第215話 本隊との交信

「提督、起きてください。準備が整いました」


「むっ…………随分と寝入ってしまったようだな」


「申し訳ありません。お疲れのようでしたから、こちらで作業を進めて起きました。進捗率は順調です」


「そうか……デュークはどうしている?」


「数時間ほど元気にレーザをぶっ放していましたが、流石に熱容量の限界に達しました。いまは、小休止を取らせています」


「ふむ」


 カークライト提督がデュークの様子を見ると、白き旗艦は「グカカカ……」と寝息を立ててながら「まだやれます……グゥ……」などと寝言を呟いているのです。彼の背中に生えている砲塔たちは、いまだ遠方にある敵艦隊の姿を捉えるかのようにギュインギュインと射角を調整し続けていました。


「ほぉ、寝ていてもまだまだやる気に満ちているな。ふっ、これが若さというものだな。正直、羨ましい」


「全くですなぁ」


 カークライト提督とラスカー大佐は、顔を見合わせて笑いました。50を超えた提督は当然のこととして、40を半ば超えて白髪がちらほらと見え始めたラスカー大佐も体力の衰えは否めないのです。


「それで、準備ができたというのは?」


「本隊との即時通信の確立ができそうです。星系の主星の状態がようやく安定したようです」


 ラスカー大佐はコンソールを操作しながら「暗号化レベルが――必要準分条件を満たします」と告げました。タキオン粒子や量子力学的な波動を活用した即時通信は、かなりの距離があってもまるで目の前に相手がいるかのような情報交換の手段を提供しますが、安定した状態で暗号化が保たれていないと使用は禁止されているのです。


「繋ぎます」


「うむ」


 カークライトが頷くと、分艦隊と本隊との間に量子暗号化された即時回線が確立しました。すると司令部ユニットに浮かぶスクリーンに、ウサギの顔が現れるのです。


「お、つながったね」


「総員、ラビッツ執政官に敬礼!」


 第三艦隊司令官ラビッツ執政官がモフモフとした顔を上げて口を開きました。そうすると、カークライトを始めとした司令部ユニット全員が一斉に拳を固め、頭の横に掲げる共生宇宙軍式敬礼をするのです。


「分艦隊指揮官カークライト少将です。ラビッツ執政官」


「カークライト提督。本隊が遅れて、誠に申し訳ない」


 ウサギ顔の執政官は執政官が着用する長衣の裾を上げ拳を心臓に当てると、丁寧に頭を下げました。それは執政官のみに許された敬礼で「この身は連合の御為に」というほどの意味を持ちますが、頭を下げる所作を加えると最大限の謝意を表す事になります。


「本隊はやっとスターライン航法に入ったところだが、到着までまだ3日はかかる予定なんだ。航路設定を誤ったかもね……」


「いえ、致し方ないことでしょう。あの時点では最善のルート設定でした。私でも同じ様にしたでしょう。疎開船の進路を妨害するわけにもいきません」

 

 カークライト提督は、第三艦隊本隊――数万隻におよぶ大部隊が、ゴルモアに参着するために選択した航路について理解を示します。本隊が選んだ航路は、連合勢力外縁部から逃れてくる避難民の進路をご妨害することなく、最大効率で戦場へ急行するものだったのです。


「それに予測されぬ事故は往々にして起きるものです。船乗りは運命の女神と上手に付き合ってゆく必要があります」


 提督は「女心と秋の宇宙そら――世の中にはままならないものがあるのです」と、先祖の言葉をもじった成語を口にしました。


「そういってもらえると助かるよ。だけど、修正フェニミジアン同盟に聞かれたら、吊し上げをくらいそうな言葉だねぇ」


 カークライト提督の政治的に微妙な発言に、ラビッツ執政官はわずかに眉を潜めましたが、それ以上触れることなく話を続けます。


「さて、低レベル通信で、状況は把握しているよ。住民の星系外疎開は順調のようだね。問題は、星系防衛にあたっていた将兵だが、なんとか救えないだろうか?」


 執政官がゴルモア守備隊について言及するのです。


「第一次報告では小惑星帯を抵抗拠点として、全滅覚悟で戦ったと聞いたんだ。すべてのリソースを戦闘に振り向けたから、脱出が不可能だとも報告があったけれど、それは政治的に不味い――」


 ラビッツ執政官は、「共生宇宙軍が一緒だと言っても」と続けます。星系防衛協定の遵守がなされたとしても、防衛隊を見殺しては連合のしくじりと見做されるというのです。


 執政官かつ提督である彼は、政治的な影響を考えながら戦争を行う人種でした。だからなにか手はないかと、現地指揮官のカークライトに縋るように言うのです。


 そんな執政官の気持ちを知ってか知らずか、カークライト提督はこの様に答えます。


「どうにかなりそうです。小惑星帯の制宙権は回復していますので」


「あれ、敵の前衛がいたはずじゃぁ……君等の部隊は一個艦隊に満たない分艦隊なのに、どうやって?!」


 執政官が「1万隻に取り囲まれって報告があったのに……」と驚愕の表情を見せると、カークライト提督は――


「横合いから殴り込んで、叩きのめしました。戦闘概況はこちらです。」


 といいながら、これまでの経緯をデータ送信しつつ、淡々と説明を加えます。


「重戦闘部隊を抽出――あるだけの物資を集中した後、敵部隊の指揮系統の混乱を最優先事項として奇襲したのです」


 カークライト提督は、事も無げにそう言ったのですが、彼が行った行動はあまりにも大胆であり、綱渡りのようなものでした。それが成功しているから良いものの、共生宇宙軍の通常の作戦計画では、これが認められることはないレベルのものでした。


「何という作戦行動だ……よくもまぁ部隊がついてきたものだね……」


 執政官は呆れたような口調で、そう呟く他ありませんでした。


 彼の背後にいる第三艦隊の幕僚達がざわつく音声も入ってきます。カークライトの麾下部隊が行った行動により、これからの作戦行動の指針が大きく変化することになるのは必定でした。


「なお、これから小惑星アーナンケごと防衛隊を避退させます」


「えっ、小惑星ごと脱出するのかい?」


「小惑星帯のすべての将兵を回収します。そうなるとフネが足りません。アーナンケを脱出艇代わりに活用します」


「なんと……!」


 執政官は示された計画を眺めて絶句しました。カークライトは、あるだけの艦船を推進力として小惑星移動に費やし、星系外への脱出を企図していました。


「ただ、星系外縁部まで逃すのが精一杯です」


 カークライト提督は、「ふぅ」と一息つきながら額を押さえ、苦悶の表情を見せるのです。


「なるほど、敵の追撃が予想されるんだね。わかったよ、本隊はまだ時間がかかるけれど、有力星系軍――トリの皇帝が持つ私設艦隊を差し向けたから、あと1日、持ちこたえてください」


「了解しました」


 カークライト提督が改めて敬礼をすると、執政官ラビッツは鷹揚な仕草で「頼んだよ」と告げたのです。

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