第332話 Mk1アイボールセンサー
「僕、戦闘機なんて乗ったことないのになぁ……しかもここ、狭いよ」
ドクトル・グラヴィティが勝手に搭載しておいた新型宇宙艦載機のコクピットに押し込まれたデュークがボヤキます。
「艦首をこう、シートの下に潜り込ませたらどうだ?」
「ええと……前が見えないからそれは嫌だなぁ……」
生きている宇宙船というものは前方が見えていないと嫌なものは嫌な生き物でした。実際のところは視覚素子は電磁波も受け取っているので、そんな格好でもそれなりの視界があるのですが、目の前のフットペダルに艦首を押し当てるような格好でいるのは生理的に受け付けません。それに――
「ああ、そうだった……たしかに視界は大事だな。そんじゃ、前部座席の上に頭出して乗せろよ」
「こ、こうかな?」
デュークは後部座席で立ち上がり、前方のパイロット席の上に艦首をくっつけました。ただ、艦載機のコクピット内はある程度の余裕があるものの、デュークがそのようにして後部座席に座ると艦首がほんの少しシートの上にでるだけです。
「うう、見にくいよ」
「邪魔って、視界は取れてるだろ?」
後ろを振り返ったスイキーがそういうのですが、デュークは「微妙に前が見にくい……」とジタバタします。そのうち艦首が疲れてくるのものですから――
「ああ、もういいや……ちょっとかじるね」
「かじるって……ちょっと、まて何を齧る気だ!?」
デュークが何をやろうとしているのかに気づいたスイキーは、静止の声を上げるのですが、頭の上の方で「いただきます!」という、ご飯を前にした生きている宇宙船としての確固たる意志がありありと載ったセリフが聞こえました。
「まじかっ!?」
スイキーはパイロットだけに危険察知に優れたオスですから「あ、あぶねぇ!」と叫びながら艦載機パイロット用の耐G装甲宇宙服のヘルメットを慌てて下げるほかありません。
「ムシャムシャムシャ、ボリボリボリボリボリ――」
「うぉ、本当に食ってやがる。ったく、そいつは戦艦の装甲並みの素材で出来た軍用のシートなんだぜ……」
デュークが口にほおばったシートの上の方をパクパクしています。彼の口の中では軍用に鍛造された強固な重金属が破砕され、ダイヤモンドカッターでも切ることの難しい炭素繊維がただの切れ端になっていました。
「沢庵を齧るがごとき小気味のいい音を立てながら食べやがって……」
「へぇ、それだから、こんなにおいしいのかぁ、ボリボリ――」
パイロットシートは、極炭素アラミド系素材やら超硬超圧セラミックや比重の高い軍用デュラチタンで出来ており、下手な戦艦の装甲以上の性能を持つものです。
「まったく、龍骨の民の口ってすげぇ性能だぁな……」
超高圧のプレス機でも、そのような素材は普通だったらバキッ! とか、メキョッ! というような感じで壊してゆくのに、ボリボリッ! という生活音が聞こえるところが、生きている宇宙船の健啖っぷりを証明しています。
「ごくん……ふぅ、ご馳走様でした。うーん、これをオカズにしたらご飯三杯は軽く行けちゃうなぁ!」
「そ、そうか」
マテエリアルをゴクンと飲み込んだデュークが「パクパクですわ――」とか「マイウー!」などと言わんばかりの勢いでそんなことを言うものですから、呆れたスイキーは怒る気にもなりません。
「前方の視界、ちょうどいい感じになったよ!」
「おぅ、そうか」
デュークが破壊したシートの上に艦首を載せて、視覚素子をパチクリとさせました。シートが短くなってしまったスイキーは少しばかり背を縮めながらシートに座りなおします。
「ただ、さすがに他の物には手を出してくれるなよ? それに本来軍の備品なんだぜ、シート一つにしたってな」
「でも、たしか現場での改造は場合によっては許されるんだよね?」
デュークは中央士官学校以前にならった軍紀の事を思い出してそう言いました。共生宇宙軍は靴に自分を合わせる式の軍隊ではありませんから、それはある程度事実ではあります。
「前に僕がやったことと比べれば可愛いものだよ、こんなの」
「って、なんだよそりゃ?」
デュークはメカロニア戦役の時のことを思い出しながら「
「なんだかトんでもねぇアホみたいな重装化を現地改造でやったって聞いたが、そんなことしてたのか。だが、繰り返すが、他の物には手を付けてくれるなよ。とさかの上がスースーするのは我慢するとして、気密を破られたらたまったもんじゃねぇ」
彼は装甲宇宙服式の完全気密パイロットスーツを纏っているのですが、真空の中で戦うというのはいざという時を考えると、気持ち的にあまりいいものではないのです。
「さて……気を取り直して、発進準備を進めるか」
そう言ったスイキーは飛行までの一連の手順を始めます。
「時間合わせ――司令部ユニットに同調、時計よし」
まず最初にやる事は、作戦の本丸となる高速艦載艇との時間のずれをなくすところからでした。スイキーは長針と短針があるアナログ時計の時間を合わせます。
「位置、速度、ベクトル記録――よし」
発進諸元を手元の紙に書き写したスイキーは、次に星系内の星図を眺めてからデュークにも見せて尋ねました。
「このデータで最新だな?」
「うん、僕がリアルタイムで拾っている観測データだよ」
