第216話 準備完了
「アーナンケ底面の最終工事が完了しました。艦艇の接合作業も概ね完了しています。小惑星推進の担当艦艇の係留および固定化も順次進行中です」
小惑星アーナンケの地表は窪んだ円周上に整形されています。そこにカークライト提督率いる部隊から抽出された、比推力――フネを動かす力が高いフネたちが、取り付き始めていました。
「フネの不要質量はすべて吐き出させたな?」
「搭載弾薬は大部分を搬出し、水雷戦隊への補給へ回しました。他、航行に不要な重量物の投棄も終わっています」
不要質量を持ったままでは、フネはその推力を減らす事になります。ですから、可能な限り身軽になる必要があったのです。
「投棄……掘削作業にあたっていた龍骨の民のお嬢さん方はどうした?」
「腹の中の物ですか? ははは、強制排出ですよ」
掘削作業から帰ってきたナワリンとペトラもアーナンケを推すための艦艇なのですが、ラスカー大佐は「これまで溜め込んだ不要質量は、
「デュークが見ていないところじゃないと嫌っ! と言ってましたが、幸い彼は寝ていましたからね――――あの二隻、壮絶なドラゴン・ブレス合戦をしていましたよ。部隊員たちには大受けでした」
縮退炉でも処理しきれなかったマテリアルを大型艦であるナワリンたちがすべてを放出する様は、見方によっては巨大なナイアガラ花火の様にも見えたかもしれません。
「そうか……なんというか……」
提督が小惑星に取り付いているナワリンたちを見ると、涙目になった彼女たちが眦を上げて司令部を睨んでいます。
「彼女たちの思念波を感じるぞ……」
「大丈夫です。私の名前で命令を出しておきましたから」
「そうか、すまない」
ナワリン達が放つ龍骨の民に特有の微弱な思念波には、「命令だから仕方なくなのよっ! これは大きな貸しだわ!」「あの大佐を訴えるにはどうしたらいいの? あ、もしもし、なんでも法律相談所ですか~~? 司令部の大佐が酷い命令を出したんです!」などという、憤りに近い感情が乗っていたのです。
「推進剤はどうなったかな?」
「こちらは逆に、ありったけの増加タンクを各艦に配分しています。手当できたタンカーも全て準備済みです」
掘り返されたアーナンケの地表には大型のプロペラントタンクが設置されています。また推進剤を大量に飲み込んだ装甲タンカー補給艦が数隻鎮座し、固定された艦艇への燃料供給体制が敷かれていました。
「ふむ、計画通りか。よくぞ仕上げてくれた」
「提督の計画があってこそです」
休息を取っていた中、作業の全体を統括していたラスカー大佐に向けてカークライト提督が謝意の言葉を投げかけます。すると大佐は、両手をスリスリさせながら頭をさげながら、「ですが」と、次の言葉を告げるのです。
「最後のピースがハマっておりません」
そこで、ラスカー大佐は司令部の通話装置を起動させてから、懐から取り出したラッパを口に当て、パパラパー! と、起床ラッパのフレーズを鳴らしました。
「ふぇぇぇぇぇぇぇっ、く、訓練が始まる?!」
それまで熱ダレしていて、「うにゃむにゃ」と睡眠を取っていたデュークが、起床ラッパのフレーズに慌てて起き出します。
「訓練じゃない、本番だぞ!」
「あ……フネが並んでる。そうか――」
デュークは掘り返されたアーナンケの円周に艦艇群が、列をなして接触する光景を見つめ、時間が着たのだと悟りました。
「ど真ん中がお前の特等席だ、さっさと位置につけ!」
「えっと、あそこですね」
デュークは円周上に配置された艦艇群の中央に歩を進めます。その近くでは、デュークに続いて推力の高いナワリン達が既に接合を初めていました。
「あ、デュークだわ!」
「ここに入って~~!」
ナワリン達の間に直径数十メートルを超える穴ぼこが空いています。
「ははぁ、ここに手を入れるんだな」
デュークは、クレーンを伸ばしてその穴ぼこに入れました。ラスカー大佐が「
超大型の重機のような手が岩盤に潜り込み、彼のカラダがアーナンケの地表にガッチリと固定されます。彼は続けて、舳先をガツンと地表に接地させました。
