第214話 作業半ば、あるいは三人の大佐
「ペパード大佐、アーナンケの掘削作業はどうなっている?」
「現在、西側工区の掘削が終わり、これから東側区域に取り掛かります。龍骨の民の掘削力は凄まじいものですな」
カークライト提督は、アーナンケの質量削減作業の片方、龍骨の民による掘削作業をゴルモア防衛隊指揮官ペパード大佐に任せていました。
「ただ、荒堀りにすぎるので要所では補強工事が必要です。これは工兵を使う他ありません。重巡バーン以下、残存艦艇から人員を抽出、ゴルモア守備隊兵も動員して作業を行っています」
「そうか、よろしく頼む」
「ところで、他の小惑星に残った兵員の回収はどうなりました? こちらの準備が整っても、彼らを置いてゆくことはできませんぞ」
アーナンケは小惑星帯防衛の要であり多くの人員が存在していますが、周辺宙域の小惑星にもまだ少なからぬ人員が残っていたのです。
「順調だ。小惑星リューグゥでは籠城部隊の救出にも成功した」
「おお!」
提督が強襲揚陸艦ヒテン、ハルカ、ハヤブサによるリューグゥ救援が間に合ったと説明すると、大佐は包帯の上から鼻面をなでながら笑みを浮かべました。
「指揮官以下の兵員はすでにリューグゥから離れ、こちらに向かっている」
「それならば安心ですな」
カークライト提督の言葉に安心したペパード大佐は粛々と作業に戻ったのです。
「…………ん?」
スクリーンからペパード大佐の姿が消えたことを確認したカークライト提督は、自分の横に誰かがいることに気づきます。
「ラスカー大佐、デュークの方はもういいのか?」
「ええ、艦体熱容量のバランスは安定しています。艦載AIによる最適化で、十分対処できるでしょう」
デュークの副脳では、潜り込んだ艦載AIが余剰熱量を装甲板や艦体の各所に回すなどして最適化を行っていました。だからデュークは「目標をセンターに入れてスイッチ、目標をセンターに入れてスイッチ。蒸し暑いなぁ、もう……」とぼやきながらも、主砲をぶっ放すことに専念できるのです。
「で、君はどうした?」
「ああ、手が空きましたもので」
アライグマの大佐は、両の手をスリスリさせながら「次の仕事を願います」と言いました。
「怪我を負った恐竜族の大佐がまめまめしく働いているのに、司令部付きの参謀が手空きなのは具合が悪いですからな」
「ペパード大佐か? ふむ、見た目ほど怪我の方はひどくはないそうだ……」
「ほぉ、恐るべき体力ですなぁ。あれだけの戦をこなした後に、自ら作業監督を買って出るなどなかなかできません」
「その上、彼の種族は半球睡眠ができるからな、働きながら休めるとは羨ましい限りだな……」
そう言ったカークライト提督は突然「ふぅ……」と軽いため息を漏らしました。
「お疲れですな」
ラスカー大佐はそこで、カークライト提督が分艦隊の指揮官に任用されてから、ほとんど休みなしであったことに気づきました。
「無理やり、起きていませんか?」
「分かるか」
提督は50代の働き盛りではありますが、艦隊指揮官などという重圧の掛かる仕事に加え、航路設定や戦闘準備などの重要な仕事を直接こなすこともあったのです。そのためまともな睡眠も取っていませんでした。
「サイキックは思念波の力でそれができるのは知っています。ですが分艦隊の結成からこの方、働き詰めなのですぞ。少し休まれてはどうです?」
「君はどうなのかね?」
「私の方は、後20時間は寝なくても大丈夫です」
大佐も大佐でかなりのハードワークをこなしていますが、彼は提督よりも若い上に、進化の途上で寝溜めができる能力を獲得した種族なのであまり堪えていないようです。
「これからの作業は流れで進めることができます。私が代理しますので、お休みいただいても問題ありません」
「そうだな、このタイミングかな……」
将兵の回収や、小惑星移動のための様々な作業は順調に滑り出しています。提督は軽く笑みを浮かべてこう告げます。
「ここで少しでも仮眠を取るとするか。その間、作戦指揮は大佐に一任する」
「了解です。その間に小惑星推進部隊の固定化作業を進めておきます」
「そうか、重心位置は特定できているか? あれは……」
カークライト提督は、作業方針について再確認を行うような言葉を口にするのですが、ラスカー大佐は「そこまでですよ」とたしなめました。そうしないと、仕事熱心な提督がまた休みを取りそこねると判断したのです。
「席を離れるおつもりはないでしょう? 遮蔽フィールドを立ち上げます」
「頼む」
提督が席を離れることを嫌うだろうと、大佐はプライバシー確保するための遮蔽フィールドの準備を始めます。しばらくすると提督の周囲に光と音を遮断する力場がまとわりつくのです。
「限界を超えるまで追い込むとはね……真面目な方だなぁ」
大佐にはサイキックの能力は持っていませんが、フィールドの中で提督は席に崩れ落ちるようにして眠りについたことを、彼は確信していたのです。
そのようにして提督が一時の休息に入ったころ、ペパード大佐は小惑星の質量軽減作業――龍骨の民を重機代わりにしたそれを大車輪の勢いで進めていました。