次にスイキーは後縮退炉を始めとする機体の状態を確認しました。それは1000に迫るほどの細かい項目に分かれており、動作方法が極力電子機器を使わないものに限定されていることを確かめます。
「結構、戦闘機の発進って面倒なんだねぇ」
「いや、こんなのは普通じゃやらねーよ」
デュークの問いにスイキーは「思念波能力戦下にある、極度に限定された戦場でなければな。まぁ、結構稀にあるんだが」と答えました。
「電子遣いを想定して、だったっけ?」
「ああ、本来、サイキックの思念波統制官の援護の下、艦載機は飛ばすものだからな。それがない場合のアナログモードだぜ」
恒星間戦争ではサイキック能力の行使は当たり前のように行われています。思念波は距離の二乗に反比例して力の弱まる傾向があるため、遠距離が多い艦隊戦であればともかく接近戦の多くなる艦載機戦ではそのカバーが必須でした。
「軍艦レベルになると普通に通信型サイキックとか、対思念波防護が厳重にされた艦載AIとかがいるからいいが、それだけの装備を艦載機には載せられないからな」
「なるほどね、まぁあまり僕らは気にしたことがないけれど」
「そらあれだな。龍骨の民のシステム周りは生体防壁完備で、その上攻性防壁持ちの副脳がごまんと積んであるからな」
「そうらしいね」
生きている宇宙船の体内器官である副脳は、航法・火器管制などの物があるのですが、対電子戦・対サイキックに特化した攻性防壁型副脳も存在しています。彼らは、悪意を持って龍骨に忍び込もうとするやからを見つけると問答無用で脳を焼きに来るという恐るべき存在です。
「自分の中にそんなものがあるなんて、ちょっと怖くもあるけど」
「気にすんな。カラダん中に”免疫”という名の殺戮機械が仕込まれているが生き物ってもんだぜ」
クワカカと笑いながら「それでいいのだ」と言い放つスイキーの言葉はある意味正しいのです。なお、共生宇宙軍の技官が龍骨の民をメンテするときには、悪意があるわけがないので、問題なく龍骨にダイブできたりします。
「まぁな、計器飛行は訓練で散々やったから何とかなるとは思うが。お前さんにアストロメックドロイドがわりになってもらわんと」
「ドロイドかぁ……ってことはさ。僕もピボッとかピコピコとか、電子音で話した方がいい?」
アストロメクドロイドは、円筒形の寸胴ボディを持ち、ピコピコピボピボ話しているのが通り相場な印象です。でも、スイキーは「しなくていいぜ。ありゃぁ、最近の流行のスタイルだそうだ」と言いました。
「実のところ、あいつら仕事が終わったら、な。まずは風呂入って一杯ひっかけましょうよとか、今日はいつものどころでブチますか(麻雀を)とか、久々にラムちゃんのいるお店いきましょー部長! とか…………そんなやつらなんだ」
スイキーは「伝説のサラリマンかよ、お前ら……それに俺は部長じゃねぇぞ」と嘆息し、デュークは「へぇぇぇぇ、よく知ってるねぇ」と感心しました。なお、麻雀が軍で流行ってる原因の一つはアストロメックドロイドたちの大好物だからです。
「ま、俺は戦闘機乗りの隊長だったからな。部隊の半数はドロイドさ」
共生宇宙軍のドロイドは思念波能力を持つことが多く、通信能力に優れた個体として選抜された彼らは戦闘機乗りには必須の相棒でした。
「で、お前さんにゃ、あいつらと同じ役割をもってもらう」
「うん、いつもは無意識でやってるけれど、出そうと思えば正確な数字をだすことはできるよ。なにせ今回は航法担当だからね」
デュークは生きている宇宙船ですから、細かいことは気にしないで宇宙を飛んでいるようでもありますが、実のところ体内器官である副脳では鬼のような演算を行っています。
「そのミニチュアにも副脳が入っているんだよな?」
「うん性能的には本体って一個しかもってないけれど、艦隊運動をするわけでもないし、戦闘機一機なら楽々だね」
龍骨の民の持つ副脳は後方や火器管制などに特化した超高性能なコンピュータのようなものであり、その中でも航法を担当する部分は体の各所に百の単位で内蔵されていて、並列処理をすることで処理速度を向上させる生体分散型コンピューティングを実現しています。
「航海日誌も副脳でつけてるんだよ。龍骨に入れておくとすごく曖昧になるから」
「ボンヤリ、ポヤポヤとしてる龍骨と違って、副脳なら安心だな」
「ボンヤリ、ポヤポヤって……まぁ、そうなんだけどね」
とはいえ、龍骨が劣っているということはありません。副脳が0と1をベースとしたものであるのに対し、龍骨は量子の重ね合わせが可能な量子アーキテクチャで、曖昧さが逆に味になるのですから。
「それから電子封鎖は守っておけよ。絶対にハッキングができないわけじゃねぇ」
「うん、こちらの情報を与えないのは基本だものね」
スイキーは「無線から枝が付く」というほどのセリフを口にし、デュークは「限定的自閉モードだっけ?」と答えました。意味は良くわからないのですが、ちゃんとやらないと、とにかくすごい危険なことなのです。
スイキーはフリッパーの先で両の眼を指さしまし「レーダーもパッシブ以外はご法度、Mk1アイボールセンサーのみ使用可だぜ。いいな?」と尋ね、デュークは「完全パッシブのおめめで視るだけなら、察知されないものね」と答えたのです。
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