第212話 脱出の方法 その2

「小惑星ごと脱出する……」


 ペパード大佐が絶句し、「なにを言っているんだ」というほどの表情が浮かびました。カークライト提督が示した計画は、大変荒唐無稽なものに聞こえたのです。


「うむ。シェルターユニットはアーナンケに深く埋設され、短時間で取り出すことはできないはずだ。となれば、小惑星ごと動かすほかあるまい」


 提督は大佐の顔に浮かんだ動揺については特に何も言わず、唯一つの脱出方法がそれであることを示しました。戦闘艦艇の兵員の他に、数10万のオーダーで存在する人員を輸送する手段は他にないのです。


「なるほど、たった一つの冴えたやり方、というべきですかな? ふむ……」


 提督の考えに多少の理解を示した大佐は、それを行うための具体的な方策について思考を巡らせるのです。


「しかし、アーナンケに推進力はありませんぞ。当初は外付けのパルスエンジンが付いていましたが、散々にぶっ叩かれて壊れています。それに、あれの燃料であるペレットはすべて兵器運用で使い切りました」


 アーナンケには緊急用推力として対消滅・熱核併用のパルスエンジンが搭載されていましたが、ペパード大佐は防衛戦の攻撃手段として全て投入してしまったと説明します。


「ふむ、そのようだな」


 カークライト提督は「想定内だがね」という風に頷きました。彼は、ペパード大佐の行っていた防衛戦闘について、おおよその検討をつけていたのです。


「ほぉ……ということは、別の手段があるのですか?」


「単純な話だ、フネで押す」


 ペパード大佐の問いに対して、提督は端的な言葉で答えこう続けます。


「比推力の高いものを100隻ばかり選定して、エンジン代わりとする。初期加速のために旗艦にありったけのブースターを搭載してある。他の艦も武装は全て打ち捨て、ただ加速を得ることに専念させる」


「むう、動くには動くのでしょうが……」


 大佐は「敵に追いつかれますぞ」と言うのです。縮退炉搭載の宇宙船であれば巨大な質量をもつ小惑星であっても動かすには十分な推力があるのですが、加速が足らず敵軍に捕捉される事は目に見えていました。


「可能な限りアーナンケの質量を削る」


「掘削工事でもするおつもり――内部爆破で砕く? いえ、その手は使えません。ダメージを受けたシェルターユニットが持たないのです」


 地中深くに埋没されたシェルターは、小惑星と一体化する形で強度を維持している部分がありました。すでに相当の打撃を受けたアーナンケを内部から爆破すれば、生命維持装置に甚大な被害が発生し、多数の兵員の命が失われることでしょう。


「時間を掛けて掘削すれば別でしょうが……はっ」


「うむ、そのまさかだ。爆破よりも安全で効率的な方法――我々には龍骨の民がいるのだ。デカイのが三隻もな」


 カークライト提督がそう説明すると、ペパード大佐はようやくのことで納得した表情を浮かべ――


「なるほど、そういうやり口は嫌いではありませんな」


 と笑みを見せたのです。


 それから、1時間ほども経った頃、アーナンケの地下では、ガリガリガリ――ゴリゴリゴリ――! という大きな振動とともに、大きなトンネルが掘削されていました。


「この小惑星ってばすごく不味いわね……MREレーション並だわ」


「汚染されてないだけMREレーションの方がましだよぉ。まずい~~!」


 小惑星アーナンケの地表に潜りこんだナワリンとペトラが、岩盤を食べ進めていたのです。大量の岩と土砂が彼女たちの大きな口に入り込み破砕され、お腹の中にどんどん詰まっていきました。


 ただ、対消滅弾頭やらガンマ線レーザーで叩かれた小惑星は激しく汚染され、なんでも食べる龍骨の民であってもお腹が痛くなって来るほど不味いものになっていたので、彼女たちは渋々その作業にあたっています。


「とにかく、食べ続けるわよ!」


「オエップ! ドラゴンブレスしそう吐きそう~~!」


 彼女たちは小惑星アーナンケの質量を削るという重大な任務についていました。彼女たちがアーナンケを食べれば食べるほど――


「”アーナンケまるごと脱出大作戦”の成功率が上がるのよねぇ……ってば、こんなだっさい名前、誰が考えたのよ!」


「あそこのペパード大佐よ~~!」


 数時間後に予定されている脱出作戦の可能性が上がるのです。彼女たちの脇では、艦載艇を流用した作業艇に乗り込んだペパード大佐が、アーナンケの地質構造を確かめながら、掘削する方向を確かめていました。