「よし、西地区も掘削終了だ。フネの嬢ちゃん達、次は南突郭の方を掘り進めてくれ!」
ナワリンとペトラは、小惑星アーナンケの地中を掘削マシンのごとく食べ進め、多数の兵員が乗っているシェルター部分に影響がない場所に大穴を開けていました。
「ううう、まだ食べなきゃいけないのね…………」
「し、舌の感覚がないよぉ~~!」
汚染された外側はともかく中身の部分はそれなりに美味しかったはずなのですが、ナワリン達の龍骨の一部は途中から考えることを止めていました。
「栄養にならない食事って、味気ないのねぇ……というか、これ食事かしら?」
「ペパードのおっちゃん、これって労働災害じゃない? もしかしえ奴隷的拘束ってやつじゃないの?! 連合憲章違反じゃないの~~!?」
「その条文は戦地における軍人には適用されない。さっさと次に行け!」
ペトラが「フネの権利を守れ~~!」と文句を言うのですが、ペパード大佐は「共生知性体連合最高裁判決を知らんのか!」と一蹴するのです。仕方がないし、これからの計画に必要なことなので、彼女たちは渋々作業に取り掛かりました。
「東側工区、岩盤の剥離作業が完了しました。これで小惑星質量の10%を削減できます……はぁはぁ……51区画から55区間までの岩盤を排除した場所に補強材を打ち込む作業はゴルモア工兵隊が当たっています……はぁ、はぁ、疲れた……」
大佐の隣では参謀のベネディクト少佐が息を上げながら報告を行っています。彼は連日の戦闘の後に、このような作業につきあわされてヘロヘロになっていました。
「なんだ、少佐。だらしないぞ!」
「14日間も働き詰めなんですよ!」
防衛作戦の準備段階からベネディクト参謀は酷使され続けていました。その上、絶望的な防衛戦闘のさなか「士官は、生き残ることを諦めろ」的なことを言われてショックを受け、助かったと思ったら今度は現場監督の補佐をやらされているのです。
「共生宇宙軍軍法第36条による休日を申請します! これは、戦時下の軍人にも適用されることが、宇宙軍最高裁軍法会議でも認められています!」
「ああん、それはいつの判決だ? 誰がそんなものを出した!」
「共生歴2125年5月1日、第10法廷における判決です! 裁判長はベネディクト退役少将――私の曽祖父が下した判断ですからよく知っているのです!」
ベネディクト一族は連綿と続く法務畑の軍人官僚として知られており、彼も本来的には共生知性体連合とゴルモア星系との法律判断における補佐役として、ペパード大佐の元にいるのです。
「だが、その判決は佐官以上には適用されないのではなかったかね?」
一緒に作業している重巡洋艦バーンの艦長シュールツ中佐が横槍をはさむのです。彼の乗艦はすでに放棄が決定しており、乗組員以下ペパード大佐の指揮下で作業を手伝っていました。
「休みは後でいくらでも取れるぞ、この作業が終われば、私達には何もやることはないのだからな」
シュールツ中佐は薄く笑いながらそう言うと、こう続けます。
「作業は交代制で行っていますが、ゴルモア兵の動きが悪いです。あれはどうにかなりませんかな」
「ふむ……死に場所を喪った兵だからな」
ペパード大佐は「ゴルモア人たちは、生き延びる道ができて失望しているのだ。捨て石になって華々しく散るのが華だと思っているような種族なのだ」と言うのです。
ゴルモア人とはかなり特殊な精神構造をしていました。死ぬと決めたら死ぬ――生きるのなら生きる、そう言ったことがはっきりしていたのです。
「変なヤツラですよねぇ」
ベネディクト少佐は「生き残れるんだから良いじゃないかぁ」とぼやきました。
「おい、そこの参謀……変なヤツラで悪かったな」
「へ?」
少佐が後ろを振り返ると、強面のテイ大佐がギロリとした目を向けていました。
「テ、テイ大佐……生きていたのですか?!」
「生きてて悪かったか! 乗艦を叩き落とされ、座礁した小惑星リューグゥで最後の戦闘を行い、施設を爆破して華々しく散ろうと思ったのに――」
テイ大佐は「自爆スイッチを押そうとしていたら、降下してきた共生宇宙軍の強襲揚陸艦が邪魔で、できなかった」と説明しました。そう言った彼は手をワナワナと振るわせて「それにしても口惜しい……」とも呟きました。
「それって……邪魔したことになるんですねぇ」
ベネディクト少佐は「はぁ……」とため息を漏らします。
「まぁいいだろう……よし、ミスターテイ。ゴルモア兵の指揮は任せますよ。彼らの働きがないと、作業が間に合いません」
ペパード大佐の要請に、テイ大佐「うむ、任された」と即答しました。
「気をつけてください。士気がかなり下がっていますぞ」
「なに、頭を切り替えさせれば、すぐ動くようになる――私のようにな」
テイ大佐はニヤリと笑みを浮かべると、「
「気合十分だな……よし、我々も次の作業に移るぞ!」
そのようにして、三人の大佐の指揮のもと、小惑星アーナンケは脱出の為に、徐々に変貌していったのです。
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