第357話 ー結婚相手選抜1ー リサ王女の夫となる者
人々の歓声に包まれている大競技場。
ここにはかつて囚人都市最大の墓地エリアがあった。
闇術師たちが数年がかりで準備したという超魔法攻撃によって生じた巨大なクレーターに、大戦で死んだ無数の遺体を集めて投げ込んだ場所であった。
弔いもなく打ち捨てられ、焼き尽くされた穴の底から、恐ろしい魔物が湧き出し、新王国が囚人都市を解放するまでは帝国兵ですら立ち入らない禁断エリアになっていたのである。
新王国は、聖都クリスティの建設にあたり、重犯罪人区画の解放と共にこの墓地エリアの浄化を真っ先に行った。
墓地を支配していた魔物たちを討伐し、全ての遺体を掘り起こして丁寧に埋葬し直すと、その跡地に浄化魔法の光を放ち続ける神聖石を埋め込んだ記念碑を建て、盛大な弔いの儀式を催したのだった。
それ以来、魔物は発生しなくなって、今では鎮魂のエリアとして花々が咲き誇る公園になり、その隣地には数万人を収容できる競技場まで建てられたのである。
わぁーー! わぁーー!
方形のフィールドを持つ競技場は満席状態で、大観衆が歓声を上げながら、その中央に集まっている者たちを見ていた。
これからリサ女王の新たな夫になる資格を持つ者を選抜するための試練が行われる。フィールドの中央で全身を隠している者たちの中にその候補者がいるのだろう。
これはリサ女王の結婚相手を選抜する重要な国家行事だが、これは庶民の娯楽も兼ねている。会場周辺には多くの露店が出ていて、クリスティリーナ饅頭とかクリスティリーナグッツとかが売られている。もちろん3Bの誰かが発案したに違いないのだ。
うおおおっ!
どよめきとともに観衆の声が一気に高まったのは、競技場の貴賓室にリサ女王と宰相セシリーナたちが入ってきたのが見えたからである。
貴品室の前のバルコニーに新王国の旗がはためいた。女王の到着を示す濃い紫色の三角旗が掲揚されると盛大に鐘が打ち鳴らされ、会場に静けさが戻った。
「聞け! これより、リサ女王立会のもと、最終試練を開始する! この選抜を勝ち抜いた者こそ、リサ女王の夫になる資格を得るのである!」
わあああああーーーー! と競技場が揺れた。
「夫となる者には、勇気! 知恵! そして仲間の協力と信頼が求められる! 全ての資質を備えた者こそ夫となるに相応しい! 見よ! 今日、ここに仲間と共に集いし勇者はこの5人だ!」
バッ!
その声とともにフィールドの中央にいた者たちが一斉に頭を覆っていた頭巾とマントを投げ捨てた。
競技場の中央にいる5つのグループ。
各グループの中央にいるのが候補者らしい。声援に応えて手を振っているが、どうもみんな顔が妙だ。野獣や穴熊族みたいな者もいる。
「さて、会場の皆さん! 彼ら候補者は、真にその人物の人となりを見極める必要があるため、容姿に惑わされないように、あらかじめそれぞれに相応しい何かに変身させられております!」
「だってさ、セシリーナ。アレが本当の顔だったら始める前に強制終了させようかと思ったわよ」
リサ女王は遠眼鏡をのぞきこんで言った。
「容姿に惑わされないようにと言いましたが、選ばれた後の身の安全を確保するためでもあります。顔がバレていると王宮に入る前に暗殺される事もありますからね」
「そうか、なるほどね」
「女王様、宰相殿、これが今回の候補者の目録だそうであります」
護衛兵長のドンメダが姿を見せると二人に目録を手渡した。
「それがこれですか?」
セシリーナは手元の視紙に目を落とした。各候補者のプロフィールが記されている。
公平を期すため顔は変身後のものだが、変身後の姿から想像するに残念ながらリサの好みのタイプの男はいない気がする。
変身しているのは顔だけのはずなのに、中年太りだったり、短足だったり……。
