第213話 第三艦隊本陣

「総務参謀から報告します」


 第三艦隊の戦略作戦室にて、フネの参謀が報告を行っています。


「第三艦隊軍管区に近接する準加盟星系および同盟星系からの難民が増加しています。これは当初予想以上であり、行き場のない住民の数は10億はくだりません。第三艦隊軍管区にある疎開星だけでは不足します」


 ゴルモア以外の星系からも大量の難民が共生知性体連合に向けて飛び出してきます。それらの多くは酸素呼吸系の種族なので、居住可能惑星は限られているのです。


「そこで、有力星系を含む複数の星系に受け入れの打診を行いました。遊休コロニーや、開発途上の未開発惑星など、生存可能なスペースを探してもらっています」


 フネの総務参謀が軽々とした口調で言いました。ミサイルからパンティまで何でも揃えることができると豪語するだけあり、この事態に対して極めて短時間で解決策を見出し実行に移していました。


 龍骨の民というものは、宇宙を飛ぶことは得意ですが政治とか交渉などはあまり得意ではないという世評がありますが、軍管区艦隊の総務参謀ともなれば例外となるのでしょう。


「ふむ……短い時間でよくやってくれたね」


 第三艦隊指揮官であり執政官が一人ボーパル・ラビッツ提督は、総務参謀に礼を述べてから、押し黙ります。


「この星系に閉じ込められてから、3日か……」


 ラビッツ提督がフサフサとした毛皮を震わせながら、鼻をブッ! と鳴らしました。恒星の重力異常が収まりを見せず、スターライン航法がままならないため、第三艦隊の主力はいまだ足止めを食らっていたのです。


「どうにかならないの?」


「そうは言っても相手は自然現象ですからなぁ。無理をしてスターライン航法を行えば大惨事。超新星爆発を誘発しかねません」


 ヘビ顔の参謀はタキオン粒子で探った恒星の内部赤外線データを確認して、シャーシャーと言いました。恒星間の量子的揺らぎを利用するスターライン航法は、恒星の重力異常が収まるまではできません。


「ホントに自然現象なのかな? 機械帝国の破壊工作とかだったりしない?」


「たしかに重力子弾頭を数百発単位で使用すればそれも可能でしょう。ですが、それが可能だとは思えません。情報参謀、いかがか?」


「情報参謀は同意します。共生宇宙軍憲兵総隊、および連合保安局USSからの保安情報によれば、この星系で工作活動があった可能性は否定されています」


 情報参謀である白トラの女性准将が人為的な工作の可能性を否定しました。彼女は執政府のとある諜報機関からの出向者であり、確度の高い大小の保安情報からそうした判断が正しいと告げるのです。


「自然というものは、時にして予測のつかないこともあるのです。連合航路局の恒星間自然現象予測システムお天気AIも100%の確度を持っていませんから」


「時々外すんだけどね、あのお天気AI。科学参謀、予想通り回復するかな?」


「重力波観測によれば、恒星内の重力異常は落ち着きを見せ始めています。あと半日、少なくとも1日でスターラインが可能になるでしょう」


 ゴリラとしか形容詞することのできない参謀が、「今しばらくの辛抱です」と告げました。


「あと半日から1日か、ゴルモアは保つかな?」


「保たないでしょう。疎開作戦が実働しただけでも奇跡です」


 猛禽類――鷹の目をした参謀が翼をバサリと広げながら断言しました。


「艦隊を動かすにしても、防衛戦略の立て直しが必要だね。参謀長、意見は?」


 ラビッツ提督はそう言うのですが――


「寝てます。というか、いつも通り完全に熟睡してます」

「ガルゥ……寝ているロボットって結構可愛いわね」

「背中にコードが付いてるから、充電してるのかな?」

「おじいちゃん、バッテリの持ちが悪くなってきてますからねぇ」

「故郷の老骨船のようですなぁ」


 居並ぶ参謀たちが「いつものことですよ」と告げるように、参謀長であるジェイムスン将軍は、グースカピーと機械合成の寝息を立てていたのです。本当にいつものことなので、参謀たちは諦め顔を通りこして、ほのぼのとした表情すら浮かべるほどでした。

 

 ラビッツ提督は「はぁ……」とため息をついてから――


「起きろ――――!」


「フガッ……?!」


 と、斜め45度の角度で、老ロボットのドたまをチョップしました。すると老ロボットは目を白黒させながら、目を覚ますのです。


「ちょっとは参謀長としての仕事をしてよ!」


「なんじゃ、仕事はしておるぞ。機械人は寝ながら仕事ができるんじゃ」


 ジェイムスンは「ふわわ」とアクビを漏らしながら反論します。


「じゃぁ、それを証明してよ!  今後の方針とかに意見はないの?!」


「ふむ……」


 ラビッツ提督がうるさく言うので、ジェイムスン提督は「ならば、今後の方針について意見を言わせてもらおう」と宣言してから、ピー! ガタガタジー! カラダを震わせながら、このようなことを言うのです。 


