第22話 みんなで飛べば速くなる

 デュークがネストの外に出るようになってから数日が経ちました。最初はこわごわとしていた彼も、宇宙空間に大分慣れて、日時計山の周りやクレーターを走りまわるようになっています。


「外にも大分慣れたようじゃな。ほいじゃそろそろ宇宙へ向かうかの」


 クレーターの底で遊んでいたデュークに、「宇宙へ行くぞ」とオライオが告げました。


「え、ここも宇宙じゃないの?」

 

「そうともいえるがのぉ、宇宙と言ったらもっと上になるんじゃ」


 オライオは、マザーの地表は龍骨の民にとって庭のようなところで、正確にはまだ宇宙ではないと言うのです。


「さて、リニアカタパルトを使っても良いのじゃが、あれは龍骨を痛めるからのぉ」


 オライオは、「今日は重力スラスタを使ってゆっくりと上がろうぞ」と言いました。


 龍骨の民が内蔵する重力スラスタは、すべての物質が持っている重力の向きを偏向させることで移動する力に変えていました。オライオは、マザーにある約0.2Gほど重力を使って宇宙へ向かうというのです。


「そのためには、予備加速助走が必要なんじゃ。まずは、クレーターの外周に向かって、この曲線を描くようにして進むのじゃ」


 オライオは渦巻き型の曲線データをデュークに飛ばし、「加速が止まるまで飛び続けるのじゃ」と言いました。


「ワシらは後から行くからの。後で合流するのじゃ」


 デュークが周囲を見回すと、ゴルゴンをはじめとする老骨船がクレーンや推進器官を振り回して、準備体操をしています。彼らは後から付いてくるようです。


「うん、わかったよ!」


 デュークが元気に飛び出してゆきました。彼はコースを正しく伝って加速してゆきます。


「さて、準備体操暖機が終わりましたぞ。そうだ、アーレイ。このあいだ痛めたところは大丈夫ですかな?」


「痛みはなくなったから、直ったようです。いつでもいけます」


 暖機を終えたアーレイとベッカリアがお互いのカラダをチェックしています。


「おや……なにを飲んでいるんじゃるゴルゴン?」


「一時的にカラダを強化する補強材を飲んでいるのだ。お前も、共生宇宙軍時代に飲んだことあるだろう?」


「疲労がポンっとなくなる戦闘薬かの? 真面目そうなやつほど手を出すと危ないぞい。ガタが来る前にお迎えがきてしまうのじゃ」


「依存性はない! 人聞きの悪いセリフを吐くな! 装甲の隙間にフェノール樹脂を取り込んでいるだけだ――!」


 などといった会話の後、ゴルゴンが合図すると、彼らは整列して重力スラスタを吹かし始めたのです。


 その頃、デュークは順調な加速を続けていましたが、追いつくと言った老骨船達が来ないので、後ろを振り返りながら、舳先を傾げました。


「遅いなぁ。それに、どうやって追いつくつもりだろう?」


 デューク速度は、すでに秒速340メートル、時速にして約1200キロほどになっていました。


「あれ? 後ろから何かよくわからないシグナルが飛んでくるぞ」


 フネを見分けるためのシグナルが、デュークの後ろから飛んできました。でも、その識別信号はごちゃ混ぜで、船名がハッキリとしないのです。


「おじいちゃんたちの名前が混じってる……ふぇぇぇっ、そしてなんだかスゴク速いぞ⁈」


 老骨船たちのシグナルが混じり合いながら、デュークに向かって速力を上げてくるのですが、どう見ても重力スラスタの限界を超えた性能で加速してくるのです。


「よっしゃ、追いついた――――!」


「ふぇっ⁈」


 オライオの声が聞こえた瞬間、クレーンがすぱりと伸びてきてデュークはガシッと掴まれました。速度が乗った老骨船達がデュークのカラダを押し上げます。


「うわわわっ! 速度がグングン上がってく――! どうしたら、こんなに鋭い加速ができるの?」


 重力スラスタの力は、時間当たりにするとそれほどのものではありません。重力加速度をそのまま推進力に変えているから、マザーの弱い重力ではじっくりと加速をする他ないのです。