これでも数万人の応募者に様々な試練を与え、一週間もかけて選考された後にこの最終試練に残った者たちなのだそうだ。
「ふぅ……」とセシリーナはため息をついた。
いくら体面を取り繕うだけとは言え、もう少し希望が感じられる人選はなかったのか。
そもそもこの選考会だって本心では嫌なのだ。
新たな夫候補の選出にリサ女王は猛然と抗議したが、形だけでも婚約者がいれば国民が安心するから、と議員たちに説得され、渋々、夫になる資格を与える、という形で落ち着いたのだ。
資格を与えるだけであって、リサ女王がその気にならなければ夫にはならない、だから形だけだと言うのだが。
「国民にポーズをつけるだけなのにね?」
リサもうんざりしている。
だが、本当に形だけで済むのだろうか? なし崩し的に予備から正式な婚約者になったりしないだろうか? 何人かの参加者の背後には真魔王国を追われた者たち、腐敗した元貴族の影も見え隠れしている。あれは権力に群がる意地汚い連中だ。
本当にリサ王女を守ってやれるだろうか?
そんなセシリーナの不安をよそについに始まりの鐘が鳴り、候補者の紹介が始まってしまった。
「第1候補は、サ・ラミット! 率いるは魔族の魔法使い3名であります!」
司会に呼ばれた背の高い貴族然とした男が手を振り、リサの方を向いて拝礼した。
意味も無く大きな帽子を被っているせいで顔が良く見えないが、道化のような顔になっているようだ。
貴族の由緒正しい作法はかなり高貴な魔族出身だとすぐ分かる。おそらく元魔王国の大貴族の息がかかっている者だろう。
「第2候補は、ソー・セジュ! 率いるは元獣天配下の勇士3名であります!」
顔が野獣の仮面のようになっている。
両手には獅子の前足を擬した武器を装備し、鍛え上げられた筋肉が鋼のようだ。元一天衆の配下だろうか、やはりその裏には魔族の貴族の影がちらほらする。
真魔王国の新体勢下で地位を失った旧帝国の元貴族たちが新王国の中枢に力を広げようと色々画策している、そんな話は既にセシリーナの耳にも入っている。おそらくこの2人はそういった元貴族に持ち上げられた者なのだろう。
「第3候補は、マ・オサーシです! 率いるは妖精族の弓兵3名です!」
細身で色白の男は妖精族の出身なのだろうか。
変身した顔立ちも他の者と違って嫌味なほどのイケメンである。しかも壇上で華麗に旋回して拝礼するところがキザっぽい。
「なんか、ヤダ」
そのキザっぽさを見てリサが舌を出した。
「第4候補は、メン・チャコーツ! 率いるは後期軍の精兵3名であります!」
フードを被った少し小太りの男は人族だろうか。
顔が穴熊族のようになっている。マ・オサーシの真似をして回転して見せたが、少しよろけ、会場から失笑が漏れた。せっかくの人族なのだろうがリサにはまるで不釣り合いに思える。
「第5候補は、チーサ・トグソクです! 率いるはなんと泥豚族なのに魔導師という3名です!」
見るからに胴長短足で、この男の正体も実は泥豚族なのに違いないとすら思えてくる。
候補者5人とも従者を見れば何となくその種族を察することができるのは、この選出戦の欠陥ではないだろうか。
チーサは目だけを隠した異国の仮面をつけたような顔をしている。王女に手を振ると、恭しく魔族の伝統的な貴族の拝礼をした。
その勇気だけは褒めるが、泥豚族などそもそも美しい王女に相応しくない、よくも立候補したものだという声が会場のあちこちから聞こえてきた。他の4人の候補者も、こいつは酷いと呆れかえっているようだ。
「ふう、全員失格ということはできないのかしら?」
リサがその面々を見て思わずため息をついた。
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