第217話 初期加速
「各艦、縮退炉臨界状態へ移行中」
「よろしい。旗艦、状況知らせ」
カークライト提督は、彼の旗艦たるデュークに報告を求めました。
「えっと、縮退炉は燃えたぎってて、超伝導蓄電池が電力貯蔵状態120%でバチバチ鳴ってます! フライホイールはギュンギュンものすごい勢いで回転中! 推進剤は満タンな上に、体外プロペラントタンクから好きなだけ飲み込める状態です!」
デュークは自分のカラダの各所を伝えながら「推進器官を動かすには最高の状態です!」と告げたのです。彼の心臓は全力運転に向けて唸りを上げ、カラダの中の複合水素燃料は溢れんばかりでした。
「いつでもいけます!」
デュークが端的な言葉で返事をすると、カーライト提督はほんの少しだけ、口元を上げました。
「他艦も準備完了です。全艦、Qプラズマ推進可能状態に移行しています」
共生宇宙軍の艦艇が積んでいる推進機関は、一般的には「プラズマ推進」だと言われています。これは星間航行の初期に見られたいわゆる
共生知性体連合や他の星間勢力の多くが用いているそのプラズマ推進は、正式には量子プラズマ効果発現型熱核複合推進機関というものです。とても長い名称なので、通称Qプラズマ推進と略されています。
Qプラズマ推進機関の内部では、超高温状態にあるプラズマが強力な磁場とレーザーでさらに加熱されています。そして、量子的に均一なプラズマシェル状態が作り出されると、磁場に閉じ込められたそれらは熱エネルギーの塊を超えた、量子力学的な波動を併せ持つのです。
量子波動は空間粒子系に干渉を行い、重力エネルギーを引き出す性質を持っています。このためQプラズマ推進は、重力推進機関の一種とみなすことも出来ました。これは数万年に実用化されたと言われるプラズマ・核融合系推進機関の進化の極地であり、これを超える通常航行機関は現時点で存在しないのです。
デュークたちに生えている推進”器官”も、連合各種族の艦艇と同様量子的効果を持つ推進力を備えています。そして彼らはそれらについて――
「私達の脚ってクァ、クアンタ……なんとかプラズマ推進だったかしら?」
「ボク、量子的なんちゃらっての、よくわからないよ~~!」
「昔おじいちゃんに聞いたら、ワシも原理はよくわからんのぉ、とか言ってたよ」
老骨船を含めて、よくわからないまま使っていたのです。
でも、これは仕方がないことと言えるでしょう。ヒューマノイドで言えば、自分の脚がどういう構造をしていて、内部でアクチンとミオシンが動いて、骨格が稼働して――そのような面倒なことを考えながら歩くことはないのです。
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三隻は「全速ぜんし――ん!」と嬉しげな声を上げました。フネというものは、その位のレベルで自分の推進器官を使っているような、ちょっといい加減なところのある生き物なのです。
「ちょ、お前ら、待て待て! いきなりのフル稼働ではアーナンケが保たん!」
歓声をあげながら推進機関を動かし始めたデュークたちに向けて、ラスカー大佐がすこしばかり慌てた声で静止を掛けました。
「あ、初期加速は微速からでしたね」
「最初から全力で押したら、アーナンケが壊れてしまうのよね?」
「ボクらが食べた穴の補強が十分じゃないって、言ってたねぇ~~」
Qプラズマ推進のすごい所は、投入する電力エネルギーが高ければ高いほど、強力な推進力を生み出すところにあります。デューク達が持つ縮退炉は瞬間的に莫大なエネルギーを作り出すことが可能であり、いきなりの全力運転を始めれば――
「アーナンケの弱い部分が、連鎖的破壊される恐れがある」
――のだと、カークライト提督がかぶりを振りました。
大掛かりな掘削作業を行い質量を低下させたことにより、小惑星アーナンケはその強度が相当に低下していました。強力な推進力を持つデュークたちだけでなく、多数の艦艇が全力で押し始めたら、応急的な工事をおこなっただけのアーナンケの構造体が持たない恐れがあったのです。
「全艦、推力5パーセントから初期加速を開始せよ」
