第239話 聖都クリスティの復興
聖都クリスティ、かつて囚人都市と呼ばれ荒廃していた街は急速に復興に向かっていた。
数万人に及ぶ帝国軍の逃亡兵は寛容な新王国の人々に迎えられ、街の復興に汗を流している。彼らは新王国当初からの熱狂的クリスティリーナ信徒からなる前期兵に対して、後期兵と呼ばれていた。
特に囚人都市の二大の危険地帯であった重犯罪人区画と、幽鬼が
後期兵には、クリスティリーナ信奉者もいれば単に死ぬのが怖くて逃げた者もいる。そんな雑多な集団をまとめたのは妖精族と魔族のハーフであるセ・クリウス・メットーナという若者である。みんなからはクリウスと呼ばれている。
彼は帝国の大貴族領に住んでいた一農夫であったが、北部貴族の乱の際に仲間とともに義勇兵として参加、あちこちの戦いを経験したが、仕えた将に恵まれず出世できなかったという若者だ。
後期兵の中からリーダーを選出する際に、もし万が一帝国に負けた場合に、リーダーになっていたらどんな刑を受けるかわかったものではないという思惑が巡り巡って、なぜか何の地位も権威もないが実績だけはあるという彼がリーダーに選ばれたのだ。
「さて、この神殿の復旧が次に我々に課せられた仕事なんだけどな。これで良いのか? だいぶ元のデザインとは異なっているけど」
クリウスは設計図を手に大神殿を見上げた。机の上には旧神殿の配置を記した図面が広げられている。
中央大神殿の配置図には、六大神の一柱であるアーヴュスを祀る大神殿を中心に、放射状に小神殿が立ち並ぶ様子が描かれ、その細部の意匠まで書き記されている。
天空の女神で全てを司る最高神のアマンデア神、広い知識を持つ医療の神でアマンデアの夫神であるアーマイリア神、美と知恵の女神アプデェロア神、大地と農作の女神アデローデ神、戦と金運の神アーベロイス神、この五柱を祀る小神殿と、諸々の土地神を祀る脇殿が大神殿の周囲に規則正しく配置されているのである。
ちなみに、アを冠するのは女性神、アーを冠するのは男性神で、魔族や人族の別は無いが、その姿を像にする時は各民族に近い姿で造られることが多い。
帝国では魔王の権威を絶対のものとして六大神を祀る教えは廃され、各神殿の内部は大戦後に破壊されており神の像も既に失われているが、帝国に反目する新王国の立場としてそれら神殿の復旧にも取りかかっているのだ。
「大丈夫ですよ。3Bの方々にはOKをもらっていますしね。全体で調和がとれていればよいとのことでしたよ」
「はい、確認はとれています」
屋外のテントにはクリウスの下で工事を担当することになった若者たちが集まっていた。
「ふん、そんなもんか?」
親友で側近のモン・オンが筆を舐めて、資材の確認をしている。彼はクリウスが故郷を離れた時から行動と共にしてきた。こういった事務や政務もこなせるが実は北部貴族連合一の猛将といわれた馬上のガル・ガユンを一撃で突き殺したほどの短槍使いである。
先の大戦の負の遺産というべき忌まわしい土地が次々と開拓され、様々な公的な建物の再建が始まっているが、新たに建てられた建物の細部意匠が過度に凝っているのはクリスティリーナや彼女の伝説のステージ等からイメージしたデザインに対する物好きが多いせいだ。
神殿に新たに加えられた回廊に並ぶ円柱の頭がひらひらしているのは彼女のミニスカートをモチーフしている。俗に言うクリスティリーナ様式の美である。
「追加工事の件については、ベント様は何とおっしゃられた? やはりアプデェロア神殿の前に建てなさいとか?」
「ええ、聖都の女神、クリスティリーナ神の神殿は、アプデェロア神殿の前に配置してこそ相応しいとおしゃっています。アプデェロア女神に付き従う二大美女神と呼ばれる女神の化身とのお考えのようです」
