第156話 <<リナル国征服 ー東の大陸 サティナ姫ー>>

 東マンド国王コドマンドは上機嫌であった。


 リナル国の王都は既に陥落した。今は降伏の調印を行わせるため、身を隠した王やその一族を探している最中である。


 リナル国の属国化など、歴代の東マンド国の王で誰もが成しえなかった偉業である。


 「むふふふふふ……」

 コドマンドは自慢気に髭を撫でながら、壁に作られている小窓の蓋を開いた。


 その隠し窓の向こうに、多くの美女の姿が見える。

 駐屯地の国王の天幕の隣に簡易な集会施設が作られていた。

 本来は作戦会議や他国の使者を迎える施設だったが、そこにリナル国の貴族の娘が集まってきていた。


 新たな支配者となるコドマンドに尻尾を振るリナル国の貴族たちが、早速その妃にさせようと送り込んできた者たちである。


 これから新王として後宮を作るのだ。


 これまで東マンド国には後宮という制度は無かったが、かつて南マンド大王国の時代には存在したという。

 南マンド大王国の復活を唱えるコドマンドは以前から当時の慣習や制度に関心があり、手始めに後宮というものを復活させるつもりだった。


 「ふむ、なかなか器量の良い娘が揃っておるな」

 コドマンドは満足そうに髭を撫でた。


 「王よ、そんな下品な笑みはお止めください」

 隠し窓からニマニマしながら覗いていたコドマンドの後ろから声がした。


 王都から昨晩到着したばかりの正妻スダリナである。

 呼んでもいないのに勝手に来たのだ。ここは戦場に近く、本来は女が来るような場所では無い。


 「なんじゃ、お前か」

 コドマンドは渋い顔をした。


 コドマンドが王位に就くためには大貴族筆頭の家柄である彼女の後ろ盾は必要だった。

 だが、今や既に王である。

 彼女に大きな顔をさせておく必要はない。それに将軍を輩出した家柄こそ抜群だったが、その容姿はごく普通である。その容姿は国王に魅力を感じさせるほどのものではない。


 「スダリナ、控えよ。わしは国王なのだぞ」

 「今はまだ浮かれている場合ではございません。まだ危うい糸にかろうじて掴まっているだけの身に過ぎませんわ。王よ……」


 「あらあら、嫉妬ですか? 嫉妬は醜いですよ。スダリナ様」

 闇の中から赤いドレスを着た妖艶な美女が現れた。


 「!」

 スダリナはその姿に思わず理性を失いそうになる。


 この女こそが元凶なのだ。妻どころか妾でもないくせにコドマンドに纏わりつき、その野心を掻き立てついに王座に就かせた。


 「あなたはお黙りなさい! それに一体誰の許しを得てここに入ってきたのです!」

 この女が現れてからコドマンドは一層腹黒い男に変わってしまったように感じる。


 「これだから容姿に自信のない女は困ったものです。王様、王の近くに侍る女は、良く選んだ方がよろしいですわよ。他国の王や貴族に侮られますよ」

 その女はスダリナを見てくすくすと笑う。


 「お前こそ何を言うの! ここから出て行きなさい! 衛兵! こいつを連れ出すのです!」

 スダリナは叫んだ。


 だが、誰も動かない。沈黙の時間が流れた。


 「スダリナ……」

 コドマンドがスダリナを見た。その目は冷たく、何の感情の色もない。


 「コドマンド様……」

 「スダリナ・ベロモットよ、出て行くのだ。二度と戻ることは許さん! 衛兵! この女を連れて行け!」

 コドマンドは叫んだ。


 今まで自分がやりたいと思った事をことごとく否定し、押さえつけてきた女だ。利用価値が無くなった今となっては邪魔でしかない。


 「王よ、寛容な処置を」

 少し前から様子を伺っていた宰相ラダが前に進み出た。


 「黙れ! お前も処分されたいのか!」

 コドマンドは子どものように感情を露わにする。


 「ですが、仮にも正妻であります」

 「やかましい! 王に歯向かうものなど、ええい、追放刑に処すのだ!」

 コドマンドが叫ぶ。


 衛兵に引きずられながら遠くでスダリナが何かを叫ぶ。

 コドマンドの名を呼ぶ声がしだいに遠くなっていく。


 「ふん、これで清々したぞ。今まで何かと邪魔ばかりしおって」

 コドマンドは無言の宰相を睨むと王の天幕に戻る。その後ろを当たり前のように付いて行く妖艶な美女を宰相は無表情で見送った。


 「面白くもない!」

 コドマンドが荒々しくイスに座ると、すぐに美女たちが甲斐甲斐しく酒宴の準備を始めた。


 コドマンドは左右に美女を侍らせ、グラスの酒を呷る。

 テーブルの向こう側には色っぽい姿をした美女が微笑んでいる。


 至福の光景である。