「うーん、なんだか大きな物体の一つになった感じですね。星と一体化したみたいに感じます。へぇ、アーナンケの重心の中央が、僕の先にあるんだ」
「特等席だといったろう?」
掘削作業と並行して、アーナンケの質量の偏りや、内部の要塞を構成するシェルターの位置から、重心が正確に計算されていたのです。
「提督、旗艦の接合作業が完了しました。他、推進担当艦艇も10分後には、接合を終えます」
最終チェックを始める提督たちを余所にデュークたちは、周囲を眺めながら会話をしています。
「ねぇねぇ、あれ見なさいよ」
デュークの脇についたナワリンが、目線で横にいるフネを示します。
「うわぁ、他の艦は舳先を潰しているね」
デュークが視線を動かすと、他の艦は艦首を叩きつけるようにしてアーナンケに取り付いています。龍骨の民と違ってクレーンをもたないフネは、そうやって確実な固定化を図っているのです。
「艦首装甲がおしゃかになっているフネもいるよぉ~~」
「提督は、避退が成功すれば、戦闘力を喪失しても問題ないって言ってたよ」
「星系外縁部に逃げ切ればいいんだものね。そこに援軍が近づいているんでしょ?」
「うん、先行してきた星系軍が間に合いそうなんだって」
「星系軍って、頼りになるのかな~~?」
「そうよね、主に星系防衛が仕事なんでしょ?」
星系軍とは、共生知性体連合を構成する種族が独自に持つ軍隊です。その主な任務は、各自の星系における防衛や警察行動になるため、比較的軽武装の艦艇が多いのです。
「でも、有力種族の艦隊は、宇宙軍と同じ位強いんだってさ。ほら、僕らをカタパルトで送り出してくれた、あの大きな艦載母艦はホントはルルマニアンって種族の星系軍のものなんだって」
「へぇ、あれって。宇宙軍のフネじゃないんだ~~!」
「ううん、宇宙軍のフネでもあるみたい」
デュークは「ルルマニアンの女王の持ち物だけど、宇宙軍に貸し出す為に作ったフネだって教えてもらったんだ。共生知性体連合艦艇融通法による……」と説明を始めます。
「なによその面倒そうなのは、法律? そういうのは連合航宙法だけで良いわよ」
「法律って覚えるのって、面倒だよ~~!」
龍骨の民がもつ龍骨には、共生知性体連合の法律情報が祖先の記憶とともにインプットされていますが、かなりの個体差がありました。フネとして利用価値の高い航宙法は、すべてのフネが空で言えるほどに明確な形で現れるのですが、それ以外のものは結構いい加減な形で残っているのです。
その上、法律というものは年々変化するものなので、プリセットされたものでは不足し、勉強し直す必要があるのです。そして、フネという生き物の多くは、法律とか政治とか面倒なことがあまり得意ではありません。
「あんたって、そういう難しい法律を結構知ってるわよね」
「あ、デュークってば、連合憲章をスラスラ言えるものね~~」
「うーん、そう言えば幼生体のころからそうだったなぁ。そういうことが好きなご先祖の記憶を引き継いだのかもね」
デュークは艦首をひねろうとするのですが、頭はアーナンケに接地しているで、目をパチパチさせるだけに留めました。
龍骨の民達がそのような会話を行っている頃、司令部ユニットの中ではアーナンケ移送作戦の実働を前にして最終調整が加えられています。
「全艦の配置が終わりました。各艦、重力スラスタ、慣性制御システムの同調を初めています。小惑星内の全隔壁閉鎖完了、将兵の生命維持装置の可動も問題ありません。行動発起準備完了です。提督、いつでも作戦計画をセカンドフェーズに移行できます」
「よろしい、全艦、縮退炉を臨界状態へ」
準備が整ったことを確認したカークライト提督は、普段どおりの無駄の少ない言葉で迷うことなく明確な命令を下しました。未だ疲労感の残る彼ですが、僅かな休息を取ったことで、明晰な思考をもたらしていたのです。
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