに人々の流れを眺めている。


 「これを使う?」

 その頭にセシリーナがフードをぽんと被せた。

 「え? これは?」

 灰色に変色してかなりくたびれているが何だか懐かしい。


 それは呪いを解くためにアパカ山脈を目指し、みんなで旅をしていた頃にカインが被せてくれたフードだ。今となっては少し小さいが、セシリーナが魔法のポシェットで大切に保管してくれていたらしい。


 「たまにはこっそり外に出ましょうか? 幸いここには口うるさい王宮衛士はいませんし、ドンメダ隊長ならうまく言いくるめられそうです。どうです?」

 セシリーナが唇に指を当てて笑う。


 「もちろん、行くにきまってる!」

 リサの目がぱっと輝いた。

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