第215話 神殿最上階 竜

 「ひえー! 竜です!」 


 「ああっカインが食べられた!」

 「そっちにもいるぞ! 気をつけろ!」

 ミズハが叫ぶ。


 ルップルップがすぐに防殻を発動させた。

 ぎゃあーーーー! 右側からの攻撃に防殻ごと全員が弾き飛ばされた。


 「カイン! 今、助ける!」

 セシリーナが防殻から飛びだすと左壁に向かって走った。


 「待て! 慌てるな!」

 ミズハが後方から魔光弾を放ち、竜の腹に弾が連続して命中して竜が吠えた。

 どろろ……大量の涎とともに俺は床に落ちた。


 「カイン! 生きてる? 生きてるっていってよ! どこを噛まれたの? ルップルップ! 治癒術をお願いよ!」

 セシリーナが俺を抱きあげ、あちこち撫で回して怪我を確かめた。


 ルップルップは防殻術を発動中なので、セシリーナの声を聞いてどっちを優先すべきが混乱している。

 防殻術を止めれば自分やリサが危ないだろうし、カインの怪我を直さなければ命にかかわるかもしれない。


 涙目のセシリーナの顔が近い。


 「おう、無事だ」

 俺は目を開けた。


 幸い奴の牙と牙の間に挟まったので噛まれてはいない。腹部に強烈な圧力がかかったので思わず屁が漏れたせいなのか、それとも長靴が臭かったのか、噛むのを躊躇したようだ。何よりもこのアーマーが丈夫で固かったから助かったらしい。


 「よくもカインをやったわね! あんたは私が相手よ!」

 セシリーナが怒りに我を忘れているようだ。

 久しぶりに見る彼女の本気の戦闘モードだ。


 ミズハは右竜を相手にしながら、セシリーナが魔法のポシェットから取り出したショートソードに目を見張った。


 薄らと光りを帯びた剣はおそらく魔剣の類だろう。カムカム家の家宝に竜殺しの剣があると聞いていたが、もしかするとあれがそうなのかもしれない。


 ミズハは竜の攻撃をかわしつつ、詠唱前に仲間の位置を確認する。間違って仲間に術の効果が及ばないようにするためである。


 「ん?」

 ルップルップの防殻の中には横たわるカインと健気にその看護をしているリサの3人の姿がある。


 あれ? 妙だ。一人足りない。

 風を切って竜の前足が横なぐりにミズハを襲う。身軽にその攻撃をかわして上へ飛ぶ。


 その目に奥の神聖な祭壇が映る。

 祭壇にいかもにも怪しい忍び足で近づく影……リィルの姿があった。


 ミズハの目が点になる。

 これだけ危機的状況でも、お宝目当てで動いているのだ。

 竜に気づかれていないところだけは流石だが。しかも、リィルは祭壇の影の奥壁に何かを見つけたようだ。


 ミズハは竜を攻撃しながら、リィルの怪しい動きに気を配った。リィルは何をしようとしているのだろう?


 「リィル、余計な事はするな! 周りのものに触れるでない!」

 ミズハの声にセシリーナたちもリィルが何かしようとしていることに気づいたらしい。その声がリィルに届いた時には手遅れだった。


 ニヤリと振り返った瞬間に壁に手を付いていたのである。

 ガコン! と音が響いた。

 「!」

 皆の動きが止まった。

 竜が消えたのだ。


 「これは一体?」

 「不思議だ。リィル! お前は何をしたのだ?」

 俺たちは祭壇の奥に集まった。

 リィルは少々得意げに腕組みしている。


 「ふふん。これですよ。これ。ここに丸い筒状のものが壁から突き出ていたんです。賢い私はそれが竜を操作するスイッチだと気づいて。これを押したんです」


 「ふむ、確かにこの丸い所に竜の絵が彫ってあるな」

 「すごいよ!リィル!」

 リサが目を輝かせた。


 「よくあの状況でこのからくりを見抜きましたね。見直しました」

 「もっと褒めてくださいよ。ほら、ほら」

 リィルが胸を張る。


 その時だ。

 ガコッ! と音が響いて、壁に押し込まれたはずの筒が飛び出してきた。


 全員の目が点になった。

 途端に背後に二匹の竜が現れた。


 俺たちは息を止めてしゃがんだ。

 幸い竜は向こうを見ている。


 「なぜだ? なぜスイッチが戻ってきたのだ?」

 「そんな事、私が知る訳ないでしょう」


 「もしかすると、時間が経つと戻るのかもしれないわ」

 「そうなのか?」


 「もう一度押してみるか?」

 俺はそう言ってスイッチを押し込む。


 ガコッ! と音がして、竜がすうっと消えていく。

 今度は動かないようだが、どこかから何か振動が伝わってくる。


 「あ、見て、見てください」

 ルップルップが指差す。

 筒がずりずりとゆっくり戻ってきた。


 全員が注目していると、ガゴッ! と音がして今までないくらい壁から突き出してきた。


 何だこれは……。

 俺たちが呆然としている背後で4匹の竜がこちらを向いた。


 「ぎゃー! 増えてる! 増えてますよ!」

 ルップルップが泣きついてくる。

 「もう一度押しこめ!」

 俺は思い切り筒を押し込んだ。勢い余って、壁の中まで筒を押し込んでしまう。


 すっと4匹の竜が消えた。

 何だか壁の向こう側から、「ぎゃー」という悲鳴と「4匹になった」みたいな声が聞こえたような気がするが気のせいだろう。


 ガコッ! と筒が戻ってきた。

 2匹の竜がこちらを見る。


 「うわー!」

 俺たちは筒を押し込む。


 だが、今度は何故か渋い、なかなか入って行かない。何かがつっかえたようだ。


 背後の竜の姿が薄くなったり濃くなったりしている。

 だが、俺たちは人数が多い。

 全員で力任せに押しこむ。


 ベキ! ガコッ! と音がして竜が消える。


 「ぎゃー!」

 「また4匹!」

 今度ははっきり聞こえた。


 「なあ、カイン、向こう側にも誰かがいるんじゃないの?」

 ルップルップである。皆が思って、誰も口にしなかったことを言う。


 こんな場所に自分たち以外の者がいるなど馬鹿げた考えだ。

 普通は妄想や幻覚だと思うだろう。

 だが、壁の奥が騒々しいのは確かだ。


 みんなが耳を澄ませて息を飲む。

 筒は戻ってくる気配は無い。

 やっとこれで一安心だ。みんなが胸をなで下ろした時だった。


 ガッゴーン!!

 凄まじい音を立てて、勢いよく筒が飛び出してきた。いや、壁から突き出したのではない。筒が壁から飛びだし、派手な音を立てて祭壇に衝突すると砕け散った。


 あまりのことに呆然とする俺たち。


 「ドリス! これではあんまりではないか!」

 「仕方ないじゃん」

 壁に開いた穴の向こう側から野族語と共通語の声が伝わる。

 俺たちの背後にゆらゆらと竜の姿が揺らぐ。


 「その言葉! まさか!」

 ルップルップが急に壁の穴に顔を張りつけた。


 「そこにいるのは野族か!」

 その声に向こう側で誰かが反応したようだ。


 「まさか! そちらにおわすのはルップルップ様か! 我でございます。族長一族に属する者、槍兵にして族長一族と司祭を守る兵でございます!」

 「ボザルト、誰かが穴の向こうにいるのか?」

 という声が聞こえてきた。


 「大変だ! 向こう側に私の護衛だった野族が来ている。何とか合流できないか? カイン!」

 ルップルップが振り返った。

 その目に迫る4匹の竜の姿が浮かんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る