カークライト提督の命令がくだり、アーナンケに取り付いた艦艇が次々と推進機関に点火させ、微速前進を始めます。
「みんな、ゆっくり、ゆっくり、焦らずゆっくり、とね」
「いきなりズババ――! って噴射できないのがもどかしいわぁ」
「ふらすとれーしょん、めっちゃ貯まるぅ~~!」
プラズマ推進は時刻の経過ごとに定められた出力に上昇してゆき、30分が経過したところで、司令部ユニット内にビー! とアラートが鳴り響きました。
「アーナンケの一部に亀裂が発生しました」
Qプラズマ推進による加速は掘削された小惑星の構造を軋ませ、メリメリとした振動とともに、亀裂を生ぜしめていたのです。要塞内部で待機していた作業隊が状況を報告してきます。
「やはり追加の補修が必要です。すみやかに補修を開始させます」
「主力はゴルモアの将兵だな?」
命を拾ったことで、意気消沈するという特殊な精神的疲労を見せていたゴルモア人たちの作業レベルはこれまでのところ、あまり芳しいものではありませんでした。カークライト提督は、そのことについての懸念を示しました。
「ゴルモア星系軍のテイ大佐が陣頭指揮に入っておりますので――」
要塞内を確認すると「エラーン! エラーン! 急げ、補強材をもっともってこい!」などという勇ましい掛け声とともに、テイ大佐が亀裂の入り始めた小惑星に突撃を開始していました。
その声は大変によく通るもので、「これは後退ではないのだ! 後ろに向かって前進するのだ! 皆、気合いを入れろ!」とテイ大佐が絶叫すると、一時は士気の低下の見られたゴルモア兵が「エラーン! エラーン!」と轟々たる反応を見せていました。
「――士気が急上昇しています」
テイ大佐の陣頭指揮の元、彼の部下たちは我先へと突撃せんばかりの勢いで工事を敢行していました。もともとやる気に溢れることで有名なゴルモア人ですから、一度行動に移ればそれは奔流のごとき勢いになるのです。
「ほぉ、見事なものだ」
「テイ大佐の家系はゴルモア戦国時代から戦人の一族として有名なのです。士気の揚げ方というものをよく知っているのでしょう」
ラスカー大佐は、手元の資料を眺めながら快活な笑い声を上げました。
「ペパード大佐の部隊はどうしている?」
「彼らも負けてはおりませんな」
不眠不休の作業により相当に疲弊しているはずのペパード大佐でしたが、「ゴルモアに負けるな。共生宇宙軍の意地を見せてやれ!」などと部下を叱咤しています。
その横では、イヌ族のシュールツ中佐が「ミキサー車ユニットはこっちだ、充填剤を強制注入! とにかくジャブジャブ打ち込め、湯水の如く――!」と叫び、ベネディクト参謀少佐は「いつになったら休めるんだ――――!?」と絶叫しながら、駆けずり回っていました。
「おるぁ――――! いったれ――!」
恐竜顔の大佐は、いつもは不敵な笑みを浮かべながら紫煙を吐き出している口から、怒号とともに炎を放ちながら、遮二無二作業を指揮しているのです。
「なにか、今、変な光景が浮かびませんでしたか?」
「なんと、彼の種族は口から炎が吐けるのか……」
ペパード大佐の種族は、恐竜族というよりどちらかと言うと竜族に近いのかもしれません。
「まぁ、それはいい。状況を確認せよ」
「亀裂は事前に予測されたところばかりです。これならば、すみやかに最低限の補修で補強を終えることができるでしょう」
デュークたちが行っていた初期加速はアーナンケの構造的弱点をあぶり出すための試験的なものだったのです。司令部はすでに既にそれ他の位置をおおよそ察知していたのです。
そして、二人の大佐が率いる作業隊が的確な指揮のもと獅子奮迅の働きを示し、数十分が経過します。
「予定通りの強度を確保しました。全力航行が可能です」
「よろしい、実によろしい」
そしてカークライト提督は、指揮官席からゆっくりと立ち上がると、手にした軍帽を目深にかぶり直し――
「これより、小惑星アーナンケを飛翔推進体アーナンケと呼称する。後ろに向かって前進だ」
と、淡々とした口調で命令を下したのです。
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