「では、手始めに焦土戦術をとるんじゃ。恒星に重力子弾頭を打ち込め家を焼け利用可能惑星は全て核で汚せ井戸に毒を撒け疎開船を徴用して人の盾にしろ」


「へ……?!」


 ジェイムスン将軍は両の腕を振り上げてカチャカチャいわせながら、機械の目をピカピカと光らせ不穏な発言を始めたので、ラビッツ提督を始めとした軍人たちは「ファッ?!」と驚くのですが、将軍はまったく気にせず続けます。


「戦力を無駄にするな。この星系を見捨てて艦隊を前に進めるのだ。主星が爆発したってかまわん! 居住住民なんぞ億にも満たん。星系ごと証拠を抹消すりゃ、どうとでもなる。世知辛い星間戦争なんじゃから、何でもありじゃな。よし、執政官、その手を血で染めて、勝利を勝ち取れ! ジーク・シンビオシス共生帝国主義万歳! 宇宙を我が手にぃぃぃぃぃ!」

 

 将軍は機械の右手をガッ! と掲げて、宇宙の覇権を手にするかのように握りしめました。金属質のスピーカーのような彼の口は、ニンマリと笑みを浮かべています。


 一瞬の静寂が流れると――


「…………衛兵、こいつを逮捕しろ。いや、壊れたらしい、廃棄だ。廃棄」


 ラビッツ提督は、パンパンとモフモフの両手を叩き、衛兵を呼びつけます。執政官に付属するリクトルヒ――屈強な軍人型のドロイドが「ロジラス、コンスル!」と言いながら、ジェイムスン将軍を抱えあげました。


「お、おい! ただの冗談じゃ! 冗談! 気持ちよく寝取ったのに、ドツカレタおかえしじゃい!」


「あ、やっぱり単に寝てたんだ」


 参謀長たるジェイムスンは、時折このような悪ふざけをする癖があったのです。彼は、よく事情を知らない新兵の傍に行って「ここだけの話、ワシはホントは殺戮機械なんじゃよ? 冷酷無道な冥府の者なんじゃ。ヒヘヘヘヘ」と呟き、ゾッとさせるのが大好きでした。


「というかね、そういうことを機械人のあんたが言うと、本気にしか聞こえないんだけどさ」


「はははは、機械帝国におる弟のリュージィならば本気でいうかもしれんがな。機械帝国の機械人は基本的に冷酷じゃからの」


 悪ノリする将軍の姿は、見かけだけならばいまだ機械帝国人である弟と変わらないのです。なお、ジェイムスン将軍のフルネームはジョージ・ジェイムスンでした。


「おいおい護衛官、そろそろおろしてくれんか? 参謀長の仕事をさせてくれい」


 ジェイムスン将軍の胴体が椅子の上にドスンと降ろされます。彼は「よっこらせ」とカラダを椅子に預けると、一本のマニュピレータを掲げて、戦略作戦室のスクリーンを起動させました。


 画面に、第三艦隊とその管轄区における情勢が映ります。


「今後の方針じゃったな? その前に確認したいことがあるのじゃ。執政官はゴルモアをどうするつもりじゃ?」


 ジェイムスンが真面目に問いかけるので、


「うん、ゴルモアには分艦隊が入って、多少の足止めはできると思うけれど、限界があるし、疎開も進んでる。だから、ゴルモアを放棄して――」


「ならん」


 ラビッツ提督が「少し後方の星系で待ち構えるつもり」という言葉を口にする前に、ジェイムスンがピシャリと口をはさみました。


「それはならんぞ執政官。同盟星系と準加盟星系の防衛義務は絶対なのじゃ」


「まぁ、そうだけどさ。住民の避難はすんでいるし……」


「それは本来最終的な手段なのじゃ。ゴルモア人というのは思い切りが良い種族――前に進むのも後ろに進むのも決断が早い。それに救われただけなのじゃ」


 ジェイムスンは「第三艦隊――共生知性体の応援を信じているからこそ、機械帝国に降伏するのではなく、逃げ出してくれた」と説明するのです。


「じゃぁ、どうするのさ。本隊が到着するまであと3日はかかるよ」


「別ルートで星系軍が進んでおるからの、あれを先行させるのじゃ。戦力の逐次投入は愚策だが、この際投入できるだけのそれがあるだけマシと考えよう」


「トリ族の艦隊――10000隻か」


 ゴルモア星系まであと1日の位置に、フリッパード・エンペラ族――その皇帝直属艦隊エンペラーズ・フリートが存在しています。彼らは、第三艦隊本隊の到着を待ち受けつつ、星系突入の機会を伺っていたのでした。

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