 でも、老骨船たちは、それを超越する加速度を示していました。


「重力スラスタの効率を上げるために、数隻が結合して推力を高める技法なんだ。数学的詐術を用いて重力遮蔽を行いしつつ、スラスタの効果範囲の拡大連動させるとともに、マザーの重力井戸の曲率を収縮――重心の取り方のコツ、推進剤の配分、縮退炉の連動、電力の相互安定供給、龍骨のバランス、その他もろもろが―—合わさると爆発的な加速を生むのだ!」


「ふぇっ?! 数学的――おっ、覚えきれないよ」


 加速には一家言ある高速輸送艦アーレイが長ったらしい蘊蓄を語ったので、デュークはパニックに陥りそうになりました。


「うーむ。ワシも軍の教育で習った気がするんじゃが。赤点だったから、覚えてないのじゃ! まぁ、気にするこたぁない。力を合わせればこのようなこともできると覚えておくのだぞい!」


 基本的に龍骨の民は、物理法則と言うものを龍骨で漠然と感じているものです。細かい理論は基本的に苦手なので、彼らは感覚と気合で宇宙を飛ぶところの多い生き物なのでした。


「さて、デュークを中心に置いて陣形を固めるとしよう」


 ゴルゴンが指示を出すと老骨船達は分離して、デュークの上下左右につきます。デュークの上を飛んでいるベッカリアが「お手を拝借」とクレーンを伸ばしました。


 ゴルゴンは右舷から、アーレイは左舷から、オライオは下からクレーンを伸ばします。ガコン――ガコン! とクレーンが合わさると、5隻は一つのフネになるのです。


「接続完了じゃな」


「いけますぞ」


「準備万端!」

 

「よし、重力スラスタ、出力全開!」


 4隻の老骨船が重力スラスタに力をこめました。デュークもエイヤと掛け声を出してスラスタに力を込めるのです。


 すると段違いの加速力が生まれました。速度はどんどん上がり、秒速1000メートルに近づきます。


「うわぁぁ――――凄い加速と速度だぁ!」


 デュークが驚いていると、段々とクレーターの壁が近づいてきます。


「あ、壁が近づいてくる……このままじゃぶつかるよ!」


「アーレイ、左舷に艦外障壁を展開」


「了解!」


 陣形の左側にいるアーレイが電磁波と重力波を用いた力場を展開しました。これは、フネのバリアのようなものであり、ビームや実体弾を防ぐだけでなく――


「――クレーターの端を滑ることもできるんだ!」


 ドガン! と、アーレイのカラダがクレーターの壁の手前ギリギリのところで止まりました。天然の滑走路に軟着陸した彼らは、時計回りに加速しながら、クレーターの外周に沿って飛び続けるのです。


「よし、さらに加速するぞ。デューク、もう少し重力スラスタを強くできるな」


「はーい」


 更なる加速を加えると、また速度が上がってゆき、とうとう秒速1キロを超えるのです。5つの船影は日時計山を2分で回転する時計の秒針のようになりました。


「最終加速! 上下の二隻は、少しだけ推進剤を吹かしてくれ」


「わかったのじゃ」「わかりましたぞ」


 オライオとベッカリアの推進器官に火が入ります。縮退炉から発生した超高熱エネルギーが、微量の推進剤を爆発的なプラズマ流に変えると、速度がグンと上がります。


「ぐぅ……遠心力で壁に押しつけられる……ゴールはまだですか? ちょっとばかし力場の調子が悪くなってきました」


「もうちょっと、我慢してくれ……2.3、2.4、2.5、脱出速度に達したぞ!」


 一番外側のアーレイは、壁に押し付けられて、時々火花をスパークさせています。呻きを上げるその姿を眺めながら、冷静にタイミングを計っていたゴルゴンが、速度を皆に伝えました。


「次の切れ目で上がるぞ――――!」


 クレーターの壁の湾曲には、平たくなった天然の射出口がいくつか有るのです。


「今だ、登れ――――!」


「「「よいせっ――――!」」」


 老骨船たちが同時に声をあると、デュークも「よいしょ――――っ!」と元気な掛け声を出しました。すると、フネたちはクレーターの端を越え、勢いよく上空へ飛び出て行くのです。

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