 「これこそ王の風景であろう」


 コドマンドは左右の美女を抱き寄せた。

 その美しい顎のラインを指でなぞり、艶やかな唇に触れる。

 頬を染めた感じが初々しい。ニヤニヤとコドマンドがその肩を引き寄せた。


 その時、荒々しく天幕の入り口が開かれた。


 「おくつろぎぎのところ失礼いたします。緊急の伝令にございます!」

 「なんじゃ? 申してみよ」

 少し機嫌の戻ったコドマンドは王の風格を演出して答える。


 「はっ。前線のルグ将軍からです。リナル国の王と王妃の遺体が回収された、とのことです。また、これより先、リナル王の一族はことごとく戦死したことが確認されました」

 息を切らし、兵士が告げた。


 「なんじゃと!」

 コドマンドは手にしていたグラスを落した。


 王位に就いたばかりで、未だに国内では王子派の者が不満をくすぶらせている。その目を国外に反らし、国民の意気を上げるためにリナル国に攻め込んだものの、まさかその王家を完全に滅亡させるとは思っていなかった。


 適度な所で降伏かあるいはこちらに有利な和平話を持ちかけ、属国として東マンド国の言いなりになってもらえれば良かったのだ。


 それが、王や王妃まで惨殺したとなれば、リナル国の国民や周辺諸国は東マンド国、いや、その新たな王であるコドマンドを冷酷残忍な王と見なし服従を拒む者が出てくるかもしれない。


 「カミネロア! どう言うことだ? リナル国の王や王妃まで殺すなど、話が違うぞ!」


 コドマンドはテーブルの反対側で優雅にグラスを回す美女をにらんだ。女は長い脚を組みなおした。その白いふとももがコドマンドの目を奪う。


 「あら、良かったじゃないの」

 妖艶な笑みにコドマンドはぞっとする。


 「何が、良かっただ。これではワシは悪逆な王と言われるぞ!」


 「それです」

 カミネロアはコドマンドを指差した。


 「この際ですから徹底的にリナル国を葬り去り、併合して郡にするのです。ここで王家の一族に情けをかけて、中途半端な所で終わりにしてしまえば、東マンド国はその程度の国と見られます。周辺諸国に本気で攻めてはこないと高をくくられますよ」


 「だがな、ワシは仇敵ラマンド国と勝負をつけたいのだ。貧しい北の諸国など元々興味がないのだぞ」


 「ですが、北の諸国が我が国に友好的でないのも事実ですわ」

 カミネロアはコドマンドに酒を注ぐ。

 その髪を掻き上げる仕草は色気を感じさせる。


 「うむ、友好国ではないが、それがどうしたというのだ?」


 「我が国の北に接する二国のうち一方のリナル国が消えました。あと一つはガゼブ国です。ガゼブ国と我が国は何度も攻めたり、攻め込まれたりした歴史を持つとか? ですから今でもラマンド国方面に回したい兵力を割いて、北方の守りのために一軍を置いておかねばならない。そうですね?」


 「ああ、生意気なガゼブの連中は、我が国との国境に大規模な要塞をいくつも配置しておる。今の戦力ではその要塞網を突破するのは困難だ。奴らは我々が攻める事は難しいと分かっている。だから、奴らが我が国に従うことはないぞ」


 「そうでしょうか?」

 そう言ってカミネロアはテーブルに地図を広げた。


 「ご覧ください。ここが我が東マンド国……」

 カミネロアはグラスを置いてコドマンドの傍らに立った。


 「そして、この一帯が旧リナル国。その王家が滅んだ今では、我が東マンド国領ですよ。さて、ガゼブ国の要塞網はどこに配置されておりますか?」

 カミネロアはコドマンドの手を取った。


 「ほら、要塞網はここでしょう?」

 その指に自らの指を意味ありげに絡ませて、一緒に地図をなぞる。


 「ね?」

 カミネロアが耳元でささやく。


 「コドマンド様、旧リナル国領とガゼブ国の国境の大部分は大河で隔てられておりますが、この地点をご覧ください。ここを流れる川は川幅も狭く小さい。川の向こうには人の手が入っていない森林地帯が広がっていますが、友好国同士だったリナル国との境だっただけに、この地に要塞はありません。そして、この森林地帯を抜けると……」


 そう言ってカミネロア上目づかいでコドマンドを見ながらその首すじに指を這わせる。ごくりとコドマンドの喉が動いた。


 「ほら、ガゼブ国の王都のあるガーザン平原、ガゼブ国の喉元ですよ」


 コドマンドの顔が紅潮した。


 「コドメラッザ・ゴーナル将軍を呼べ! 大至急だ!」

 

 その叫びにカミネロアは微笑んだ。

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