「よし、次は東側に1000メートル掘るぞ。そうすれば、安全に下方向の地層を剥離できるだろう。そうすれば相当な質量の軽減になる」


 彼はナワリンたちをトンネル掘りの工作機械のように扱い、工事を進めていました。なお、質量削減のための工事は”アーナンケ穴掘り大作戦”という作戦名で進められています。


「内部に入ったら、少しは美味しい部分があるかと思ったのに! 舌が麻痺して味がしないわ……」


「ホントだね……カラダが栄養として受け付けない~~!」


 目の前の岩盤にかじりつき、唯ひたすらに食される岩塊は、通常であれば時間を掛けて栄養となってゆくのですが、口の中が麻痺した彼女達が過剰に摂取するそれらは、そのまま縮退炉に落とし込まれるのです。


「こんな不味いご飯でも縮退炉に入れれば、電力にできるなんて、ボク達って因果なカラダをしてるぅ~~~~!」


 ペトラが「あ、溢れる電力、ボク、今、自家発電中なの~~!」などと謎の言葉を叫ぶと、ナワリンは「その表現は止めなさい――! 誤解を招くわっ」と叱りました。


「そのまんまの事実なんだけどぉ~~」


「いいから、作った電力を吐き出しておきなさい」


 彼女たちの作り出す電力はエネルギーパイプを通じて、アーナンケの上空数百メートルに遊弋する旗艦デューク・オブ・スノーに供給されていました。


「うわぁ、ナワリンたちは、どんだけご飯食べてるんだ……供給過剰で蓄電池が吹き飛びそうだ……」


「確かにアホみたいな給電状態だな。まぁいい、全部レーザーに変えてしまえ」


 ナワリン達から伝わる大電力を消費するために、デュークの体内ではポジトロンが大量生産されています。それらは主砲塔に供給され、バキバキバキ! と対消滅を起こすと、長大な砲身からガンマ線となって放たれるのです。


「よっしゃ、あのへんを撃っておけ」


「あそこですか?」


 彼の砲塔は後方――機械帝国軍が存在するかもしれない大変遠い宙域に向けられています。そしてデュークは狙いも付けずにバシバシバシとレーザーを放ち続けていました。


「あ、遠くの方で爆発が……超超長距離射撃が当たった……」


「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるなぁ。ステルスしていた敵の偵察艦に当たったか」


 あまりも射撃の回数が多いため、遠くから偵察をしているメカの艦艇にヒットするほどでした。


「偵察艦――敵がまた近づいているんですか?」


「大丈夫だ、これも予想の範囲内だ。それよりもデューク、冷却に気をつけろ! 砲身が焼けてるぞ」


 ラスカー大佐が指摘するように、連続した射撃によってデュークの重厚なレーザー砲塔に備わる長大な砲身が熱を持ってくるのです。彼の脇から伸びる放熱板も赤熱化するほどになっています。


「廃熱が大変です……液体水素を冷却材に使っていいですか?」


「だめだ、そいつはあとで推進剤にする必要がある」


 推進剤は十分な量を残しておく必要がありました。そのことをよく知っているラスカー大佐は別の手段を選択します。


「余剰となった熱は装甲板で一時的にプールしろ」


「ええと、そうか――――装甲板に熱を伝えてっと」


 デュークは砲塔に溜まった熱を分厚い特殊装甲に流し始めます。彼の装甲板は大変な容量があり、エネルギーを吸収する特性を持っているため、熱を一時的に逃がすには最適なのです。


「カラダがホカホカしてきたぞ……」


「ステルス性能が落ちるから普段はやらんが、ここにいるのはバレてるからな」


 溢れんばかりに生産されている熱を装甲が吸収し、デュークは真夏日の炎天直下の様相を示し始め、赤外線を大量に撒き散らし始めました。通常の戦闘であれば、「ここに居ますよと」と姿を晒す行為でした。


「はぁ……どんどん暑くなってきますね」


「お嬢ちゃん達の作業はあと小一時間はかかるから、もっと熱くなるぞ。ま、気合入れて耐えるんだな」


 余剰熱を艦体で吸収するのは最終手段でもあるのですが、「お前の装甲板ならまだまだ余裕だろ! もっと熱くなれよ!」などとのたまうラスカー大佐の指揮のもと、デュークは装甲板を真っ赤に點せながら、レーザーを放ち続けたのです。

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