「アプデェロア神は崇高すぎるけど、二大美女神は人間界に人として生まれてきて人とも結ばれることがある神だったっけ? そういう所がクリスティリーナ様に似ているということなのかな?」
「ええ、神殿の中に祀るクリスティリーナ像は、シンボル像よりもさらに細部にこだわった、ファンならば悶絶級の代物になると聞いてます」
「シンボル像ね。あれは目立つからな。あれに負けない像を祀る神殿と言う事だな。よし、我々も全力を尽くして、みんなが驚くような神殿をつくろう」
「そうですよ。我々後期兵の力を見せましょう。そう言えば不足資材の件ですが、第2班のショウ・ウカ殿がうまく手配してくれたようです。シズル大原のとある街からうまく買い付けたと報告がありました」
「えっ、敵地から買い付けたの? 流石だなあ」
「彼がクリスティリーナ信者になってくれてよかったですよ。なにより彼の才能を帝国が用いる前に我らの同士になったのは幸いでしたね」
「そうだね。やはりこの国の支柱は女神クリスティリーナ様なんだね」
そう言ってクリウスは遠くからでも目立つ女神像を見た。
聖都を訪れた者を出迎えるのは、中央大門をくぐった先にそびえる巨大なクリスティリーナ像である。門をくぐって進めば聖都を大きく東西に区画する中央回廊である。
中央回廊の左右にはクリスティリーナの応援旗だったデザインを模した旗が翻る。
聖都の南区画は女神クリスティリーナが最後に目撃された場所で、天界に帰った場所としてその瓦礫に覆われた窪地はそのままに残され、聖地になっている。
その窪地の畔に巨大な女神像が立つ。
像の周囲には仮設店舗が多く並ぶが、立派な商店もちらほらと建ち始め、活気にあふれてた街になっている。
ーーーーーーーーーー
「さて、集まってもらったのは他でもない」
クリス亭の旦那ベント・サンバスは左右に目を配り、最近、聖都にクリス亭の分店を出したばかりで寝不足気味の表情を引き締めた。
分店は食堂の他に宿屋も兼ねており、宿で使う調度品を集めていたのだが、帝国駐屯地の粗末な宿舎に残されていたクリスティリーナが使用していたと思われるベッドをついに手に入れたのだ。
もっとも、先の戦で駐屯地にいた帝国軍はバルザ関門戦の前に敵に駐屯地を利用されないよう徹底的に破壊していたのでどの品をクリスティリーナが使用していたかなど正確な所は分からない。だが、クリスティリーナの部下だったという者の証言で、駐屯地に残されていた“槍の絵”の描かれたベッドが彼女の物だった可能性があるとわかった。そのベッドの競りにかなりの額の金を使ってしまった。
この伝説のベッドを利用して聖都のクリス亭支店を繁盛させなければならないのだ。いつまでも自分がそのベッドに寝転んでスーハーしている場合じゃないのだ。
「うむ、帝国軍だな。まもなく第2次討伐隊が編成されると聞いておる」
雑貨屋の親父ビヅド・バイダが左頬を濡れた布で冷やしながら言う。不良在庫の件で奥方と夫婦喧嘩して、やられたらしい。
「はあー。違うんだな、ビヅド。それは第二案件だ」
べントはまるでわかっていないなというように首を振る。
「なんだ? 帝国の襲来以上の案件があったのか? 帝国は今度こそ、その面子にかけて本気でくるぞ。帝国の逆襲なのだぞ」
「ここは聖都クリスティだ。ビヅドよ、カレンダーの日付をよく見よ! 思い出したようだな。そうだ、まもなく女神クリスティリーナの誕生祭の日なのである! 帝国の逆襲? そんな屁みたいな議論は後で良い」
「おおっ! そうであったか! ではこの会議の主題は……」
「そうだ。誕生祭をいかに盛り上げるか、という内容だ。みてみろ。ホダや、ンダ等は既に野菜や肉の売上増加を見込んで買い付けのために今日は欠席だ!」
「は?」
いや、それはどうなのだろう?
会議の方が重要なのではないのか、一応この会議は新王国の正式な会議、いわば国会である。中央壇にはテルミア王女自らもご臨席という会議なのに。
ビヅドは壇上の王女を見上げた。少女は無理をして威厳を作ろうとしているようで、その表情は硬い。肩にも力が入っているようだ。
そんな王女が見ているのに、国会より野菜や肉の仕入れに奔走しているというのはいかがなものか。だが商人は長いものには巻かれろである。
「あいつらは、誕生祭を盛り上げようと、既に国中を駆けまわっているのだ。お前も少しは見習うとよい!」
ベントは一喝する。
「しまった! 私も誕生祭用の雑貨を仕入れに行けば良かったのか!」
ビヅトは悔しがってみせるが、これ以上不良在庫を抱えたら身の危険もあるので本気ではない。
「ベントの旦那、そろそろ本題に入りましょう。今回の誕生祭は新王国初めての記念祭でもあります。国中で祝うとして、祭りを盛り上げるための目玉を何にするか?でしたな?」
武器屋の親父ブルガッタ・バドスが冷静に言った。
女神の誕生祭では武器の売上には関係が無いだけに、彼は冷静でいられるのである。
「うむ、今回の誕生祭までに女神の神殿は完成しないので、何かやるにしても屋外で行うことになる。何か良いアイデアは無いか?」
「ハイ!」
ビヅドが手を高々と上げる。
「女神クリスティリーナは犬が大好きだったと聞いております。みんなで犬の尻尾を付けて、ダンスを踊るというのはどうでしょうな!」
ぎろりと周囲の目がビヅドを睨む。
ビヅドが戦の最中に不良在庫処分のため、新王国軍の英雄であるジャク将軍にまで犬の尻尾のアイテムを付けさせようと悪巧みをしていたことは既に知られているのだ。
それに愛馬はいたはずだが、愛犬は聞いたことが無い。
「却下!」
「ええええ!」
「ほかに何か案はないか?」
「ハイ……」
酒屋の次男ホナが自信なさ気に手を挙げた。
「おお、ホナが意見をするとは珍しい。言ってみよ」
「あの、その、ええと、女神を賛辞する歌を競わせて、勝ったら負けた相手に酒を飲ませ、最後まで酔わずに残った者をその年の女神の僕として認定するというのはどうでしょう? 認定された者はクリス亭の例のベッドのある部屋に半額で宿泊できるとか副賞もつけてはどうかと」
「おお!」
集まった一同はホナを見直す。
「本当にお前か、ホナ! とても良い意見ではないか! いつも誰かの尻尾について回っているようなガキだと思っていたが」
ベントは大げさに驚く。
どうも怪しい。その儲けと宣伝効果はホダとベントにばかり得な話である。集まった者は互いに顔を見合わした。
「他に意見は無いか? 無ければホナの案でいくぞ? 良いのだな?」
「わかりました。大筋はそれでいくとして、さらに他の商売にも利益がでるような仕掛けを付けくわえていくことではどうでしょうな。いかがですかな、皆様方?」
ブルガッタが他のメンバーの声無き声を代表して言った。
「おおう、賛成じゃ!」
「それで行こう!」
「うむ、それでは今年の誕生祭の目玉はホナの意見でまとまった。ホナ、詳細についてさらにみんなと煮詰めるんだ。いいな?」
「は、はい」
ホナ・ゴデネはうなずいた。
「さて次は、もう一つ、帝国の逆襲についてだが、この後、国防会議が開かれる……」
ベントは先ほどとは打って変わって鋭い目つきをして一同を見回した。
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